有機合成で使う塩基の一覧|pKaと使い分け【トリエチルアミン・DBU】
実験書の反応条件には、たいてい塩基が1つ書いてあります。「Et3N、CH2Cl2、0 °C」「NaH、THF」「LDA、THF、−78 °C」「K2CO3、DMF」。研究室に入ったばかりのころは、これを反応ごとに丸ごと覚えようとして、すぐに数が多すぎて混乱します。そのうえ「トリエチルアミンの代わりに DIPEA を使ってもいいのか」「DBU と t-BuOK はどう違うのか」と聞かれると、答えに詰まります。
塩基の名前は多くても、性格を決めている要素はこの3つしかありません。3つの軸で塩基を整理しておけば、初めて見る反応条件でも「なぜこの塩基なのか」が読めるようになり、試験の「適切な塩基を選び、理由を述べよ」にも数値を添えて答えられます。
塩基を選ぶ3つの軸——強さ・求核性・溶けやすさ
塩基の使い分けは、次の3つの問いに順に答えることで決まります。
軸1:強さは「共役酸の pKa」で比べる
塩基の強さは、その塩基が H+ を受け取ってできる酸、つまり共役酸の pKa で表します。共役酸の pKa が大きいほど、その酸は H+ を手放しにくく、裏返せば塩基は H+ を強く引きつけます。たとえばトリエチルアミンの強さは、トリエチルアンモニウムイオン Et3NH+ の pKa(水中で10.75)で表します。
酸塩基反応は、弱い酸ができる向きに進みます。ある水素を取りたいときは、その水素の pKa より、塩基の共役酸の pKa が大きい塩基を選びます。平衡定数は K=10(共役酸の pKa − 取りたい水素の pKa) なので、差が4あれば K=104 で、等モルでも約99%が脱プロトン化されます。差が小さい塩基でも反応が進むことはありますが、それは生成物が次の反応で消費されて平衡が引っぱられる場合です(後で炭酸カリウムの例で説明します)。計算の手順は pKa表の使い方 にまとめています。
ここで注意したいのが溶媒です。pKa は溶媒によって数値が大きく変わります。トリエチルアンモニウムイオンは水中で10.75、DMSO 中で9.0、アセトニトリル中で18.8です。同じ物質でもこれだけ違うので、違う溶媒の値どうしを比べてはいけません。この記事の表では、値ごとに溶媒を明記しています。
軸2:求核性は立体のかさ高さで決まる
塩基の孤立電子対は、H+ を受け取ることも(塩基として働く)、炭素を攻撃することも(求核剤として働く)できます。合成で困るのは、脱プロトン化だけさせたいのに、塩基が炭素を攻撃してしまう場合です。酸塩化物のカルボニル炭素を攻撃する、ハロゲン化アルキルに SN2 で置換する、ケトンに付加する、といった副反応です。
これを防ぐ手段がかさ高さです。塩基として働くとき、塩基が近づく相手は分子の外側に突き出た小さな水素原子です。一方、求核剤として働くときは、置換基に囲まれた炭素の裏側や面の上下まで入り込まなければなりません。窒素や酸素のまわりに大きなアルキル基を付けると、外側の H に近づくのはあまり邪魔されず、混み合った炭素に近づくのだけが強く邪魔されます。こうして「強いのに求核性が低い」塩基、いわゆる非求核性塩基ができます。DIPEA・LDA・t-BuOK・2,6-ルチジンは、どれもこの考え方で使われる塩基です。求核剤と塩基の区別そのものは 求核剤と求電子剤の見分け方 で扱っています。
軸3:溶けるかどうか(均一系か不均一系か)
3つ目は、塩基が反応溶媒に溶けるかどうかです。アミン・LDA・n-BuLi は有機溶媒に溶け、溶液全体で反応が進みます(均一系)。一方、炭酸カリウムや水素化ナトリウムはほとんど溶けず、固体の表面で反応が進みます(不均一系)。不均一系は反応が遅くなりがちで、かき混ぜ方や粒の細かさで速さが変わります。そのかわり、反応後はろ過で除けたり、強すぎる塩基を溶液中に多量に溶かさずに済んだりする利点があります。
溶けやすさには対カチオンも効きます。Li+・Na+・K+・Cs+ の順にイオンが大きくなり、陰イオンとの結びつきが緩くなります。同じ炭酸塩でも、炭酸セシウムは炭酸カリウムより極性の非プロトン性溶媒に溶けやすく、陰イオンが強く働きやすい塩基として使われます。
有機合成でよく使う塩基の一覧表(共役酸の pKa つき)
よく使う塩基を、アミン系と、それ以外(無機塩基・アルコキシド・水素化物・アミド塩基・有機リチウム)の2つの表に分けて並べます。pKa はすべて共役酸の値で、原典の表で確かめた値だけを載せ、確かめられない値は「—」にしています。
アミン系の塩基の一覧
アミンは、水中の値(多くの教科書の巻末表の基準)と、アセトニトリル中の値の2列で示します。アセトニトリル中の値は Kaljurand らが1つの物差しの上で測った値なので、塩基どうしの強さの順を比べるのに向いています。
| 塩基(略号) | 構造の特徴 | 共役酸の pKa(水) | 共役酸の pKa(アセトニトリル) | 典型的な用途 |
|---|---|---|---|---|
| トリエチルアミン(Et3N、TEA) | 三級アミン。エチル基3つ | 10.75 | 18.8 | 酸塩化物・スルホニルクロリドとの反応で出る HCl の捕捉、Swern 酸化 |
| N,N-ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA、Hünig 塩基) | 三級アミン。イソプロピル基2つでかさ高い | — | — | アミド縮合(HATU など)、アミンのアルキル化、MOM 化 |
| ピリジン | 芳香族。孤立電子対は sp2 軌道 | 5.21 | 12.5 | 溶媒を兼ねた塩基(アシル化・トシル化)、SOCl2 との併用 |
| 2,6-ルチジン | ピリジンの窒素の両隣にメチル基 | 6.75 | 14.1 | TBSOTf などトリフラートを使うシリル化 |
| 4-ジメチルアミノピリジン(DMAP) | ピリジンの4位にジメチルアミノ基 | 9.2 | 18.0 | アシル化の求核触媒(少量)、Steglich・山口エステル化 |
| DBU | 二環性のアミジン | 13.5±1.5(推定) | 24.3 | E2 による脱ハロゲン化水素、Masamune–Roush 条件の HWE 反応 |
| DBN | DBU より環が小さい二環性アミジン | — | — | DBU と同じく脱離反応 |
| ピペリジン | 二級アミン(6員環)。N–H をもち求核的 | 11.1 | — | Fmoc 基の除去、エナミン生成、Knoevenagel 縮合 |
| モルホリン | 二級アミン。環に酸素を含む | 8.5 | — | エナミン生成、Pd 触媒によるアリル基除去での捕捉剤 |
| N-メチルモルホリン(NMM) | モルホリンの三級アミン版 | 7.38 | — | ペプチド縮合(混合酸無水物法など)の弱めの塩基 |
出典:水中の値はピペリジンとモルホリン(Reich の水中 pKa 表)と DBU(Kaupmees・Trummal・Leito, 2014 の推定値)を除き Ripin・Evans の pKa 表(2024年版)。アセトニトリル中の値は Kaljurand ら(J. Org. Chem. 2005, 70, 1019)。DIPEA と DBN は、原典で確かめられる値が見つからなかったので空欄にしています。
無機塩基・アルコキシド・強塩基の一覧
こちらは共役酸の種類がばらばらで、測られている溶媒もばらばらです。値ごとに溶媒を書いているので、同じ溶媒の値どうしでだけ比べてください。
| 塩基 | 共役酸 | 共役酸の pKa(溶媒) | 溶けやすさ・構造の特徴 | 典型的な用途 |
|---|---|---|---|---|
| 炭酸水素ナトリウム(NaHCO3) | H2CO3 | 6.3(水) | 水溶液で使う弱い塩基。CO2 が出る | 後処理での酸の中和、カルボン酸の抽出 |
| 炭酸カリウム(K2CO3)・炭酸セシウム(Cs2CO3) | HCO3− | 10.3(水) | 有機溶媒にはほとんど溶けない(不均一系)。Cs 塩のほうが溶けやすい | フェノールのアルキル化、カップリング反応、K2CO3/MeOH での脱アセチル化 |
| ナトリウムメトキシド(NaOMe) | メタノール | 15.5(水)/29.0(DMSO) | メタノール溶液で使う。求核性もある | メチルエステルの Claisen 縮合、エステル交換 |
| ナトリウムエトキシド(NaOEt) | エタノール | 15.9(水)/29.8(DMSO) | エタノール溶液で使う。求核性もある | エチルエステルの Claisen 縮合、マロン酸エステル合成 |
| カリウム tert-ブトキシド(t-BuOK) | tert-ブチルアルコール | 17.0(水)/32.2(DMSO) | かさ高く、求核性が低い | E2 脱離(ホフマン則)、tert-ブチルエーテルの合成 |
| 水素化ナトリウム(NaH) | H2 | 約36(水、推定値) | どの溶媒にも溶けない固体。鉱油分散品で市販 | アルコールの脱プロトン化(ウィリアムソン合成)、HWE 反応 |
| ナトリウムアミド(NaNH2) | NH3 | 38(水、推定値)/41(DMSO) | 液体アンモニア中で使う | ジハライドからのアルキン合成、末端アルキンの脱プロトン化 |
| LiHMDS(NaHMDS・KHMDS) | (Me3Si)2NH | 26(THF)/30(DMSO) | THF などに溶ける。かさ高く求核性が低い | 塩基に弱い基質のエノラート生成、Wittig 反応のイリド生成 |
| リチウムジイソプロピルアミド(LDA) | i-Pr2NH | 36(THF) | THF に溶ける。かさ高く求核性が低い | −78 °C での速度論的エノラートの生成 |
| n-ブチルリチウム(n-BuLi) | ブタン | 約50(目安)。Evans 表の水の欄でメタン 48・プロパン 51、いずれも推定値 | ヘキサン溶液で市販。強い求核剤でもある | LDA の調製、末端アルキンの脱プロトン化、ハロゲン–リチウム交換 |
出典:水中・THF 中の値と、NH3 と (Me3Si)2NH の DMSO 中の値は Ripin・Evans の pKa 表(2024年版)。ただし H2CO3・HCO3− は Reich の水中 pKa 表、エタノールの水中の値は Wikipedia「Ethanol」。アルコールの DMSO 中の値は Reich・Bordwell の DMSO 中 pKa 表。
アミン系の塩基——HCl の受け皿と、触媒になる塩基
トリエチルアミン(TEA)——いちばん使う「酸の受け皿」
アルコールやアミンを酸塩化物でアシル化すると、1当量の HCl ができます。この HCl を放っておくと、まだ反応していないアミン(求核剤)をプロトン化してアンモニウム塩に変え、孤立電子対をふさいでしまいます。アンモニウム塩は求核剤として働けないので、反応は途中で止まります。そこで、HCl を先に受け取る塩基としてトリエチルアミンを加えます。
トリエチルアミンの共役酸の pKa は水中で10.75、HCl は −8.0(Evans 表)なので、HCl はトリエチルアミンに完全に移ります。生じたトリエチルアミン塩酸塩 Et3N·HCl はエーテルや THF には溶けにくく、反応中に白い固体として出てくることがよくあります。これが反応の進み具合の目安になります。
一方で、トリエチルアミンはアルコールを脱プロトン化するほど強くはありません。アルコールの pKa は水中で16前後で、トリエチルアミンの共役酸(10.75)より5以上大きいからです。トリエチルアミンの役目は「アルコールを活性化すること」ではなく、「できた HCl を受け取ること」です。アルコールそのものをアルコキシドにしたいときは、後で説明する NaH を使います。
トリエチルアミンは安くて揮発しやすく、反応後にエバポレーターで除きやすいのも利点です。Swern 酸化では、活性化した DMSO 由来の中間体から H+ を引き抜く塩基として使います(アルコール酸化試薬の比較)。
トリエチルアミンと DIPEA の違い
DIPEA(N,N-ジイソプロピルエチルアミン)は、トリエチルアミンのエチル基のうち2つをイソプロピル基に替えた三級アミンです。どちらも三級アルキルアミンで、塩基としての強さは近いのですが、求核性が大きく違います。
- トリエチルアミン:窒素のまわりがそれほど混んでいないので、ヨウ化メチルのような反応しやすいハロゲン化アルキルとは SN2 で反応し、四級アンモニウム塩になります(Menshutkin 反応)。
- DIPEA:2つのイソプロピル基が窒素を囲んでいるため、炭素を攻撃しにくく、四級化がほとんど進みません。H+ のように小さく外側にある相手とは問題なく反応します。
この違いが効くのは、塩基と同じ系に反応しやすい求電子剤がいる場合です。たとえば、二級アミンをハロゲン化アルキルで三級アミンにするとき、塩基にトリエチルアミンを使うと塩基自身がアルキル化されます。DIPEA ならこれを避けられ、生成した三級アミンがさらにアルキル化されて四級塩になる副反応も抑えられることが報告されています。HATU などの縮合剤でアミド結合を作るときや、MOMCl でアルコールを保護するとき(MOM 基)に DIPEA が選ばれるのも、塩基が活性化された中間体や MOMCl を横取りしないようにするためです。
逆に、求電子剤が酸塩化物のように塩基より基質のほうとずっと速く反応する場合は、安いトリエチルアミンで十分です。「塩基が求電子剤を取り合う心配があるか」で選び分けると覚えておくと、条件を読むときに迷いません。
ピリジンと DMAP——塩基であり、求核触媒でもある
ピリジンの共役酸の pKa は水中で5.21で、トリエチルアミン(10.75)より5以上小さい、弱い塩基です。理由は孤立電子対の入っている軌道にあります。ピリジンの窒素の孤立電子対は sp2 軌道(s 性33%)に入っていて、トリエチルアミンの sp3 軌道(s 性25%)より原子核の近くに引きつけられています。そのぶん H+ に電子対を差し出しにくいのです(ピリジンとピロール)。
それでも HCl(−8.0)を受け取るには十分な強さです。ピリジンは液体で、多くの有機物を溶かすので、溶媒を兼ねた塩基としてアシル化やトシル化に使われます(アルコールのトシラート化)。さらにピリジンは、酸塩化物を攻撃してアシルピリジニウムイオンを作り、これがもとの酸塩化物より速くアルコールにアシル基を渡すという、求核触媒の働きもします。
この触媒作用を大きく強めたのが DMAP(4-ジメチルアミノピリジン)です。4位のジメチルアミノ基の孤立電子対が、共鳴で環の窒素側に電子を押し込むため、窒素の電子密度が上がります。その結果、共役酸の pKa は水中で9.2と、ピリジンより4大きくなり、求核性も上がります。DMAP が酸無水物や酸塩化物を攻撃してできる N-アシルピリジニウムイオンは、正電荷がジメチルアミノ基の窒素まで共鳴で広がって安定化されるので、たくさんできます。しかもカルボニル炭素は求電子性を保っているので、立体的に混んだアルコールでもアシル化が進みます。
DMAP は少量(触媒量)を加え、HCl やカルボン酸を受け取る役は化学量論量のトリエチルアミンに任せるのが定番です。DMAP を再生させるのはトリエチルアミンのほうが強い塩基だからで、水中の pKa(10.75 対 9.2)でもアセトニトリル中の pKa(18.8 対 18.0)でもその順になっています。Steglich エステル化や山口エステル化の DMAP も、この求核触媒の働きです。
ピリジンの窒素の両隣にメチル基を付けた 2,6-ルチジンは、反対に求核性を落とした塩基です。メチル基が窒素の前をふさぐので、窒素が求電子剤の中心原子を攻撃しにくくなります。TBSOTf のような反応性の高いシリル化剤と組み合わせるのは、塩基がシリル化剤と反応して消費されたり、余計な副反応を起こしたりしないようにするためです(シリル保護基)。
DBU とは——アミジン骨格の強塩基
DBU(1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン)は、アミジン(N–C=N)を二環の骨格に組み込んだ塩基です。アセトニトリル中の共役酸の pKa は24.3で、同じ物差しのトリエチルアミン(18.8)より約5.5大きく、およそ30万倍強い塩基です。水中の値は推定で13.5±1.5とされています。
DBU が強い理由は、プロトン化された形(共役酸)が共鳴で安定になることです。DBU は二重結合側のイミン窒素で H+ を受け取ります。できたアミジニウムイオンでは、正電荷が2つの窒素に共鳴で分散します。共役酸が安定であるほど、塩基は H+ を受け取りやすくなります。ふつうのアミンの共役酸(R3NH+)では正電荷が1つの窒素に局在するので、ここに差が出ます。
DBU は「非求核性塩基」と紹介されることが多いのですが、求核性が無いわけではありません。Mayr らが炭素の求電子剤との反応速度から求めた求核性は、DMAP より大きいと報告されています(Baidya・Mayr, 2008)。それでも脱離の定番になっているのは、アミンよりずっと強い塩基で、有機溶媒によく溶ける液体だからです。ハロゲン化アルキルから HX を外す E2 脱離によく使われます(E1・E2 脱離反応)。均一系で使えるので、固体の塩基より反応を制御しやすいのも利点です。HWE 反応で NaH の代わりに LiCl と組み合わせる Masamune–Roush 条件にも使われます(HWE 反応)。
DBU が求核剤として働く反応も報告されています(Synlett 誌の試薬紹介記事「DBU – A Nucleophilic Base」もあります)。反応性の高いアシル化剤やハロゲン化物と長く一緒にすると副反応の可能性がある、と頭に入れておきましょう。DBN(1,5-ジアザビシクロ[4.3.0]ノン-5-エン)は環の小さい類縁体で、同じように脱離反応に使われます。
ピペリジンとモルホリン——二級アミンは求核剤としても働く
ピペリジンとモルホリンは、窒素に H が1つ残った二級アミンです。三級アミンより窒素のまわりがすいていて、塩基としてだけでなく求核剤としても積極的に使われます。
- エナミン生成:ケトンと縮合してエナミンになり、Stork のエナミンアルキル化に使われます(エナミン)。
- Knoevenagel 縮合:ピペリジンは活性メチレンから H+ を取る塩基であると同時に、アルデヒドと反応してイミニウムイオンを作る求核剤として働きます(クネーフェナーゲル縮合)。
- Fmoc 基の除去:フルオレン環の9位の H を取ると、E1cB 型の脱離でジベンゾフルベンとカルバミン酸イオンができ、これが CO2 を失ってアミンに戻ります。ピペリジンは H を取る塩基として働くうえに、生じたジベンゾフルベンに付加して捕まえる役も果たします(保護基の選び方)。
同じ6員環の二級アミンなのに、モルホリンの共役酸の pKa(水中8.5)はピペリジン(11.1)より約2.6小さく、塩基として弱くなっています。これは環の中の酸素の誘起効果です。電気陰性度の大きい酸素が σ 結合を通じて窒素の電子を引き寄せるので、窒素の孤立電子対が H+ を受け取りにくくなります。その三級版の N-メチルモルホリン(NMM、Evans の表で7.38)は、ペプチド縮合で「強すぎない塩基」が欲しいときに使われます。
無機塩基——炭酸塩と炭酸水素塩
炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)は、後処理の水層で酸を中和するために使う弱い塩基です。共役酸の炭酸 H2CO3 の pKa は6.3なので、カルボン酸(酢酸で4.76)は脱プロトン化できますが、フェノール(9.95)は脱プロトン化できません。この差を使うと、カルボン酸とフェノールの混合物を分液で分けられます(pKa表の使い方)。中和すると CO2 が出るので、分液漏斗ではこまめにガス抜きをします(分液漏斗の使い方)。
炭酸カリウム(K2CO3)の共役酸は HCO3− で、pKa は10.3です。フェノール(9.95)との差は0.35しかなく、完全な脱プロトン化とはいえません。それでも K2CO3/アセトンや K2CO3/DMF でフェノールのアルキル化がよく進むのは、少しずつできたフェノキシドがハロゲン化アルキルと SN2 で反応して消費され、平衡が生成物側へ引っぱられ続けるからです。強い塩基を使わずに済むので、エステルなど塩基に弱い官能基を残したまま反応させられます(ウィリアムソンエーテル合成)。
K2CO3 は有機溶媒にほとんど溶けず、固体の表面で反応が進む不均一系です。炭酸セシウム(Cs2CO3)は、大きな Cs+ が陰イオンと緩くしか結びつかないため、DMF のような極性の非プロトン性溶媒に K 塩より溶けやすく、陰イオンが強く働きます。Pd 触媒の C–N カップリングでも、塩基に弱い基質向けの穏やかな塩基として使われます(バックワルド・ハートウィグ反応)。
なお、K2CO3 をメタノールに入れて酢酸エステルを外す条件(脱アセチル化)もよく使われます。メタノール中では炭酸塩とメタノールの平衡で少量のメトキシドができ、これがエステル交換を起こして酢酸メチルを外すと考えると理解できます。
アルコキシド——ナトリウムメトキシド・ナトリウムエトキシド・t-BuOK
ナトリウムメトキシドとナトリウムエトキシドの使い分け——エステルと「そろえる」
ナトリウムメトキシド(NaOMe)とナトリウムエトキシド(NaOEt)は、共役酸の pKa が水中で15.5と15.9で、強さはほとんど同じです。使い分けの基準は強さではなく、基質のエステルのアルコキシ基とそろえることです。
アルコキシドは塩基であると同時に求核剤でもあり、エステルのカルボニル炭素を攻撃します。エチルエステルの Claisen 縮合に NaOMe を使うと、メトキシドがエステルを攻撃してエトキシドと入れ替わり(エステル交換)、メチルエステルとエチルエステルが混ざった生成物になります。NaOEt を使えば、エトキシドがエチルエステルを攻撃しても、外れるのは同じエトキシドなので、何も変わりません。攻撃されても困らない求核剤を選ぶという発想です(クライゼン縮合、マロン酸エステル合成)。
溶媒も同じアルコールにそろえます。NaOEt はエタノール中で使い、NaOMe はメタノール中で使います。アルコール中では、アルコキシドより強い塩基を入れても溶媒のアルコールが先に脱プロトン化されて、結局その溶媒のアルコキシドになります(水平化効果)。またアルコキシドは水と反応して水酸化物を作るので、水が混ざるとエステルの加水分解(けん化)が起こります。乾いた試薬と溶媒を使うのはこのためです。
Claisen 縮合でアルコキシドを化学量論量使うのは、生成物の β-ケトエステル(アセト酢酸エチルで pKa 11、水中)がエタノール(15.9)よりずっと強い酸で、塩基に脱プロトン化されることが平衡を生成物側に引っぱる駆動力になっているからです。
t-BuOK——かさ高いアルコキシドと E2 のホフマン則
カリウム tert-ブトキシド(t-BuOK)は、酸素に tert-ブチル基が付いたかさ高いアルコキシドです。共役酸 t-BuOH の pKa は水中で17.0、DMSO 中で32.2で、どちらの溶媒でもメタノール(15.5、29.0)より大きく、より強い塩基です。
気相では、むしろ t-BuOH のほうがメタノールより酸性が強いことが知られています。溶液中で順序が逆転するのは、かさ高い t-BuO− は溶媒分子に取り囲まれにくく、負電荷が溶媒和で安定化されにくいからです。安定化されない陰イオンほど H+ を強く欲しがるので、溶液中では強い塩基になります。
かさ高さは求核性も下げます。t-BuO− は混み合った炭素の裏側に入り込みにくいので、ハロゲン化アルキルと反応させると、SN2 より E2 が優先しやすくなります。さらに、β 水素が複数あるとき、内側の混んだ H より、外側のすいた H を引き抜きやすいので、置換基の少ないアルケン(ホフマン生成物)が多くなります。これが E2 のホフマン則です。同じ基質を NaOEt で処理すると、置換基の多いザイツェフ生成物が主になります(ザイツェフ則とホフマン則)。
なお t-BuOK は、メチル基のように混んでいない炭素となら SN2 を起こせます。tert-ブチルメチルエーテルを作るとき「t-BuOK+ヨウ化メチル」が正解で、「NaOMe+塩化 tert-ブチル」では脱離が起こるのは、攻撃される炭素の混み具合が効くからです(ウィリアムソンエーテル合成)。
水素化ナトリウム(NaH)——不可逆に脱プロトン化する固体の塩基
水素化ナトリウム(NaH)は、H−(ヒドリド)を塩基として使う試薬です。H− が H+ を受け取ると H2 になり、共役酸 H2 の pKa は約36(水、推定値)です。アルコール(水中で15.5〜17)、フェノール、1,3-ジカルボニル化合物、HWE 反応のホスホン酸エステル、アミドの N–H などを脱プロトン化できます。
NaH の最大の特徴は、脱プロトン化が不可逆なことです。できた H2 は気体として系から抜けていくので、逆反応が起こりません。アルコールを NaH で処理すれば、平衡ではなく完全にアルコキシドに変わります。これがウィリアムソン合成でアルコールに NaH を使う理由です(ウィリアムソンエーテル合成)。
NaH はイオン結晶で、どの溶媒にも溶けません。反応は固体の表面で進むので、THF や DMF 中で懸濁させ、基質を加えて H2 の発生が収まるのを待ちます。ヒドリドは H+ を取る相手としては働きますが、NaH 単独では、ふつうカルボニル化合物の還元剤としては働きません。この点が、同じ「ヒドリド」でも溶けて H− を渡す NaBH4 や LiAlH4 と違うところです(LiAlH4 の還元)。
NaH をはじめ、有機リチウムや LDA など反応性の高い試薬を安全に止める方法はクエンチとは?反応を止める意味と試薬別の方法・注意点【DIBAL・LiAlH4】で試薬別にまとめています。
アミド塩基と有機リチウム——LDA・LiHMDS・NaNH2・n-BuLi
LDA——速度論的エノラートを作る非求核性の強塩基
LDA(リチウムジイソプロピルアミド)の共役酸ジイソプロピルアミンの pKa は THF 中で36です。ケトンやエステルの α 水素は、DMSO 中でアセトンが26.5、水を基準にした目安で20〜25です。溶媒が違うので厳密な差は出せませんが、どの物差しで見ても10近い開きがあるので、LDA はカルボニル化合物を残さず完全にエノラートに変えます。窒素の両側のイソプロピル基のおかげでカルボニル炭素への付加は起こりにくく、−78 °C の THF 中で、混み合っていない側の α 水素をすばやく取った速度論的エノラートができます。
アルコール溶媒中の NaOEt や t-BuOK では、ケトンの一部しかエノラートにならず、残ったケトンとエノラートが反応して自己縮合(アルドール反応)が起こります。エノラートを作ってから別の求電子剤(ハロゲン化アルキル、別のアルデヒド)を加えたいときに LDA を使うのは、このためです。LDA は、ジイソプロピルアミンに n-BuLi を加えてその場で作ることが多い試薬です。詳しくは LDA とは にまとめています。
LiHMDS・NaHMDS・KHMDS——LDA より穏やかなアミド塩基
LiHMDS(リチウムヘキサメチルジシラジド)は、窒素にトリメチルシリル基が2つ付いたアミド塩基です。共役酸 (Me3Si)2NH の pKa は THF 中で26で、LDA の共役酸(36)より10小さく、それだけ弱い塩基です。ケイ素が窒素上の負電荷を安定化するためです。
数値の上ではケトンの α 水素と同程度(しかも溶媒が違う)ですが、実際の合成ではケトン・エステルのエノラート生成に広く使われ、強すぎないぶん、塩基に弱い官能基をもつ基質や、立体中心が崩れやすい基質で選ばれます。対カチオンを Na+・K+ に替えた NaHMDS・KHMDS もあり、カチオンが変わるとエノラートの会合状態や反応性、E/Z 比が変わることがあります。リチウム塩を含まない条件で Wittig 反応のイリドを作るときにも NaHMDS や KHMDS が使われます(Wittig 反応)。
ナトリウムアミド(NaNH2)——液体アンモニア中の強塩基
ナトリウムアミド NaNH2 の共役酸 NH3 の pKa は、Evans の表で38(水を基準にした推定値)、DMSO 中で41です。末端アルキンの C–H(約25)を完全に脱プロトン化でき、ジハライドから HX を2回外してアルキンを作る反応の定番の塩基です。アルコキシド(共役酸の pKa 16前後)では末端アルキンを脱プロトン化できないことも、pKa の差から読めます(アルキンの作り方、末端アルキンの酸性)。
n-BuLi——いちばん強いが、求核剤でもある
n-ブチルリチウム(n-BuLi)の共役酸はブタンです。アルカンの C–H の pKa は約50が目安で(Evans の表の水の欄でメタン48・プロパン51。いずれも推定値)、表の中でも最も大きい部類です。そのため n-BuLi はこの記事で扱う塩基の中でいちばん強い塩基です。
ところが n-BuLi は、炭素上に負電荷が集まった強い求核剤でもあります。ケトンやアルデヒドに加えると、α 水素を取るより先にカルボニル炭素に付加(1,2-付加)してしまいます。だからケトンのエノラート化には n-BuLi を直接使わず、n-BuLi でジイソプロピルアミンを脱プロトン化して LDA を作ってから使います。「強さは n-BuLi、選択性は LDA」と分けて考えましょう。
n-BuLi が活躍するのは、カルボニル基のない基質です。末端アルキンの脱プロトン化(アセチリドアニオンのアルキル化)、臭化アリールなどとのハロゲン–リチウム交換、Wittig 試薬のイリド生成などに使います。ヘキサン溶液で市販されていて、空気や水と激しく反応し、発火の危険があります。注射器やカニューレで不活性ガス下に移し、THF 中では溶媒そのものを少しずつ分解するので、低温で使います。
目的別の塩基の使い分け早見表
ここまでの3つの軸をまとめて、合成でよく出会う場面ごとに、第一候補の塩基とその理由、避けたい塩基を並べます。
| やりたいこと | 第一候補 | 選ぶ理由 | 避けたい塩基(理由) |
|---|---|---|---|
| 酸塩化物・スルホニルクロリドでのアシル化・トシル化 | Et3N またはピリジン(+DMAP 触媒量) | 出てくる HCl を受け取る。DMAP は求核触媒 | NaOH 水溶液(酸塩化物が加水分解される) |
| 縮合剤によるアミド結合の形成 | DIPEA | かさ高く、活性化された中間体を横取りしない | 一級・二級アミンの塩基(自分がアミド化される) |
| ケトン・エステルのエノラートを完全に作る | LDA(−78 °C、THF)、塩基に弱い基質は LiHMDS | pKa の差が大きく、求核性が低い | NaOEt(一部しかエノラートにならず自己縮合)、n-BuLi(カルボニルに付加) |
| アルコールのアルキル化(ウィリアムソン合成) | NaH(THF・DMF) | H2 が抜けて不可逆に完全なアルコキシドになる | Et3N(弱すぎてアルコールを脱プロトン化できない) |
| フェノールのアルキル化 | K2CO3・Cs2CO3(アセトン・DMF) | フェノールは酸性が強く、弱い塩基で足りる。官能基を傷めにくい | — |
| ハロゲン化アルキルの E2 脱離 | DBU、t-BuOK(ホフマン生成物を狙うとき) | t-BuOK はかさ高く SN2 が競合しにくい。DBU は強く、均一系で使える | NaOMe(一級ハロゲン化物では SN2 が競合) |
| エチルエステルの Claisen 縮合 | NaOEt/エタノール | エステルとアルコキシ基がそろい、エステル交換が問題にならない | NaOMe(エステル交換)、NaOH(けん化) |
| Fmoc 基の除去 | ピペリジン(DMF 溶液) | E1cB の引き金になり、ジベンゾフルベンも捕まえる | — |
| 末端アルキンの脱プロトン化 | n-BuLi、NaNH2 | 共役酸の pKa がアルキン(約25)より十分大きい | NaOEt(共役酸の pKa が約16で足りない) |
| 後処理での酸の中和・カルボン酸の抽出 | NaHCO3 水溶液 | 弱いのでフェノールやエステルに手を出さない | NaOH 水溶液(エステルのけん化、フェノールも抽出される) |
表の「選ぶ理由」は、どれも3つの軸のどれかに当てはまります。アシル化とウィリアムソン合成の違いは強さ(HCl を受け取れば足りるか、アルコールそのものを脱プロトン化する必要があるか)、エノラート生成と脱離の塩基選びは求核性、フェノールのアルキル化で炭酸塩を使えるのは強さ(弱い塩基で足り、消費で平衡が引っぱられる)、という具合です。条件を見たら、まずどの軸で選ばれた塩基なのかを考えてみてください。
試験での問われ方
定期試験や院試の有機化学では、塩基は単独の知識としてではなく、反応の条件の一部として問われます。よく見かける形と、答え方の要点をまとめます。
- 「この反応に適した塩基を選び、理由を述べよ」:取りたい水素の pKa と、塩基の共役酸の pKa を数値で書き、差が十分あることを示す。求核性が問題になる場合は、かさ高さにも触れる
- 「エノラートのアルキル化に NaOEt ではなく LDA を使う理由」:pKa の差から、NaOEt ではエノラートが一部しかできず自己縮合が起こること、LDA なら完全にエノラートになり、かさ高く付加しないことを答える(アルドール反応)
- 「t-BuOK と NaOEt で主生成物が変わる理由」:かさ高い塩基は外側の β 水素を引き抜きやすく、ホフマン生成物が増える
- 「Claisen 縮合で NaOEt を使い、NaOMe や NaOH を使わない理由」:エステル交換とけん化を避けるため。化学量論量が要る理由(生成物の脱プロトン化が駆動力)もセットで
- 「ピリジンや Et3N を加えるのはなぜか」:HCl を受け取り、求核剤のプロトン化を防ぐため。ピリジンは求核触媒の働きもある
答案では、「強い塩基だから」「安定だから」で終わらせず、pKa の数値を2つ書いて差を取ることが部分点の分かれ目になります。その数値がどの溶媒の値かまで意識していれば、記述の説得力はさらに上がります。
まとめ
塩基の名前を反応ごとに覚えるより、3つの軸で「この塩基は何が得意で、何をしないか」を押さえるほうが、ずっと少ない記憶で多くの条件を説明できます。実験書の条件を読むたびに、どの軸で選ばれた塩基なのかを確かめる習慣をつけてみてください。
よくある質問
どちらも三級アルキルアミンで、塩基としての強さは近いのですが、求核性が違います。DIPEA は窒素に2つのイソプロピル基が付いていてかさ高いため、ハロゲン化アルキルなどの炭素を攻撃しにくく、四級アンモニウム塩になりにくい塩基です。そのため、塩基が求電子剤を横取りすると困るアミンのアルキル化、縮合剤によるアミド結合の形成、MOMCl による保護では DIPEA が選ばれます。酸塩化物によるアシル化で HCl を受け取るだけなら、安くて除きやすいトリエチルアミンで足ります。
DBU はイミン窒素で H+ を受け取り、できたアミジニウムイオンでは正電荷が2つの窒素に共鳴で分散して安定になるためです。共役酸が安定なほど、塩基は H+ を受け取りやすくなります。アセトニトリル中の共役酸の pKa は DBU が24.3、トリエチルアミンが18.8で、DBU のほうが約5.5大きい、つまり約30万倍強い塩基です。有機溶媒によく溶ける強い塩基なので E2 脱離によく使われますが、求核性はゼロではなく、反応性の高い求電子剤とは DBU 自身が反応することもあります。
水素化ナトリウムのヒドリド H− が H+ を受け取ると水素ガス H2 になり、気体として反応系から抜けていくためです。生成物の片方が系から出ていくので逆反応が起こらず、アルコールなどを平衡ではなく完全に脱プロトン化できます。そのかわり水素ガスが発生するので、容器を密閉せずガスの逃げ道を作り、基質は少しずつ加えます。水素化ナトリウムはどの溶媒にも溶けない固体なので、THF や DMF に懸濁させて使います。
tert-ブトキシドはかさ高い塩基なので、ハロゲン化アルキルの β 水素のうち、置換基に囲まれた内側の水素には近づきにくく、外側のすいた水素を引き抜きやすいためです。外側の水素が抜けると、置換基の少ないアルケン(ホフマン生成物)ができます。エトキシドのようなかさ高くない塩基では、より安定な置換基の多いアルケン(ザイツェフ生成物)が主になります。かさ高さは求核性も下げるので、t-BuOK では SN2 よりも E2 が優先しやすくなります。
DMAP はピリジンの4位にジメチルアミノ基が付いた化合物で、ジメチルアミノ基の孤立電子対が共鳴で環の窒素に電子を押し込むため、ピリジンより強い塩基で、求核性も高くなっています。共役酸の pKa は水中でピリジンが5.21、DMAP が9.2です。DMAP は酸無水物や酸塩化物と N-アシルピリジニウムイオンを作り、これがアルコールにアシル基を渡す求核触媒として働きます。ピリジンは溶媒を兼ねて多量に使い、DMAP は触媒量を加えて、酸を受け取る役はトリエチルアミンなどに任せます。
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