分液(液液抽出)とは、互いに混ざらない水と有機溶媒を分液漏斗の中で振り混ぜ、目的の物質を一方の層へ移して分ける操作です。有機合成の後処理では、ほぼ毎回この操作を行います。

手順そのものは単純ですが、「どちらが有機層か分からなくなった」「何回抽出すればいいのか」「白く濁って層が分かれない(エマルジョン)」と、初めのうちは必ずつまずきます。こうしたつまずきは、分液を2つの原理で見ると整理できます。物質は居心地のよい層へ移る(分配)こと、そして2つの層は密度の差で上下に分かれることです。

この記事では、この2つの原理から、溶媒の選び方、振り方、層の見分け方、抽出回数、酸・塩基を使った分け方、エマルジョンの対処までを説明します。

この記事で学ぶこと
・分液の原理(分配係数)と、少量ずつ複数回抽出するほうがよい理由
・分液漏斗の使い方、振り方、ガス抜きが必要な理由
・どちらの層が有機層かを確かめる方法
・酸・塩基で狙った物質を水層へ移す方法(中和と抽出)
・エマルジョンの原因と、簡単な順に試す対処法

分液の原理:物質は「居心地のよい層」へ移る

水と有機溶媒を振り混ぜると、溶けている物質は2つの層に分かれて存在し、やがて一定の比に落ち着きます。この比を分配係数 K といいます。

K = (有機層での濃度) ÷ (水層での濃度)

K が大きいほど有機層へ移りやすい物質です。何が K を決めるかというと、その物質が水分子とどれだけ強く相互作用できるかです。

  • イオン(塩)は水分子に強く取り囲まれる(水和する)ので、ほぼ水層に残る
  • OH や NH を多く持つ小さな分子は水と水素結合を作れるので、水層にも多く残る
  • 炭化水素部分が大きい中性の有機分子は水との相互作用が弱く、有機層へ移る。多くの医薬品や合成中間体が有機層へ移るのはこのため

分子どうしの相互作用の詳しい話は分子間力とは?を参照してください。後で出てくる「酸・塩基で物質を移す」操作も、「中性分子をイオンに変えて水層へ追い出す」という同じ原理です。

なぜ「少量ずつ何回も」抽出するのか

1回の抽出で水層に残る割合は、分配係数と溶媒の量で決まります。水層の体積を Vaq、1回に使う有機溶媒の体積を Vorg とすると、

1回抽出したあと水層に残る割合 = 1 ÷ (1 + K × Vorg ÷ Vaq)
n 回くり返したあと水層に残る割合 = (上の値)n

たとえば K = 2 の物質が水 100 mL に溶けているとします(計算のためのモデルです)。

使い方 水層に残る割合 有機層へ移った割合
150 mL で1回 1 ÷ (1 + 2 × 1.5) = 0.25 75%
50 mL で3回(合計は同じ150 mL) (1 ÷ (1 + 2 × 0.5))3 = 0.125 87.5%

同じ量の溶媒でも、分けて使うほうが多く回収できます。毎回新しい溶媒が「まだ何も溶けていない状態」から分配をやり直すので、残る割合が掛け算で小さくなっていくからです。分液を2〜3回くり返すのはこの理由によります。ただし回数を増やすほど手間と溶媒が増え、効果は少しずつ小さくなるので、TLC で水層に目的物が残っていないことを確かめて打ち切ります。

分液の基本手順

分液は下記の手順で進めるのが一般的です。

  1. 有機溶媒の選定
  2. 分液漏斗の選定
  3. 反応溶液の移動
  4. 振り混ぜて抽出する(ガス抜き)
  5. 層を分け、抽出をくり返す
  6. 有機層の洗浄・乾燥・濃縮

有機溶媒の選定

抽出に使う溶媒は、水と混ざらず、目的物をよく溶かすものを選びます。よく使うのは酢酸エチル、ジエチルエーテル、ジクロロメタンです。ヘキサンのような極性の低い溶媒は、極性の高い化合物を溶かしにくいので単独では使いにくくなります。

一方、メタノール、エタノール、アセトン、THF のように水と混ざる溶媒は抽出には使えません。反応溶媒がこれらの場合は、先にエバポレーターで除くか、抽出溶媒と水を十分に加えて層を作ります。

反応溶媒に DMF や DMSO のような高沸点で水と混ざる溶媒を用いた場合は、ジエチルエーテルや酢酸エチルとヘキサンの混合溶媒のような極性の低い抽出溶媒を使い、水(または塩化リチウム水溶液)で何度か洗って反応溶媒を水層へ移します。抽出溶媒の極性が高いと、DMF も有機層に一緒についてきてしまうためです。

分液漏斗の選定

反応溶媒の量、クエンチに使用した液体の量などを考慮し、分液漏斗の大きさを選択します。

このとき、洗い込みに使用する溶媒のことを忘れないようにしましょう。

また、十分に振ることができるように、液量が分液漏斗の容量の半分から3分の2程度に収まる、余裕を持ったサイズにすると良いです。上に空間がないと、振っても液が動かず2つの層が混ざりません。

反応溶液の移動

コックが閉まっていることを確かめてから、反応容器から分液漏斗に反応溶液を移動させます。容器に残った分は少量の抽出溶媒で洗い込みます。

有機溶媒の量は化合物が十分に溶けきるくらいにしましょう。

振り混ぜて抽出する(ガス抜き)

有機溶媒と水の量を大体同じにします。有機溶媒が少し多くても構いません。

栓を手のひらで押さえ、分液漏斗を逆さにしてコックを上に向けます。軽く1回振ったら、コックを開けて気体を放出します(先端を自分や人に向けない)。振る強さと回数を少しずつ増やしながらこれを繰り返し、ガスがほとんど出なくなったらしっかり振り混ぜます。

ガス抜きが必要な理由は2つあります。

  • 溶媒の蒸気:ジエチルエーテルやジクロロメタンのように沸点の低い溶媒は、振って手で温まると蒸気が増えて内圧が上がる
  • 二酸化炭素:酸を含む溶液を炭酸水素ナトリウム水溶液で洗うと、中和で CO2 が発生する。この場合は最初のガス抜きを特にこまめに行う

振り終えたらリングに立てて栓を外し、層がはっきり分かれるまで静置します。栓を付けたままだと、下の層を抜くときに空気が入らず液が落ちてきません。

どちらが有機層かを確かめる

2つの層は密度の大きいほうが下になります。水(密度 約 1.0 g/cm3)より軽い溶媒なら有機層は上、重い溶媒なら下です。

抽出溶媒 密度(g/cm3、およそ) 有機層の位置
ヘキサン 0.66 上
ジエチルエーテル 0.71 上
トルエン 0.87 上
酢酸エチル 0.90 上
ジクロロメタン 1.33 下
クロロホルム 1.48 下

ただし、これは目安にすぎません。水層に塩がたくさん溶けると水層の密度が上がり、有機層に重い化合物がたくさん溶けると有機層の密度が上がります。密度の近い組み合わせでは、上下が予想と逆になることがあります。

確実に見分ける方法:どちらかの層を少量取り、試験管の水に数滴落とします。混ざって消えれば水層、玉になって分かれれば有機層です。分液漏斗に直接水を数滴たらし、どちらの層に吸い込まれるかを見る方法もあります。
どちらの層も、作業が終わるまで捨てない:取り違えても、両方の層が手元にあればやり直せます。目的物を回収できたと確認してから廃棄しましょう。

層を分け、抽出をくり返す

下の層はコックから、上の層は分液漏斗の上の口から出します。上の層をコックから出すと、管の中に残った下の層が混ざってしまうからです。

前の節で見たとおり、抽出は2〜3回繰り返し、TLCで水層に目的物が残っていないか確認しましょう。

有機層の洗浄・乾燥・濃縮

集めた有機層は、必要に応じて水や飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で洗い、最後に飽和食塩水(ブライン)で洗います。有機層には水がわずかに溶け込んでいて、特に酢酸エチルやジエチルエーテルは水を多く含みます。濃い食塩水と接触させると、その水が食塩水側へ引き出されるので、次の乾燥が楽になります。

次に、無水硫酸ナトリウムや無水硫酸マグネシウムなどの乾燥剤を加え、残った水を取り除きます。乾燥剤がさらさらと動くようになれば十分です。乾燥剤をろ過して除いたあと、エバポレーターで溶媒を留去して(濃縮して)粗生成物を得ます。「乾燥」は水を除く操作、「濃縮」は溶媒を除く操作で、別の工程です。

すぐにカラムにかけない場合の保存方法は化合物の安定性によるので、分解しやすいものは冷蔵・冷凍で保管します。

抽出で得た粗生成物を精製するときは、固体なら再結晶、混合物ならカラムクロマトグラフィーを使います。

酸・塩基で狙った物質を水層へ移す(中和と抽出)

酸性や塩基性の化合物は、pH を変えるだけで層を移動させられます。中性分子は有機層へ、イオンは水層へという分配の原理をそのまま使う方法です。

移したい物質 洗う水溶液 水層での形
アミン(塩基) 希塩酸 アンモニウム塩 R3NH+Cl−
カルボン酸 炭酸水素ナトリウム水溶液 カルボン酸イオン RCOO−
フェノール 水酸化ナトリウム水溶液 フェノキシドイオン ArO−

どの水溶液を使うかはpKaで決まります。カルボン酸(pKa 4〜5 程度)は炭酸(pKa 約 6.4)より強い酸なので、炭酸水素イオンでも脱プロトン化されます。フェノール(pKa 約 10)は炭酸より弱い酸なので、炭酸水素ナトリウムでは脱プロトン化されず、水酸化ナトリウムが必要です。この差を使うと、カルボン酸とフェノールの混合物を分液だけで分けられます。

たとえば有機層に残ったトリエチルアミンなどのアミンを除きたいときは、希塩酸で洗えばアンモニウム塩として水層へ移ります(目的物自体が酸に弱い場合は、塩化アンモニウム水溶液のような弱い酸性の水溶液を使います)。逆に水層へ移した物質を取り戻したいときは、水層を中和して(アミンなら塩基性に、カルボン酸なら酸性にして)中性分子に戻し、あらためて有機溶媒で抽出します。

エマルジョンの解決方法

エマルジョンとは?

エマルジョンとは、一方の液体が細かい滴になって他方の液体の中に分散し、層がきれいに分かれなくなった状態です。分液漏斗の中では、2つの層の境目が白く濁った層になって残ります。

滴は本来、合体して大きくなり、密度の差で上下に分かれていきます。エマルジョンになるのは、この合体と沈降が妨げられているときです。

エマルジョンの原因

エマルジョンの主な原因は以下のとおりです。

  • 有機層と水層の密度が似ている:上下に分かれようとする力が弱く、滴がなかなか沈まない
  • 界面活性剤のようにはたらく物質がある:分子内に水になじむ部分と油になじむ部分を持つ物質(長い炭素鎖のカルボン酸塩など)が滴の表面に並び、滴どうしの合体を妨げる。塩基性の水溶液で洗ったときに起こりやすい
  • 細かい固体が浮いている:微粒子が滴の表面に付いて、合体を物理的にさまたげる
  • 振り方が激しすぎる:滴が細かくなりすぎる

予防としては、エマルジョンができやすい系では激しく振らず、ゆっくり上下に反転させる程度にとどめます。

エマルジョンの解決方法

エマルジョンへの対応は簡単なものから試すべきです。

以下の順番で試してみましょう。

  1. 一定時間放置する。待つだけで滴が合体して分かれることは多い。
  2. 分液漏斗を静かに旋回させる、またはガラス棒で境目を軽くかき混ぜる。滴どうしをぶつけて合体を促す(ジクロロメタン/水で有効なことが多い)。
  3. 飽和食塩水や固体の NaCl を加える(下記)。
  4. セライトを敷いたろ紙でろ過する。原因が細かい固体なら、固体を除くと分かれる。
  5. 遠心分離する。量が少なければ遠心管に移して遠心力で沈降を速める。

具体例

NaClの添加

NaCl を加えると、2つの効果があります。1つは水層の密度が上がり、有機層との密度差が大きくなること(酢酸エチルやエーテルのように有機層が上になる場合)。もう1つは塩析で、水分子が塩のイオンの水和に使われるぶん、有機物が水層に溶けにくくなり有機層へ押し出されます。

反応溶媒にTHFを使用した場合は水層とTHFが混合しやすいので、NaClの添加が有効です。塩析で THF が水層から追い出され、層が分かれやすくなります。

ペンタンの添加

有機層が上になる系(酢酸エチル・エーテルなど)では、有機溶媒の中で最も密度の低いものの一つであるペンタンを添加することで、有機層の密度を下げて水層との差を広げることができます。ジクロロメタンが下層の系では、ペンタンを加えると逆に密度差が縮むので使いません。

しかし、ペンタンを添加すると有機層の極性が下がり、有機層の極性化合物を抽出する能力に悪影響を与える可能性があるので最終手段として用いるべきです。

有機溶媒または水の追加(希釈)

抽出溶媒を足して有機層を薄めたり、水を足して水層を薄めたりすると、密度や濃度が変わって分かれることがあります。界面活性剤のようにはたらく物質の濃度が下がる効果もあります。ただし液量が増えるので、分液漏斗の容量に注意してください。

分液漏斗を加熱しない:ジクロロメタンやジエチルエーテルは沸点が低く、温めると蒸気で内圧が急に上がります。エマルジョンを壊す目的でも、分液漏斗ごと加熱するのは避けましょう。

固体が析出してしまったとき

層の境目や底に固体が出たときは、まず溶媒か水を足して溶けるか確かめます。溶けない固体(無機塩や副生成物)は、そのまま分液するとコックを詰まらせたりエマルジョンの原因になったりするので、ろ過して除いてから分液します。固体が目的物である可能性もあるので、捨てる前に TLC で確認しましょう。

番外編

系中が黒くなったとき

有機層と水層がともに黒くて境界がわからなくなったときは、NMRのサンプルチューブを挿してみてください。管の中に吸い込まれた液の高さの違いで、境界が見えやすくなります。強いライトで横から照らすのも有効です。

まとめ

・分液は「物質は居心地のよい層へ移る(分配)」と「密度の大きいほうが下」の2つの原理で動く
・同じ溶媒量なら、少量ずつ複数回抽出したほうが多く回収できる
・ガス抜きは溶媒蒸気と CO2 のため。層の上下は滴下テストで確かめ、終わるまで両方の層を捨てない
・酸・塩基で中性分子をイオンに変えれば、狙った物質を水層へ移せる(どの水溶液を使うかは pKa で決まる)
・エマルジョンは、放置→旋回→食塩→ろ過→遠心の順に試す

分液は、化学や生物学などの実験で頻繁に行われる重要な操作です。原理が分かっていれば、初めて扱う系でも「なぜ分かれないのか」「どこに目的物があるのか」を自分で判断できるようになります。

よくある質問

分液漏斗で水層が下になるのはどんなときですか?

水層が下になるのは、抽出溶媒が水より軽いときです。酢酸エチル、ジエチルエーテル、ヘキサン、トルエンは水より密度が小さいので、有機層が上、水層が下になります。ジクロロメタンやクロロホルムは水より重いので、有機層が下になります。ただし水層に塩が多く溶けていると水層の密度が上がるため、少量を水に滴下して確かめるのが確実です。

分液の抽出は1回ではだめなのですか?

1回では目的物が水層に残りやすくなります。同じ量の溶媒でも、少量ずつ複数回に分けて抽出したほうが、新しい溶媒で毎回分配がやり直されるため、水層に残る割合が掛け算で小さくなります。分配係数が2の物質が水100 mLに溶けている場合、150 mL で1回では75%、50 mL で3回では87.5%が有機層へ移る計算です。通常は2〜3回抽出し、TLCで水層を確認します。

有機層に残ったアミンを水層へ移すにはどうすればよいですか?

希塩酸などの酸性水溶液で有機層を洗います。アミンはプロトン化されてアンモニウム塩になり、イオンになるので水層へ移ります。目的物が酸に弱い場合は、塩化アンモニウム水溶液のような弱い酸性の水溶液を使います。水層へ移したアミンを回収したい場合は、水層を塩基性にして中性のアミンに戻し、有機溶媒で再び抽出します。

エマルジョンが消えないときはどうすればよいですか?

簡単な方法から順に試します。まず放置し、次に分液漏斗を静かに旋回させます。それでも分かれなければ飽和食塩水や固体のNaClを加えて水層の密度とイオン濃度を上げます。細かい固体が原因ならセライトでろ過すると分かれます。量が少なければ遠心分離も有効です。低沸点溶媒を含む分液漏斗を加熱するのは、内圧が急上昇するので避けます。

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