フェノールとは?何性か・フェノール性ヒドロキシ基と弱酸性になる理由
同じ –OH をもつのに、エタノールは中性でフェノールは弱酸性。エタノールに臭素水を加えても何も起こらないのに、フェノールではすぐに白い沈殿ができる。こうした違いは覚える事項の羅列に見えますが、実は1つの事実から全部出てきます。酸素の孤立電子対が、ベンゼン環のπ電子と共役していることです。
フェノール(phenol)は、芳香族環(主にベンゼン)にヒドロキシ基(–OH)が直接結合した化合物群です。構造的にはアルコールの一種と考えられますが、共鳴による酸性の強まりや芳香族求電子置換反応への高い反応性など、独自の化学的特徴を持っています。
この記事では、フェノール官能基の基本構造、何性か、酸性の理由、特徴的な反応、検出法、合成法、そして医薬品や高分子材料としての応用まで、この1本の軸で読んでいきます。
フェノールとは——構造と命名法

フェノールは、芳香環にヒドロキシ基(–OH)が直接結合した化合物で、芳香族ヒドロキシ化合物とも呼ばれます。
Ar–OH(Ar:芳香環)
最も単純なフェノールは C6H5OH(分子量 94)です。–OH が付いている炭素は芳香環の sp2 炭素で、ここがアルコール(sp3 炭素に –OH)との決定的な違いになります。
なお「フェノール」という言葉は、化合物 C6H5OH ひとつの名前であると同時に、芳香環に –OH が直接付いた化合物の総称(フェノール類)としても使われます。クレゾール(メチルフェノール)、ナフトール、カテコールなどはすべてフェノール類です。
IUPAC命名法
- 最も単純な化合物:C6H5OH → 「フェノール(phenol)」
- 置換基の位置を示して命名(例:2-クロロフェノール)。番号は –OH の付いた炭素を1位として振る
- 複数のヒドロキシ基を持つものは「ジヒドロキシベンゼン」などと表記(IUPAC名では「ベンゼン-1,2-ジオール」のように「ジオール」で表す)
代表例
- フェノール(C6H5OH)
- カテコール(1,2-ジヒドロキシベンゼン)
- レゾルシノール(1,3-ジヒドロキシベンゼン)
- ヒドロキノン(1,4-ジヒドロキシベンゼン)
- p-クレゾール(4-メチルフェノール)
多置換の芳香族化合物で、どの置換基を親にして番号を振るかはアルコールとフェノールの命名法で例題つきで扱っています。
フェノールは何性か——弱酸性(炭酸より弱い酸)
結論から言うと、フェノールは弱酸性です。水に溶かすと –OH の水素がわずかに H+ として外れ、フェノキシドイオン C6H5O− を生じます。
C6H5OH + H2O ⇌ C6H5O− + H3O+ (pKa 約10)
pKa 約10 というのは、酢酸(4.8)より5桁以上弱く、エタノール(16)より6桁強い位置です。代表的な酸を強い順に並べると、フェノールの立ち位置がはっきりします。
| 酸 | pKa(水中) | 何性か・位置づけ |
|---|---|---|
| 塩酸 HCl | −7 前後 | 強酸。水中で完全に電離する |
| 酢酸(カルボン酸) | 4.8 | 弱酸性。炭酸より強いので NaHCO3 と反応して CO2 を出す |
| 炭酸 H2CO3(第一段) | 6.4 | カルボン酸とフェノールの「境目」 |
| フェノール | 10.0 | 弱酸性。炭酸より弱いので NaHCO3 とは反応しない |
| 水 H2O | 15.7 | 中性の基準 |
| エタノール | 16 | 中性。水とほぼ同じ強さ |
この並びから、高校化学でもおなじみの事実が2つ出てきます。1つは、フェノールは水酸化ナトリウムとは中和して溶けるが、炭酸水素ナトリウムとは反応しないこと。もう1つは、ナトリウムフェノキシドの水溶液に二酸化炭素を吹き込むとフェノールが遊離する(弱い酸の塩に、より強い酸を加えると弱い酸が追い出される)ことです。
pKaで言い直すと、酸塩基の平衡は「強い酸+強い塩基 → 弱い酸+弱い塩基」の向きに進みます。フェノール(10.0)と水酸化物イオン(共役酸の水が 15.7)の組では、平衡定数はおよそ 105.7 で、ほぼ完全に右に進みます。相手が炭酸水素イオン(共役酸の炭酸が 6.4)だと平衡定数は 10−3.6 で、ほとんど進みません。この計算のしかたはpKa表の使い方で手順を追って説明しています。
フェノール性ヒドロキシ基とは
フェノール性ヒドロキシ基とは、芳香環の炭素に直接結合したヒドロキシ基(–OH)のことです。同じ –OH でも、sp3 炭素に付いたものはアルコール性ヒドロキシ基と呼んで区別します。
この区別が重要なのは、性質がまったく違うからです。フェノール性ヒドロキシ基は弱酸性で水酸化ナトリウム水溶液と中和し、塩化鉄(III)水溶液で呈色します。アルコール性ヒドロキシ基は、そのどちらも示しません。1つの分子に両方がある場合も、それぞれの –OH を別々に判定します。
| 化合物 | –OH が付いている炭素 | 判定 |
|---|---|---|
| フェノール C6H5–OH | ベンゼン環の炭素 | フェノール性 |
| p-クレゾール | ベンゼン環の炭素 | フェノール性 |
| サリチル酸(o-ヒドロキシ安息香酸) | ベンゼン環の炭素(別にカルボキシ基もある) | フェノール性+カルボキシ基 |
| チロシン(アミノ酸)の側鎖 | ベンゼン環の炭素 | フェノール性 |
| ベンジルアルコール C6H5–CH2–OH | 環の外の CH2(sp3 炭素) | アルコール性 |
| シクロヘキサノール | 環の炭素だが芳香環ではない(sp3 炭素) | アルコール性 |
なぜ「芳香環に直接付いているか」がこれほど効くのか。理由は次の節の1本の軸にまとまります。
性質を決める1本の軸——「芳香環に付いたOH」で何が変わるか
フェノールはアルコールの –OH が芳香環に付いただけですが、性質は2方向に大きく変わります。酸性が桁違いに強くなり、芳香環が極端に活性化される——どちらも酸素の孤立電子対が環と共鳴することから出ています。
フェノールの酸素は芳香環の sp2 炭素に付いているので、孤立電子対の1組が入った p 軌道を、環のπ電子の p 軌道と平行にそろえることができます。こうして孤立電子対は環のπ系に流れ込みます(共役)。アルコールの酸素は sp3 炭素に付いていて、流れ込む先のπ系がありません。この1点から、フェノールの性質は次の表のように読めます。
| 性質 | 酸素と環の共役が何をするか | 結果 |
|---|---|---|
| 酸性 | H+ が外れたあとの負電荷を、環のオルト位・パラ位へ逃がす | pKa 約10。アルコールより約6桁強い酸 |
| 環の反応性 | 環に電子を押し込み、オルト位・パラ位を電子豊富にする | 臭素水と無触媒で三置換、弱い求電子剤(ジアゾニウムイオン、CO2 はフェノキシドにすれば)とも反応 |
| 酸素の求核性 | 孤立電子対の一部が環に使われ、中性のフェノールの酸素は求核性が弱い | エステル化には酸無水物・酸塩化物を使う。脱プロトン化したフェノキシドは強い求核剤 |
| C–O 結合 | sp2 炭素との結合がもともと強いうえ、共役で部分的な二重結合性をもつ | 酸を加えても –OH が外れない(SN1・SN2・脱水が起こらない) |
| ラジカル | O–H が切れて生じたフェノキシラジカルの不対電子を環へ分散する | ラジカル連鎖を止める酸化防止剤としてはたらく |
以下の節は、すべてこの表のどれかの行の詳しい説明になっています。
フェノールとアルコールの違い(要点)
アルコールとの違いは、要点だけ表にまとめておきます。命名・沸点・合成・反応までの詳しい比較は、アルコールとフェノールの記事全体(17.1〜17.10 の各節)で扱っています。
| フェノール | アルコール(エタノール) | なぜ | |
|---|---|---|---|
| 酸性度 pKa | 約10 | 約16(アルコール一般は16〜18) | 脱プロトン後のフェノキシドが環への共鳴で安定化される。106倍強い |
| 何性か | 弱酸性 | 中性 | アルコールの pKa は水とほぼ同じ |
| NaOH水溶液に溶けるか | 溶ける(塩になる) | 溶けない | この差がそのまま分離法になる |
| 炭酸水素ナトリウムでは | 溶けない | 溶けない | カルボン酸(pKa約5)とはここで区別できる |
| 塩化鉄(III)水溶液 | 呈色する(紫系) | 呈色しない | フェノール性–OHが鉄(III)に配位して錯体をつくる |
| 芳香族求電子置換 | 非常に速い | — | –OH は強い電子供与基。オルト・パラ配向性 |
| 酸化されると | キノン類 | アルデヒド・ケトン・カルボン酸 | フェノールには –OH の付いた炭素上に H が無い |
環が活性化されている度合いは、臭素水を加えるだけで分かります。触媒なしに常温で反応が進み、2,4,6-トリブロモフェノールの白色沈殿が直ちに生じます。普通のベンゼンならFeBr3のような触媒が必要なので、違いは歴然です。
フェノールの酸性とその理由
フェノールは、アルコールと比較して酸性が強い(pKa ≈ 10)という特徴があります。
酸性の強さの理由
- 脱プロトン後のフェノキシドアニオン(Ar–O−)が芳香環と共鳴し安定化される
- この共鳴構造が電荷を分散させる
酸の強さは、H+ を放したあとの共役塩基がどれだけ安定かで決まります。エタノールが H+ を放すとエトキシドイオン CH3CH2O− になり、負電荷は酸素1個に閉じ込められたままです。一方フェノキシドイオンでは、酸素の負電荷が環のπ系に流れ込み、2つのオルト位とパラ位の炭素にも分散します。共鳴構造を書くと、負電荷が酸素にある構造に加えて、オルト位(2つ)・パラ位に負電荷がある構造が書けます(合計4つ。負電荷が酸素にある構造をベンゼン環のケクレ構造2通りで別々に数えると5つになり、アルコールとフェノールの「5種の共鳴構造」はこの数え方です)。
ただし、負電荷の大部分はやはり酸素の上にあります。酸素は炭素より電気陰性度が大きく、負電荷を引き受けやすいからです。炭素に移る負電荷は一部にすぎず、そのためフェノールはカルボン酸ほど強い酸にはなりません。カルボキシラートイオンでは負電荷が電気陰性な2つの酸素に等しく分散しますが、フェノキシドイオンでは負電荷を逃がす先が炭素です。この違いが、カルボン酸(pKa 約5)とフェノール(約10)の5桁の差になっています。
さらに、–OH の付いた sp2 炭素は sp3 炭素より s 性が大きく電子を引きつけやすいので、誘起効果の面でも酸性を強める方向にはたらきます。主役は共鳴、脇役が誘起効果と考えてください。
そのため、フェノールは水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液では脱プロトンされて溶けますが、より弱い塩基の炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)では反応しない点がカルボン酸との識別に使われます。
置換基でpKaが変わる理由——ニトロフェノールが強い酸になるわけ
酸性の理由が「フェノキシドの負電荷が環に広がること」だと分かると、置換基の効果も同じ理屈で予測できます。負電荷を引き受けてくれる置換基(電子求引基)は酸性を強め、電子を押し込む置換基(電子供与基)は酸性を弱めます。
| 化合物 | pKa | 置換基のはたらき |
|---|---|---|
| p-アミノフェノール | 10.46 | 電子供与(共鳴)。負電荷を押し返すので弱くなる |
| p-メチルフェノール(p-クレゾール) | 10.17 | 弱い電子供与。少し弱くなる |
| フェノール | 9.89 | 基準 |
| p-クロロフェノール | 9.38 | 電子求引(誘起効果)。少し強くなる |
| m-ニトロフェノール | 約8.4 | 電子求引(誘起効果のみ) |
| p-ニトロフェノール | 7.15 | 電子求引(共鳴+誘起効果) |
| 2,4,6-トリニトロフェノール(ピクリン酸) | 約0.3〜0.4 | オルト・パラの3か所すべてにニトロ基 |
フェノールと p-置換体の値は McMurry の表17.1、m-ニトロフェノールとピクリン酸はデータ集(Reusch の酸性度表など)の値です。フェノールの 9.89 は本文の「約10」と同じものです。注目してほしいのはニトロ基の位置で効き方が変わる点です。フェノキシドの負電荷が共鳴で届くのはオルト位とパラ位の炭素だけでした。ニトロ基がパラ位(またはオルト位)にあると、そこまで運ばれてきた負電荷をニトロ基の酸素まで共鳴で運べます。ところがメタ位のニトロ基は、負電荷が届かない炭素に付いているので、共鳴では受け取れず、誘起効果で引くだけです。p-ニトロフェノールが m-ニトロフェノールより1桁あまり強い酸なのはこのためです。
ニトロ基を3つ持つピクリン酸では、この効果が3か所で重なり、pKa は0付近まで下がります。名前に「酸」が付くのもうなずける強さです。置換基の電子効果そのものは誘起効果と共鳴効果で整理しています。
フェノールの物理的性質——なぜ室温で固体なのか
フェノールは融点約41 °C、沸点約182 °C で、室温では無色の結晶です(空気中で少しずつ酸化され、赤みを帯びやすい)。分子量がほぼ同じトルエン(分子量 92・沸点約111 °C)と比べると、沸点は約70 °C も高くなります。2つの違いは –CH3 が –OH に変わっただけなので、この差は分子どうしの水素結合から来ています。–OH の水素が、隣の分子の酸素の孤立電子対に引きつけられるのです。
水に対しても –OH が水素結合をつくるので、フェノールはベンゼンよりずっと水に溶けます。ただし疎水的なベンゼン環が大きいので、エタノールのように水とどんな割合でも混ざるわけではありません。水酸化ナトリウム水溶液によく溶けるのは、イオン(フェノキシドイオン)になって水和されるからです。水素結合と沸点の関係は分子間力で詳しく扱っています。
フェノールの主な化学反応
フェノールの反応は、どこが反応するかで3つに分けると整理できます。環の炭素(芳香族求電子置換)、酸素(エステル化・エーテル化)、そして分子全体の酸化です。どれも「酸素の孤立電子対が環と共役している」ことで説明がつきます。
① 芳香族求電子置換反応(EAS)
フェノール環は電子供与性の–OHの影響で活性化されており、求電子試薬と反応しやすい。
- ハロゲン化(例:臭素水で2,4,6-トリブロモフェノールの白色沈殿が生成)
- ニトロ化(希硝酸で o-・p-ニトロフェノール、濃硝酸と濃硫酸で2,4,6-トリニトロフェノール=ピクリン酸)
- スルホン化(濃H2SO4使用)
なぜオルト位とパラ位に入り、しかも速いのか。芳香族求電子置換の律速段階は、求電子剤が環を攻撃して陽イオン中間体(アレーニウムイオン、σ錯体)ができる段階です。たとえばパラ位(C4)を攻撃すると、正電荷は攻撃された炭素の両隣の C3・C5(–OH から見てメタ位の2つの炭素)と、C1(–OH の付いた ipso 位)に分散します。オルト位(C2)を攻撃した場合も、正電荷の行き先は C1・C3・C5 で、やはり ipso 位が含まれます。つまりオルト・パラ攻撃では、中間体の共鳴構造の1つで正電荷が–OH の付いた炭素の上に来ます。するとすぐ隣の酸素が孤立電子対を差し出して C=O+ の形(オキソニウムイオン)をつくれます。この構造ではすべての原子がオクテットを満たしているので、中間体が大きく安定化され、そこへ至る遷移状態も低くなります。メタ位を攻撃した場合は、正電荷が –OH の付いた炭素に来る共鳴構造が書けないので、この助けが得られません。
臭素水で一置換で止まらず三置換まで進むのは、環がこれほど活性化されているうえ、水のような極性溶媒中では Br–Br 結合の分極も進みやすいからです。一置換で止めたいときは、極性の低い溶媒中・低温で臭素を作用させると、主に p-ブロモフェノールが得られます。配向性の一般論は置換基効果(o/p配向・m配向)、機構の全体像は求電子的芳香族置換で扱っています。
② アゾ化反応
ジアゾニウム塩とカップリングしてアゾ化合物(染料)を形成。
ジアゾニウムイオンは弱い求電子剤で、普通のベンゼン環とは反応しません。フェノールのように孤立電子対で強く活性化された環だからこそ反応できます。反応は弱塩基性で行います。フェノールをフェノキシドイオンにしておくと、負電荷をもつ酸素が環へさらに強く電子を押し込むので、反応が速くなるからです。置換はおもにパラ位に起こります。カップリングの条件と色がつく理由はアゾ基、ジアゾニウム塩そのものはジアゾニウム塩とサンドマイヤー反応で詳しく説明しています。
③ エステル化(エステル合成)
- フェノール + 酸無水物 or 酸塩化物 → アリールエステル
- 芳香族エステルは香料や医薬品で重要
アルコールならカルボン酸と酸触媒で Fischer エステル化ができますが、フェノールはカルボン酸と直接ではエステルになりにくいので、酸無水物か酸塩化物を使います。理由は、フェノールの酸素の孤立電子対が環との共役に使われていて、中性のフェノールの酸素は求核剤として弱いからです。より反応性の高いアシル化剤を相手にすれば反応します。代表例が、サリチル酸のフェノール性 –OH を無水酢酸でアセチル化してアセチルサリチル酸(アスピリン)をつくる反応です。エステルの性質と反応はエステル、作り方の比較はエステル化反応で扱っています。
④ エーテル化——フェノキシドを使うWilliamson合成
フェノールの pKa は約10なので、NaOH や炭酸カリウムのような比較的弱い塩基でもフェノキシドイオンにできます。アルコールをアルコキシドにするには NaH や金属ナトリウムが要るのと対照的です。フェノキシドイオンは負電荷をもつ強い求核剤で、第一級ハロゲン化アルキルを SN2 で攻撃してアリールアルキルエーテルを与えます(例:ヨードメタンと反応させるとアニソール)。
逆の組み合わせ(ハロゲン化アリール+アルコキシド)は使えません。ハロゲン化アリールの炭素の背面は環にふさがれていて、SN2 の背面攻撃ができないからです。組み合わせの選び方はウィリアムソンエーテル合成で詳しく説明しています。
⑤ Kolbe–Schmitt反応——サリチル酸の合成
ナトリウムフェノキシドに二酸化炭素を加圧・加熱下で作用させると、オルト位にカルボキシ基が入ったサリチル酸ナトリウムが生じ、酸で処理するとサリチル酸が得られます。これがKolbe–Schmitt反応で、アスピリンの原料をつくる工業的な方法です。
CO2 は弱い求電子剤です。フェノキシドイオンにしておくと、負電荷をもつ酸素が環をさらに強く活性化し、CO2 の炭素を攻撃できるようになります。ここでも「pKa 約10 だから NaOH で簡単にフェノキシドにできる」ことが効いています。
⑥ 酸化反応
- 空気中で容易に酸化 → キノン類や高分子の変色原因
- ヒドロキノン → p-ベンゾキノン など
アルコールの酸化は、–OH の付いた炭素の水素が外れて C=O ができる反応でした。フェノールの –OH の付いた炭素には水素が無いので、同じ形の酸化は起こりません。代わりに環全体が酸化されてキノンになります。とくにヒドロキノンと p-ベンゾキノンは、電子2個と H+ 2個のやり取りで可逆的に行き来するので、生体内の電子の運び手(ユビキノン)にも同じ骨格が使われています。キノンと生化学のつながりはアルコールとフェノールの「フェノールの反応」の節で扱っています。
起こらない反応——アルコールとの決定的な違い
アルコールでおなじみの反応のうち、フェノールでは起こらないものがあります。ハロゲン化水素で –OH をハロゲンに置き換える反応と、酸による脱水です。理由は3つ重なっています。
・C–O 結合が sp2 炭素との結合で強いうえ、酸素の孤立電子対との共役で部分的な二重結合性をもつ
・SN2 の背面攻撃は、環が邪魔をしてできない
・SN1 で水が抜けるとアリールカチオンになるが、その空の軌道は環のπ系と直交していて共鳴の助けが得られず、非常に不安定
アリールカチオンが不安定な理由はカルボカチオンの安定性の「不安定なカルボカチオン」の節と同じ話です。
フェノールの検出法
① 塩化鉄(III)による呈色反応
フェノール類の定性試験として有名。フェノールに塩化鉄(III)水溶液を加えると紫色に呈色します。フェノール性の –OH(フェノキシド)が鉄(III)イオンに配位して錯体をつくるためで、色は化合物によって紫〜青〜緑と変わります。アルコール性の –OH では呈色しません。
なお、エノール(C=C–OH)の構造をとる化合物も塩化鉄(III)で呈色することがあります。呈色は「フェノールだけの性質」というより、「鉄(III)に配位できる、二重結合と共役した –OH の性質」と理解しておくと例外に強くなります。
② 臭素水による白色沈殿
臭素水を加えると、触媒なしで 2,4,6-トリブロモフェノールの白色沈殿が生じます。アルケンも臭素水の色を消しますが、沈殿はできません。「臭素水の色が消える+白い沈殿」がフェノールのしるしです。
③ 臭気・呈色変化
- 一部のフェノールは独特の臭気を持つ
- 酸化により呈色するため、変色に注意
分離と見分け方の手順
水層に移ったナトリウムフェノキシドは、塩酸などで酸性にするとフェノールに戻って水に溶けにくくなるので、有機溶媒で抽出し直して回収します。分液漏斗の扱い方は分液漏斗の使い方で解説しています。アルコールとの見分け方を試薬ごとにまとめると次のとおりです。
| 試薬 | フェノール | アルコール | 見分けられる理由 |
|---|---|---|---|
| NaOH 水溶液 | 中和して溶ける | 塩にならない | pKa 10 と 16 の差 |
| 塩化鉄(III) 水溶液 | 紫系に呈色 | 呈色しない | フェノキシドが鉄(III)に配位する |
| 臭素水 | 白色沈殿 | 変化しない | 環が強く活性化されている |
| 金属ナトリウム | H2 発生 | H2 発生 | 見分けられない(どちらも –OH をもつ) |
フェノールの合成法
① クメン法(工業的製法)
- ベンゼン + プロピレン → クメン
- 空気酸化後、加水分解して得る
クメンの中央の炭素の C–H は、第三級でありながらベンジル位でもあるため、分子内でもっとも切れやすい C–H です。空気酸化がその位置だけで選択的に起こるのはこのためで、副生するアセトンも製品になります。空気酸化の機構は自動酸化で扱っています。
② アリールスルホン酸からの加水分解
③ クロロベンゼンの水酸化ナトリウム処理
実際には NaOH 中でまずナトリウムフェノキシド(C6H5ONa)が生じ、酸で処理してはじめてフェノールになります(②の NaOH による加水分解も同じです)。
高温・高圧という厳しい条件が要るのは、ハロゲン化アリールが通常の SN2 を起こさないからです。この条件では、ベンザインを経由する脱離–付加の経路が知られています。詳しくはベンザイン機構を参照してください。
④ ジアゾニウム塩の加水分解(実験室での方法)
実験室では、アニリンをジアゾ化して得たジアゾニウム塩の水溶液を温めると、N2 が抜けてフェノールが得られます。ジアゾ化を0〜5 °C の氷冷下で行うのは、温度が上がるとこの分解が速やかに進んでしまうからです。
フェノールの応用例
① 医薬品・消毒薬
- フェノール自体が消毒作用あり(石炭酸)
- アスピリン(サリチル酸誘導体)
アスピリンは、上で見た Kolbe–Schmitt 反応でつくったサリチル酸のフェノール性 –OH をアセチル化したものです。医薬品としての話はアスピリン・NSAIDsで扱っています。
② 色素・染料
- アゾ染料、トリフェニルメタン色素の構造に含まれる
- pH指示薬のフェノールフタレインも、フェノール由来の環を2つ含む構造をもつ
③ 高分子原料
- フェノール樹脂(フェノール + ホルムアルデヒド)
フェノール樹脂ができるのも、–OH で活性化されたオルト位・パラ位がホルムアルデヒドと反応できるからです。1分子のフェノールに反応できる位置が3か所あるので、分子どうしが三次元の網目状につながり、加熱しても融けない硬い樹脂(熱硬化性樹脂)になります。
④ 抗酸化剤
- BHT(ジブチルヒドロキシトルエン)など食品・樹脂添加剤
フェノール類が酸化防止剤になるのは、O–H の水素をラジカルに渡しやすいからです。水素を渡したあとに残るフェノキシラジカルは、不対電子が環に分散して安定なので、それ以上連鎖を進めません。BHT は –OH の両隣に大きな tert-ブチル基があり、生じたラジカルを立体的にも守っています。生体膜の中で同じ役目をしているのがビタミンE(α-トコフェロール)のフェノール部分です。しくみは自動酸化の「酸化防止剤」の節で詳しく説明しています。
フェノールの安全性と取扱い
- 皮膚への吸収性が高く、毒性あり → 手袋・換気が必要
- 酸化により着色・変質しやすい → 遮光容器で保管
- 強塩基と反応して熱を発するため注意
- 皮膚に対して腐食性がある → 付着したらただちに大量の水で洗い流し、指導者に報告する
院試・定期試験での問われ方
フェノールは次の型で問われます。どの型も、「なぜその性質になるか」を pKa と共鳴で説明するところまで答えるのが目標です。
・酸性度の順番:カルボン酸・フェノール・アルコール・置換フェノールを酸性の強い順に並べ、理由を共役塩基の共鳴で説明する。
・分離操作:カルボン酸・フェノール・中性物質の混合物を、NaHCO3 水溶液と NaOH 水溶液で分ける手順を書く。
・配向性と生成物:フェノールの臭素化・ニトロ化の生成物を答え、オルト・パラ配向の理由をアレーニウムイオンの共鳴構造で示す。
・官能基の判定:構造式の中のフェノール性ヒドロキシ基とアルコール性ヒドロキシ基を見分け、塩化鉄(III)で呈色するかを答える。
酢酸 > p-ニトロフェノール > フェノール > エタノール(pKa はそれぞれ 4.8、7.15、約10、16)。
酢酸は共役塩基の負電荷が電気陰性な2つの酸素に等しく分散するので最も強い。フェノールは負電荷が環のオルト位・パラ位の炭素へ分散するので、負電荷が酸素1つにとどまるエタノールより強い。p-ニトロフェノールは、パラ位まで運ばれた負電荷をニトロ基の酸素がさらに共鳴で受け取るので、フェノールより強くなる。
①まず NaHCO3 水溶液で振ると、カルボキシ基をもつサリチル酸だけが塩になって水層へ移る(フェノール性 –OH は炭酸より弱い酸なので反応しない)。
②残ったエーテル層を NaOH 水溶液で振ると、フェノール性 –OH をもつ p-クレゾールがナトリウム塩になって水層へ移る。
③エーテル層には、アルコール性 –OH しかもたないベンジルアルコールが残る。
①②の水層は、それぞれ塩酸で酸性にすると元の化合物に戻るので、エーテルで抽出して回収する。
まとめ:フェノールは芳香族–OHの特異な反応性をもつ重要官能基
- フェノールは芳香環と–OHが共鳴することで酸性・反応性が強化される
- 求電子置換、酸化、アゾ化、エステル化など特徴的な反応が多い
- 検出法や定性試験も豊富で、分析化学でも重要
- 医薬・色素・高分子・抗酸化剤など応用範囲が広い
参考文献
- J. McMurry, Organic Chemistry, 9th ed., Cengage Learning, 2016.
- J. McMurry, Organic Chemistry, OpenStax, 2023, §17.2(アルコール・フェノールの pKa の表).
- J. Clayden, N. Greeves, S. Warren, Organic Chemistry, 2nd ed., Oxford University Press, 2012.
- W. Reusch, Virtual Textbook of Organic Chemistry, Michigan State University(酸性度表:p-ニトロフェノール・ピクリン酸の pKa).
よくある質問
弱酸性です。pKa は約10で、水に溶かすと –OH の水素がわずかに H+ として外れます。酢酸などのカルボン酸(pKa 約5)や炭酸(6.4)より弱く、エタノール(16)より約100万倍強い酸です。そのため水酸化ナトリウム水溶液とは中和して溶けますが、炭酸水素ナトリウム水溶液とは反応しません。
プロトンを放出してできたフェノキシドイオンが芳香環との共鳴で安定化されるからです。負電荷が酸素だけでなくオルト位・パラ位の炭素へも分散します。アルコキシドにはこの逃げ場がなく、負電荷が酸素に集中したままです。pKaはフェノールが約10、エタノールが約16で、106倍の差があります。
炭酸水素ナトリウム水溶液を使います。カルボン酸(pKa約5)は炭酸より強い酸なので塩になって溶け、二酸化炭素の発泡も見られます。フェノール(pKa約10)は炭酸より弱いので溶けません。ただし水酸化ナトリウム水溶液には両方とも溶けるので、こちらでは区別できません。
フェノール性の–OHが鉄(III)イオンに配位して錯体をつくるためです。紫〜青〜緑の呈色を示し、化合物によって色が変わります。アルコールでは呈色しないので、フェノール性–OHの有無を見分ける簡便な試験として使われます。
触媒なしで直ちに反応し、2,4,6-トリブロモフェノールの白色沈殿が生じます。通常のベンゼンの臭素化にはFeBr3などの触媒が必要ですが、フェノールは–OHの強い電子供与によって環が極端に活性化されているため、常温・無触媒で三置換まで一気に進みます。
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