クエンチとは?反応を止める意味と試薬別の方法・注意点【DIBAL・LiAlH4】
実験書の手順を読むと、反応の最後に「飽和塩化アンモニウム水溶液でクエンチし、酢酸エチルで抽出した」のような一文がたいてい付いています。研究室に入ったばかりのころは、この「クエンチ」を「最後に水を入れて終わりにすること」くらいに受け止めがちです。
ところが、同じ「水を入れる」でも結果はまったく違います。n-ブチルリチウムが残ったフラスコに水を一気に注げば、溶媒が沸騰して発火のおそれがあります。DIBAL の反応液を温めてから水を入れれば、−78 °C で止めたはずのアルデヒドがアルコールまで還元されます。LiAlH4 の反応液に水を入れれば、ゼリー状の塊ができて分液もろ過もできなくなります。
クエンチ剤の選び方は、試薬ごとに丸暗記する手順の一覧ではありません。「何が残っているか」「どの強さのプロトン源で、どの速さで壊すか」「壊したあとの金属塩がどこへ行くか」の3点から説明できます。この記事では、クエンチの意味と後処理(ワークアップ)との違いを整理したうえで、試薬別のクエンチ方法を一覧にし、それぞれ「なぜその方法なのか」と、発熱・発泡への備え方を解説します。
クエンチとは——反応を止める操作の意味
英語の quench と、有機化学での意味
英語の quench は「(火を)消す」「(渇きを)いやす」という意味の動詞です。有機化学の実験では、反応を目的の段階で止めるために、反応液に別の試薬を加える操作を指します。加える試薬を「クエンチ剤」、操作そのものを「クエンチする」と言います。
止める相手は、反応のあとに残っている「反応する力をまだもっているもの」です。過剰に入れた有機リチウムやヒドリド還元剤、生成物の手前の形であるアルコキシドやエノラートの金属塩、過剰の酸塩化物や酸化剤などがこれにあたります。クエンチ剤はそれらと速く反応して、反応性の低い、扱える物質に変えます。
この記事で扱うのは、有機合成の実験で反応を止める操作としてのクエンチです。
クエンチの正体は酸塩基反応
多くのクエンチは、強い塩基(または強いヒドリド供与体)とプロトン源のあいだの酸塩基反応です。たとえば n-ブチルリチウム(n-BuLi)に水を加えると、次の反応が起こります。
n-C4H9Li + H2O → n-C4H10(ブタン)+ LiOH
n-BuLi の共役酸であるブタンの pKa は約50、水の pKa は14〜16です(表によって 15.7 と 14.0 の2通りの値が載っています。下の注を参照)。pKa の差が30以上あるので、平衡は事実上完全に右へ偏り、逆向きには進みません。極めて強い塩基が弱い塩基(OH−)に変わる反応なので、大きな発熱を伴い、しかも非常に速く進みます。クエンチが「一瞬で終わるが、熱が一気に出る」操作になるのはこのためです。
ヒドリド還元剤でも同じことが起こります。LiAlH4 や NaH のヒドリド(H−)は水の H+ を受け取って水素ガス H2 になります(H2 の pKa は35〜36。水中では直接測れない推定値)。共役酸が気体になる試薬では、熱に加えてガスが出ることを前提に操作を組み立てます。出てくるのは、有機リチウムやグリニャール試薬ならアルカン(n-BuLi ならブタン)、ヒドリド還元剤なら水素です。
なぜクエンチしないといけないのか——3つの目的
1. 残った試薬を安全な物質に変える。過剰の試薬をそのまま分液漏斗に移したり濃縮したりすると、空気中の水分、水層、ろ紙の上などの予想しない場所で反応し、発熱・発火の原因になります。濃縮で溶媒が減れば、残った試薬の濃度はかえって上がります。反応が終わった時点のフラスコの中で、冷却しながら、制御できる速さで壊しておく必要があります。
2. 生成物を金属塩から中性の分子に戻す。グリニャール反応の直後、生成物はアルコールではなくマグネシウムアルコキシド(R3C–O–MgX)として存在しています。LiAlH4 の還元ならアルミニウムに結合したアルコキシド、LDA を使うアルドール反応ならリチウムアルコキシドです。イオン性の塩のままでは有機層に移らないので、プロトンを渡して O–H をもつ中性の分子に戻してはじめて、抽出して取り出せます。
3. 反応の「時刻」を止める。選択性は温度と時間で決まります。DIBAL によるエステルからアルデヒドへの部分還元や、LDA による速度論的エノラートの反応は、−78 °C だからこそ狙った生成物で止まっています。低温のままクエンチすれば、その時点の結果が固定されます。クエンチ前に温めてしまうと、残った試薬が反応を先へ進めたり、平衡を動かしたりします。
クエンチと後処理(ワークアップ)の違い
クエンチは、後処理(ワークアップ、workup)の最初の一段です。後処理は、反応を止めてから粗生成物を取り出すまでの操作全体を指します。実験書の英語では quench と work up が続けて書かれることが多いので混同されやすいのですが、役割ははっきり分かれています。
| 段階 | すること | 目的 |
|---|---|---|
| 0. 終点の確認 | TLC で原料が消えたかを確かめる | クエンチする時刻を決める |
| 1. クエンチ | 残った試薬・中間体をプロトン源などで壊す | 反応を止め、扱える物質にする |
| 2. 分液またはろ過 | 有機層と水層に分ける。固体の塩はろ別する | 塩と生成物を分ける |
| 3. 洗浄 | 有機層を水・飽和NaHCO3水溶液・飽和食塩水などで洗う | 残った酸・塩基・塩を除く |
| 4. 乾燥・濃縮 | 無水Na2SO4や MgSO4で乾燥し、エバポレーターで溶媒を除く | 粗生成物を得る |
| 5. 精製 | カラムクロマトグラフィー・再結晶など | 純物質にする |
終点の見きわめ方はTLCのやり方とRf値の求め方、分液の操作とガス抜きは分液漏斗の使い方と分液のコツ、精製はカラムクロマトグラフィーのやり方で扱っています。実験操作の全体の流れは有機化学実験の基本操作まとめで一望できます。
クエンチとワークアップを分けて考える意味は、クエンチの選び方がその後の段階の形を決めるところにあります。LiAlH4 を Fieser 法でクエンチすれば、2の段階は分液ではなくろ過になります。DIBAL をロッシェル塩でクエンチすれば、2の前に「二層が澄むまで撹拌する」時間が入ります。酸塩化物を NaHCO3 水溶液でクエンチすれば、分液漏斗で CO2 のガス抜きが必要になります。つまり、クエンチを決めた時点で、後処理の段取りはほぼ決まります。
なお、反応の途中で TLC をとるときに、反応液を少量取って小さなバイアルで水と酢酸エチルを加えて振る「ミニ分液」も、小さなクエンチと分液です。反応性の高い試薬や塩がそのままプレートに載ると、スポットがにじんだり、シリカゲルの上で分解したりして、フラスコの中の実態と違う像になるからです。
クエンチ剤を選ぶ3つの軸
クエンチ剤の選び方は、次の3つの問いに順に答えることで決まります。①どの強さ・どの量のプロトン源で、どの速さで壊すか、②生成物が耐えられる液性(pH)は何か、③壊したあとの金属塩をどこへ行かせるか、です。
軸1:プロトン源の強さと量——弱いものから順に入れる
発火性の試薬や大過剰のヒドリドを壊すとき、いきなり水を入れずに 2-プロパノール(イソプロピルアルコール)から始め、メタノール、水と順に「強く」していく手順が広く使われています。各大学の安全手順書(SOP)でも、この順番が指定されています。
| クエンチ剤 | 1 L あたりの OH の量(目安) | 役割 |
|---|---|---|
| 2-プロパノール | 約13 mol | 最初に入れる。反応を穏やかに始めさせ、大部分を壊す |
| エタノール | 約17 mol | 2-プロパノールとメタノールの間をつなぐ |
| メタノール | 約25 mol | より反応しやすいプロトン源として、壊し残しを減らす |
| 水 | 約55 mol(1分子に H が2つ) | 最後に少しずつ入れ、反応性の塊を残さず壊す |
OH の量は、密度(有機溶媒の沸点・極性一覧表の値)と分子量から計算した値です。
意外なことに、酸の強さだけを比べると、水・メタノール・エタノールの差は小さく、水中の pKa はどれも14〜16の範囲に入ります(メタノール 15.5・エタノール 15.9。水は表により 15.7 または 14.0)。n-BuLi の共役酸ブタン(約50)から見れば、この1〜2の差は無いも同然で、どれを加えても反応は完全に右へ進みます。では、なぜ水がいちばん激しいのでしょうか。理由は酸の強さそのものより、次の3つにあります。
- 量:同じ1滴でも、水には 2-プロパノールの4倍以上の OH が含まれている。1滴で壊れる試薬の量、つまり1滴で出る熱の量が大きい
- 混ざり方:水はヘキサンやトルエンと混ざらない。落とした水滴は溶液に広がらず、滴のまわりの狭い場所だけで反応が集中して起こり、局所的に沸騰する。2-プロパノールは炭化水素やエーテルに溶けて薄まり、反応が溶液全体に分散する
- かさ高さ:DMSO 中の pKa はメタノール 29.0、エタノール 29.8、2-プロパノール 30.3、t-ブチルアルコール 32.2 と、炭素が混み合うほど酸として弱くなる。溶液中では、かさ高いアルコキシドほど溶媒和されにくく不安定になるためで、溶媒の無い気相では順番が逆になる。2-プロパノールはメタノールより穏やかに反応すると考えられている
最初に穏やかなもので大部分を壊し、発熱が収まってから強いものに切り替えると、熱の出る速さを常に冷却が追いつく範囲に抑えられます。最後に水を入れるのは、アルコールでは届かなかった塊や、粘い混合物の奥に残った試薬を確実に壊すためです。
軸2:液性——生成物が耐えられる pH を選ぶ
クエンチ剤は、残った試薬を壊すと同時に、水層の pH も決めます。生成物が酸や塩基で壊れないかどうかで選び分けます。
| クエンチ剤 | 液性 | 向く場面 | 注意 |
|---|---|---|---|
| 水 | 生じた LiOH・NaOH で塩基性に傾く | 生成物が塩基に強いとき | エステルの加水分解、α位のエピマー化が起こりうる |
| 飽和NH4Cl 水溶液 | 弱酸性 | グリニャール・有機リチウム・エノラートの反応 | 強い酸を避けたいときの第一候補 |
| 希塩酸 | 酸性 | 生成物が酸に強く、金属塩やアミンを水層へ溶かしたいとき | 第三級アルコールの脱水、アセタール・シリルエーテルの分解 |
| 飽和NaHCO3 水溶液 | 弱塩基性 | 酸塩化物や酸性の副生成物を中和するとき | CO2 が出て泡立つ |
| ロッシェル塩水溶液 | 中性付近 | DIBAL・LiAlH4 のアルミニウムを水層へ移したいとき | 二層が澄むまで撹拌に時間がかかる |
飽和塩化アンモニウム水溶液がこれほど多くの反応で使われるのは、「十分に強い酸」と「強すぎない酸」の両方の条件を満たすからです。NH4+ の pKa は9.2で、アルコール(16〜18)よりずっと小さいので、アルコキシドやエノラートには速やかにプロトンを渡します。一方で NH4+ 自身は弱い酸なので、水層が強い酸性になることはありません。しかも、クエンチで生じた OH− は NH4+ + OH− → NH3 + H2O で消費されるので、水だけでクエンチしたときのように強い塩基がたまることもありません。酸にも塩基にも振れにくい、ちょうど中間の液性に保てるわけです。
軸3:金属塩の行方——溶かすか、固めてろ過するか
クエンチのあとには、必ず金属の塩が残ります。この塩が水層にきれいに溶けるかどうかで、後処理の難しさが大きく変わります。
- リチウム・ナトリウム:LiOH・LiCl・NaOH・NaCl は水によく溶けるので、ふつうに分液できる。NaH の場合は、市販品に含まれる鉱油が有機層に残る点だけに注意する
- マグネシウム:中性〜塩基性の水では Mg(OH)2 や Mg(OH)X が沈殿し、泥のようになって分液を妨げる。NH4Cl や希酸で OH− を消費すれば、Mg2+ のまま水層に溶けている
- アルミニウム:水を加えると Al–O(H)–Al の橋かけが三次元に広がり、水と溶媒を抱え込んだゲルになる。ロッシェル塩でキレートして溶かす、酸で Al3+ として溶かす、Fieser 法で粒状の固体にしてろ過する、の3通りの作戦がある
アルミニウムのゲルができる仕組みと3つの作戦の比較は、DIBAL還元の機構と使い方の後処理の節で詳しく説明しています。
試薬別のクエンチ方法(一覧)
代表的な試薬について、壊すと何が出るか、何でクエンチするか、その理由を一覧にします。表は代表例です。実際の手順は、使う実験書・論文の手順と、試薬の SDS、研究室の指導者の指示で確かめてください。
| 試薬 | 壊すと出るもの | 代表的なクエンチ | 理由・注意 |
|---|---|---|---|
| 有機リチウム(n-BuLi・t-BuLi・MeLi) | アルカン(ブタンなど)、LiOH | 反応液:低温で飽和NH4Cl 水溶液または水を少しずつ。残った試薬:不活性溶媒で薄めて冷やし、2-プロパノール → メタノール → 水 | 空気や水で発火しうる。試薬の残りに水を最初に入れない |
| グリニャール試薬(RMgX) | アルカン、マグネシウム塩 | 冷やしながら飽和NH4Cl 水溶液。酸に強い生成物なら希酸 | Mg(OH)2 の沈殿を防ぐ。第三級アルコールの酸による脱水を避ける |
| LDA・LiHMDS とエノラート | ジイソプロピルアミンなどのアミン(ガスは出ない) | 低温のまま飽和NH4Cl 水溶液を加え、それから室温へ | 温める前に止め、速度論的に得た結果を固定する |
| NaH | H2、NaOH | 冷やしながらアルコールを少しずつ加えて分解してから水(または飽和NH4Cl 水溶液を少しずつ) | 固体なので反応が遅れて来る。鉱油が有機層に残る |
| LiAlH4 | H2、アルミニウム塩 | 0 °C で Fieser 法(LiAlH4 n g に対し水 n mL → 15% NaOH 水溶液 n mL → 水 3n mL)。ほかにロッシェル塩、Na2SO4·10H2O | 水だけではゲルになる。最初の水で激しく H2 が出る |
| DIBAL | H2・イソブタン、アルミニウム塩 | −78 °C のままメタノール → ロッシェル塩水溶液を加えて室温で撹拌 | 昇温前に Al–H を壊して過剰還元を防ぐ。二層が澄むまで撹拌 |
| NaBH4 | H2、ホウ素化合物 | 0 °C で希塩酸や飽和NH4Cl 水溶液。酸に弱ければアセトンを先に | 泡立ちを見ながら加える。ゲルはできにくい |
| 酸塩化物・SOCl2・塩化オキサリル | HCl(SOCl2 は SO2、塩化オキサリルは CO・CO2 も) | 水や飽和NaHCO3 水溶液。SOCl2 の過剰は減圧留去で除く | 有毒・腐食性のガスが出る。NaHCO3 では CO2 で泡立つ |
| 酸化剤(mCPBA・デス・マーチン試薬) | 還元された副生成物とカルボン酸 | Na2S2O3 水溶液と NaHCO3 水溶液 | 酸化剤を還元してから濃縮する |
ここからは、試薬ごとに「なぜその方法なのか」を見ていきます。
有機リチウム(n-BuLi・t-BuLi)——反応液と「残った試薬」を分けて考える
有機リチウムのクエンチには、性格の違う2つの場面があります。1つは、求電子剤を加えて反応が終わったあとの反応液です。有機リチウムはほとんど消費されていて、残っているのは少量の試薬と生成物のリチウム塩なので、低温のまま飽和NH4Cl 水溶液や水を少しずつ加えて止めます。
もう1つは、シリンジや容器に残った試薬そのものを処分するときです。こちらは濃度が高く、発火性も強いので、手順がまったく変わります。UC Berkeley の Sarpong 研の安全手順書(Quenching of Pyrophoric Materials)では、次のように定めています。
- トルエンやヘキサンのような反応しない溶媒で薄める(手順書の値は、t-BuLi で 5 wt% 未満、n-BuLi・s-BuLi・グリニャール試薬で 20 wt% 未満)
- 不活性ガス下で冷却する(n-BuLi などは氷浴、t-BuLi はドライアイス浴で −78 °C まで冷やしてから始める)
- 2-プロパノールを、泡が出なくなるまでゆっくり加える。発熱はアルコールを加える速さで抑える
- 続いてエタノール、メタノール、水を同じように少しずつ加える
- 密閉した容器で行わない。不活性ガスを流し、出口をバブラーにつないで圧力を逃がす
同じ手順書は「メタノールを加えたあとでも、リチウム化合物は水と激しく反応しうる」と注意しています。撹拌が足りないと、試薬が溶液の一部に残っているからです。水は少量ずつ加えます。University of Pittsburgh の安全指針も、最後の水は「反応性の物質の塊が残らないようにするため」に1滴ずつ加えるとしています。軸1で見た「弱いものから順に」の考え方そのものです。
有機リチウムのクエンチには、研究で役立つ使い方もあります。芳香環の水素をリチウムに置き換えるリチオ化がうまくいったかを確かめたいとき、反応液を少量取り、重水 D2O でクエンチします。ふつうの水でクエンチすると、リチオ化されていても C–Li が C–H に戻るだけで原料と見分けがつきません。D2O なら、リチウムがあった炭素に重水素が入って C–D になるので、1H NMR でその位置の水素のシグナルが減っていれば、どの位置がどのくらいリチオ化されていたかがわかります。クエンチが「C–Li の炭素にプロトンを渡す反応」であることが、そのまま分析に使われているわけです。
LDA の調製に使う n-BuLi の扱い方はLDAとは?リチウムジイソプロピルアミドの解説に、n-BuLi が塩基としてどのくらい強いかは有機合成で使う塩基の一覧にまとめています。
グリニャール試薬——飽和塩化アンモニウム水溶液を使う理由
グリニャール反応の直後、フラスコの中にあるのはマグネシウムアルコキシドと、使われずに残った RMgX です。クエンチの目的は、①残った RMgX をアルカンに変えて壊し、②アルコキシドにプロトンを渡してアルコールに戻すことです。ここで飽和NH4Cl 水溶液がよく使われるのには、3つの理由があります。
第一に、プロトン源として十分に強いからです。NH4+(pKa 9.2)はアルコール(16〜18)より約7桁強い酸なので、アルコキシドは速やかにアルコールになります。
第二に、マグネシウム塩を溶かしたままにできるからです。水だけ、あるいは塩基性の水溶液でクエンチすると、Mg(OH)2 や Mg(OH)X が沈殿し、分液しにくくなります(グリニャール試薬の解説の後処理の節)。NH4+ が OH− を NH3 と水に変えて消費するので、水酸化物が沈殿するほど OH− の濃度が上がりません。
第三に、強い酸を避けられるからです。ケトンやエステルにグリニャール試薬を付加させると第三級アルコールができます。第三級アルコールは、強い酸の中で OH がプロトン化されて水として抜け、安定な第三級カルボカチオンを経て脱水しやすい化合物です(E1反応とは?)。弱酸性の NH4Cl ならこの経路を避けられます。生成物が酸に強ければ、希塩酸や希硫酸を使ってマグネシウム塩をより確実に溶かすこともできます。
操作では、反応液を氷浴で冷やし、最初は1滴ずつ加えます。残った RMgX がアルカンを出しながら発熱し、ジエチルエーテル溶媒は 34.5 °C で沸騰するからです。反応液を、氷と飽和NH4Cl 水溶液を入れたビーカーへゆっくり注ぐ「逆添加」も使われます(後述)。
LDA・エノラートの反応——温める前に止める
LDA で作ったエノラートのアルキル化やアルドール反応は、−78 °C で速度論支配の生成物を得るために設計されています。反応が終わったら、低温のまま飽和NH4Cl 水溶液を加えてから室温に戻します。
温めてからクエンチすると何が起こるかを考えてみましょう。系には、まだ残っている塩基(LDA やエノラート)と、α水素をもつ生成物が同居しています。温度が上がると、塩基が生成物の α 水素を引き抜くプロトンのやり取りが速くなり、2回目のアルキル化、α位の立体のエピマー化、置換基の多い側のエノラート(熱力学的エノラート)への組み替えなどが起こりえます。速度論的エノラートと熱力学的エノラートの違いはアルドール反応の解説で扱っています。
ここで壊す相手は少量なので、NH4Cl 水溶液を加えてから撹拌しつつ昇温すれば十分です。加えた水溶液は −78 °C ではいったん凍りますが、温まるにつれて溶けて反応します。LDA や有機リチウムが大過剰に残っているときは、DIBAL と同じく、凍らないメタノールを先に入れて壊しておきます。
水ではなく NH4Cl を使うのは、軸2で見たとおり、水だけでは LiOH が生じて水層が強い塩基性になり、エステルの加水分解やエピマー化を招きうるからです。LDA はクエンチされると共役酸のジイソプロピルアミン(pKa は THF 中で36)に戻るだけで、気体は出ません。生じたアミンは有機層に移りやすいので、生成物が酸に強ければ薄い酸で洗って塩にし、水層へ移します。
NaH——鉱油と「遅れて来る」水素に注意
NaH は、アルコールの脱プロトン化(ウィリアムソンエーテル合成)や HWE 反応で過剰に使われることが多く、反応後にも未反応の NaH が残っています。有機合成で使う塩基の一覧の注意にあるとおり、冷やしながらアルコールを少しずつ加えて分解してから水を加え、いきなり水を入れません。
NaH のクエンチで気をつけたいのは、反応が「遅れて来る」ことです。NaH はどの溶媒にも溶けない固体で、反応は粒の表面で進みます。鉱油に覆われた粒や、粘い混合物の中で固まった塊は、アルコールに触れるまでに時間がかかります。表面の泡が収まったように見えても、撹拌を強めたり水を加えたりした拍子に、残っていた塊がまとめて反応して水素が一気に出ることがあります。少量加えたら泡と温度が落ち着くのを待ち、それから次を加える、という刻み方が必要なのはこのためです。
市販の NaH は鉱油に分散させた状態で売られているので、クエンチ後の鉱油は有機層に残ります。鉱油は極性が非常に低い炭化水素なので、カラムクロマトグラフィーでは先に流れ出やすく、極性のある生成物とは分けやすい成分です。また、DMF や DMSO 中で NaH を加熱すると暴走的な分解を起こす危険が報告されています(Yang ら, Org. Process Res. Dev. 2019, 23(10), 2210–2217。DMAc についても同様)。HWE 反応の後処理の流れはHWE反応の解説にあります。
LiAlH4——Fieser 法で「ろ過できる固体」にする
LiAlH4 の反応液に水を一気に加えると、激しく発熱して水素が出るうえ、水酸化アルミニウムがゲル状に固まり、生成物を抱き込んで分液もろ過もできなくなります。これを避ける定番が Fieser 法です。Fieser & Fieser の Reagents for Organic Synthesis 第1巻に載った手順として広く引用されています。
Fieser 法で生じた固体のように、細かい沈殿をろ紙やセライトで取り除くときの吸引ろ過・セライトろ過のやり方はろ過の方法と使い分け|吸引ろ過のやり方・セライトろ過・ブフナー漏斗で説明しています。
| 順 | 加えるもの(使った LiAlH4 が n g のとき) | 役割 |
|---|---|---|
| 0 | エーテルで薄め、0 °C に冷やす | 発熱を受け止める |
| 1 | 水 n mL をゆっくり滴下 | 残ったヒドリドを壊す(H2 が出る) |
| 2 | 15% NaOH 水溶液 n mL | アルミニウムをゲルではなく粒状の固体にする |
| 3 | 水 3n mL | 固体を白い粒状に仕上げる |
| 4 | 室温で撹拌し、無水MgSO4 を加えてさらに撹拌してからろ過 | 塩を除き、ろ液から粗生成物を得る |
0と4の段階は、Merlic 研(UCLA)の実験手引き The Organic Companion の手順(University of Rochester の後処理まとめ「Not Voodoo」に収録)によります。同じ手順では、室温で15分撹拌し、MgSO4 を加えてさらに15分撹拌してからろ過しています。n は「加えた LiAlH4 の質量」であって、基質の量ではありません。
Fieser 法がうまくいくのは、加える水の量を必要最小限に絞り、NaOH で塩基性にすることで、アルミニウムを水を抱え込まない粒状の固体として析出させるからです。ゲルの原因は、Al–O(H)–Al の橋かけの網目が大量の水と溶媒を抱え込むことでした。水を少ししか与えなければ、抱え込む水そのものがありません。いちばん激しいのは最初の水 n mL で、ここでヒドリドの大部分が H2 に変わります。
ほかに、酢酸エチルを先に少量加えて過剰のヒドリドを消費させる方法(酢酸エチル自体がエタノールに還元される)、Na2SO4·10H2O(グラウバー塩)を水素が出なくなるまで少しずつ加え、結晶水でゆっくり分解する方法、ロッシェル塩水溶液でアルミニウムをキレートして水層へ移す方法も使われます。還元の機構と後処理の詳細はLiAlH4の還元にまとめています。
DIBAL——−78 °C のままメタノール、それからロッシェル塩
DIBAL による部分還元では、クエンチの順番がそのまま生成物を決めます。エステルの還元の場合、反応が終わった時点のフラスコには、アルデヒドのもとになる四面体中間体(アルミニウムに結合したヘミアセタールのアルコキシド。ニトリルの場合はイミンのアルミニウム錯体)と、残った DIBAL の Al–H が同居しています。
先に温度を上げると、四面体中間体が崩れてアルデヒドが遊離し、まだ残っている Al–H がそれをアルコールまで還元してしまいます。そこで −78 °C のままメタノールを少しずつ滴下し、Al–H を壊してから昇温します。最初に水を使わないのは、水は −78 °C では加えたそばから凍って反応液に行き渡らないからです。メタノールはこの温度でも液体のままトルエンや THF と混ざります。どちらを使っても H2(イソブチル基からはイソブタン)が出るので、系を密閉しません。
そのあと、ロッシェル塩(酒石酸カリウムナトリウム)の水溶液を加え、室温で激しく撹拌します。酒石酸イオンがカルボキシラートとヒドロキシ基の酸素で Al3+ を何か所もつかみ、ゲルの網目が伸びるのを防いで、アルミニウムを水溶性の錯体として水層へ移します。網目がほどけるには時間がかかるので、「二層が澄んで分かれるまで撹拌する」が終点の目安です。急いで分液するとゲルが残ります。
分液せずろ過で済ませたいときは、LiAlH4 と同じ考え方の Fieser 型の後処理も使えます。−78 °C でメタノールにより Al–H を壊して昇温したあと、エーテルで薄めて 0 °C とし、DIBAL x mmol に対して水 0.04x mL → 15% NaOH 水溶液 0.04x mL → 水 0.1x mL を順に加えます(University of Rochester「Not Voodoo」に収録された手順)。LiAlH4 の Fieser 法が「g あたり」なのに対し、こちらは「mmol あたり」である点に注意してください。
クエンチの順番の理由はDIBAL還元の機構と使い方、ロッシェル塩のキレートの仕組みはロッシェル塩とは?で詳しく解説しています。
酸塩化物・塩化チオニル・塩化オキサリル——出てくるのは酸性のガス
アミド化やエステル化で過剰に使った酸塩化物は、水で加水分解されてカルボン酸と HCl になります。この反応も発熱します。飽和NaHCO3 水溶液でクエンチすると、HCl とカルボン酸が中和されて CO2 が出るので、最初はビーカーや栓をしない状態で泡が収まるのを待ち、分液漏斗では1回振るごとにガスを抜きます(分液漏斗の使い方)。
NaHCO3 がよく使われるのは、加水分解でできたカルボン酸(pKa 4〜5)を、H2CO3(pKa 6.4)の共役塩基である HCO3− がカルボン酸塩に変え、水層へ移せるからです。中性の生成物は有機層に残るので、クエンチと洗浄を同時に済ませられます。
塩化チオニル(SOCl2)を大過剰に使ったときは、水に入れてクエンチするより、沸点(76 °C 前後)を利用して減圧留去で除くのがふつうです。SOCl2 は水と激しく反応して SO2 と HCl を出すからです(塩化チオニルの解説)。塩化オキサリルは加水分解で HCl に加えて CO と CO2 を出します。CO は無色無臭の有毒な気体で、においで気づけないので、必ずドラフトの中で扱います。
酸塩化物ができたかを TLC で確かめたいときは、反応液を少量取ってメタノールでクエンチし、メチルエステルに変えてから TLC をとる方法がよく使われます。酸塩化物はシリカゲルの上で加水分解されてカルボン酸に戻るので、そのまま付けると原料と区別がつかないからです。酸塩化物の反応性そのものはカルボン酸誘導体の解説で扱っています。
酸化剤(mCPBA・デス・マーチン試薬)——還元してから濃縮する
酸化剤のクエンチは、ここまでの「プロトン源で塩基を壊す」とは逆で、還元剤で酸化剤を壊します。mCPBA の反応では、残った過酸を Na2S2O3(チオ硫酸ナトリウム)水溶液で還元し、NaHCO3 水溶液でメタクロロ安息香酸を水層へ除きます(mCPBAの解説)。過酸を残したまま濃縮すると、過酸化物が濃縮されて危険だからです。濃縮の前に、ヨウ化カリウムデンプン紙が青紫に変わらないことで、過酸が残っていないことを確かめます。
濃縮に使うロータリーエバポレーターの使い方と、突沸・溶媒の飛ばしすぎを防ぐ減圧の調整はロータリーエバポレーターとは|化学実験での原理・使い方・突沸対策・洗浄で説明しています。
デス・マーチン酸化でも、NaHCO3 と Na2S2O3 の水溶液による後処理を省くと、ヨウ素系の副生成物がシリカゲルの上で分解し、精製がうまくいかなくなります(デス・マーチン酸化の解説)。
クエンチで発熱・発泡するときの注意
ここまで見てきたように、クエンチの事故は「熱が出る速さ」と「ガスが出る速さ」が、逃がす速さを上回ったときに起こります。対策はすべて、この2つの速さを制御する方向に向いています。
冷やす・薄める・少しずつ——熱の出る速さを、逃げる速さより遅くする
クエンチで出る熱の量は、壊す試薬の量で決まり、操作では変えられません。変えられるのは熱が出る速さです。クエンチ剤を1滴ずつ加えれば、1滴あたりの発熱は小さく、そのあいだに冷却浴が熱を奪います。溶媒で薄めておけば、同じ熱を受け止める液の量が増え、温度の上がり方が小さくなります。十分に撹拌すれば、熱が一点にこもりません。
温度が上がって困るのは、溶媒が沸騰するからです。ジエチルエーテルの沸点は 34.5 °C、THF は 65 °C です。溶媒が沸騰すると、可燃性の蒸気と、クエンチで出た水素やアルカンがいっしょにフラスコの外へ出ていきます。発火性の試薬がそこにあれば、着火源になります。冷却浴は、クエンチ剤を加え終えて発熱が収まるまで外しません。
系を密閉しない——出てくるガスを先に言えるようにする
クエンチの前に、「何が出るか」を言えるようにしておきます。ヒドリド(LiAlH4・NaH・NaBH4・DIBAL)なら水素、有機リチウムやグリニャール試薬ならアルカン、酸塩化物なら HCl(+SO2、CO、CO2)、NaHCO3 を使えば CO2 です。ガスが出るとわかっていれば、栓をしたまま加えることはしません。不活性ガスを流しながら出口をバブラーにつなぐか、針で圧力を逃がします。分液漏斗に移したあとも、こまめにガスを抜きます。
「遅れて来る」反応に備える
クエンチ剤を入れても反応がすぐには起こらず、あとからまとめて起こる場面があります。代表的なのは次の3つです。
- 固体の試薬:NaH や LiAlH4 の粒・塊は表面からしか反応しない。撹拌で塊が崩れた瞬間に一気に反応する
- 凍ったクエンチ剤:−78 °C の反応液に水を入れると凍って溶液に混ざらない。温度が上がって溶けたときに、たまった分がまとめて反応する
- ゲルや粘い混合物:試薬がゲルの中に閉じ込められ、クエンチ剤が届かない
どの場合も対策は同じで、少し加えたら、泡と温度が落ち着いたことを確かめてから次を加えます。「入れたのに何も起こらない」ときにまとめて加えるのが、いちばん危険です。
正添加と逆添加——どちらに何を入れるか
ふつうは、反応液の入ったフラスコにクエンチ剤を滴下します(正添加)。滴下の速さで発熱を調節できるのが利点です。一方、反応液を、冷やした大量のクエンチ剤の中へゆっくり注ぐ方法もあります(逆添加)。たとえば、酸に強い生成物の LiAlH4 還元で、反応液を冷たい希酢酸水溶液に撹拌しながら加える手順があります。グリニャール反応の反応液を氷と飽和NH4Cl 水溶液に注ぐのも逆添加です。
逆添加では、試薬は常に大過剰のクエンチ剤の中に入るので、反応性の高い試薬がたまった場所ができにくく、液性も一定に保たれます。ただし、反応性の高い反応液そのものを移す操作になるので、発火性の試薬では不活性ガス下でのカニューレ移送などが必要になります。どちらを選ぶかは、実験書の手順と指導者の判断に従ってください。
予習レポートで SDS の情報を整理する方法は、SDSのまとめ方で紹介しています。
試験・実験レポートでの問われ方
クエンチは「操作の理由を説明せよ」という形で問われます。手順を覚えているかではなく、なぜその試薬・その温度なのかを pKa・選択性・金属塩の性質から説明できるかが見られます。
問1 ケトンに CH3MgBr を反応させて第三級アルコールを合成した。後処理に希塩酸ではなく飽和塩化アンモニウム水溶液を用いる理由を述べよ。
NH4+(pKa 9.2)はアルコール(pKa 16〜18)よりずっと強い酸なので、マグネシウムアルコキシドを十分にプロトン化できる。一方で弱い酸なので、強酸性条件で起こる第三級アルコールの E1 脱水(第三級カルボカチオンを経由)を避けられる。また NH4+ が OH− を消費するため Mg(OH)2 が沈殿せず、分液しやすい。
問2 エステルを DIBAL(1当量、トルエン、−78 °C)で還元してアルデヒドを得たい。反応後、温度を上げずにメタノールを加える理由を述べよ。
−78 °C ではアルデヒドは四面体中間体(アルミニウムに結合したヘミアセタールのアルコキシド)として保たれている。温度を上げると中間体が崩れてアルデヒドが遊離し、残っている DIBAL の Al–H がそれをアルコールまで還元する。低温のままメタノールで Al–H を壊してから昇温すれば、過剰還元を防げる。水を使わないのは、−78 °C で凍って反応液に行き渡らないためである。
問3 アニソール(メトキシベンゼン)に n-BuLi を作用させたのち、反応液の一部を H2O ではなく D2O でクエンチして 1H NMR を測定した。D2O を使う理由と、この操作でわかることを述べよ。
H2O でクエンチすると、リチオ化された C–Li も C–H に戻るので、リチオ化が起きたかどうかを原料のアニソールと区別できない。D2O でクエンチすると、リチウムがあった炭素が C–D になる。メトキシ基のオルト位がリチオ化されていれば、1H NMR でオルト位の水素のシグナルの積分が減るので、どの位置がどの程度リチオ化されたかがわかる。
問4 LiAlH4 でエステルを還元したあと、反応液に水を多量に加えたところ、ゼリー状の沈殿で分液できなくなった。原因と、避ける方法を1つ述べよ。
水を加えるとアルミニウムの結合が加水分解され、Al–O(H)–Al の橋かけが三次元に広がって、水と溶媒を抱え込んだ水酸化アルミニウムのゲルができたため。避けるには、Fieser 法(LiAlH4 n g に対し、0 °C で水 n mL、15% NaOH 水溶液 n mL、水 3n mL を順に加える)でアルミニウムを粒状の固体にしてろ過する。ロッシェル塩水溶液でキレートして水層へ移す方法でもよい。
まとめ
クエンチの手順は試薬ごとに違って見えますが、「何が残っているか」「どれだけの速さで壊すか」「壊したあと何がどこへ行くか」を問えば、どの手順も同じ理屈で読めます。初めて見る実験書の後処理も、この3つの問いで理由を考えてから手を動かすと、失敗と事故の両方を減らせます。
よくある質問
クエンチは、反応の終わりに残った活性な試薬や中間体を壊して反応を止める操作です。ワークアップ(後処理)は、クエンチから分液やろ過、洗浄、乾燥、濃縮までを含めた、粗生成物を取り出すまでの操作全体を指します。クエンチはワークアップの最初の一段で、どのクエンチ剤を選ぶかによって、その後に分液するのかろ過するのかといった段取りが決まります。
NH4+ の pKa は9.2で、アルコール(16〜18)よりずっと強い酸なので、アルコキシドやエノラートに速やかにプロトンを渡せます。一方で弱い酸なので、水層が強い酸性になりません。さらに、クエンチで生じた OH− を NH3 と水に変えて消費するので、水だけのときのように強い塩基性にもならず、マグネシウム塩の沈殿も防げます。グリニャール反応、有機リチウムやエノラートの反応でよく使われるのはこのためです。
−78 °C のままメタノールを少しずつ加えて、残った DIBAL の Al–H を壊します。温度を上げる前に壊すのは、四面体中間体から遊離したアルデヒドがアルコールまで還元されるのを防ぐためです。そのあとロッシェル塩(酒石酸カリウムナトリウム)の水溶液を加え、二層が澄んで分かれるまで室温で撹拌してから分液します。水だけで後処理すると、水酸化アルミニウムのゲルができて分液が難しくなります。
トルエンやヘキサンなどの反応しない溶媒で十分に薄め、不活性ガス下で冷却したうえで、2-プロパノールを泡が出なくなるまでゆっくり加えます。続いてエタノール、メタノール、水を同じように少しずつ加えます。容器は密閉せず、バブラーなどで圧力を逃がします。メタノールの後でも水と激しく反応することがあるので、水は少量ずつ加えます。発火性の試薬なので一人で作業せず、SDS と研究室の手順を事前に確認してください。
NaH は溶媒に溶けない固体で、粒の表面からしか反応しないため、塊や鉱油に覆われた粒が遅れてまとめて反応し、水素が一気に出ることがあります。冷やしながらアルコールを少しずつ加え、泡と温度が落ち着いたのを確かめてから次を加え、最後に水を加えます。いきなり水を入れてはいけません。また、市販品に含まれる鉱油はクエンチ後に有機層へ残るので、精製で除きます。
参考文献
- L. F. Fieser, M. Fieser, Reagents for Organic Synthesis, Vol. 1, Wiley, 1967(LiAlH4 の項)
- Merlic 研(UCLA), The Organic Companion。University of Rochester, Department of Chemistry「Not Voodoo」Workup for Aluminum Hydride Reductions に収録(https://www.chem.rochester.edu/notvoodoo/pages/workup/aluminum_hydride_reduction.php)
- UC Berkeley, Sarpong Group, Hazardous Operation SOP「Quenching of Pyrophoric Materials」, Rev. 2016(https://sarponggroup.com/wp-content/uploads/2020/01/Quenching-Pyrophorics_Sarpong.pdf)
- University of Pittsburgh EH&S, Guideline 04-031「Pyrophoric Liquid Reagents」, 2016(https://safety.pitt.edu/sites/default/files/docs/04-031PyrophoricLiquidReagents.pdf)
- University of Georgia, Office of Research Safety「Pyrophorics SOP」(https://research.uga.edu/docs/units/safety/manuals/ChemicalSafetyManual/Pyrophorics_SOP.pdf)
- Q. Yang et al., Org. Process Res. Dev. 2019, 23(10), 2210–2217(NaH と DMSO・DMF・DMAc の混合物の爆発的分解の危険性)
- D. H. Ripin, D. A. Evans, pKa 表(2024年版、ACS 有機化学部会 organicchemistrydata.org。水の pKa を 14.0 とする注記)
