多段階合成では、反応させたくない官能基を一時的に隠す工程が必ず入ります。
水酸基はとくに厄介で、酸性プロトンを持ち、求核剤としても働くため、グリニャール試薬や
強塩基を使う工程をそのままでは通せません。

そこで使うのがMOM基(メトキシメチル基、–CH2OCH3)です。
数ある保護基の中でのMOM基の立ち位置は一言で言えます——塩基にも還元剤にも強く、酸だけで外れる。
この「外れ方が1つに決まっている」ことが、保護基として価値のある性質です。

この記事で学ぶこと
・MOM基の導入条件(MOMCl/DIPEA、NaH を使う古典条件)
・保護の機構——アルコキシドが SN2 で MOMCl を攻撃する
・脱保護の機構——なぜ酸だけで外れるのか(アセタールだから)
・何に強く、何に弱いか(TBS・Bn との直交性の作り方)
・MOMCl の発がん性と、それを避ける代替法

MOM基とは

アルコールの水素をメトキシメチル基(–CH2OCH3)で置き換えたものです。

MOM保護の反応式(構造式)。アルコールR-OHがMOMClとDIPEAでMOMエーテルR-O-CH2-O-CH3になる。1つの炭素に酸素が2つ結合したアセタール構造

構造をよく見ると、1つの炭素に酸素が2つ結合しています。これはアセタールの構造です。
MOM基の性質は、ここからすべて導けます。

アセタールだから、こうなる
・アセタールは塩基に対して安定 → 強塩基・求核剤の工程を通せる
・アセタールは還元条件にも安定 → LiAlH4・NaBH4 を使える
・アセタールは酸で加水分解される → 脱保護は酸1択

保護の条件と機構

標準的な条件

条件 特徴
MOMCl、DIPEA 最も一般的。塩基はアミン(DIPEA)で穏やか。基質を選ばない
MOMCl、NaH、THF 古典的な条件(収率80%の報告あり)。強塩基なので基質を選ぶ
MOMBr、DIPEA、CH2Cl2 反応性が高く、立体的に混んだアルコールに有効
CH2(OMe)2、酸触媒(TfOH など) MOMCl を使わない方法。ジメトキシメタンから系内で発生させる

機構——アルコキシドが SN2 で攻撃する

塩基がアルコールから H+ を奪ってアルコキシドにし、これが MOMCl の
クロロメチル炭素を背面から攻撃します。塩化物イオンが抜けて MOM エーテルができます。

この炭素が攻撃されやすいのは、隣の酸素の孤立電子対が脱離を助ける(オキソカルベニウムを
安定化できる)からです。普通の1級アルキルクロリドより反応性が高いのはこのためです。

MOM保護と脱保護の往復を示した図。アルコールをNaHでアルコキシドにしてMOMClを置換反応で導入し、脱保護はアセタールの酸加水分解で行う。MOMClの発がん性と副生するジクロロメチルエーテルの毒性も示す

脱保護——なぜ酸だけで外れるのか

脱保護はアセタールの酸加水分解そのものです。

R—O—CH2—OCH3  →(H+、H2O)→  R—OH + HCHO + CH3OH

① H+ が酸素に付く → ② もう一方の酸素の孤立電子対が押し込んで
C–O 結合を切る
(オキソカルベニウムが生じる) → ③ 水が捕まえて分解する。

ここで鍵になるのは②です。酸素が2つあるからこそ、片方が抜けるときにもう片方が助けられる。
単なるエーテル(R–O–R')が酸で簡単に切れないのに、MOM エーテルが切れるのはこの差です。

脱保護の条件 使いどころ
希塩酸(HCl aq.)、THF/MeOH 標準。加熱することもある
PPTS、TsOH 穏やかな酸。他の酸に弱い基を残したいとき
TMSBr、BF3・OEt2 などのルイス酸 プロトン酸を避けたいとき
MOM基は「頑丈」だが「外れにくい」わけではない
・塩基・還元・酸化に強い一方、酸性条件には明確に弱い
・酸を使う工程(アセタール化・エステル化・Friedel-Crafts など)とは両立しない
・逆に言えば「酸を使わない合成ルート」であれば最後まで残せる

MOM基が耐える条件と切れる条件を対比した図。塩基性・還元・酸化条件や求核剤には耐えるが、希塩酸などの酸加水分解で外れる。保護基は外したいときだけ外れるものを選ぶという基準を示す

何に強く、何に弱いか

保護基を選ぶときに実際に見るのはこの表です。

条件 MOM基
強塩基(NaH・LDA・RLi) ◯ 耐える
還元剤(LiAlH4・NaBH4) ◯ 耐える
求核剤・グリニャール試薬 ◯ 耐える
酸化(PCC・Swern など) ◯ 耐える(エーテル系では強い部類)
酸(HCl・TsOH・ルイス酸) ✕ 外れる
接触水素化(H2/Pd-C) ◯ 耐える(ベンジル基はここで外れる)

直交性——ほかの保護基と組み合わせる

複数の水酸基を別々のタイミングで外したいとき、外れ方が違う保護基を組み合わせます。

保護基 外し方 MOM基との関係
TBS(シリル系) フッ化物イオン(TBAF) 直交する(TBAF ではMOMは外れない)
Bn(ベンジル) 接触水素化(H2/Pd-C) 直交する(水素化ではMOMは外れない)
THP 酸 直交しない(同じ酸で両方外れる)

MOM+TBS、MOM+Bn の組み合わせなら外したい方だけを外せます。
保護基の考え方全体は保護基の選び方と直交性にまとめています。

MOMClの毒性と、それを避ける方法

MOMCl は発がん性物質
・MOMCl(クロロメチルメチルエーテル)自体に発がん性がある
・さらに副生するビス(クロロメチル)エーテルはより強い発がん性をもつ
・ドラフト内で扱い、手袋・保護具を徹底する。可能なら下記の代替法を選ぶ

代替として、ジメトキシメタン(CH2(OMe)2)と酸触媒(TfOH・
Nafion-H・モンモリロナイト)を使い、系内で活性種を発生させる方法が報告されています。
MOMCl を瓶で扱わずに済むのが利点です。

どんな場面で選ぶか

水酸基の保護基は多数ありますが、MOM基を選ぶ理由は次の場合です。

MOM基を選ぶ基準
・この先の工程で強塩基・求核剤・還元剤を使う(シリル系では不安なとき)
・接触水素化を通す必要がある(ベンジル基は使えない)
・最後に酸で一気に外したい(ほかの酸性脱保護とまとめて処理できる)
・逆に、途中で酸性条件を通る設計なら選ばない

奈良坂・プラサード還元のように、
遊離の水酸基が反応に必須な工程もあります。保護基の計画は、
「どの工程でどの水酸基が空いている必要があるか」から逆算して決めます。

まとめ

MOM基のまとめ
・構造:–CH2OCH3。炭素に酸素が2つ=アセタール
・導入:MOMCl + DIPEA(最も一般的)/MOMCl + NaH(古典)
・脱保護:酸加水分解(希塩酸・PPTS・ルイス酸)
・強いのは塩基・還元・酸化・接触水素化、弱いのは酸だけ

直交する相手は TBS(フッ化物イオンで外す)と Bn(接触水素化で外す)。
そしてMOMCl には発がん性があるので、扱いと代替法の検討を忘れないでください。

よくある質問

MOM基はなぜ酸だけで外れるのですか?

MOM基がアセタール構造(1つの炭素に酸素が2つ)だからです。酸で一方の酸素がプロトン化されると、もう一方の酸素の孤立電子対が押し込んで炭素-酸素結合を切り、安定なオキソカルベニウムが生じます。この助けがあるため、通常のエーテルでは切れない条件でも加水分解が進みます。塩基や還元剤にはこの経路が無いので安定です。

MOM基とTHP基はどう使い分けますか?

どちらもアセタール系で酸で外れるため、直交性はありません。違いは、THP基は導入すると新たな不斉中心が生じてジアステレオマー混合物になる点です。NMRが複雑になるのを避けたい場合はMOM基が有利です。一方THP基は試薬(DHP)の毒性が低く、扱いやすいという利点があります。

MOM基とTBS基を同じ分子に使えますか?

使えます。TBS基はフッ化物イオン(TBAF)で外れ、MOM基は酸で外れるため、外し方が独立しています(直交性がある)。複数の水酸基を別々のタイミングで遊離させたいときの定番の組み合わせです。ただし強い酸を使うとTBSも外れることがあるので、脱保護の順番はMOMより先にTBSを外す設計が安全です。

MOMClの代わりに使える試薬はありますか?

ジメトキシメタン(CH2(OMe)2)と酸触媒(TfOH、Nafion-H、モンモリロナイトなど)の組み合わせが報告されています。系内で活性種を発生させるため、発がん性のあるMOMClを直接扱わずに済みます。反応性はMOMClより低いので、基質によっては条件の最適化が必要です。

保護した水酸基があると進まない反応はありますか?

あります。遊離の水酸基そのものが反応に必要な工程では、MOM保護されていると進みません。代表例が奈良坂・プラサード還元やエバンス・サクセナ還元で、どちらも水酸基にホウ素が結合することから反応が始まります。保護基の計画は「どの工程でどの水酸基が空いている必要があるか」から逆算して立てます。