この記事の答え
ショール反応(Scholl反応)は、FeCl3 や DDQ+強酸で芳香環の C–H どうしを直接つなぐ酸化的カップリングです。ハロゲン化もホウ素化も要らず、分子内で環を閉じてナノグラフェンを作るのに使われます。

芳香環どうしをつなぐ方法といえば、まず鈴木・宮浦カップリングです。
しかしあの方法は、片方をハロゲン化し、もう片方をホウ素化するという下準備が要ります。
環が増えるほど、この準備だけで何工程もかかります。

ショール反応は、その下準備をまるごと省きます。
芳香環の C–H どうしを、酸化剤で直接つないでしまう反応です。
1910年に Roland Scholl(1865–1945)が報告した古い反応ですが、
ナノグラフェンや湾曲した多環芳香族を作る中心的な手法として、いまも中心的な手法として広く使われています。

この記事で学ぶこと
・ショール反応とは何か——C–H どうしを直接つなぐ(前官能基化が不要)
・なぜ酸化剤が必要で、なぜ電子豊富な基質しか使えないのか
・代表的な条件(FeCl3/DDQ+強酸)と、その使い分け
・2つの機構(ラジカルカチオン/アレニウムイオン)が決着しない理由
・分子内で使う「シクロ脱水素」とナノグラフェン合成

先に結論

項目 内容
何をする反応か 芳香環の C–H + C–H → C–C(水素2個が酸化されて抜ける)
代表的な条件 FeCl3(酸化剤とルイス酸を兼ねる)/DDQ + 強酸(CF3SO3H・CH3SO3H・TFA など)
主な使い方 分子内で環を閉じる(シクロ脱水素)。平面・湾曲した多環芳香族を作る
最大の利点 前官能基化がいらない(ハロゲン化もホウ素化も不要)
最大の弱点 強い酸化条件。電子豊富な基質しか使えず、転位や過剰反応も起こる

どんな反応か

2つの芳香環が、それぞれ C–H を1つずつ失って直接結合します。
抜けた水素は酸化剤が受け取るので、形式的には脱水素です。

 Ar–H + H–Ar'   →(酸化剤)→   Ar–Ar' + 2 H+ + 2 e−(電子は酸化剤が受け取る)

 分子内の場合(シクロ脱水素):
   ビフェニル型の2つの環が近づいている分子 → 新しい六員環が閉じる

実用上ほとんどは分子内で使います。分子間でやると、どの環とどの環がつながるかを
制御できないためです。あらかじめつなぎたい2つの環を近くに配置した基質を作っておき、
最後に酸化剤で一気に環を閉じる——これが標準的な設計です。

なぜ酸化剤が要るのか

C–H 2本を C–C 1本に組み替えると、水素は H+ として2個外れます。
H+ は電子を持っていかないので、結合1本につき電子が2個余ります。
この2電子を誰かが受け取らないと反応は閉じません。それが酸化剤の役目です。

ここから2つのことが分かります。

電子の勘定から分かること
・Fe(III) は1回に電子を1個しか受け取れない → C–C 結合1本ごとに Fe(III) が2つ以上要る
・DDQ は電子2個とH+2個を受け取ってヒドロキノン体(DDQH2)になる
・閉じる結合が増えるほど、抜くべき電子も比例して増える

もう1つは、電子豊富な芳香環でないと進みにくいことです。
この反応は全体として芳香環から電子を2個抜く(酸化する)反応です。
後で見るラジカルカチオン経路では最初の電子移動が、アレニウムイオン経路ではプロトン化と求電子攻撃が、
どちらも電子供与基(メトキシ基・アルキル基)を持つ電子豊富な環ほど進みやすく、
電子求引基(ニトロ基・カルボニル)を持つ環では進みにくくなります。
ショール反応が電子豊富な基質に限られるのは、どちらの経路で考えても同じ結論になるからです。

条件——FeCl3 と DDQ の使い分け

条件 性格 向いている場面
FeCl3
(CH2Cl2・ニトロメタン中)
酸化剤とルイス酸を1つで兼ねる。安価で、大量に使える 六員環を閉じる標準条件。ナノグラフェン合成の定番
DDQ + 強酸
(CF3SO3H・CH3SO3H・TFA)
酸化剤(DDQ)と酸を別々に調整できる。DDQ は回収・再利用も可能 条件を細かく振りたいとき。金属塩を避けたいとき
FeCl3 が1つで足りる理由
・Fe(III) が1電子酸化剤として働き、芳香環から電子を抜く
・同時にルイス酸として基質を活性化する
・反応で HCl も生じるので、系内には酸化剤と酸が両方そろう

DDQ に強酸を足すのはなぜか

DDQ はPMB保護基の除去でもおなじみの酸化剤ですが、
中性のままでは芳香環から電子を抜く力が足りないことがあります。
そこで TFA やメタンスルホン酸などの強酸を加えます。

強酸は DDQ のカルボニル酸素をプロトン化します。プロトン化された DDQ は正電荷を帯びるぶん
電子を受け取りやすくなり、酸化力が上がります。
酸の種類と量を変えると酸化力を段階的に調整できる——これが「別々に調整できる」の中身です。
DDQ と酸を組み合わせると芳香族の電子供与体をラジカルカチオンへ酸化できることが知られており、
この系の機構は次の節のラジカルカチオン経路で説明されることが多くなっています。

機構——2つの経路と、決着しない理由

ショール反応の機構は、100年以上経ったいまも1つに決着していません。
提案されている経路は2つです。

① ラジカルカチオン機構(電子移動が先)

酸化剤が芳香環から電子を1個抜いてラジカルカチオンを作り、
これをもう一方の環の π 電子が攻撃して C–C 結合ができます。
そのあと H+ が外れ、もう1電子が酸化されて抜け、さらに H+ が外れて芳香性が戻ります。

Rathore らは DDQ/酸の系でこの経路を支持する実験結果を報告しています(2010年)。
根拠の1つは、酸だけを加えて酸化剤を入れないと反応が起こらないことです。
もう1つは、酸化されにくい(酸化電位の高い)前駆体は DDQ/酸で反応しないことです。
どちらも「電子を抜けるかどうか」が反応の可否を決めていることを示します。

② アレニウムイオン機構(プロトン化が先)

酸が先に芳香環をプロトン化してアレニウムイオン(σ錯体)を作り、
これが求電子剤としてもう一方の環を攻撃します。
芳香族求電子置換と同じ骨格の考え方です。
C–C 結合ができた直後は芳香性を失ったジヒドロ体なので、最後に酸化剤が水素を2個抜いて芳香環に戻します。

King らは計算化学(密度汎関数法)で両経路を比べ、ラジカルカチオン経路は活性化エネルギーの点で
不利で、アレニウムイオン経路はエネルギー的に十分起こりうると結論しています(2006年)。

なぜ決着がつかないのか
・FeCl3 のようなルイス酸の多くは酸化剤でもある(1つの試薬が両方の役をする)
・プロトン酸は試薬の不純物として入り、反応の進行でも生じる(HCl など)
・つまり系内には常に酸と酸化剤が同時にあり、どちらが先に働いたかを切り分けにくい
・総説(Grzybowski ら, 2013)では、一電子酸化剤で室温で進む反応はラジカルカチオン経路、加熱を要する反応はアレニウムイオン経路である可能性が高い、と整理されている

試験やレポートで機構を書くときは、どちらか一方を「正解」として書かず、
2つの経路が提案されていて条件によって説明が分かれる、と書くのが安全です。
どちらの経路でも、C–C 結合ができたあとH+ 2個と電子2個が抜けて芳香環に戻る点は共通です。

ナノグラフェン合成での使われ方

ショール反応が現代的な意味を持つのは、平面状・湾曲状の巨大な芳香族を作れるからです。

典型的な流れはこうです。

ナノグラフェンを作る2段構え
・前半:鈴木・宮浦カップリングなどで、ベンゼン環を枝のようにつないだ前駆体を組む
・後半:ショール反応で一気に全部の環を閉じる(シクロ脱水素)
・1回の操作で C–C 結合が何本も同時にできるため、段数を劇的に減らせる

代表例は、ヘキサフェニルベンゼン(中央のベンゼンに6個のフェニル基がついた分子)から
ヘキサ-peri-ヘキサベンゾコロネン(HBC)への変換です。
1回の反応で6本の C–C 結合が新しくでき、13個のベンゼン環が縮環した平面分子になります。

お椀形・鞍形・らせん形に曲がった分子も、前駆体の形を設計しておけばこの方法で閉環できます。
平面に収まらない芳香族をどう作るかという問いに対する、現在の主要な答えの1つです。

うまくいかないときに疑うこと

基質が電子不足

この反応は全体として芳香環から電子を2個抜く(酸化する)反応です。
ラジカルカチオン経路では最初の電子移動が、アレニウムイオン経路ではプロトン化と求電子攻撃が、どちらも電子豊富な環ほど進みやすくなります。
そのため、ニトロ基やカルボニルなどの電子求引基があると進みにくく、
メトキシ基やアルキル基のような電子供与基があると進みやすくなります。

転位が起きている

反応の途中で生じるカチオン中間体から、アリール基が別の位置へ移動することがあります。
カルボカチオンの転位と同じく、より安定なカチオンへ移ろうとする動きです。
狙った異性体と違うものが主生成物になる原因の多くはこれです。
前駆体の置換位置を変えるか、酸化剤を替えて機構を切り替えます。

酸化が進みすぎている/塩素が入っている

強い酸化条件なので、閉環後の生成物がさらに酸化されてキノン類になることがあります。
閉環した大きな芳香族は前駆体より電子を抜かれやすいので、生成物のほうが酸化されやすいことも珍しくありません。
酸化剤の量と温度、反応時間を抑えるのが基本の対処です。
FeCl3 を使った場合は、塩素化された副生成物が混じることもあります。

ほかの方法との位置づけ

方法 前準備 位置の制御
ショール反応 不要(C–H のまま) 弱い(電子密度と立体で決まる)
鈴木・宮浦カップリング ハロゲン化+ホウ素化が必要 強い(つなぐ位置を指定できる)

位置を厳密に決めたいならクロスカップリング、段数を減らしたいならショール反応。
実際のナノグラフェン合成では、前半をクロスカップリング、仕上げをショール反応と
組み合わせて使うのが定石です。

まとめ

ショール反応のまとめ
・何をするか:芳香環の C–H どうしを直接つなぐ(酸化的カップリング)
・なぜ酸化剤か:結合1本につき電子2個を受け取る相手が要る。だから電子豊富な基質に限られる
・条件:FeCl3(酸化剤+ルイス酸)/DDQ + 強酸(酸で DDQ の酸化力を上げる)
・機構:ラジカルカチオンとアレニウムイオンの2経路が提案され、決着していない
・用途:分子内のシクロ脱水素でナノグラフェン・湾曲芳香族を作る

関連する考え方は、ラジカルカチオンの土台になるラジカルの基礎、
FeCl3 の役割を整理したルイス酸とルイス塩基、
アレニウムイオンを詳しく扱う求電子的芳香族置換(EAS)で確認できます。
ほかの人名反応は人名反応の一覧から引けます。

よくある質問

ショール反応とクロスカップリングはどう使い分けますか?

つなぐ位置を厳密に決めたいならクロスカップリング、工程数を減らしたいならショール反応です。クロスカップリングはハロゲン化とホウ素化の下準備が要る代わりに位置を指定できます。ショール反応は前官能基化が不要ですが、どこがつながるかは電子密度と立体で決まるため制御が弱くなります。実際のナノグラフェン合成では両方を組み合わせます。

FeCl3とDDQはどちらを使えばよいですか?

六員環を閉じる標準的な反応ならFeCl3が第一選択です。酸化剤とルイス酸を兼ねるため試薬が1つで済み、安価で大量に使えます。酸化力を細かく調整したい場合や金属塩を避けたい場合は、DDQと強酸の組み合わせが選ばれます。DDQは回収して再利用できる利点もあります。

DDQにTFAなどの強酸を加えるのはなぜですか?

強酸がDDQのカルボニル酸素をプロトン化し、DDQを電子を受け取りやすい状態にして酸化力を上げるためです。中性のDDQでは電子を抜けない芳香環も、酸を加えると酸化できるようになります。酸の種類と量で酸化力を調整できるので、基質に合わせて条件を振れます。この系の機構は、芳香環が1電子酸化されてラジカルカチオンになる経路で説明されることが多くなっています。

ショール反応の機構は結局どちらなのですか?

1つに決着していません。酸化剤が電子を抜くラジカルカチオン機構と、酸がプロトン化するアレニウムイオン機構の2つが提案されています。ルイス酸の多くは酸化剤でもあり、酸も反応中に生じるため、系内には常に酸と酸化剤が同時にあって切り分けが難しいのが理由です。DDQと酸の系ではラジカルカチオン機構を支持する実験報告があり、計算化学からはアレニウムイオン機構を支持する報告があります。

ショール反応が電子豊富な芳香環でしか進まないのはなぜですか?

この反応は全体として芳香環から電子を2個抜く(酸化する)反応で、ラジカルカチオン経路では最初の電子移動が、アレニウムイオン経路ではプロトン化と求電子攻撃が、どちらも電子豊富な環ほど進みやすいからです。メトキシ基やアルキル基のような電子供与基を持つ環では進みやすく、ニトロ基などの電子求引基を持つ環では進みにくくなります。反応が進まないときは、まず基質の電子密度を疑い、次に酸化剤の量と温度を確認します。進みすぎるとキノン類への過剰酸化が起こります。

参考文献

  • R. Scholl, J. Mansfeld, Ber. Dtsch. Chem. Ges., 1910, 43, 1734.
  • P. Rempala, J. Kroulík, B. T. King, “Investigation of the Mechanism of the Intramolecular Scholl Reaction of Contiguous Phenylbenzenes”, J. Org. Chem., 2006, 71, 5067.
  • L. Zhai, R. Shukla, S. H. Wadumethrige, R. Rathore, “Probing the Arenium-Ion (Proton Transfer) versus the Cation-Radical (Electron Transfer) Mechanism of Scholl Reaction Using DDQ as Oxidant”, J. Org. Chem., 2010, 75, 4748.
  • M. Grzybowski, K. Skonieczny, H. Butenschön, D. T. Gryko, “Comparison of Oxidative Aromatic Coupling and the Scholl Reaction”, Angew. Chem. Int. Ed., 2013, 52, 9900–9930.
  • Y. Zhang, S. H. Pun, Q. Miao, “The Scholl Reaction as a Powerful Tool for Synthesis of Curved Polycyclic Aromatics”, Chem. Rev., 2022, 122, 14554.