炭素の電子配置は 1s2 2s2 2p2 です。よく見てください。ペアになっていない電子は、2p にある2個だけです。

結合は不対電子どうしで作るものですから、素直に読めば炭素は2本しか結合できないはずです。ところが現実のメタンは CH4——しかも4本の C−H は、結合の長さも強さも完全に等価です。

この食い違いこそが、混成軌道という考え方が生まれた理由そのものです。この記事では、軌道への電子の詰め方から出発して、なぜ混成せざるをえないのかまでを筋道立てて追います。

この記事で学ぶこと
・s 軌道・p 軌道の形と数、エネルギー準位の並び
・電子を詰める3つの規則(構成原理・パウリ・フント)
・炭素が2本しか結合できないはずなのに4本つくる理由
・昇位と混成がエネルギー収支で得をしていること
・原子軌道から分子軌道への橋渡し

軌道とは——電子の住所

電子は原子核のまわりを回っているのではなく、存在する確率の高い領域として広がっています。その領域の型が軌道です。

軌道形数入る電子
s 軌道球各殻に 1 つ2 個まで
p 軌道亜鈴形(節が1つ)3 つ(x・y・z の各方向)合計 6 個まで

有機化学で扱うのは第2周期までがほとんどなので、実質 2s と 2p だけを見ればすみます。3つの p 軌道が互いに直交していることは覚えておいてください。分子の形を決めているのは、この直交性です。

電子を詰める3つの規則

軌道が用意できたら、あとは電子を入れるだけです。規則は3つしかありません。

① 構成原理:エネルギーの低い軌道から順に入れる
    (1s → 2s → 2p → 3s …)
② パウリの排他原理:1つの軌道に入れるのは2個まで。しかもスピンは逆向き
③ フント則:エネルギーが等しい軌道(p 軌道の3つなど)には、
    まず1個ずつ、同じ向きのスピンで配る。全部に行き渡ってから対にする

③のフント則は、電子どうしの反発を避けたいという要請から来ています。同じ部屋に2人で入るより、空いている部屋に1人ずつ入るほうが快適だ、というだけの話です。

有機化学でよく出る原子を並べておきます。

H  (1)  1s1                     不対電子 1 → 結合 1 本
C  (6)  1s2 2s2 2p2            不対電子 2 → ??? (本文参照)
N  (7)  1s2 2s2 2p3            不対電子 3 → 結合 3 本 + 孤立電子対 1 組
O  (8)  1s2 2s2 2p4            不対電子 2 → 結合 2 本 + 孤立電子対 2 組
F  (9)  1s2 2s2 2p5            不対電子 1 → 結合 1 本 + 孤立電子対 3 組

炭素・窒素・酸素について、1s・2s・2pの軌道を箱で描き、構成原理とパウリの排他原理とフント則にしたがって電子を矢印で詰めた図。2p軌道には1個ずつ平行スピンで配られることを示す

窒素・酸素・フッ素は、不対電子の数がそのまま結合の本数になっています。きれいに説明できています。

炭素だけが説明できない

ところが炭素は合いません。

素直に読むとこうなる
・炭素の不対電子は 2p に2個だけ
・したがって結合できるのは2本。分子式は CH2 のはず
・さらに 2p 軌道は互いに 90° で直交しているので、結合角は 90° のはず
・しかし実際のメタンは CH4 で、結合角は 109.5°、4本すべて等価

予想がすべて外れています。CH2 は実在しますが、それはカルベンという猛烈に不安定な化学種であって、安定な炭素化合物ではありません(→ カルベン)。

昇位と混成——収支で考えれば当然の選択

解決の鍵は、2s と 2p のエネルギー差が小さいことにあります。

① 昇位  2s の電子を1個、空いている 2p へ持ち上げる

     1s2 2s2 2p2   →   1s2 2s1 2p3
     不対電子 2 個        不対電子 4 個

     コスト:約 400 kJ/mol

② 混成  2s 1つ + 2p 3つ を混ぜて、等価な軌道を4つつくる

     → 4本の結合がすべて同じ強さ・同じ長さになる
     → 互いに最も離れた配置をとり、結合角 109.5°

昇位には 400 kJ/mol もかかります。それでも実行されるのは、見返りのほうが大きいからです。

エネルギーの収支
・支出:昇位に 約 400 kJ/mol
・収入:結合が 2本 → 4本に増える。C−H 1本は約 410 kJ/mol なので
    2本ぶんで 約 820 kJ/mol の得
・差し引き 400 kJ/mol 以上の黒字 → だから炭素は必ず混成する
・「混成するのが自然」ではなく、混成したほうが得だから混成する

炭素の基底状態から2s電子を2pへ昇位させるコスト約400kJ/molと、結合が2本から4本に増えることで得られる約820kJ/molの利得を、エネルギー準位の変化と収支の棒として並べて示す

混ぜる相手を変えれば、できる軌道の数も形も変わります。2p を2つだけ混ぜれば sp2、1つだけなら sp です。その中身は混成軌道とはで扱っています。

フント則が効いている実例

フント則は試験のための規則ではありません。現実の物質の性質として現れます。

化学種何が起きているか結果
酸素分子 O2縮退した軌道に不対電子が1個ずつ常磁性(磁石に引かれる)
三重項カルベンsp2 と p に1個ずつ平行スピンジラジカル的にふるまう
ナイトレン2つの p 軌道が縮退したまま残るほぼ常に三重項

酸素分子が常磁性であることは、ルイス構造では説明できず、分子軌道で初めて説明できた有名な例です(→ 分子軌道法)。ナイトレンが三重項に偏るのも、縮退にフント則がそのまま効くからでした。

原子軌道から分子軌道へ

ここまでは1個の原子の話でした。原子が近づくと、軌道どうしが混ざり合って新しい軌道になります。

数は保存される。原子軌道を2つ持ち寄れば、分子軌道も2つできます。
・結合性軌道:足し合わせたもの。もとの原子軌道より低い
・反結合性軌道:引き算したもの。もとの原子軌道より高い
・低いほうから、同じ3規則で電子を詰めていく

混成軌道は「1つの原子の中で軌道を混ぜる」話、分子軌道は「複数の原子にまたがって軌道を作る」話です。混ぜる相手が違うだけで、やっていることは同じと捉えると混乱しません。詳しくは分子軌道法とσ結合とπ結合へ続きます。

周期表とオクテット則につながる

最後に、第2周期で「8」という数が出てくる理由を確認しておきます。

第2周期で使える軌道 = 2s(1つ)+ 2p(3つ)= 合計 4 つ
1つの軌道に2個まで入るので        →  4 × 2 = 8 個

  これがオクテット則の正体。「8」は経験則ではなく軌道の数から出てくる
  第3周期以降は 3d 軌道も使えるため、8を超えられる(拡張オクテット)

リンや硫黄が5本・6本の結合を作れるのに、窒素や酸素が決してそうしないのは、この違いによります。オクテット則そのものはオクテット則とはで扱っています。

大学院入試での問われ方

「炭素の基底状態の電子配置を書き、結合が4本になる理由を説明せよ」
      → 1s22s22p2。2s の電子を 2p へ昇位させて不対電子を4個にし、
        混成して等価な4軌道をつくる。昇位のコストより結合2本ぶんの利得が大きい

「フント則を説明し、実例を1つ挙げよ」
      → 縮退した軌道には平行スピンで1個ずつ入る。酸素分子の常磁性

「2p 軌道をそのまま使うなら結合角は何度になるはずか」
      → 90°。実際は 109.5° なので、そのままでは使っていないと分かる

「オクテット則の8という数はどこから来るか」
      → 2s 1つ + 2p 3つ = 4軌道、各2個で 8

まとめ

この記事のまとめ
・電子は構成原理・パウリの排他原理・フント則の3つで軌道に入る
・N・O・F は不対電子の数=結合の本数で説明がつく
・炭素だけ合わない。不対電子2個・結合角90°のはずが、実際は4本・109.5°
・昇位(約400 kJ/mol の支出)と混成で説明できる。結合2本ぶん(約820 kJ/mol)の黒字
・混成は「自然だから」ではなく得だから起こる
・原子軌道を持ち寄ると分子軌道ができる。数は保存され、結合性と反結合性に分かれる
・オクテットの「8」は 2s + 2p = 4軌道 × 2 から出てくる

よくある質問

電子配置を決める規則は何ですか?

3つあります。エネルギーの低い軌道から順に入れる構成原理、1つの軌道には逆向きスピンの電子を2個までとするパウリの排他原理、そしてエネルギーの等しい軌道には平行スピンで1個ずつ配ってから対にするフント則です。フント則は電子どうしの反発を避けたいという要請から来ており、酸素分子が常磁性を示すことなど現実の性質として観測されます。

炭素はなぜ4本の結合をつくれるのですか?

基底状態の1s2 2s2 2p2では不対電子が2個しかなく、そのままでは2本しか結合できません。しかし2sの電子を1個だけ空いている2p軌道へ昇位させると不対電子が4個になり、4本の結合が可能になります。昇位には約400キロジュール毎モルかかりますが、結合が2本増えることで約820キロジュール毎モルを得るため、差し引きで大きく有利になります。

なぜ混成軌道という考え方が必要なのですか?

2p軌道をそのまま使うと説明が合わないからです。3つの2p軌道は互いに直交しているため結合角は90度になるはずですが、メタンの実際の結合角は109.5度です。また4本のC−H結合は長さも強さも完全に等価で、s由来とp由来の区別がありません。2sと2pを混ぜて等価な4つの軌道をつくると考えれば、この両方が同時に説明できます。

原子軌道と分子軌道はどう違いますか?

原子軌道は1個の原子に属する電子の領域、分子軌道は複数の原子にまたがる領域です。原子が近づくと原子軌道どうしが混ざり、持ち寄った数と同じだけの分子軌道ができます。そのうち足し合わせた形の結合性軌道はもとより低く、引き算した形の反結合性軌道はもとより高くなります。詰め方の規則は原子軌道のときとまったく同じです。

オクテット則の8はどこから来ますか?

第2周期で使える軌道の数から出てきます。2s軌道が1つと2p軌道が3つで合計4つ、それぞれに電子が2個まで入るので4×2=8となります。つまり8という数字は経験則ではなく軌道の数の帰結です。第3周期以降は3d軌道も使えるため8を超えることができ、リンや硫黄が5本や6本の結合をつくれるのはこのためです。

カズ塾有機化学 第1巻「基礎編」第3章 原子軌道から混成軌道へ
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