「トルエンの沸点は何度だったか」「DMSO は水と混ざるのか」「この溶媒は分液で上と下のどちらに来るのか」。実験の前に溶媒の性質を確かめたくなる場面は、反応、分液、再結晶、カラムと、ほぼ毎日やってきます。

ところが数値だけを暗記しても、初めて使う溶媒を選ぶ場面では役に立ちません。溶媒の沸点・密度・極性は、どれも分子の形と分子間力から説明できます。理由がわかれば、表に載っていない溶媒の性質もおおよそ見当がつくようになります。この記事では、よく使う20種の一覧表を最初に示し、そのあとで数値の「なぜ」と、用途ごとの選び方を順に整理します。

この記事の答え
よく使う有機溶媒20種の沸点・密度・比誘電率・水との混和性は下の一覧表のとおりです。極性の目安は比誘電率ですが、TLC での流れやすさ(溶出力)の順とは一致しません。
この記事で学ぶこと
・実験でよく使う有機溶媒20種の沸点・密度・極性の一覧
・沸点と密度の違いを分子間力と原子の重さから説明する
・比誘電率・双極子モーメント・ET(30) という「極性」の物差しの違い
・反応・抽出・再結晶・カラムでの溶媒の選び方と、DMF・DMSO の除き方
Contents
  1. 有機溶媒の沸点・極性一覧表(20種)
  2. 沸点の違いは分子間力の強さで決まる
  3. 密度で分液の上下が決まる
  4. 「極性」の物差しは1つではない
  5. TLC・カラムの溶出系列は比誘電率の順ではない
  6. 反応溶媒はプロトン性か非プロトン性かで選ぶ
  7. 用途別の溶媒の選び方
  8. 高沸点溶媒(DMF・DMSO・NMP)の除き方
  9. ベンゼンを使わない理由と、溶媒の安全の基本
  10. 大学の試験・院試での問われ方
  11. まとめ
  12. よくある質問
  13. 関連記事

有機溶媒の沸点・極性一覧表(20種)

炭化水素、エーテル、ハロゲン系、エステル・ケトン・ニトリル、高沸点の極性非プロトン性溶媒、プロトン性溶媒の順に並べました。似た構造の溶媒が隣り合うので、値の違いを比べながら読めます。

溶媒 略号・化学式 沸点(°C) 密度(g/mL) 比誘電率 水との混和性 分類
ペンタン C5H12 36.1 0.626 1.84 混ざらない(0.04) 非プロトン性・無極性
ヘキサン Hex(C6H14) 69 0.659 1.89 混ざらない(0.0014) 非プロトン性・無極性
トルエン PhMe(C7H8) 110.6 0.867 2.38※ 混ざらない(0.05) 非プロトン性・無極性
ベンゼン C6H6 80.1 0.877 2.28 混ざらない(0.18) 非プロトン性・無極性
ジエチルエーテル Et2O 34.5 0.713 4.27 分離する(7.5) 非プロトン性・低極性
テトラヒドロフラン THF 65 0.883 7.52 混和(室温) 非プロトン性・中程度
1,4-ジオキサン C4H8O2 101.1 1.033 2.21※ 混和 非プロトン性・低極性
ジクロロメタン DCM(CH2Cl2) 39.8 1.326 9.08 分離する(1.32) 非プロトン性・中程度
クロロホルム CHCl3 61.2 1.479 4.81 分離する(0.795) 非プロトン性・低極性
酢酸エチル EtOAc(AcOEt) 77 0.895 6.0※ 分離する(8.7) 非プロトン性・中程度
アセトン Me2CO 56.1 0.785 21.0 混和 極性非プロトン性
アセトニトリル MeCN 81.7 0.786 36.6 混和 極性非プロトン性
N,N-ジメチルホルムアミド DMF 153 0.945 38.3 混和 極性非プロトン性
ジメチルスルホキシド DMSO 189 1.092 47 混和 極性非プロトン性
N-メチル-2-ピロリドン NMP 202 1.033 32 混和 極性非プロトン性
メタノール MeOH 64.6 0.791 32.6※ 混和 極性プロトン性
エタノール EtOH 78.5 0.789 24.6 混和 極性プロトン性
2-プロパノール IPA(i-PrOH) 82.4 0.785 18.3※ 混和 極性プロトン性
酢酸 AcOH 118 1.045 6.20 混和 プロトン性
水 H2O 100.0 0.998 78.5※ — 極性プロトン性

出典:沸点・密度・比誘電率・水への溶解度は、ACS(米国化学会)有機化学部会の溶媒物性表(CRC Handbook of Chemistry and Physics 第87版、Vogel’s Textbook of Practical Organic Chemistry 第5版の値をまとめたもの)によります。密度・比誘電率は 20 °C、※印は 25 °C の値です。水の比誘電率は 20 °C では 80.1 です。エタノールの 24.6 は出典では 20 °C の値とされていますが、25 °C の値に近く、測定温度は確かめられていません。「水との混和性」の括弧内の数字は、水 100 g に溶ける溶媒の質量(g)です。

表の「分類」は、水素結合を与えられる水素(O–H・N–H)をもつかどうかと、比誘電率の大小で大まかに分けたものです。ジクロロメタンのように中間にある溶媒は、本によって「無極性」側に入れることもあります。THF も、本によって極性非プロトン性に入れたり低極性に入れたりします。分類の境目そのものはプロトン性・非プロトン性溶媒で詳しく扱っています。

表を使うときの注意
・試薬の「ヘキサン」は、製品によっては異性体を含む混合物で、沸点に幅がある
・密度と比誘電率は温度で変わる。表は 20〜25 °C の値
・水への溶解度は「溶媒が水に溶ける量」。逆に、水も溶媒に少し溶ける
・実際に使う溶媒の性質と危険性は、ボトルのラベルと SDS で確かめる

沸点の違いは分子間力の強さで決まる

液体が沸騰するには、分子どうしを引きつけている力(分子間力)を振り切って、分子が気体に飛び出す必要があります。引きつける力が強い溶媒ほど、高い温度まで加熱しないと沸騰しません。表の沸点の違いは、ほとんどがこの1点で説明できます。分子間力の種類は分子間力とはで整理しています。

分子が大きいほど沸点が高い(分散力)

ペンタン(36.1 °C)とヘキサン(69 °C)、ベンゼン(80.1 °C)とトルエン(110.6 °C)を比べると、炭素が1つ増えるだけで沸点が30 °C 前後上がります。極性がほとんどない分子どうしでも、電子の分布が一瞬ゆらいで生じる弱い引力(分散力、ロンドン力)が働きます。分散力は、分子がもつ電子が多いほど、そして分子どうしが触れ合う面積が広いほど強くなります。そのため、同じ仲間の溶媒では分子が大きいほど沸点が高くなります。

水素結合を与える溶媒は、小さくても沸点が高い

水は分子量わずか18ですが、沸点は 100.0 °C です。メタノール(分子量32)も 64.6 °C で、分子量が倍以上あるペンタン(分子量72、36.1 °C)より30 °C 近く高くなります。O–H の水素が隣の分子の酸素と水素結合をつくり、液体の中で分子どうしが網目のようにつながっているからです。

エタノール(分子量46、78.5 °C)とジエチルエーテル(分子量74、34.5 °C)の比較はさらにわかりやすい例です。エーテルのほうが分子は大きいのに、沸点は40 °C 以上低い。エーテルの酸素は水素結合を「受け取る」ことはできても、O–H をもたないので「与える」ことができず、エーテル分子どうしでは水素結合の網目ができません。

大きな双極子をもつ溶媒も沸点が高い

アセトニトリルは分子量41と小さいのに 81.7 °C、DMSO は分子量78でトルエン(92)より軽いのに 189 °C です。C≡N や S=O の結合は電子が大きく偏っていて、分子全体が強い双極子をもちます。双極子どうしが向きをそろえて引き合う力(双極子–双極子相互作用)が、分散力に上乗せされるわけです。DMF(153 °C)や NMP(202 °C)の沸点が高いのも、C=O が窒素の孤立電子対と共鳴して大きく分極しているためです。

THF(65 °C)とジエチルエーテル(34.5 °C)は分子量がほぼ同じ(72と74)なのに、沸点は30 °C も違います。THF では2本のアルキル鎖が環としてつながって後ろに引かれているため、酸素が外に向いて露出し、双極子モーメントも大きくなります(THF 1.75 D、ジエチルエーテル 1.15 D)。環になって形が固定されているので、分子どうしが密に寄り合いやすいことも一因です(密度も THF 0.883、ジエチルエーテル 0.713 と大きく違います。シクロペンタン(49.2 °C)がペンタン(36.1 °C)より沸点が高いのと同じ傾向です)。

沸点で決まる「エバポレーターでの飛ばしやすさ」

反応や抽出のあとは、ロータリーエバポレーターで溶媒を減圧留去して目的物を取り出します。減圧すると、液体の蒸気圧が外の圧力に追いつく温度が下がるので、常圧より低い温度で沸騰します。それでも、もとの沸点が高い溶媒ほど飛ばしにくいことに変わりはありません。沸点で4つの帯に分けると、扱いの違いが見えてきます。

沸点の帯 溶媒(沸点 °C) 濃縮での扱い
40 °C 前後まで ジエチルエーテル(34.5)、ペンタン(36.1)、ジクロロメタン(39.8) すぐ飛ぶ。急に減圧すると突沸しやすく、冷却管で凝縮しきれずに逃げやすい
55–85 °C アセトン(56.1)、クロロホルム(61.2)、メタノール(64.6)、THF(65)、ヘキサン(69)、酢酸エチル(77)、エタノール(78.5)、アセトニトリル(81.7)、2-プロパノール(82.4) ふつうのエバポレーター操作で無理なく飛ばせる
100–120 °C 水(100.0)、1,4-ジオキサン(101.1)、トルエン(110.6)、酢酸(118) 時間がかかる。減圧を強め、残りやすいことを前提に乾燥させる
150 °C 以上 DMF(153)、DMSO(189)、NMP(202) ふつうのエバポレーターでは飛ばしにくい。水洗で除くのが基本(後述)

沸点の低い溶媒は便利な反面、減圧を急ぐと突沸してフラスコの中身がトラップへ吹き上がることがあります。減圧はゆっくりかけ、泡立ちを見ながら調節します。また、目的物自体の沸点が低い場合は、溶媒と一緒に目的物まで飛んでしまうことがある点にも注意が必要です。

沸点が低く揮発しやすい化合物は、気化させて分けるガスクロマトグラフィー(GC)で分析できます。原理と検出器はガスクロマトグラフィー(GC)の原理|検出器の種類・GC-MS・HPLCとの違いで説明しています。

密度で分液の上下が決まる

分液漏斗では、密度の大きい層が下に来ます。水の密度は約 1.0 g/mL なので、表の密度が1より小さい溶媒(ヘキサン 0.659、ジエチルエーテル 0.713、トルエン 0.867、酢酸エチル 0.895)なら有機層が上、1より大きい溶媒(ジクロロメタン 1.326、クロロホルム 1.479)なら有機層が下です。

水と混ざらない溶媒のうちハロゲン系だけが重いのは、塩素原子が重いからです。塩素の原子量は約35.5で、炭素(12)や水素(1)よりずっと重いのに、原子の大きさはそれほど大きくありません。体積あたりに詰まっている質量が大きいので、液体の密度が水を上回ります。CH2Cl2 より塩素が1つ多い CHCl3 のほうがさらに重いのも、同じ理由です。

なお、1,4-ジオキサン(1.033)、DMSO(1.092)、NMP(1.033)、酢酸(1.045)も水より重いのですが、水と混ざるので層そのものができません。分液では「密度」と「水と混ざるか」をセットで見ます。水層に塩が多く溶けていると水層の密度が上がり、上下が予想と逆になることもあるので、迷ったら少量を水に滴下して確かめます。具体的な見分け方は分液漏斗の使い方と分液のコツにまとめています。

「極性」の物差しは1つではない

「この溶媒は極性が高い」と言うとき、実は少なくとも3種類の物差しが混ざって使われています。物差しによって並び順が入れ替わるので、何のために極性を比べたいのかを決めてから、物差しを選ぶ必要があります。

比誘電率:液体全体が電荷をどれだけ弱めるか

比誘電率(εr)は、液体の中で2つの電荷のあいだに働く静電気力が、真空中に比べて何分の1に弱まるかを表す値です。水(78.5)の中では陽イオンと陰イオンの引力が約80分の1になるので、塩が解離して溶けやすく、SN1 反応のように電荷が生じる段階も進みやすくなります。分子1個の性質ではなく、液体全体としての応答を測っている点が特徴です。

双極子モーメント:分子1個の電荷の偏り

双極子モーメント(μ、単位 D=デバイ)は、分子1個の中で正と負の電荷がどれだけ離れて偏っているかを表します。ふつうは気体中の孤立した分子で測った値を使います。結合の偏りが分子の形によって打ち消されるかどうかで決まるので、同じ C–Cl 結合をもっていても、CH2Cl2(1.60 D)と CHCl3(1.04 D)で値が違います。

ET(30):色素の色の変化で測る経験的な極性

ET(30) は、ライヒャルト色素(ピリジニウム N-フェノラートベタイン色素)を溶かしたときの、いちばん長波長側の吸収のエネルギーを kcal/mol で表した値です(ET(30)=28591÷λmax[nm])。この色素は分子内に正電荷と負電荷をもち、極性の高い溶媒ほど基底状態が強く安定化されて吸収が短波長側へずれます。プロトン性溶媒は負電荷をもつフェノラートの酸素に水素結合して基底状態をさらに安定化するので、ET(30) には水素結合を与える能力も反映されます。水を1、テトラメチルシランを0として規格化した ETN もよく使われます。

代表的な13種について、3つの物差しを並べたのが次の表です(ET(30) の大きい順)。

溶媒 比誘電率 双極子モーメント(D) ET(30)(kcal/mol)
水 78.5 1.85 63.1
メタノール 32.6 1.70 55.4
エタノール 24.6 1.69 51.9
アセトニトリル 36.6 3.92 45.6
DMSO 47 3.96 45.1
DMF 38.3 3.82 43.2
アセトン 21.0 2.88 42.2
ジクロロメタン 9.08 1.60 40.7
クロロホルム 4.81 1.04 39.1
酢酸エチル 6.0 1.78 38.1
THF 7.52 1.75 37.4
トルエン 2.38 0.36 33.9
ヘキサン 1.89 0 31.0

出典:比誘電率は上の一覧表と同じ。双極子モーメントは CRC Handbook 系の気相値(Wikipedia の溶媒物性表で照合)、ET(30) は Reichardt(Chem. Rev. 1994, 94, 2319)の値を複数の二次資料で照合したもの、DMF のみ Reichardt の成書(第3版)の値です。双極子モーメントは、溶液中で測った値を載せる資料もあり、資料によって数値がかなり違うことがあります。

物差しどうしが食い違う4つの例

例1:水とアセトン。双極子モーメントはアセトン(2.88 D)のほうが水(1.85 D)より大きいのに、比誘電率は水が 78.5、アセトンが 21.0 と、水が4倍近く大きくなります。比誘電率は「電場をかけたとき、液体全体で双極子がどれだけそろって向きを変えるか」で決まります。水は水素結合の網目でつながっているため、1つの分子が向きを変えると隣の分子もつられて同じ向きにそろいやすく、分子1個の双極子から予想されるよりずっと大きく応答します。

例2:メタノールとアセトニトリル。比誘電率はアセトニトリル(36.6)がメタノール(32.6)を上回り、双極子モーメントも 3.92 D と 1.70 D で大差です。ところが ET(30) はメタノールが 55.4、アセトニトリルが 45.6 と逆転します。差を生んでいるのは水素結合を与える能力です。この能力は、溶媒が陰イオンを包み込んで動けなくする働きと同じもので、SN2 反応でメタノールが求核剤の勢いを弱める理由にもなっています。

例3:1,4-ジオキサン。比誘電率は 2.21 で、ヘキサン(1.89)とほとんど変わりません。それなのに水とは任意の割合で混ざります。ジオキサンは2つの C–O–C 部分を向かい合わせにもつ環で、いす形配座ではそれぞれの双極子が逆向きになって打ち消し合うため、分子全体の極性はほぼゼロになります。一方で、2つの酸素の孤立電子対は水からの水素結合を受け取れるので、水とはよくなじみます。「比誘電率が低い=水と混ざらない」は成り立たない例です。

例4:酢酸。比誘電率は 6.20 で、酢酸エチル(6.0)と同じくらいしかありません。しかし酢酸はプロトン性で、水とも混ざります。比誘電率が低い主な理由として、純粋な液体の酢酸では2分子が2本の水素結合で環状の二量体をつくり、互いの双極子を打ち消し合うことが挙げられます。

物差しの選び方
・イオンを解離させたい、電荷が生じる段階を助けたい → 比誘電率
・陰イオンを包み込むか、裸にするか → プロトン性か非プロトン性か(ET(30) も参考)
・分子どうしの引き合い、沸点の比較 → 双極子モーメントと水素結合
・シリカゲルでの流れやすさ → どれでもなく、溶出系列で考える(次の節)

TLC・カラムの溶出系列は比誘電率の順ではない

シリカゲルの TLC やカラムでよく使う溶媒を、化合物を押し流す力(溶出力)の弱い順に並べると、おおよそ次のようになります。

ヘキサン < トルエン < ジクロロメタン < ジエチルエーテル < 酢酸エチル < アセトン < メタノール

これを比誘電率の順(ヘキサン 1.89 < トルエン 2.38 < ジエチルエーテル 4.27 < 酢酸エチル 6.0 < ジクロロメタン 9.08 < アセトン 21.0 < メタノール 32.6)と比べると、ジクロロメタンの位置がずれています。比誘電率ではジクロロメタンがジエチルエーテルや酢酸エチルより大きいのに、シリカゲル上で化合物を流す力はこの2つより弱いのです。

理由は、シリカゲルの表面で起きていることにあります。シリカゲルの表面には Si–OH(シラノール基)が並び、化合物はこの O–H に水素結合や双極子相互作用で吸着します。展開溶媒は、このシラノール基の席を化合物と奪い合います。溶媒分子がシラノール基に強く吸着できるほど、化合物を席から追い出して流す力が強くなります。

シラノール基の O–H に強く吸着するには、水素結合を受け取れる孤立電子対、つまりエーテルの酸素やエステル・ケトンの C=O の酸素が効きます。ジクロロメタンの塩素にも孤立電子対はありますが、水素結合を受け取る力は弱く、シラノール基を奪い合う力では酸素をもつ溶媒にかないません。メタノールは O–H で水素結合を与えも受けもするので、さらに強く吸着します。溶出系列が測っているのは液体全体の誘電的な性質ではなく、吸着剤の表面にどれだけ強く吸着するかです。

この「溶出力」は吸着剤ごとに測られる量で(Snyder の溶出力 ε0 が代表的な尺度)、アルミナでは並びが少し変わり、C18 を使う逆相クロマトグラフィーでは水が最も弱くメタノールやアセトニトリルが強い、ほぼ逆の関係になります。実際の展開溶媒は、ヘキサン/酢酸エチルや、より極性の高い化合物ならジクロロメタン/メタノールのように2種類を混ぜ、その比で溶出力を細かく調節します。Rf 値と展開溶媒の関係はTLC のやり方と Rf 値の求め方、カラムでの決め方はカラムクロマトグラフィーのやり方で解説しています。

反応溶媒はプロトン性か非プロトン性かで選ぶ

反応溶媒を選ぶときは、まず「溶媒が反応にどう関わるか」を考えます。溶媒は単なる入れ物ではなく、試薬や中間体を溶媒和して反応の速さを変え、ときには溶媒自身が試薬と反応してしまいます。

SN2 には極性非プロトン性溶媒が効く

DMF、DMSO、アセトニトリル、アセトンのような極性非プロトン性溶媒は、比誘電率が大きいので塩を溶かせます。陽イオン(Na+ や K+)は、溶媒分子の負に偏った酸素や窒素が取り囲んで安定化します。ところが O–H をもたないので、陰イオンを水素結合で包むことができません。陰イオンの求核剤は溶媒和されないまま「裸」で残り、反応性が高くなります。SN2 は求核剤が基質を攻撃する1段階で進み、速さが求核剤の反応性に直接左右されるので、この効果がそのまま速さに出ます。

メタノールや水のようなプロトン性溶媒では逆に、陰イオンが水素結合の殻に包まれて動きにくくなります。小さく電荷が集中した陰イオン(F− など)ほど強く包まれるので、ハロゲン化物イオンの求核性の順序が溶媒によって逆転します。この話の全体像はプロトン性・非プロトン性溶媒、反応機構との関係はSN1・SN2 反応完全解説にあります。

SN1 にはプロトン性溶媒が効く

SN1 の律速段階は、脱離基が外れてカルボカチオンと陰イオンが生じるイオン化です。水やアルコール、ギ酸のようなプロトン性溶媒は、比誘電率が高くて生じた電荷どうしの引力を弱めるうえ、脱離していく陰イオンを水素結合で、カルボカチオンを酸素の孤立電子対で安定化します。電荷が生まれる遷移状態が安定化されるので、イオン化が進みやすくなります。

強塩基・有機金属試薬にはプロトン性溶媒を使わない

グリニャール試薬や有機リチウム、NaH、LDA のような強塩基は、O–H の水素を即座に引き抜きます。アルコールや水を溶媒にすると、目的の反応より先に溶媒と反応して試薬が失われます。そこでジエチルエーテルや THF を使います。これらは酸性の水素をもたないうえ、酸素の孤立電子対がマグネシウムやリチウムに配位して試薬を溶かし、安定化します(グリニャール試薬(RMgX)完全解説)。

溶媒そのものが反応しないかを確かめる

非プロトン性溶媒でも、官能基をもつものは試薬と反応することがあります。

  • アセトン:ケトンなので、グリニャール試薬やヒドリド還元剤、エノラートと反応する
  • 酢酸エチル:エステルなので、強い求核剤や水酸化物イオン、LiAlH4 と反応する
  • クロロホルム:強塩基で C–H の水素が引き抜かれて CCl3− になり、そこから塩化物イオンが外れてジクロロカルベン(:CCl2)を生じる
  • DMSO:NaH のような強塩基でメチル基の水素が引き抜かれ、ジムシルアニオン(CH3S(O)CH2−)になる

どれも「その溶媒がもつ官能基の反応」として考えれば予想できます。溶媒を選ぶときは、溶媒の構造式を書いて、試薬が攻撃できる場所がないかを確かめる習慣をつけると安全です。

使える温度の幅は融点と沸点で決まる

還流して加熱できる温度の上限は、常圧ではその溶媒の沸点です。反対に、低温で反応させるときは融点が下限になります。DMSO の融点は 18.4 °C、酢酸は 16.6 °C、1,4-ジオキサンは 11.8 °C、ベンゼンは 5.5 °C で、冷やすとすぐ固まります。寒い部屋では DMSO の瓶の中身が凍っていることもあるほどです。ドライアイス浴(−78 °C)で使うのは、THF(融点 −108.4 °C)、ジクロロメタン(−96.7 °C)、ジエチルエーテル(−116.2 °C)、トルエン(−93 °C)のように融点の十分低い溶媒です(融点も上の一覧表と同じ出典の値)。

還流の仕組みと、装置の組み方・止め方は還流とは?化学実験の加熱還流の目的・装置の組み方・温度【蒸留との違い】で説明しています。

用途別の溶媒の選び方

ここまでの性質を、実験の場面ごとにまとめると次のようになります。

用途 溶媒に求める性質 よく使う溶媒 詳しい記事
SN2 などの求核置換 求核剤(陰イオン)を溶媒和で縛らない DMF、DMSO、アセトニトリル、アセトン SN1・SN2 反応
グリニャール試薬・有機リチウム 酸性の水素をもたない。金属に配位して試薬を安定化する ジエチルエーテル、THF グリニャール試薬
抽出(分液) 水と混ざらない。目的物をよく溶かし、あとで飛ばしやすい 酢酸エチル、ジエチルエーテル、ジクロロメタン 分液漏斗の使い方
再結晶 熱いと溶け、冷えると溶けにくい。沸点が低すぎず高すぎない エタノール、水、酢酸エチル/ヘキサン 再結晶のやり方
TLC・カラムの展開溶媒 2種の混合比で溶出力を連続的に変えられる ヘキサン/酢酸エチル、ジクロロメタン/メタノール カラムクロマトグラフィー

抽出:水と混ざるかどうかが最初の関門

抽出溶媒の条件は、水と混ざらないことです。THF、アセトン、アセトニトリル、メタノール、エタノールは目的物をよく溶かしますが、水と混ざって層ができないので抽出溶媒になりません。反応溶媒がこれらの場合は、先にエバポレーターで除いてから抽出するか、水と抽出溶媒を多めに加えて層を作ります。

酢酸エチル(水 100 g に 8.7 g)とジエチルエーテル(7.5 g)は水と分離するものの、互いにある程度溶け合います。有機層には水が溶け込んでいるので、飽和食塩水で洗って水を減らし、乾燥剤で残りの水を除いてから濃縮します。ジクロロメタンは水に溶けにくく(1.32 g)、よく溶かすうえに燃えにくい一方で、有機層が下に来る点で操作の順序が変わります。

乾燥剤ごとの特徴と、硫酸ナトリウム・硫酸マグネシウム・モレキュラーシーブの使い分けは有機合成の乾燥剤の選び方|硫酸ナトリウム・モレキュラーシーブの使い分けにまとめています。

再結晶:熱いと溶け、冷えると溶けない溶媒

再結晶では「似たものは似たものを溶かす」を出発点に、目的物と極性が少しずれた溶媒を選びます。沸点が低すぎるジエチルエーテルやジクロロメタンは温度差を取りにくく、高すぎるトルエンや DMSO は結晶から除きにくくなります。単独でちょうどよい溶媒がなければ、よく溶かす溶媒(良溶媒)と溶かさない溶媒(貧溶媒)を混ぜます。手順と溶媒の探し方は再結晶のやり方と溶媒の選び方で詳しく説明しています。

カラム・TLC:混合溶媒で溶出力を調節

単一の溶媒では溶出力が飛び飛びになってしまうので、弱い溶媒と強い溶媒を混ぜて比率で調節します。まずヘキサン/酢酸エチルで比を変えながら TLC を展開し、目的物の Rf 値がほどよい位置に来る組成を探すのが基本です。極性の高い化合物で酢酸エチルでも上がらないときは、ジクロロメタン/メタノールに切り替えます。

高沸点溶媒(DMF・DMSO・NMP)の除き方

DMF(153 °C)、DMSO(189 °C)、NMP(202 °C)は、SN2 などで非常に役に立つ一方、反応後にエバポレーターで飛ばそうとしても簡単には飛びません。無理に加熱すると目的物が分解するおそれもあります。そこで、これらの溶媒が水と任意の割合で混ざることを逆に利用して、水の側へ移して除くのが基本の考え方です。

エバポレーターの減圧度と浴温の決め方、突沸や溶媒の飛ばしすぎを防ぐ操作はロータリーエバポレーターとは|化学実験での原理・使い方・突沸対策・洗浄で説明しています。

水で薄めて抽出し、有機層を何度も水で洗う

反応液を多めの水で薄め、水と混ざらない溶媒で目的物を抽出します。DMF や DMSO は水層と有機層の両方に分配しますが、水を好むので大部分は水層へ移ります。1回の洗浄で残る分は一定の割合なので、有機層を水で数回くり返し洗うと、残る量は回数ごとに掛け算で減っていきます。抽出を1回で大量にやるより少量で何回もやるほうが効率がよいのと、同じ理屈です。

このとき抽出溶媒には、ジエチルエーテルや、酢酸エチルにヘキサンを混ぜたもののような、極性の低いものを選びます。抽出溶媒の極性が高いと、DMF や DMSO が有機層にもよく溶けて、水へ移りにくくなるからです。

塩化リチウム水溶液で洗う

DMF を除くときは、水の代わりに塩化リチウム水溶液で有機層を洗う方法もよく使われます。Li+ は小さく電荷が集中した陽イオンで、DMF のカルボニル酸素と強く相互作用するため、DMF が水層に引き留められやすくなると説明されます。また、水層に塩が多く溶けていると有機化合物が水層に溶けにくくなる(塩析)ので、目的物が水層に逃げるのも抑えられます。

そのほかの方法

  • 水に注いで析出させる:目的物が水に溶けない固体なら、反応液を水に注ぐと沈殿するので、ろ過して水で洗う
  • 真空ポンプで留去する:熱に強い化合物なら、到達圧力の低いポンプで減圧して加温しながら飛ばす
  • 最初から避ける:アセトニトリルやアセトンで代わりになる反応なら、後処理の楽な溶媒を選ぶ

水洗のあとで本当に除けたかは、1H NMR で溶媒由来のピークが残っていないかを見て確かめます。DMF や DMSO のメチル基のシグナルは、重溶媒ごとに位置をまとめた微量不純物の化学シフト表(Fulmer ら, Organometallics 2010, 29, 2176 など)で確かめられます。重溶媒の残留ピークの読み方はNMR 化学シフト一覧表で扱っています。

ベンゼンを使わない理由と、溶媒の安全の基本

ベンゼンは、かつては汎用の溶媒でしたが、国際がん研究機関(IARC)がヒトに対する発がん性があるもの(グループ1)に分類しており、今では多くの用途でトルエンに置き換えられています。トルエンが代わりになるのは、沸点と溶かす力が近いことに加えて、体内での代謝のされ方が違うからです。トルエンは主にメチル基が酸化されて安息香酸になり排出されるのに対し、ベンゼンには酸化されやすい側鎖がないので、環そのものが酸化されて毒性の高い代謝物を生じます。ただし、トルエンにも有害性はあり、「安全な溶媒」ではありません。

そのほかの溶媒にも、性質から予想できる危険があります。

  • 燃えやすさ:ジエチルエーテル(引火点 −45 °C)、ペンタン(−49 °C)、ヘキサン(−22 °C)は室温でも引火しうる蒸気を出す。火気・ホットプレートの近くで扱わない
  • 過酸化物:ジエチルエーテル・THF・1,4-ジオキサンなどのエーテルは、空気中の酸素で自動酸化されて爆発性の過酸化物を生じうる。濃縮して乾固させるときは特に注意する(安定剤についてはBHT(ジブチルヒドロキシトルエン))
  • ハロゲン系:ジクロロメタン・クロロホルムは燃えにくいが毒性がある。クロロホルムは光と酸素で分解するため、安定剤を加えて褐色瓶で売られていることが多い。廃液はハロゲン系とそれ以外を分けて回収する研究室が多い
  • NaH との組み合わせ:NaH を DMSO や DMF に混ぜた系は、加温で発熱分解が始まり、熱暴走や爆発に至りうることが報告されている(Yang ら, Org. Process Res. Dev. 2019, 23, 2210)。スケールを上げるときは特に注意する
  • 皮膚から入る溶媒:DMSO は皮膚を透過しやすく、溶かしている物質まで一緒に体内へ運ぶおそれがある。手袋の材質も含めて確認する

具体的な毒性や取り扱いの基準は溶媒ごとに異なり、法令による規制もあります。数値は記事で覚えるものではなく、使う前に必ず最新の SDS(安全データシート)で確かめてください。見方はSDS(安全データシート)とは、予習レポートへのまとめ方はSDS のまとめ方で解説しています。

大学の試験・院試での問われ方

溶媒の性質は単独の問題になるより、反応機構や実験操作の問題の中で「理由を述べよ」の形で問われることが多い分野です。代表的な問い方と、答えの核になる一言をまとめます。

  • 「水・メタノール・ジエチルエーテル・ペンタンを沸点の高い順に並べ、理由を述べよ」……水(100.0 °C)>メタノール(64.6 °C)>ペンタン(36.1 °C)>ジエチルエーテル(34.5 °C)。水素結合を与えられるかどうかが最も効く。ペンタンとジエチルエーテルは、エーテルの双極子(1.15 D)が小さく分子量も近いので僅差
  • 「SN2 反応の溶媒として DMSO とメタノールのどちらが適するか」……陰イオンが溶媒和されない非プロトン性の DMSO
  • 「SN1 反応が比誘電率の大きいプロトン性溶媒で速い理由」……イオン化の遷移状態とイオンを安定化する
  • 「ジクロロメタンで抽出したとき、有機層は上か下か」……密度 1.33 で水より重いので下
  • 「グリニャール試薬の調製にエーテル系溶媒を用いる理由」……酸性水素がなく、酸素がマグネシウムに配位する

どの問いも、溶媒の名前を暗記していれば答えられるものではありません。「O–H をもつか」「どんな分子間力が働くか」「水と混ざるか」という構造からの判断に戻せるかどうかが問われています。

まとめ

この記事のまとめ
・沸点は分子間力の強さで決まる。分散力(分子の大きさ)・水素結合・双極子の3つで説明できる
・水と混ざらない溶媒で密度が1を超えるのはハロゲン系。抽出では「密度」と「水と混ざるか」をセットで見る
・極性の物差しは比誘電率・双極子モーメント・ET(30) で並びが入れ替わる。シリカゲルの溶出系列はそのどれとも別物
・SN2 は極性非プロトン性、SN1 はプロトン性。強塩基・有機金属にプロトン性溶媒は使わない
・DMF・DMSO・NMP は水と混ざる性質を利用して、水洗で水層へ移して除く

よくある質問

トルエンの沸点は何度ですか?ベンゼンより高いのはなぜですか?

トルエンの沸点は 110.6 °C、ベンゼンは 80.1 °C です。トルエンはベンゼン環にメチル基が1つ付いた分子で、電子の数が多く分子も大きいため、分子どうしに働く分散力が強くなり、沸点が30 °C ほど高くなります。沸点が高いぶんエバポレーターでは飛ばしにくく、濃縮後にも残りやすい溶媒です。

酢酸エチルの沸点は何度ですか?水には溶けますか?

酢酸エチルの沸点は 77 °C で、エバポレーターで無理なく飛ばせます。水とは分離して2層になりますが、水 100 g に約 8.7 g 溶けるなど、互いにある程度溶け合います。そのため酢酸エチルで抽出した有機層には水が溶け込んでおり、飽和食塩水で洗ってから乾燥剤で水を除くのが基本です。

DMSOの沸点は何度ですか?なぜそれほど高いのですか?

DMSO(ジメチルスルホキシド)の沸点は 189 °C、融点は 18.4 °C です。分子量は78とトルエンより小さいのに沸点が高いのは、S=O 結合の電子が大きく酸素側に偏っていて、分子どうしが強い双極子–双極子相互作用で引き合うためです。反応後は蒸留で飛ばすより、水と混ざる性質を利用して水洗で除くのが一般的です。

比誘電率の大きい溶媒ほどTLCで化合物がよく上がりますか?

必ずしもそうなりません。シリカゲル上での溶出力は、溶媒がシリカゲル表面のシラノール基にどれだけ強く吸着できるかで決まり、比誘電率とは並びが違います。たとえばジクロロメタンは比誘電率 9.08 で酢酸エチル(6.0)より大きいものの、水素結合を受け取る酸素をもたないため、シリカゲル上で化合物を流す力は酢酸エチルより弱くなります。

DMFを反応溶媒に使ったあと、どうやって除けばよいですか?

DMF は沸点が 153 °C と高い一方で水とよく混ざるので、反応液を水で薄めてジエチルエーテルなど極性の低い溶媒で抽出し、有機層を水や塩化リチウム水溶液で数回洗って水層へ移すのが基本です。目的物が水に溶けない固体なら、反応液を水に注いで析出させ、ろ過する方法もあります。除けたかどうかは 1H NMR で DMF のシグナルが残っていないかで確かめます。

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