NMR化学シフト一覧表【1H・13C】と読み方|n+1則・結合定数・溶媒ピーク
NMRスペクトルを渡されて、まず手が止まるのは「このピークは何の水素か」です。δ 3.7 に一重線、δ 1.2 に三重線……数字を見ても、頭の中に化学シフトの地図が無ければ何も始まりません。
この記事は、その地図を一覧表として手元に置くためのページです。1H と 13C の化学シフト、代表的な結合定数、重溶媒と水のピークを表にまとめ、さらに「なぜその位置に出るのか」「なぜその本数に割れるのか」まで説明します。理由が分かれば、表に無い化合物でも位置を見積もれるようになります。
一次元NMRで読む3つの情報
一次元(1D)NMRは、横軸に化学シフト δ(ppm)をとり、各核の共鳴を1本の軸に並べたスペクトルです。1H NMR からは、性質の違う3つの情報が同時に読めます。
| 情報 | 見るところ | 分かること |
|---|---|---|
| 化学シフト δ | ピークの横位置(ppm) | その水素の環境(何に結合した炭素の上か) |
| 積分 | ピークの面積 | その環境の水素の個数の比 |
| 分裂(多重度)と結合定数 J | 何本に割れているか・線の間隔(Hz) | 隣の炭素の水素の数と、どのシグナルどうしが隣り合うか |
13C NMR は通常デカップリングして測るので分裂は見えず、積分も定量的ではありません。主に化学シフトと本数を読みます(理由は13C NMRとDEPTの読み方で扱っています)。この記事は 1H を中心に、13C は化学シフト表を載せます。
δ(ppm)とは何か——装置が変わっても値が変わらない理由
共鳴周波数そのものは磁場の強さに比例するので、400 MHz の装置と 600 MHz の装置では同じ水素でも周波数(Hz)が違います。そこで、基準物質テトラメチルシラン(TMS)からのずれを装置の周波数で割り、百万倍した値を化学シフトとします。
δ(ppm) = (ν試料 − νTMS)(Hz) ÷ 装置の周波数(MHz) 例:400 MHz の装置で TMS から 1480 Hz 低磁場 → 1480 ÷ 400 = δ 3.70
周波数のずれも装置の周波数も磁場に比例するので、割り算で磁場の影響が消えます。だから δ はどの装置で測っても同じ値になり、一覧表が使えるのです。TMS が基準に選ばれるのは、ケイ素が炭素より電気陰性度が小さく水素がよく遮蔽されて大半の有機化合物より右に出ること、12個の水素(13C では4個の炭素)が等価で1本の鋭い線になること、反応性が低く多くの有機溶媒に溶けること、沸点が低く(約27 °C)測定後に除きやすいことによります。
左が「低磁場」、右が「高磁場」になる理由
外部磁場 B0 の中で、水素のまわりの電子は外部磁場を打ち消す向きの小さな磁場を作ります。これを遮蔽(シールディング)といいます。電子が多い水素ほど、核が実際に感じる磁場は弱くなり、共鳴周波数が低くなって右(δ が小さい側)に出ます。
逆に、電気陰性な原子に電子を引かれた水素は遮蔽が弱く(脱遮蔽)、左(δ が大きい側)に出ます。古い連続波装置では周波数を固定して外部磁場を掃引しており、遮蔽の弱い核ほど低い外部磁場で共鳴に達したため、左を「低磁場」、右を「高磁場」と呼ぶ習慣が残っています。
1H NMR化学シフト一覧表(官能基別)
CDCl3 中でのおおよその範囲です。置換基の組み合わせ、溶媒、濃度で範囲の外に出ることもあるので、一点の値ではなく「どのあたりか」の目安として使ってください。
| 水素の種類 | 部分構造 | δ(ppm・おおよそ) |
|---|---|---|
| アルキル(メチル) | R–CH3 | 0.8–1.0 |
| アルキル(メチレン) | R–CH2–R | 1.2–1.5 |
| アルキル(メチン) | R3CH | 1.4–1.8 |
| アリル位 | C=C–CH | 1.6–2.2 |
| カルボニルの α 位(ケトン・エステル・カルボン酸) | O=C–CH | 2.0–2.6 |
| ベンジル位 | Ar–CH | 2.2–2.9 |
| アミンの α 位 | N–CH | 2.2–2.9 |
| 末端アルキン | C≡C–H | 1.8–3.1 |
| ハロゲン化アルキル(I が右寄り、Cl が左寄り) | X–CH(X = Cl, Br, I) | 2.1–4.3 |
| アルコール・エーテル | O–CH | 3.3–4.0 |
| エステルのアルコール側 | C(=O)O–CH | 3.6–5.1(OCH3・OCH2 は 3.6–4.3、2級の OCH は 5 前後) |
| ニトロアルカン | O2N–CH | 4.2–4.6 |
| アルケン(ビニル) | C=C–H | 4.5–6.5(C=O と共役した β 位は 7 台まで) |
| 芳香族 | Ar–H | 6.5–8.5 |
| アルデヒド | R–C(=O)H | 9–10 |
| カルボン酸(幅広い) | R–COOH | 10–13 |
酸素や窒素に直接ついた水素(交換性プロトン)は、濃度・温度・溶媒・水分量で大きく動くので、別の表にします。
| 交換性プロトン | δ(ppm・おおよそ) | 見え方 |
|---|---|---|
| アルコール R–OH | 0.5–5 | 濃度で動く。一重線か幅広いことが多い |
| アミン R–NH2・R2NH | 0.5–5 | 幅広いことが多い |
| フェノール Ar–OH | 4–7 | 濃度で動く(分子内水素結合があると 10 以上に出ることもある) |
| アミド RC(=O)NH | 5–9 | 幅広いことが多い |
| カルボン酸 RCOOH | 10–13 | 非常に幅広い |
なぜその位置に出るのか——化学シフトを決める3つの要因
表を丸暗記する必要はありません。化学シフトはおおむね次の3つで説明でき、理由が分かれば表の並びそのものが再現できます。
要因1:電気陰性度(誘起効果)
電気陰性な原子は、隣の炭素を通して水素の周りの電子を引き寄せます。電子が減った水素は遮蔽が弱まり、左へ動きます。メチル化合物で比べると、この傾向がはっきり出ます。
| 化合物 | X の電気陰性度(Pauling) | CH3 の δ |
|---|---|---|
| CH4 | H:2.2 | 0.23 |
| CH3I | I:2.7 | 2.16 |
| CH3Br | Br:3.0 | 2.68 |
| CH3Cl | Cl:3.2 | 3.05 |
| CH3F | F:4.0 | 4.26 |
電気陰性な原子が増えると効果は積み重なります。CH3Cl(δ 3.05)→ CH2Cl2(δ 5.30)→ CHCl3(δ 7.26)。重クロロホルム中に残る CHCl3 のピークが δ 7.26 に出るのは、まさにこの効果です。一方、効果は結合をたどるごとに急に弱まり、2つ先の炭素の水素ではわずかなずれにとどまります。O–CH が 3 台なのに O–C–CH は 1 台に戻るのはこのためです(電気陰性度そのものの考え方は電気陰性度と結合の極性)。
要因2:π 電子が作る磁場(磁気異方性)
電気陰性度だけでは説明できない位置があります。sp2 炭素上の水素(アルケン 4.5–6.5、芳香族 6.5–8.5、アルデヒド 9–10)は大きく左に出るのに、より s 性が高く電気陰性な sp 炭素上の水素(末端アルキン)は 2–3 付近にとどまります。違いを生むのは、π 電子が外部磁場の中で循環して作る局所磁場の向きです。
| 水素 | π 電子の循環が作る磁場 | 結果 |
|---|---|---|
| 芳香族 Ar–H | 環電流が、環の外側(水素の位置)では外部磁場と同じ向きの磁場を作る | 脱遮蔽 → 6.5–8.5 |
| アルデヒド –CHO | C=O の π 電子による脱遮蔽に、酸素の電気陰性度が加わる | 脱遮蔽 → 9–10 |
| 末端アルキン ≡C–H | 三重結合の軸のまわりを循環する π 電子が、軸上にある H の位置で外部磁場と逆向きの磁場を作る | 遮蔽 → 2–3 にとどまる |
芳香族の環電流は、芳香族性の実験的な目印にもなります。環の内側に水素を持つ大きな芳香族環では、内側の水素が逆に強く遮蔽され、TMS より右(負の δ)に出る例が知られています。π 電子の数と芳香族性の関係は芳香族性とヒュッケル則で扱っています。
要因3:水素結合と交換
O–H や N–H の水素は、水素結合を作ると電子が引かれて左へ動きます。水素結合の程度は濃度・温度・溶媒で変わるので、交換性プロトンの δ は一点に決まりません。カルボン酸の OH が 10–13 と極端に左に出るのは、二量体を作って強く水素結合しているためです。
さらに、交換性プロトンは分子間で入れ替わり続けます。入れ替わりが速いと、隣の CH との分裂が平均化されて消え、一重線(ときに幅広)になります。微量の酸や水を含む CDCl3 中のエタノールの OH が一重線になりやすいのはこのためです。十分に乾いた DMSO-d6 中では、DMSO の酸素との水素結合で交換が遅くなり、OH が隣の CH2 と分裂して三重線に見えることがあります。
13C NMR化学シフト一覧表
13C の測定範囲は δ 0–220 程度と広く、1H よりシグナルが重なりにくい核です。こちらもおおよその範囲です。
| 炭素の種類 | 部分構造 | δ(ppm・おおよそ) |
|---|---|---|
| アルキル(sp3) | CH3・CH2・CH・四級 C | 0–50 |
| ハロゲンに結合した炭素 | C–Cl・C–Br | 10–65(CH3Br の約10が右端。Cl が複数つくとさらに左:CH2Cl2 約54、CHCl3 約77) |
| 窒素に結合した炭素 | C–N | 30–65 |
| 酸素に結合した炭素(アルコール・エーテル・エステルのアルコール側) | C–O | 50–90 |
| アルキン(sp) | C≡C | 65–90 |
| アルケン(sp2) | C=C | 100–150 |
| 芳香族 | Ar の環炭素 | 110–160 |
| ニトリル | C≡N | 115–125 |
| カルボン酸・エステル・アミド・酸無水物・酸塩化物 | C=O(ヘテロ原子つき) | 160–185 |
| アルデヒド・ケトン | C=O | 190–220 |
並び方の理屈は 1H と同じで、電気陰性な原子が付くほど、sp3 から sp2 になるほど左へ動きます。カルボニル炭素の中でエステルやアミドがケトンより右(160–185)に出るのは、隣の酸素や窒素の孤立電子対が共鳴で C=O 炭素に電子を与え、炭素の電子不足をやわらげるからです。
本数の数え方(対称性の読み取り)、13C を積分してはいけない理由、DEPT による CH3・CH2・CH・四級炭素の判定は13C NMRとDEPTの読み方で詳しく扱っています。
積分——面積が水素の個数に比例する理由
1H NMR では、ピークの面積がその環境の水素の数に比例します。同じ 1H 核は1個あたり同じ強さの信号を出し、1H は緩和(スピン–格子緩和)が比較的速く水素の種類による差も小さいので、通常の測定条件で各シグナルが同じ程度に回復するからです。さらに 1H の測定ではデカップリングをしないので、核オーバーハウザー効果による強度の偏りも生じません(13C で積分が使えないのは、緩和時間のばらつきと核オーバーハウザー効果の差で、この前提が炭素ごとに崩れるためです)。
注意点は、積分が教えるのは比だということです。積分比が 1 : 1.5 なら 2 : 3 と読み替え、分子式の水素数に合うように全体を何倍かします。
例:分子式 C4H8O、積分比 2 : 3 : 3(合計 8)
→ 分子式の H が 8 個なので、そのまま 2H・3H・3H と読める
例:分子式 C8H10、積分比 5 : 2 : 3(合計 10)
→ 5H は一置換ベンゼン、残りがエチル基(CH2 と CH3)の候補
分裂とn+1則——隣の水素の数を数えている
ある水素のシグナルは、隣の炭素にある等価な水素が n 個あると n+1 本に割れます。これが n+1 則です。
理由は、隣の水素がそれぞれ小さな磁石で、外部磁場と同じ向き(α)か逆向き(β)のどちらかをとるからです。2つの状態のエネルギー差は室温の熱エネルギーに比べてごく小さく、数百 MHz の装置でも存在数の差は10万分の数程度しかありません。そのため隣の水素の向きの組み合わせはほぼ等しい確率で起こり、組み合わせの数が線の強度比になります。
| 隣の等価な H の数 n | 本数 | 名前(略号) | 強度比 |
|---|---|---|---|
| 0 | 1 | 一重線(s) | 1 |
| 1 | 2 | 二重線(d) | 1 : 1 |
| 2 | 3 | 三重線(t) | 1 : 2 : 1 |
| 3 | 4 | 四重線(q) | 1 : 3 : 3 : 1 |
| 4 | 5 | 五重線(quint) | 1 : 4 : 6 : 4 : 1 |
| 6 | 7 | 七重線(sept) | 1 : 6 : 15 : 20 : 15 : 6 : 1 |
強度比はパスカルの三角形(二項係数)そのものです。たとえば隣に CH2 がある CH3 では、隣の2個の水素の向きが αα・αβ/βα・ββ の3通りで、真ん中だけ2通りあるので 1 : 2 : 1 になります。
n+1則が成り立つ前提
n+1 則はいつでも成り立つわけではありません。前提を知っておくと、則から外れたスペクトルに出会っても慌てずにすみます。
隣に2種類の水素があって結合定数が違うと、まず一方で割れ、それぞれがもう一方で割れます。結合定数が 10 Hz と 4 Hz の2個の水素が隣にあれば、2 × 2 = 4本の二重線の二重線(dd)です。逆に、1-ブロモプロパンの中央の CH2 のように両隣の結合定数がほぼ等しいと、隣の水素をまとめて 3+2 = 5 個と数えて 6 本(六重線)に近い形になります。
また、分裂し合う2つのシグナルの δ が近いと、内側の線が強く外側の線が弱くなり、互いに相手の方へ傾いて見えます(屋根効果)。δ の差が小さくなるほど n+1 則の形から外れていきます。一方で、線の頂点を結んだ「屋根」がせり上がる側は、結合している相手のシグナルの方向を指すので、相手を探す手がかりにもなります。
結合定数一覧表(ビシナル・ジェミナル・アルケン・芳香族)
分裂した線の間隔が結合定数 J(単位 Hz)です。δ と違って、J は装置の周波数によらず一定です。結合定数は核どうしが結合電子を通して及ぼし合う相互作用の大きさで、外部磁場の強さには依存しないからです。だから J は ppm ではなく Hz で表します。
| 種類 | 関係 | J(Hz・おおよそ) |
|---|---|---|
| ビシナル(自由回転する鎖) | H–C–C–H(3J) | 6–8(典型は約7) |
| ジェミナル(sp3) | H–C–H(2J) | 10–15(2個の H が非等価なときだけ見える) |
| シクロヘキサン(いす形) | アキシアル–アキシアル | 8–13 |
| シクロヘキサン(いす形) | アキシアル–エクアトリアル、エクアトリアル–エクアトリアル | 2–5 |
| アルケン trans | H–C=C–H(反対側) | 11–18(典型は約16) |
| アルケン cis | H–C=C–H(同じ側) | 6–15(典型は約10。11–15 付近は trans と重なる) |
| アルケン ジェミナル | =CH2 の2個の H | 0–3 |
| 芳香族 オルト | 隣り合う環上の H | 6–9 |
| 芳香族 メタ | 1つおいた環上の H | 1–3 |
| 芳香族 パラ | 向かい合う環上の H | 0–1 |
| アルデヒド | H–C(=O)–C–H | 1–3 |
| アリル(遠隔) | H–C=C–C–H(4J) | 0–3 |
なぜtransはcisより大きいのか——二面角とカープラスの関係
ビシナルの結合定数 3J は、H–C–C–H の二面角で大きさが決まります。この関係を表したのがカープラス(Karplus)の式で、次の関係です。
これで一覧表の数字がつながります。アルケンの trans の H は二面角 180°、cis の H は 0° なので、trans のほうが大きくなります。シクロヘキサンのアキシアル–アキシアルの H は二面角約 180° で大きく、アキシアル–エクアトリアル・エクアトリアル–エクアトリアルは約 60° で小さくなります。自由回転する鎖ではさまざまな角度の平均になって、約 7 Hz に落ち着きます。カープラスの式はもともと sp3 炭素どうしの H–C–C–H について導かれたもので、アルケンでは値の大きさそのものは違いますが、「180° のほうが 0° より大きい」という傾向は同じです。
この性質を使うと、構造決定で次の2つが判定できます。二置換アルケンの E/Z は、ビニル水素の J が 16 Hz 前後か 10 Hz 前後かで判定できます(11–15 Hz 付近は cis と trans の範囲が重なるので、両異性体の値を比べます)。また、置換シクロヘキサンでは大きな J(約 10 Hz)を持つ水素がアキシアルにあると読めます(いす形の配座は立体配座とニューマン投影・いす形シクロヘキサン、E/Z の決め方はE/Z表記の決め方)。
重溶媒の残留ピークと水のピーク一覧
NMR は重水素化した溶媒(重溶媒)に溶かして測ります。溶媒の水素を D に置き換えておけば、大量にある溶媒の水素が 1H スペクトルを埋めずにすむからです。ただし重水素化は100%ではないので、わずかに残った H のピーク(残留溶媒ピーク)と、溶媒に含まれる水のピークがたいてい現れます。これを試料のシグナルと取り違えないことが、読み始める前の最初の作業です。
以下は、Gottlieb らと Fulmer らがまとめた標準的な文献値(室温付近)です。水のピークは温度や溶質で動くので、目安として扱ってください。
| 重溶媒 | 残留 1H(多重度) | 水(H2O / HDO) | 13C(多重度) |
|---|---|---|---|
| CDCl3(重クロロホルム) | 7.26(s) | 1.56 | 77.16(t) |
| DMSO-d6 | 2.50(quint) | 3.33 | 39.52(sept) |
| CD3OD(重メタノール) | 3.31(quint) | 4.87 | 49.00(sept) |
| アセトン-d6 | 2.05(quint) | 2.84 | 29.84(sept)、206.26 |
| C6D6(重ベンゼン) | 7.16 | 0.40 | 128.06(t) |
| CD3CN(重アセトニトリル) | 1.94(quint) | 2.13 | 1.32(sept)、118.26 |
| D2O(重水) | 4.79(HDO) | 残留ピークと同じ(HDO) | — |
なぜ溶媒ピークは五重線や三重線になるのか
重水素 D は核スピン I = 1 を持ち、3つの向きをとります。このため D と分裂すると、n+1 則の一般形である 2nI+1 本に割れます(1H は I = 1/2 なので 2n × 1/2 + 1 = n+1 本になる)。
| シグナル | 分裂相手の D の数 n | 本数(2n × 1 + 1) |
|---|---|---|
| DMSO-d6 の残留 1H(CHD2 の H) | 2 | 5(五重線・1 : 2 : 3 : 2 : 1) |
| CDCl3 の 13C(C に D が1個) | 1 | 3(三重線・1 : 1 : 1) |
| DMSO-d6 の 13C(CD3 の C) | 3 | 7(七重線) |
CDCl3 の残留ピーク δ 7.26 が一重線なのは、残っている H が CHCl3 分子の H で、同じ炭素に D が無いからです。また 1個の D による三重線は、2個の 1H による三重線(αα・αβ/βα・ββ の組み合わせが 1 : 2 : 1 通り)と違って、3本が同じ高さ(1 : 1 : 1)になります。1個の D がとる3つの向きは、それぞれ1通りずつで、ほぼ同じ確率で起こるからです。D が2個になると組み合わせが生じ、DMSO-d6 の残留ピークのように 1 : 2 : 3 : 2 : 1 と中央が高くなります。
スペクトルを読む手順——チェックリスト
試験でも研究室でも、次の順に進めると読み落としが減ります。最初の2つは、ピークの帰属に入る前にやる作業です。
①の不飽和度は「芳香環がありうるか(不飽和度4以上)」「C=O がありうるか」の見当を最初に与えてくれます。計算式と導き方は不飽和度(DBE)の求め方で扱っています。⑧が抜けると、もっともらしいけれど1本説明できない構造を答えにしてしまいます。説明できないピークが1本でも残ったら、構造を疑うのが原則です。
論文や問題文では、スペクトルが次のような1行で書かれることがあります。読み方も押さえておきましょう。
1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 4.12 (q, J = 7.1 Hz, 2H), 1.26 (t, J = 7.1 Hz, 3H)
400 MHz :装置の周波数(J を ppm から換算するときに使う)
CDCl3 :溶媒(残留ピーク 7.26 と水 1.56 を除外する)
4.12 :化学シフト δ(ppm)
q :多重度(s, d, t, q, quint, sept, m = 多重線, br = 幅広, dd = 二重線の二重線)
J = 7.1 Hz :結合定数(4.12 と 1.26 が同じ 7.1 Hz → 互いに隣り合う)
2H :積分(水素の個数)
例題で練習する
例題1:C3H7Br の2つの異性体を区別する
分子式 C3H7Br の化合物の 1H NMR(CDCl3)が、δ 1.71(d, 6H)、4.21(sept, 1H)でした。1-ブロモプロパンと2-ブロモプロパンのどちらでしょうか。
解答:2-ブロモプロパン(CH3)2CHBr
・不飽和度0。候補は1-ブロモプロパンと2-ブロモプロパンの2つ
・シグナルが2種類しかない → 等価な水素がまとまっている。積分 6H は等価な CH3 2個
・6H が二重線 → 隣の H は1個(CH)。1H が七重線 → 隣の H は6個(CH3 2個)。両者が互いを説明している
・δ 4.21 は Br のついた炭素上の H(一覧表の X–CH の範囲の左寄り。CH は CH2・CH3 より左に出やすい)
・1-ブロモプロパン CH3CH2CH2Br なら、おおよそ δ 1.0(t, 3H)、1.9(六重線に近い m, 2H)、3.4(t, 2H)の3種類になるはずで、合わない
この例題の要点は、シグナルの数と多重度が「対称性」と「隣の水素の数」を同時に教えることです。同じ分子式の異性体を区別する問題では、化学シフトの細かな値より先に、本数・積分・多重度で候補を落とすと速く確実です。
例題2:結合定数でアルケンの立体を決める
分子式 C10H10O2 のエステルの 1H NMR(400 MHz, CDCl3)が次のとおりでした。構造と、二重結合の立体(E/Z)を答えてください。
δ 7.70 (d, J = 16.0 Hz, 1H) δ 7.55–7.50 (m, 2H) δ 7.40–7.36 (m, 3H) δ 6.45 (d, J = 16.0 Hz, 1H) δ 3.81 (s, 3H)
解答:(E)-ケイ皮酸メチル((E)-3-フェニル-2-プロペン酸メチル)Ph–CH=CH–COOCH3
・不飽和度 =(2 × 10 + 2 − 10)÷ 2 = 6。ベンゼン環(4)+C=C(1)+C=O(1)で説明できる
・δ 7.36–7.55 の合計 5H → 一置換ベンゼン
・δ 3.81(s, 3H)→ 隣に H の無い CH3 で、O についた位置 → エステルの OCH3
・δ 7.70 と 6.45 の二重線は同じ J = 16.0 Hz → 互いに分裂し合う2個のビニル H
・J = 16 Hz は trans の範囲(11–18)で、cis の範囲(6–15)の外 → 2個の H は二重結合の反対側 → E 体(Z 体なら約12–13 Hz と小さくなる。cis と trans の範囲は 11–15 Hz 付近で重なるので、その付近の値では両異性体の値を比べて決める)
2つのビニル水素の位置が 1 ppm 以上も違う理由も考えておきましょう。C=C が C=O と共役していると、共鳴構造で C=O から遠い側の炭素(β 炭素)に正電荷が置かれます。電子が減った β 炭素上の H は脱遮蔽されて左(δ 7.70)に、α 炭素上の H は相対的に右(δ 6.45)に出ます。β 位の H にはベンゼン環の環電流の影響も加わります。β 炭素が電子不足であることは、求核剤が β 位を攻撃するマイケル付加と同じ根拠です(共鳴構造の書き方は共鳴とは)。
もっと大きな分子で、1D だけでは断片がつながらないときは、二次元NMR(COSY・HSQC・HMBC・NOESY)に進みます。NMR・IR・MS を組み合わせた構造決定の全体像は構造決定の基礎、NMR の原理から等価性・複雑な分裂まではNMR分光法による構造決定、IR の読み方はIR吸収帯の読み方で扱っています。
試験での問われ方
「CH3F・CH3Cl・CH3Br・CH3I の 1H NMR の δ を大きい順に並べよ」
→ CH3F > CH3Cl > CH3Br > CH3I(電気陰性度の順)
「ベンゼンの H がアルケンの H より低磁場に出る理由を述べよ」
→ 環電流が環の外側で外部磁場と同じ向きの磁場を作り、脱遮蔽するため
「末端アルキンの H がアルケンの H より高磁場に出る理由を述べよ」
→ 三重結合の軸のまわりを循環する π 電子が、軸上にある H の位置で外部磁場と逆向きの磁場を作るため
「エタノールの OH が一重線になることがある理由を述べよ」
→ 分子間のプロトン交換が速く、CH2 との分裂が平均化されるため
「400 MHz で測った二重線の線間隔が 0.025 ppm。J は何 Hz か」
→ 0.025 × 400 = 10 Hz
「二置換アルケンのビニル H の J が 16.0 Hz。E か Z か」
→ trans の範囲(cis の上限 約15 を超える)→ E 体
「DMSO-d6 の残留ピークが五重線になる理由を述べよ」
→ CHD2 の H が D(I = 1)2個と分裂し、2 × 2 × 1 + 1 = 5本になるため
まとめ
よくある質問
周りの電子が少ない水素ほど左(δ が大きい側)に出ます。電気陰性な酸素やハロゲンが同じ炭素についている水素、ベンゼン環の環電流で脱遮蔽される芳香族の水素、カルボニルの影響を受けるアルデヒドの水素がその代表です。目安はアルコール・エーテルの O–CH が 3.3–4.0、芳香族が 6.5–8.5、アルデヒドが 9–10、カルボン酸が 10–13 ppm です。
ある水素のシグナルが、隣の炭素にある等価な水素の数 n に対して n+1 本に分裂するという規則です。隣の水素がそれぞれ外部磁場と同じ向きか逆向きをほぼ同じ確率でとるため、その組み合わせの数がパスカルの三角形の強度比で現れます。等価な水素どうしは分裂を示さないこと、結合定数が異なる水素が隣にあるときは (n+1)(m+1) 本になることに注意します。
結合定数は、核どうしが結合電子を通して及ぼし合う相互作用の大きさで、外部磁場の強さに依存しないからです。化学シフトは周波数のずれを装置の周波数で割った ppm で表すと装置によらない値になりますが、結合定数は Hz のままで装置によらず一定です。ppm で表した線間隔に装置の周波数(MHz)を掛けると Hz の結合定数になります。
二重結合上の2個の水素の間の結合定数で見分けます。trans の水素どうしはおおよそ 11–18 Hz(典型は約16 Hz)、cis の水素どうしはおおよそ 6–15 Hz(典型は約10 Hz)です。11–15 Hz 付近は両者の範囲が重なるので、その付近の値では E 体と Z 体の値を比べて決めます。H–C=C–H の二面角が trans で 180°、cis で 0° であり、ビシナルの結合定数は二面角 180° で最大になるという関係(カープラスの関係)から trans のほうが大きくなります。
7.26 ppm は重クロロホルム中にわずかに残っている CHCl3 の水素のピーク、1.56 ppm は溶媒に含まれる水のピークです。どちらも試料のシグナルではないので、読み始める前に除外します。13C NMR では重クロロホルムの炭素が 77.16 ppm 付近に 1 : 1 : 1 の三重線として現れます。水のピークの位置は温度や試料によって多少動きます。
参考文献
- R. M. Silverstein, F. X. Webster, D. J. Kiemle, D. L. Bryce『有機化合物のスペクトルによる同定法』(東京化学同人)
- D. L. Pavia, G. M. Lampman, G. S. Kriz, J. R. Vyvyan, Introduction to Spectroscopy, Cengage Learning.
- H. E. Gottlieb, V. Kotlyar, A. Nudelman, “NMR Chemical Shifts of Common Laboratory Solvents as Trace Impurities,” J. Org. Chem. 1997, 62, 7512–7515.
- G. R. Fulmer et al., “NMR Chemical Shifts of Trace Impurities: Common Laboratory Solvents, Organics, and Gases in Deuterated Solvents Relevant to the Organometallic Chemist,” Organometallics 2010, 29, 2176–2179.
- J. McMurry『マクマリー有機化学』第13章(東京化学同人)
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- 13C NMRとDEPTの読み方|本数で対称性・四級炭素を見抜く
炭素側だけを詳しく:本数の数え方とDEPTによる級数の判定
