二次元NMRの読み方|COSY・HSQC・HMBC・NOESYの違いと構造決定の手順
1H NMR のピークがすべて帰属できても、「どの水素とどの炭素がつながっているのか」は、実は1本のスペクトルからは決まりません。分子が少し大きくなると、ピークは重なり、カルボニル炭素のような水素をもたない炭素の前後は、1次元の情報では橋が架けられなくなります。
そこで使うのが二次元NMR(2D NMR)です。2D NMR は「この核の磁化が、あの核へ移った」という核と核のつながりを、2本の周波数軸の上の点(交差ピーク)として直接見せてくれます。この考え方をまとめあげた R. R. Ernst は、1991年にノーベル化学賞を受けています。
この記事では、2D NMR が何を2次元にしているのかという原理から始め、COSY・TOCSY・NOESY・ROESY・HSQC・HMBC がそれぞれ何を相関させているのかを整理し、最後に小さなエステルを例に、実際の構造決定の手順を一通り追います。
二次元NMRは何を「2次元」にしているのか
1次元NMRで行き詰まる2つの場面
通常の一次元NMR(化学シフト一覧表と読み方)は、横軸が化学シフト1本だけのスペクトルです。ここから読み取れるのは「どんな環境の核が、いくつあるか」と、スピン–スピン分裂から推せる「隣に水素がいくつあるか」までです。これで行き詰まるのは、おもに次の2つの場面です。
- ピークが重なる:CH2 が並ぶ鎖や糖・ステロイドのように、似た環境の水素が多いと、分裂のパターンそのものが読めなくなります。
- 水素のない原子で鎖が途切れる:カルボニル炭素・四級炭素・エーテルやエステルの酸素をはさむと、1H どうしのカップリングはそこで途切れます。分裂パターンからは、その先へのつながりが分かりません。
2D NMR は、ピークを2本目の軸に展開して重なりをほどき、同時に「どの核とどの核がつながっているか」を交差ピークという形で示すことで、この2つを同時に解決します。
2つの時間軸 t1・t2 から2つの周波数軸へ
1D NMR では、パルスをかけたあとの自由誘導減衰(FID)を時間 t の関数として記録し、フーリエ変換して周波数(化学シフト)の軸に直します。2D NMR は、この「時間 → 周波数」の変換を2回行います。ほとんどの2D測定は、次の4つの期間の組み合わせとして書けます(Jeener が提案し、Ernst らが定式化した枠組みです)。
| 期間 | 何が起きるか |
|---|---|
| 準備期 | パルスで磁化を横向きに倒し、観測できる状態をつくる |
| 発展期 t1 | 核 A の磁化が A 自身の周波数で回る。t1 の長さを少しずつ変えて測定をくり返す(ここでは信号を記録しない) |
| 混合期 | 磁化の一部を A から B へ移す。何を通じて移すか(スカラー結合か、空間の近さか)が測定法の違いそのもの |
| 検出期 t2 | 核 B の周波数で回る磁化を FID として実際に記録する |
t1 を少しずつ延ばしながら FID を何百本も記録すると、データは t1 と t2 の2つの時間をもつ表になります。これを t2 方向にフーリエ変換すると横軸 F2(直接観測した周波数)が、t1 方向にフーリエ変換すると縦軸 F1(発展期の周波数)が得られます。こうしてできるのが、等高線で描かれた2Dスペクトルです。
t1 の各点は「1回分の測定」なので、2D NMR は1D よりずっと時間がかかります。F1 軸の分解能は、t1 をいくつ刻んだか(増分の数)で決まり、F1 側は F2 側より粗くなるのが普通です。
対角ピークと交差ピークは何を意味するか
2D スペクトル上の点 (F1, F2) は、「発展期に F1 の周波数で回っていた磁化が、検出期には F2 の周波数で観測された」という意味です。
- 対角ピーク(F1 = F2):混合期に移らずに残った磁化。COSY・NOESY のような同種核の測定では、1D スペクトルを対角線上に並べたものになります。
- 交差ピーク(クロスピーク)(F1 ≠ F2):A で発展し、B に移って検出された磁化。A と B が混合期の仕組みでつながっていた証拠です。
つまり2D NMR を読むとは、交差ピークを1つずつ「どの核とどの核が、何を通じてつながっているか」に翻訳する作業です。同種核の測定では交差ピークは対角線をはさんで対称に1組現れ、異種核の測定(HSQC・HMBC)では軸が 1H と 13C で異なるため、対角線はありません。
同種核の相関:COSY・TOCSY・NOESY・ROESY
両方の軸が 1H の化学シフトになる測定です。違いは混合期の仕組みだけで、結合を通じたつながり(スカラー結合)を見るのが COSY と TOCSY、空間の近さを見るのが NOESY と ROESY です。
COSY:スカラー結合で隣の水素をたどる
COSY(correlation spectroscopy)は、最も基本的な2D測定です。パルス系列は「90°パルス – t1 – 90°パルス – t2」という単純なもので、2本目の90°パルスが混合期の役割を果たします。発展期のあいだ、互いにカップリングしている HA と HB の磁化は J でも変化していて、2本目のパルスによってその一部が相手側へ移ります。
このため COSY の交差ピークは、スカラー結合 J でつながった 1H どうしを示します。ふつう観測されるのは次の2種類です。
- 3結合(ビシナル、H–C–C–H):最もよく見える相関で、隣り合う炭素上の水素どうしです。
- 2結合(ジェミナル、H–C–H):同じ炭素上の2つの水素が化学的に非等価(ジアステレオトピック)な場合にだけ現れます。等価な水素どうしのカップリングはスペクトルに現れないためです。
このほか、アリル位のカップリングや W 字形の配置などでは4結合以上の弱い交差ピークが出ることもあります。COSY は「H の鎖を1つずつたどる」測定で、ある水素から出発して交差ピークを順にたどると、水素のつながった断片(スピン系)が得られます。
基本の COSY は対角ピークが幅広く、対角線の近くの交差ピークが埋もれやすいという弱点があります。そのため実際には、対角ピークをすっきりさせた DQF-COSY(二量子フィルター COSY)などの改良版がよく使われます。
TOCSY:スピン系をまるごと拾う
TOCSY(total correlation spectroscopy、HOHAHA とも呼ばれる)は、混合期に「スピンロック」と呼ばれる連続的なパルス列をかけ、カップリングでつながった水素のあいだで磁化をリレーのように次々と受け渡させる測定です。
その結果、HA–HB–HC–HD と並んだスピン系では、HA から直接カップリングしていない HC・HD にまで交差ピークが現れます。混合時間を長くするほど遠くまで届きます。一方、カルボニル炭素や酸素のように水素のない原子をはさむとリレーはそこで止まるので、TOCSY の1列は「1つのスピン系に属する水素の一覧」になります。
糖の各単位やペプチドのアミノ酸残基のように、似た断片がいくつも含まれる分子で、「どのピークが同じ断片に属するか」を仕分けるのに威力を発揮します。逆に言えば、TOCSY の交差ピークだけではどれが隣どうしなのかは分からないので、隣接関係は COSY で確かめます。
NOESY:空間で近い水素を拾う
NOESY(nuclear Overhauser effect spectroscopy)は、混合期に核オーバーハウザー効果(NOE)を働かせる測定です。NOE は、空間的に近い2つの核の磁化が、双極子–双極子相互作用を介した交差緩和によって互いに影響し合う現象で、結合の数には関係しません。
- NOE が観測できるのは、およそ 5 Å 以内の水素どうしです。
- 強さは距離の6乗に反比例します(距離が2倍になると64分の1)。そのため「近いか遠いか」の判定には鋭い一方、距離を正確な数値で出すのは簡単ではありません。
COSY が「結合を通じたつながり」を見るのに対し、NOESY は「空間の近さ」を見ます。だからこそ、結合のつながりがすでに決まった分子の相対立体配置や配座を決めるのに使われます。考え方の詳細は絶対配置と相対配置の決め方で、J値と NOE の役割分担として解説しています。
ROESY:NOEが消えてしまう分子のために
NOE には、分子の大きさ(溶液中での回転の速さ)によって符号が変わるというやっかいな性質があります。
- 小さな分子(速く回転する):NOE は正。NOESY の交差ピークは対角ピークと逆の符号で現れます。
- 大きな分子(タンパク質など、ゆっくり回転する):NOE は負。交差ピークは対角ピークと同じ符号になります。
- その中間:正と負が入れ替わる境目では、NOE がほぼゼロになり、近くにある水素どうしでも交差ピークが現れません。境目の位置は、磁場の強さや溶媒の粘度によって変わります。
この「NOE が消える」領域の分子のために使うのが ROESY(rotating-frame Overhauser effect spectroscopy)です。回転座標系での NOE(ROE)は、分子の大きさによらず常に正なので、中程度の大きさの天然物などでも空間の近さを確実に拾えます。ただし ROESY には、スカラー結合由来の TOCSY 型のピークが混じるなどのアーティファクトがあり、読むときに注意が必要です。
異種核の相関:HSQC・HMQC・HMBC
こちらは横軸 F2 が 1H、縦軸 F1 が 13C(あるいは 15N)の化学シフトになる測定です。交差ピークは「この水素」と「この炭素」の組を表します。
逆検出:なぜ炭素ではなく水素で測るのか
13C は天然存在比が約1.1%しかなく、磁気回転比も 1H の約4分の1しかないため、直接測ると感度がとても低い核です。HSQC・HMQC・HMBC はいずれも、t1 のあいだに磁化を 13C の周波数で発展させて化学シフトの情報を刻み込んだうえで、最後の検出は感度の高い 1H で行う設計になっています。これを逆検出(インバース検出)と呼びます。13C を直接測る旧来の C–H 相関法より格段に感度が高いため、現在の異種核2D測定の標準になっています。
逆にいうと、水素がついていない炭素は HSQC には一切現れません。四級炭素やカルボニル炭素の情報は、HMBC か1次元の 13C スペクトルから得ることになります。
HSQC:1結合でつながったC–Hを対応させる
HSQC(heteronuclear single quantum coherence)は、直接結合している 1H と 13C を結ぶ測定です。1H の磁化を、直接結合のカップリング 1JCH(およそ125–160 Hz と大きい)を利用して 13C へ移し、t1 のあいだ 13C の化学シフトで発展させ、再び 1H へ戻して t2 で検出します。検出中は 13C をデカップリングするので、ピークは1つにまとまります。
読み方は単純で、1つの交差ピーク = 1組の C–H 結合です。1D の 1H ピークと 13C ピークの「対応表」がこれ1枚でできあがります。
- 1つの炭素の高さに 1H の交差ピークが2つ並んだら、その炭素には非等価な2つの水素(ジアステレオトピックな CH2)がついています。
- CH・CH3 と CH2 で交差ピークの符号を逆にする多重度編集 HSQC(edited HSQC)を使えば、DEPT-135 と同じ区別が2D 上でできます。DEPT の考え方は13C NMRとDEPTの読み方を参照してください。
HMQCとの違い
HMQC(heteronuclear multiple quantum coherence)も、HSQC と同じく1結合の C–H 相関を与える測定です。違いは t1 のあいだに使う磁化の状態で、HMQC では 1H と 13C にまたがる多量子コヒーレンスが発展するため、1H どうしのカップリングの影響を受けて 13C 軸方向のピークが広がります。HSQC は 13C だけの単量子コヒーレンスを使うのでこの広がりがなく、13C 軸の分解能で有利です。現在では HSQC が使われることが多く、得られる情報(1結合の C–H の組)はどちらも同じです。
HMBC:2〜3結合先の炭素で断片をつなぐ
HMBC(heteronuclear multiple bond correlation)は、1H と、そこから2〜3結合離れた 13C を結ぶ測定です。2〜3結合を介した遠隔カップリング nJCH はおよそ 0–15 Hz と、1JCH よりずっと小さいので、この小さな J で磁化が育つのを待つために長めの遅延時間を置きます(8 Hz 前後に合わせて設定することが多い)。大きな 1JCH による相関はフィルターで抑えます。
HMBC がなぜ決定的に重要かというと、水素のない炭素にも交差ピークが現れるからです。カルボニル炭素や四級炭素は HSQC には現れず、COSY の H–H の鎖もそこで途切れます。ところが HMBC では、両側の断片の水素がそれぞれ2〜3結合先にあるその炭素と相関するので、水素のない炭素や酸素・窒素をまたいで、断片どうしをつなぐことができます。
一方で、HMBC の交差ピークが2結合なのか3結合なのかは、ピークを見ただけでは区別できません。2結合のカップリングはゼロに近いこともあり、3結合のほうが強く出ることも珍しくありません。この点は後の「よくある誤解」で詳しく扱います。
測定法の比較表
| 測定 | 軸(F1 / F2) | 相関の仕組み・範囲 | 分かること | 注意点 |
|---|---|---|---|---|
| COSY | 1H / 1H | スカラー結合。主に2〜3結合 | 隣り合う水素。H の鎖をたどる | J が小さいと交差ピークが出ない。4結合の弱い相関もある |
| TOCSY | 1H / 1H | スカラー結合のリレー。スピン系全体 | 同じスピン系に属する水素の一覧 | 隣どうしかは分からない。水素のない原子で止まる |
| NOESY | 1H / 1H | 空間の近さ(NOE)。およそ5 Å 以内 | 相対立体配置・配座 | 中程度の分子量では NOE がほぼゼロになる |
| ROESY | 1H / 1H | 回転座標系の NOE。およそ5 Å 以内 | NOESY と同じ(分子量によらず使える) | TOCSY 型のピークなどのアーティファクトが混じる |
| HSQC / HMQC | 13C / 1H | 1JCH。1結合 | どの H がどの C についているか | 水素のない炭素は現れない |
| HMBC | 13C / 1H | nJCH。主に2〜3結合 | 四級炭素・ヘテロ原子をまたいだ断片の連結 | 2結合と3結合は区別できない。1結合や4結合のピークも出る |

実例:C4H8O2 のエステルを2D NMRで決める
手順を具体的に追うために、分子式 C4H8O2 のエステルを考えます。候補として酢酸エチル(CH3COOCH2CH3)とプロパン酸メチル(プロピオン酸メチル、CH3CH2COOCH3)の2つがあり、どちらも「エチル基+孤立したメチル基+エステル」という同じ部品からできています。違うのは、部品がエステルのどちら側につながっているかだけです。
このくらいの分子なら、1D の化学シフトだけでも見当はつきます。しかし2D NMR を使うと、その見当を交差ピークという証拠に置き換えられます。未知の大きな分子でもそのまま通用するのは、この「証拠で組み上げる」手順のほうです。
Step 1:1Dスペクトルと分子式から部品をそろえる
分子式 C4H8O2 の不飽和度は1で、13C の170 ppm 台にピークがあることから、それが C=O 1つ分だと分かります(不飽和度の計算は不飽和度(DBE)の求め方を参照)。2つの候補の、おおよその化学シフト(CDCl3 中)は次のとおりです。
| 部位 | 酢酸エチル 1H / 13C(ppm) | プロパン酸メチル 1H / 13C(ppm) |
|---|---|---|
| 孤立したメチル(一重線 3H) | 約2.0(CH3C=O) / 約21 | 約3.7(OCH3) / 約52 |
| CH2(四重線 2H) | 約4.1(OCH2) / 約60 | 約2.3(CH2C=O) / 約27 |
| CH3(三重線 3H) | 約1.3 / 約14 | 約1.1 / 約9 |
| C=O | — / 約171 | — / 約175 |
ここでは、手元のスペクトルが酢酸エチルのほう(1H:1.3 t、2.0 s、4.1 q)だったとして、2D でそれを確かめていきます。
Step 2:HSQCでどのHがどのCについているかを決める
HSQC には交差ピークが3つ現れます:(1H 4.1, 13C 60)、(2.0, 21)、(1.3, 14)。171 ppm の炭素には交差ピークがなく、水素のない炭素(C=O)であることが確認できます。
ここで大事なのは、4.1 ppm の CH2 がついている炭素が 60 ppm にあることです。60 ppm 前後は酸素に結合した sp3 炭素の典型的な領域なので、「この CH2 は酸素についている」という見当が立ちます。プロパン酸メチルなら、酸素についているのはメチル炭素(約52 ppm)のほうで、CH2 の炭素は約27 ppm に来るはずです。
Step 3:COSYでスピン系(H の鎖)を切り出す
COSY では、4.1 ppm(q)と 1.3 ppm(t)のあいだに交差ピークが1組現れます。これで CH2–CH3 がつながったエチル基というスピン系が1つ決まります。2.0 ppm の一重線はどこともつながらない、孤立したスピン系です。
ここまでで部品は「エチル基」「孤立メチル」「C=O」「O」の4つ。COSY は、エステルの C=O や O をまたいで部品をつなぐことはできません。部品どうしをつなぐのは次の HMBC の仕事です。
Step 4:HMBCで水素のない炭素をまたいで断片をつなぐ
HMBC で観測される主な相関と、それぞれが何結合にあたるかを並べます。
| 1H(ppm) | 相関する 13C(ppm) | 経路 |
|---|---|---|
| 2.0(CH3) | 171(C=O) | H–C–C=O:2結合 |
| 4.1(OCH2) | 171(C=O) | H–C–O–C=O:3結合(酸素をまたぐ) |
| 4.1(OCH2) | 14(CH3) | H–C–C:2結合 |
| 1.3(CH3) | 60(OCH2) | H–C–C:2結合 |
決め手は2つあります。1つは、2.0 ppm の孤立メチルと 4.1 ppm の CH2 が、どちらも同じ 171 ppm の C=O と相関していること。これで2つの断片が C=O を共有していることが分かります。もう1つは、1.3 ppm のメチル(三重線)が C=O と相関しないことです。酢酸エチルでは、この水素から C=O までは H–C–C–O–C の4結合で、ふつうは相関が見えません。
もし試料がプロパン酸メチルだったら、パターンはこう変わります。三重線のメチル(1.1 ppm)が C=O と3結合で相関し、CH2(2.3 ppm)は C=O と2結合で相関し、OCH3(3.7 ppm)は酸素をまたいで3結合で C=O と相関します。「三重線メチルが C=O と相関するか」と、HSQC で見た「CH2 の炭素が 60 ppm か 27 ppm か」の2点で、2つの異性体ははっきり区別できます。
Step 5:NOESYで立体を決める(立体中心がある分子の場合)
酢酸エチルには立体中心も環もないので、NOESY を測る必要はありません。NOESY の出番は、Step 4 までで結合のつながりが決まったあと、相対立体配置が問題になる分子です。
典型的な例は、シクロヘキサン環上の置換基の向きです。いす形配座では、1位と3位にあるアキシアル水素どうしは環の同じ側で接近しているため、強い NOE を示します。たとえば 1,3-二置換シクロヘキサンで、置換基のついた炭素上の H-1 と H-3 のあいだに強い NOE が見えれば、両方の水素がアキシアル(約2.5 Å)、つまり2つの置換基がどちらもエクアトリアルの cis 体であると考える根拠になります。trans 体ではどちらの配座でも一方の水素がエクアトリアルになり、H-1 と H-3 の距離は約3.7 Å と離れるため、NOE は弱くなります。いす形配座の見方は立体配座とは?ニューマン投影と椅子形シクロヘキサンで確認してください。
実際の解析では、NOE だけで決めず、3JHH の大きさ(アキシアル–アキシアルの水素どうしは J が大きい)と組み合わせて判断します。なお NOE が決めるのは分子内の距離関係なので、相対配置は決まっても絶対配置は決まりません(鏡像体どうしでは NOE のパターンがまったく同じになるため)。
構造決定の流れのまとめ
| 順番 | 測定 | この段階で決まること |
|---|---|---|
| 1 | 分子式・1H・13C(DEPT) | 不飽和度、水素と炭素の種類と数 |
| 2 | HSQC | どの H がどの C についているか(水素のない炭素の洗い出し) |
| 3 | COSY(必要なら TOCSY) | H の鎖でつながった断片(スピン系) |
| 4 | HMBC | 四級炭素・ヘテロ原子をまたいだ断片のつなぎ方 → 平面構造 |
| 5 | NOESY / ROESY + J | 相対立体配置・配座 |
HSQC を COSY より先に読むのは、HSQC で H と C の対応表ができていると、COSY でたどった H の鎖をそのまま炭素の鎖として書き直せるうえ、HMBC の交差ピークを読むときにも「この炭素は CH なのか四級炭素なのか」がすぐ分かるからです。1D で何が読めるかについてはNMR分光法による構造決定もあわせて参照してください。
よくある誤解と落とし穴
「交差ピークがない=つながっていない」ではない
COSY の交差ピークの強さは J の大きさに左右されます。3JHH は二面角に依存し(Karplus の関係)、二面角が90°付近ではほぼゼロになるため、隣の炭素上の水素どうしでも交差ピークが見えないことがあります。さらに COSY の交差ピークは、正と負の成分が J の間隔で組になった形(逆位相)をしているため、J がピークの線幅より小さいと正負が打ち消し合って見えにくくなります。
HMBC も同じで、3JCH も二面角によって小さくなりますし、2JCH はゼロに近いこともあります。交差ピークの存在は証拠になるが、不在は証拠として弱い、と覚えておくと安全です。
HMBCに1結合のピークが出ることがある
HMBC は1結合の相関をフィルターで抑えていますが、1JCH の値は炭素の種類によって幅があるため、抑えきれずに残ることがあります。HMBC はふつう検出中に 13C をデカップリングしないので、この残った1結合ピークは、1H の化学シフトをはさんで左右に分かれた、間隔が 1JCH(約125–160 Hz)の二重線として現れます。1H の位置からずれた2つ組のピークを見たら、まず HSQC と照らし合わせて「1結合の残りではないか」を疑います。
HMBCで4結合以上の相関も出る
HMBC は「2〜3結合」と習いますが、これは目安です。芳香環や共役系、W 字形の配置などでは4結合の相関が観測されることがあります。逆に、芳香環では2結合より3結合の相関のほうが強く出るのがふつうです。1本の HMBC 相関だけで結合の数を決めつけず、複数の相関が矛盾なく説明できる構造を選ぶのが原則です。
NOEの符号と「消えるNOE」
NOESY の交差ピークの符号は分子の大きさで変わり、小さな分子では対角ピークと逆符号、大きな分子では同符号になります。さらに中程度の大きさの分子では NOE がほぼゼロになり、近接していても交差ピークが現れません。「NOESY で何も見えない=遠い」と結論する前に、ROESY で確かめるのが定石です。
また、NOESY・ROESY には、化学交換(配座の入れかわりや OH・NH 水素の交換)による交差ピークも現れます。小さな分子の NOESY では、交換によるピークは対角ピークと同じ符号で現れるので、NOE によるピークと区別できます。
COSYの交差ピークは「炭素どうしの結合」の直接証拠ではない
COSY が示すのは H と H のカップリングであって、C–C 結合そのものではありません。ふつうは H–C–C–H の3結合なので「隣の炭素」と読めますが、ジェミナル(同じ炭素上)の相関や、4結合の弱い相関も混じります。HSQC で各 H がどの炭素についているかを押さえてから読むことで、この取り違えを防げます。
まとめ
よくある質問
COSY は、スカラー結合で直接カップリングしている水素どうし(主に2〜3結合)だけに交差ピークを与えるので、隣り合う水素を1つずつたどるのに使います。TOCSY は、混合期のスピンロックによって磁化をカップリングの鎖に沿ってリレーさせるので、同じスピン系に属するすべての水素に交差ピークが現れます。TOCSY はスピン系の仕分けに、COSY は隣接関係の確認に向いています。
HSQC は、直接結合している水素と炭素(1結合)の組だけを交差ピークとして示すので、どの水素がどの炭素についているかの対応表になります。HMBC は、水素から2〜3結合離れた炭素との相関を示すので、カルボニル炭素や四級炭素のように水素をもたない炭素や、酸素・窒素をまたいで分子の断片をつなぐのに使います。水素のない炭素は HSQC には現れませんが、HMBC には現れます。
HMBC の交差ピークだけでは、2結合と3結合の相関は区別できません。2結合のカップリングはゼロに近いこともあり、3結合の相関のほうが強く出ることも珍しくありません。区別が必要なときは、HSQC で得た炭素の種類や化学シフト、COSY で得た水素の鎖、他の HMBC 相関と組み合わせて、すべての相関を矛盾なく説明できる構造を選びます。
言えません。NOE の符号は分子の大きさで変わり、中程度の大きさの分子では NOE がほぼゼロになるため、近い水素どうしでも NOESY の交差ピークが現れないことがあります。この場合は、分子の大きさによらず正の効果を与える ROESY で確かめます。NOE の強さは距離の6乗に反比例し、観測できるのはおよそ5 Å 以内の水素どうしです。
一般的な順番は、分子式と1次元の 1H・13C スペクトル(DEPT)で部品をそろえ、HSQC で水素と炭素の対応表を作り、COSY で水素の鎖(スピン系)を切り出し、HMBC で四級炭素やヘテロ原子をまたいで断片をつなぎ、最後に NOESY や ROESY と J 値で相対立体配置を決める、という流れです。
参考文献
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- G. Bodenhausen, D. J. Ruben, Chem. Phys. Lett. 1980, 69, 185–189. DOI: 10.1016/0009-2614(80)80041-8
- A. Bax, M. F. Summers, J. Am. Chem. Soc. 1986, 108, 2093–2094. DOI: 10.1021/ja00268a061
- T. D. W. Claridge, High-Resolution NMR Techniques in Organic Chemistry, 3rd ed., Elsevier, 2016.
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