「2-ブテンにはシス体とトランス体がある」——ここまでは高校でも習います。では、二重結合の炭素に4種類バラバラの置換基が付いていたら、どちらがシスでどちらがトランスでしょうか。基準になる「同じ基」が無いと、シス・トランスでは呼びようがありません。この行き詰まりを解決するのがE/Z表記です。

E/Z表記は、二重結合まわりの立体配置を置換基の優先順位で機械的に決める方法です。どんなに複雑なアルケンでも、迷わず一意に名前がつけられます。シス・トランスの上位互換とも言える表記で、院試や大学入試でも「E体・Z体を答えよ」は頻出です。

この記事は、立体化学を学び始めた人から、院試でアルケンの立体を厳密に命名したい人までを対象に、E/Z表記の決め方を解説します。カギになるCIP順位則の使い方まで、順を追って身につけましょう。

この記事で学ぶこと
・E/Z表記とは何か—二重結合まわりの立体配置
・シス・トランス表記の限界とE/Zが必要な理由
・CIP順位則による優先順位の決め方
・Z(同じ側)・E(反対側)の判定手順
・シス=Zとは限らないという注意点

この記事は、異性体の分類のうち二重結合による立体異性(幾何異性)を扱います。不斉炭素のキラリティー(R/S表記)と考え方が共通するので、あわせて読むと定着します。

E/Z表記の判定図。高順位の基が同じ側ならZ、反対側ならEになることを示すアルケンの比較

シス・トランス表記の限界

シス・トランス表記は、二重結合の炭素それぞれに同じ置換基(多くは水素)がある単純なアルケンでしか使えません。2-ブテンなら、両端のメチル基が同じ側ならシス、反対側ならトランスと決められます。

ところが、たとえば1-ブロモ-1-クロロプロペンのように二重結合炭素へ4種類の異なる基が付くと、「何を基準にシス・トランスを言うのか」が決まりません。ここでシス・トランスは無力になります。E/Z表記は、この「基準の置換基がない」問題を、優先順位という共通ルールで解決します。

CIP順位則で優先順位を決める

E/Zを決める前に、二重結合のそれぞれの炭素について、付いている2つの基の優先順位を決めます。使うルールはR/S表記と同じCIP順位則(カーン・インゴールド・プレローグ順位則)です。

CIP順位則の基本(優先順位の決め方)
・第1規則:二重結合炭素に直結した原子の原子番号が大きいほど高順位
・同じ原子で並んだら、その先に付く原子の集合を比べて決める
・二重結合・三重結合は、相手原子が重複して結合しているとみなして数える

たとえば −Br(臭素、原子番号35)と −CH3(炭素、原子番号6)なら、Br のほうが高順位です。−OH と −CH3 なら O(8)>C(6)で OH が高順位になります。

CIP順位則で二重結合の相手原子を重複させて数える例。ビニル基−CH=CH2の炭素はエチル基−CH2CH3の炭素より高順位になる理由の図解

E と Z の判定

左右それぞれの炭素で高順位の基が決まったら、その2つの高順位基の位置関係を見ます。

表記語源(ドイツ語)高順位基の位置
Zzusammen(一緒に)2つの高順位基が同じ側
Eentgegen(反対に)2つの高順位基が反対側
覚え方
Zusammen =「ゼッタイ同じ側(Z=same Zide)」と語呂で覚える人が多い
・高順位どうしが同じ側なら Z、割れていたら E
・名前では (Z)- / (E)- を化合物名の前に付ける:例 (Z)-2-ブテン

シス=Z とは限らない

ここが最大の落とし穴です。シス・トランスとE/Zは別の基準なので、シスが必ずZになるとは限りません。シス・トランスは「同じ基(水素)どうし」を見るのに対し、E/Zは「高順位基どうし」を見ます。この基準がずれると、結論も逆転します。

よくある間違い
・「シス=Z、トランス=E」と機械的に暗記する→基準が違うので一致しないことがある
・優先順位を原子番号でなく大きさ・重さで決める→正しくは原子番号
・二重結合を単結合として順位を数える→重複結合として数える

たとえば置換基の組み合わせによっては、幾何的に「シス」に見える配置でも、優先順位で判定すると E になる場合があります。必ずその分子ごとに優先順位を決め直すのが安全です。

まとめ
・E/Z表記は二重結合まわりの立体を優先順位で一意に決める方法
・優先順位はCIP順位則(原子番号ベース)で判定
・高順位基が同じ側=Z、反対側=E
・シス=Z、トランス=Eとは限らない—毎回順位を確認する

よくある質問

E/Z表記とシス・トランス表記はどう違いますか?

シス・トランスは二重結合炭素に同じ基(多くは水素)がある単純なアルケンでしか使えず、基準を置換基そのものに置きます。E/Zはどんなアルケンでも使え、CIP順位則で決めた優先順位を基準にします。E/Zはシス・トランスの上位互換にあたる、より一般的な表記です。

Z と E はどちらが「同じ側」ですか?

Zが同じ側です。Zはドイツ語の zusammen(一緒に)に由来し、2つの高順位基が二重結合をはさんで同じ側にある配置を指します。Eは entgegen(反対に)で、高順位基が反対側にある配置です。

優先順位はどうやって決めますか?

CIP順位則で決めます。まず二重結合炭素に直結した原子の原子番号を比べ、大きいほうが高順位です。直結原子が同じなら、その先に付く原子を順に比べます。二重結合や三重結合は、相手原子が重複して結合しているとみなして数えます。

シス体は必ずZ体になりますか?

なりません。シス・トランスは同じ基どうしの位置で決めるのに対し、E/Zは高順位基どうしの位置で決めるため、基準が異なります。置換基の組み合わせによっては、シスに見える配置がEになることもあります。分子ごとに優先順位を判定してください。

三重結合や環にもE/Z表記を使いますか?

E/Z表記は二重結合まわりの立体(回転できない平面構造)に対して使います。直線状の三重結合には立体異性がないため不要です。環状化合物の二重結合や環自体の置換位置には、シス・トランスやE/Zが状況に応じて使い分けられます。