酸触媒と塩基触媒とは|特異酸触媒と一般酸触媒の見分け方と緩衝液実験
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「酸を入れたら速くなった」——それだけでは、酸が何をしたのかはまだ決まっていません。
プロトンを反応が始まる前に渡してしまうのか、それともいちばん高い峠を越えるまさにその瞬間に渡すのか。この2つは、生成物が同じでもまったく別の機構です。前者を特異酸触媒、後者を一般酸触媒と呼びます。
そして両者は、たった1つの実験で区別できます。pH を一定に保ったまま、緩衝液の濃度だけを変えるのです。この記事では、そこまで扱います。
触媒が変えるもの、変えないもの
まず前提を固めます。触媒は峠を下げるだけで、両端の高さには手を触れません。
これらは反応速度と化学平衡の違いと律速段階と反応次数で扱いました。本記事は、その「速度式に現れ方」を手がかりに機構を決める話です。
酸触媒には2つの型がある
カルボニルへの求核付加を例にとります。どちらの型でも、最終的にはカルボニル酸素にプロトンが付いて炭素の求電子性が上がる——そこは同じです。違うのは、それがいつ起こるかです。
特異酸触媒(specific acid catalysis) ① S + H3O+ ⇌ SH+ + H2O 速い平衡(前平衡) ② SH+ → 生成物 遅い=律速 → 峠を越えるときには、プロトンはもう渡し終わっている → 速度を決めるのは SH+ がどれだけ在るか = [H3O+] だけ 一般酸触媒(general acid catalysis) S + HA → [ S⋯H⋯A ]‡ → 生成物 律速段階(この段階でプロトンが動く) → プロトンは峠の上で移動している最中 → プロトンを渡せる分子なら何でも触媒になる(HA すべて)
| 特異酸触媒 | 一般酸触媒 | |
|---|---|---|
| プロトン移動 | 律速段階より前(速い平衡) | 律速段階の中 |
| 触媒になれるもの | H3O+ のみ(=pH だけの問題) | 溶液中のすべての酸 HA |
| 速度式 | 速度 = k[S][H3O+] | 速度 = [S]( k0 + kH[H3O+] + Σki[HAi] ) |
| 代表例 | アセタールの加水分解 | エノール化、酵素反応の多く |
緩衝液の希釈実験——これで決まる
2つの速度式を見比べると、判別の方法が自然に出てきます。一般酸触媒の式にだけ [HA] が入っているのだから、[H3O+] を固定したまま [HA] を動かせばよいのです。
結果が水平(濃度を上げても速度が変わらない)
→ [HA] は効いていない → 特異酸触媒
結果が右上がりの直線(濃度とともに速くなる)
→ 緩衝液の成分(HA か A−)が触媒している → 一般酸触媒か一般塩基触媒
→ どちらかは、緩衝比 [HA]/[A−] を変えて同じ実験を繰り返して決める
傾きが HA の割合に比例すれば一般酸触媒
→ 切片は k0 + kH[H3O+]
pH メーターの値は同じなのに速度が変わる——この一点で、プロトンが峠の上で動いているかどうかが決まります。
補強証拠として溶媒同位体効果も使えます。反応を D2O 中で行うと、特異酸触媒では速くなり(D3O+ のほうが強い酸で、基質がより多くプロトン化されるため)、一般酸触媒では律速段階で結合が切れるぶん遅くなります。詳しくは同位体効果(KIE)で扱っています。
ブレンステッド触媒則——α が遷移状態を映す
一般酸触媒では、強い酸ほどよい触媒になります。その関係は直線で表せます。
log kHA = α log Ka + C (一般酸触媒) log kB = β × pKa(共役酸) + C (一般塩基触媒) α・β は 0 〜 1 の値をとる
この傾きが、見えない遷移状態の姿を教えてくれます。
α が 0 に近いか 1 に近いかは、遷移状態が反応物寄りか生成物寄りかという話そのものです。ハモンドの仮説と併せて読むと、同じことを別の角度から見ていると分かります。なお α が 1 に近づくと、弱い酸 HA の寄与が H3O+ に比べて小さくなりすぎ、緩衝液の希釈実験でも検出できなくなります。このとき一般酸触媒は、見かけ上は特異酸触媒と区別できません(逆に α が 0 に近いと、どの酸でも速度がほぼ同じになり、水そのものによる触媒作用と区別しにくくなります)。
塩基触媒も、まったく同じ構造をしている
| 特異塩基触媒 | 一般塩基触媒 | |
|---|---|---|
| 何が起きるか | 先に OH− が脱プロトンし、生じた陰イオンが律速段階へ | 塩基が律速段階でプロトンを引き抜きながら反応が進む |
| 効く塩基 | OH− のみ | 溶液中のすべての塩基 |
| 例 | 強塩基条件でのアルドール反応 | 緩衝液中のケトンのエノール化 |
一般塩基触媒か、求核触媒か
ここが最も差がつく論点です。アミンのような分子は、2つのまったく違う働き方ができます。
切り分けには別の証拠を使います。
| 手がかり | 求核触媒なら |
|---|---|
| 中間体の検出 | アシル化された触媒が実際に観測・捕捉できる |
| 塩基性との相関 | pKa の直線から大きく上に外れる(塩基性以上に速い) |
| 立体障害 | かさ高くすると効かなくなる(結合できないため) |
典型例がピリジンです。無水酢酸によるアルコールのアシル化でピリジンを加えると、ピリジンはまず自分がアシルピリジニウムになり、それがアルコールに渡します。DMAP(4-ジメチルアミノピリジン)が桁違いに効くのは、窒素上の電子密度が上がってこの中間体を作りやすいからです。ルイス塩基としての顔はルイス酸とルイス塩基で扱っています。
酸と塩基を同時に効かせる
もっとも強力なのは、一方でプロトンを与えつつ、もう一方で引き抜くやり方です。
カルボニルへの付加なら、酸がカルボニル酸素に配位して炭素の求電子性を上げると同時に、塩基が求核剤からプロトンを引き抜いて求核性を上げる——両側から同時に押すことになります。
水溶液中で H3O+ と OH− を同時に大量に存在させることはできません。一般酸・一般塩基という考え方があってはじめて、この組み合わせが成立します。
大学院入試での問われ方
「特異酸触媒と一般酸触媒を区別する実験を述べよ」
→ pH を一定に保ったまま緩衝液の濃度を変える。速度が変われば一般酸(または一般塩基)触媒。どちらかは緩衝比を変えて決める
「pH が同じなのに速度が違った。何が言えるか」
→ H3O+ 以外の酸も触媒として働いている=一般酸触媒
「ブレンステッド則の α = 0.9 から何が言えるか」
→ 遷移状態でプロトン移動がほぼ完了している(生成物寄りの遷移状態)
「アミンが一般塩基触媒か求核触媒かを判別する方法を述べよ」
→ アシル化中間体の捕捉、pKa 相関からの逸脱、立体障害の効果
「触媒を加えても収率の上限が変わらないのはなぜか」
→ ΔG‡ を下げるだけで ΔG° を変えないため
まとめ
これで第17章「反応を左右する脇役」——脱離基・溶媒・酸化数・触媒——が出そろいました。いずれも反応式の主役ではないのに、反応が進むかどうかを実際に決めているものです。
酸と塩基の強さそのもの(pKaと共役塩基の安定性)を先に整理したい方は酸と塩基とは?pKaと共役塩基の安定性から強さを解説を先にどうぞ。
よくある質問
プロトンが移動するタイミングが違います。特異酸触媒では律速段階より前の速い平衡で基質がプロトン化されており、峠を越えるときにはプロトンの受け渡しは終わっています。そのため速度はヒドロニウムイオンの濃度、つまりpHだけで決まります。一般酸触媒では律速段階の遷移状態でプロトンがまさに移動している最中なので、プロトンを渡せる酸であれば溶液中のどれもが触媒として働きます。
緩衝液の希釈実験が決定的です。酸と共役塩基の比を保ったまま緩衝液全体の濃度だけを変えると、pHは一定のまま、酸と共役塩基の濃度が同じ割合で増えます。この条件で速度が変わらなければ特異酸触媒、緩衝液の濃度とともに速くなれば一般酸触媒か一般塩基触媒です。どちらかは、緩衝比を変えて同じ実験を繰り返し、速度の増え方が酸の割合に比例するかどうかで決めます。補強として重水中での測定も使え、特異酸触媒では速くなり、一般酸触媒では遅くなります。
遷移状態におけるプロトン移動の進み具合です。αが0に近ければ酸の強さを変えても速度が変わらず、遷移状態でプロトンがまだほとんど動いていないことを意味します。1に近ければ酸の強さがそのまま速度に反映され、プロトンがほぼ移り終わっていることを示します。0.5前後ならプロトンが両者の中間にいると読めます。ハモンドの仮説と同じことを別の角度から見ています。
速度式はどちらも基質と触媒それぞれに一次となるため、反応次数では区別できません。求核触媒ではアシル化された触媒中間体が実際に観測または捕捉でき、塩基性との相関を示す直線から大きく上に外れ、触媒をかさ高くすると効かなくなります。無水酢酸によるアシル化におけるピリジンやジメチルアミノピリジンが求核触媒の代表例です。
理論上の収率の上限は変わりません。触媒が下げるのは活性化自由エネルギーであって、出発物と生成物の高さの差ではないため、平衡定数は変化しないからです。可逆反応であれば正反応と逆反応を同じだけ加速します。実際の実験で収率が改善することはありますが、それは反応時間内に平衡へ到達できるようになったり、副反応が起こる前に目的の反応が終わったりするためです。
- プロトン移動の整理|酸塩基操作で反応機構がつながる
酸触媒・塩基触媒が機構のどの段で何を動かしているのかを、型として書き下す
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