有機化学の酸化数|炭素の相手を見る判定法と形式電荷・酸化段階の違い
無機化学では、酸化還元は電子の授受として整理されます。ところが有機化学の反応式を見ても、電子が何個移動したのかは書かれていません。アルコールがアルデヒドになる反応を見て、これが酸化なのか還元なのか、即答できるでしょうか。
結論から言うと、有機化学では酸化数を計算する必要はほとんどありません。炭素についている原子が何に入れ替わったかを見るだけで判定できます。
この記事では、その実用的な見分け方を先に示し、そのうえで背景にある酸化数の考え方と、試薬を選ぶときの使い方までつなげます。
計算しない判定法——炭素についた相手を見る
有機化学で酸化・還元を判定する実用ルールは、次の2行に尽きます。
なぜこうなるかは単純です。酸化数は結合電子を電気陰性度の大きい原子が全部取ると仮定して数えた量だからです。炭素より電気陰性度の大きい酸素と結合すれば炭素は電子を失った扱いになり、酸化数が上がります。逆に炭素より小さい水素と結合すれば電子をもらった扱いになり、下がります。炭素どうしなら引き分けで、寄与はゼロです。
C–H 結合 炭素の取り分 −1 (水素より炭素のほうが電気陰性度が大きい) C–O 結合 炭素の取り分 +1 (酸素のほうが大きいので炭素は電子を失う) C–C 結合 炭素の取り分 0 (引き分け)
炭素の酸化段階——1本のはしご
炭素1個に注目すると、有機化合物はメタンから二酸化炭素までの階段のどこかに位置します。
| 酸化数 | 代表 | 官能基 |
|---|---|---|
| −4 | CH4 | メタン(最も還元された状態) |
| −2 | CH3OH | アルコール(ハロゲン化物・アミンも同じ段) |
| 0 | HCHO | アルデヒド・ケトン(アセタール・イミンも同じ段) |
| +2 | HCOOH | カルボン酸・エステル・アミド・ニトリル |
| +4 | CO2 | 二酸化炭素(最も酸化された状態) |
ここが実務上いちばん効きます。アルコールをハロゲン化物に変える反応は酸化還元ではないので、酸化剤も還元剤も要りません。逆にアルコールからアルデヒドへは1段上がるので、必ず酸化剤が必要です。
試薬は「何段動かしたいか」で選ぶ
段の考え方が分かると、試薬選びが機械的になります。
| 変換 | 段の動き | 代表的な試薬 |
|---|---|---|
| 第一級アルコール → アルデヒド | +1段だけ | PCC・DMP・Swern(止められる酸化剤) |
| 第一級アルコール → カルボン酸 | +2段 | KMnO4、Jones試薬(強い酸化剤) |
| ケトン → 第二級アルコール | −1段 | NaBH4(穏やか)、LiAlH4 |
| エステル → アルデヒド | −1段で止める | DIBAL(低温で1段だけ) |
| エステル → 第一級アルコール | −2段 | LiAlH4(止まらない) |
| アルコール → ハロゲン化物 | 動かない | SOCl2、PBr3(酸化剤ではない) |
「なぜPCCとKMnO4を使い分けるのか」「なぜDIBALは低温なのか」——どちらも何段動かしたいかの違いです。試薬の名前ではなく段数で覚えると、初見の試薬でも当たりがつきます。
3つの「電荷」との関係
酸化数は、形式電荷とよく混同されます。違いは結合電子をどう分けると仮定するかの1点だけです。
| 量 | 仮定 | メタノールの炭素 |
|---|---|---|
| 形式電荷 | きっちり半分ずつ | 0 |
| 酸化数 | 電気陰性な側が全部取る | −2 |
| 実際の部分電荷 | 電気陰性度に応じて少し偏る | δ+ |
どれが「正しい電荷」かという問いは意味を持ちません。目的が違う3つの道具です。酸化還元を判定したいときだけ酸化数を使ってください。
大学院入試での問われ方
- 「次の変換が酸化・還元・どちらでもないかを判定せよ」……O が増えたか H が増えたか
- 「第一級アルコールをアルデヒドで止める試薬を挙げ、理由を述べよ」……1段で止まる酸化剤
- 「メタノールの炭素の酸化数を求めよ」……C–H が3本で −3、C–O が1本で +1、合計 −2
- 「アルコールからハロゲン化物への変換が酸化還元でない理由を述べよ」
計算を求められたときも、結合1本ずつに −1/+1/0 を割り振って足すだけです。分子式から求めようとすると混乱します。
まとめ
溶媒が反応に与える影響はプロトン性・非プロトン性溶媒、脱離基の良し悪しは脱離基の強さの順で扱っています。
よくある質問
炭素についている原子が何に入れ替わったかを見れば判定できます。炭素が酸素や窒素、ハロゲンのように電気陰性度の大きい原子と多く結合するようになれば酸化、水素と多く結合するようになれば還元です。炭素どうしの結合は酸化数に影響しません。実務上は「酸素が増えれば酸化、水素が増えれば還元」と覚えておけば、ほとんどの場合に対応できます。
酸化でも還元でもありません。アルコールの炭素もハロゲン化物の炭素も酸化段階が同じだからです。ヒドロキシ基がハロゲンに置き換わっても、炭素についている電気陰性な原子の数は1つのままで変わりません。そのため塩化チオニルや三臭化リンといった試薬は酸化剤ではなく、単に脱離基を付け替える役割を果たしています。
酸化段階を1段だけ動かす酸化剤を使います。クロロクロム酸ピリジニウムやDess-Martin試薬、Swern酸化などが代表例で、いずれも無水条件で働くためアルデヒドが水和されず、そこで反応が止まります。過マンガン酸カリウムやJones試薬のような水系の強い酸化剤では2段進んでカルボン酸まで酸化されてしまいます。
酸化です。付加反応だから還元という考え方は誤りで、判定はあくまで炭素に何がついたかで行います。臭素が付加すると各炭素に電気陰性度の大きい臭素が1つずつ結合するため、両方の炭素の酸化数が上がります。一方、同じ付加反応でも水素が付加する場合は炭素に水素が増えるので還元になります。
どちらも本当の電荷ではありません。両者は結合電子の分け方について異なる仮定を置いた計算上の量です。形式電荷は結合電子を半分ずつ分けると仮定し、酸化数は電気陰性度の大きい原子が全部取ると仮定します。実際の電子分布はその中間にあり、反応点を探すときはこれらではなく電気陰性度の差から生じる部分電荷を見ます。
- 官能基変換(FGI)の地図|酸化段階のはしごで試薬を選ぶ
数えた酸化数を、試薬の選択に使う
