FT-IR分析とは?フーリエ変換赤外分光法の原理・ATR法とKBr錠剤法の違い
研究室の FT-IR の前で、先輩が「まずバックグラウンドを取ってから」と言います。何も置かずに1回測り、それから試料を載せてもう1回測る。画面に出てくるのは、試料が吸収した赤外線の割合を波数ごとに並べたスペクトルです。ところが装置の中で検出器が実際に記録しているのは、スペクトルの形とは似ても似つかない、真ん中に鋭い山が1本立った波形です。この波形をスペクトルに変える計算が「フーリエ変換」で、FT-IR の FT はその頭文字です。
IR スペクトルの読み方(どの吸収帯がどの官能基か)は、すでにIR 吸収帯の読み方で扱いました。この記事はその手前、「スペクトルがどうやって測られているか」の話です。干渉計の中で何が起きているかがわかると、分解能や積算回数の意味、2350 cm−1 に出る謎のピークの正体、ATR 法で測ったスペクトルが教科書の表と少しずれる理由まで、1本の筋で説明できるようになります。
FT-IR は何を測っているか
赤外線を分子に当てると、結合の伸縮や変角の振動と同じ振動数をもつ赤外線だけが吸収されます。どの振動数の光がどれだけ吸収されたかを並べたグラフが赤外吸収スペクトル(IR スペクトル)です。吸収が起こる理由(結合のばねの強さと原子の重さで振動数が決まること、双極子モーメントが変わる振動だけが吸収されること)はIR 吸収帯の読み方と質量分析・赤外分光法による構造決定で説明しています。IR に出ない振動はラマン分光法に出ることがあり、2つの選択則の違いはラマン分光法の記事で比べています。ここでは、そのスペクトルの軸の読み方から始めます。
横軸:波数(cm−1)
赤外スペクトルの横軸は、波長ではなく波数で書くのが慣例です。波数 ν̃(ニュー・チルダ)は 1 cm の中に波がいくつ入るかを表す量で、波長 λ を cm で表した値の逆数です。
ν̃ (cm−1) = 1 / λ (cm) = 104 / λ (μm) 例:λ = 10 μm → ν̃ = 1000 cm−1、λ = 2.5 μm → ν̃ = 4000 cm−1
波数を使う理由は、光子1個のエネルギー E = hcν̃ が波数に比例するからです。振動のエネルギーの差がそのまま横軸の間隔になるので、「強い結合ほど高波数」「軽い原子ほど高波数」という関係を、目盛りの上でそのまま読めます。有機化合物の分析で使う中赤外の範囲は 4000〜400 cm−1(波長 2.5〜25 μm)で、日本薬局方〈2.25〉でも通例この範囲で測定します。スペクトルは慣例として左を高波数(4000)、右を低波数(400)にして描きます。
縦軸:透過率(%T)と吸光度(Abs)
縦軸には透過率か吸光度をとります。日本薬局方〈2.25〉は「赤外吸収スペクトルは通例,横軸に波数を,縦軸に透過率又は吸光度をとったグラフで示される」と定めています。2つの量の関係は紫外可視の場合と同じで、透過率 T は入った光のうち通り抜けた割合、吸光度 A は A = −log T です(定義と対数になる理由はランベルト・ベールの法則で導いています)。
| 縦軸 | 吸収の見え方 | 向いている用途 |
|---|---|---|
| 透過率 %T(0〜100%) | 吸収があるところが下向きの谷になる | 定性分析・スペクトルの見比べ。日本薬局方の参照赤外吸収スペクトルも透過率で描かれている |
| 吸光度 Abs(無次元) | 吸収があるところが上向きの山になる | 定量分析・差スペクトル。吸光度は濃度と厚みに比例するので、ピークの高さや面積を量に結びつけられる |
分散型と FT-IR の違い
赤外分光光度計には2つの方式があります。日本薬局方〈2.25〉も「分散型赤外分光光度計又はフーリエ変換赤外分光光度計を用いる」と両方を認めています。違いは、光を波数ごとに分けるか、まとめて測ってあとから計算で分けるかです。
分散型は、回折格子(またはプリズム)で赤外光を波数ごとに空間的に広げ、スリットで細い波数の幅だけを取り出して試料と検出器に送ります。回折格子を少しずつ回して、取り出す波数を順に変えながら1点ずつ測ります。いま測っている波数以外の光は、スリットで捨てています。
FT-IR には回折格子もスリットもありません。光源から出た全波数の光を干渉計に通し、そのまま試料と検出器に送ります。検出器が受け取るのは全波数の光の合計ですが、干渉計の鏡を動かすと、波数ごとに違う周期で強弱が変わります。その強弱の記録(インターフェログラム)を計算で波数ごとに分けるのがフーリエ変換です。日本分析機器工業会の解説は、「赤外分光光度計は、古くは分散型が主流でしたが、現在ではフーリエ変換方式が主流となっています」と書いています。
| 項目 | 分散型 | FT-IR |
|---|---|---|
| 光を分ける部品 | 回折格子(プリズム)+スリット | マイケルソン干渉計(ビームスプリッター・固定鏡・移動鏡) |
| 一度に測る波数 | スリットで切り出した狭い幅だけ。順に走査する | 全波数を同時に |
| 検出器が記録するもの | 各波数の光の強さ(そのままスペクトル) | 光路差に対する強さ(インターフェログラム)。フーリエ変換でスペクトルに直す |
| 波数の目盛りの基準 | 回折格子の角度(機械的な位置) | 干渉計に一緒に通す He–Ne レーザーの干渉縞 |
| 光路 | 複光束型なら試料側と対照側を同時に測れる | 単光束。バックグラウンドを別に測って割る |
マイケルソン干渉計とインターフェログラム
FT-IR の心臓部はマイケルソン干渉計です。光源から出た赤外光は、まずビームスプリッター(光の半分を反射し半分を透過する板。中赤外用では、KBr の板にゲルマニウムを蒸着したものが使われます)で2つに分かれます。一方は位置の決まった固定鏡へ、もう一方は前後に動く移動鏡へ向かい、それぞれ反射してビームスプリッターに戻り、再び1本に重なって試料を通り、検出器に入ります。
光路差 δ = 2x
2つの光が重なったときに強め合うか弱め合うかは、2つの光路の長さの差で決まります。移動鏡を基準の位置(2つの光路の長さが等しい位置)から x だけ遠ざけると、移動鏡側の光は鏡まで行って帰ってくるので、余分に進む距離は x の2倍になります。この差を光路差(retardation)δ と呼びます。
δ = 2x (x:移動鏡の移動距離、δ:光路差)
1つの波数の光なら、強さは cos で変わる
まず、波数 ν̃ の光だけが干渉計に入った場合を考えます。光路差 δ が波長の整数倍(δ = 0, λ, 2λ, …)なら2つの光は山と山が重なって強め合い、半整数倍(δ = λ/2, 3λ/2, …)なら山と谷が重なって打ち消し合います。移動鏡を一定の速さで動かすと、検出器の信号は明るい・暗いを規則正しく繰り返します。理想的なビームスプリッターなら、検出器に届く光の強さ I(δ) は次の形になります。
I(δ) = ½ B(ν̃) [ 1 + cos(2πν̃δ) ] (B(ν̃):その波数の光の強さ。δ = 0 で最大、δ = 1/(2ν̃) で 0)
cos の中が 2πν̃δ になっているのは、δ が1波長(1/ν̃)進むごとに強弱が1周するからです。たとえば 1000 cm−1 の光(波長 10 μm)なら、光路差が 10 μm 進むごと、つまり移動鏡が 5 μm 動くごとに明暗が1回繰り返されます。ここが FT-IR を理解する鍵です。光の波数が、光路差に対する強弱の「周期」に変換されているのです。波数の大きい光ほど、鏡を動かしたときに速く明滅します。
光が何色も混ざると:センターバースト
実際の赤外光源は、4000〜400 cm−1 の全波数を同時に出しています。検出器が受け取るのは、波数ごとの cos 波を、それぞれの光の強さ B(ν̃) を重みにして全部足し合わせたものです。
I(δ) = ½∫ B(ν̃) dν̃ + ½∫ B(ν̃) cos(2πν̃δ) dν̃
(第1項:鏡の位置によらない一定の明るさ 第2項:干渉で変わる部分)
光路差 δ = 0 では、どの波数の cos も1になるので、全部の光が同時に強め合って信号は鋭く最大になります。δ が0から離れると、波数ごとに周期が違うため、ある波数は強め合い別の波数は弱め合って、足し合わせた変動はすぐに打ち消し合い、一定の明るさ(第1項)のまわりの小さな揺れだけが残ります。こうしてできる「真ん中に1本だけ鋭い山が立った波形」がインターフェログラムで、中央の山をセンターバーストと呼びます。冒頭で「スペクトルとは似ても似つかない」と書いたのはこの波形のことです。
フーリエ変換でスペクトルになる理由
インターフェログラムは「波数ごとの cos 波の足し算」でした。フーリエ変換は、この足し算を逆にたどって、どの周期の cos 波がどれだけの重みで含まれていたかを取り出す計算です。
直感:調べたい周期の cos をかけて平均する
インターフェログラムに、調べたい波数 ν̃‘ の cos(2πν̃‘δ) をかけて、δ について足し合わせる(積分する)ことを考えます。インターフェログラムの中に同じ周期の成分があれば、その成分と cos は山と山・谷と谷がいつもそろうので、かけ算の結果は常にプラスになり、足すほど大きくなります。周期の違う成分は、かけ算の結果がプラスになったりマイナスになったりして、足し合わせると0に近づきます(三角関数の直交性)。つまりこの積分は、波数 ν̃‘ の光がどれだけ含まれていたかだけを拾い上げます。これを波数を少しずつ変えながら全部の波数で行うと、波数ごとの光の強さ B(ν̃) が並んだスペクトルになります。
B(ν̃) ∝ ∫ [ I(δ) − I(∞) ] cos(2πν̃δ) dδ (I(∞):δ が大きいところの一定の明るさ=上の式の第1項。干渉で変わる部分だけを変換する)
実際の装置では、インターフェログラムは連続した曲線ではなく、一定の光路差の間隔で記録した数値の列なので、計算は離散フーリエ変換(高速に計算する方法として FFT)で行います。記録の間隔は、赤外光と一緒に干渉計に通した He–Ne レーザー(波長 約 633 nm)の干渉縞で決めます。光路差の目盛りがレーザーの波長を単位に刻まれることが、後で扱うコンヌの利点の正体です。
こうして得たスペクトルは「シングルビーム」
フーリエ変換で得られる B(ν̃) には、光源の強さ、ビームスプリッターと検出器の感度、空気の吸収、試料の吸収がすべて掛け合わさっています。これをシングルビームスペクトルと呼び、試料なしのシングルビームで割って試料の吸収だけを取り出します(後の節のバックグラウンド測定)。
分解能と積算
分解能は、移動鏡をどこまで動かすかで決まる
波数が少しだけ違う2本の吸収帯を見分ける能力が分解能です。FT-IR の分解能は、移動鏡をどこまで動かしたか、つまり記録した最大の光路差 δmax で決まります。
理由は図2の2本の光の例で見えます。波数が Δν̃ だけ違う2本の光の cos 波は、δ = 0 では同じ位相で始まりますが、少しずつずれていき、δ = 1/(2Δν̃) で山と谷が逆になり、δ = 1/Δν̃ でまた位相がそろいます(うなり)。δ = 0 の近くだけを記録しても、2本の cos 波はほとんど同じ形なので区別できません。2本の位相が一回りずれるところまで記録して初めて、2本が別の光だとわかるのです。そのため、分解能の目安は次のようになります。
Δν̃ ≈ 1 / δmax (移動鏡の移動距離 xmax = δmax / 2) 例:Δν̃ = 4 cm−1 → δmax = 0.25 cm → xmax = 0.125 cm(1.25 mm)
実際の分解能の値は、後で述べるアポディゼーションの関数の選び方で少し変わるので、この式は目安です。分解能を上げるほど移動鏡を長く動かす必要があり、1回の走査に時間がかかります。固体や液体の吸収帯はもともと幅をもつので、それより細かい分解能にしてもスペクトルの形はほとんど変わらず、同じ測定時間なら雑音が増え、同じ雑音にするなら時間が延びるだけです。分解能は、見たい吸収帯の幅に合わせて選びます。
なお、記録を δmax で打ち切ると、フーリエ変換したピークの両脇に小さな波(サイドローブ)が出ます。これを抑えるため、インターフェログラムに、δmax に向かって0へ近づく関数をかけてから変換します。この操作をアポディゼーションといい、サイドローブと雑音が減る代わりに、分解能が下がります(線幅が1.5倍ほどに広がる関数もあります)。
装置の分解能が規格を満たしているかは、ポリスチレン膜で確かめます。日本薬局方〈2.25〉は、厚さ約 0.04 mm のポリスチレン膜を測ったとき、2870 cm−1 付近の吸収の極小(透過率では山)と、2850 cm−1 付近の吸収の極大(透過率では谷)の透過率の差が 18% 以上であることを求めています。20 cm−1 しか離れていない吸収帯が、隣の帯から分かれて見えるかを見ているわけです。
積算:S/N 比は回数の平方根で良くなる
FT-IR は1回の走査が速いので、同じ測定を何回も繰り返して平均(積算)できます。信号は毎回同じ値が足されるので回数 N に比例して大きくなり、雑音は毎回ばらばらなので打ち消し合って √N にしか比例しません。そのため S/N 比(信号と雑音の比)は √N 倍になります。
| 積算回数 N | S/N 比(1回を1とする) | 測定時間(1回を1とする) |
|---|---|---|
| 4 | 2 | 4 |
| 16 | 4 | 16 |
| 64 | 8 | 64 |
| 256 | 16 | 256 |
S/N 比を2倍にするには、測定時間を4倍にしなければなりません。積算を増やすほど効率は落ちていくので、弱い吸収を見たいときは、積算回数を増やす前に、試料の量や ATR の密着、光路長など「信号そのものを大きくする」手を考えるのが先です。S/N 比と検出の下限の関係は検出限界と定量限界で扱っています。
FT の3つの利点:フェルゲット・ジャキノ・コンヌ
FT-IR の分散型に対する利点は、研究者の名前で3つに分けて呼ばれます。「何が」「なぜ」良くなるかをセットで押さえます。
| 名前 | 別名 | 何が良くなるか | なぜ |
|---|---|---|---|
| フェルゲットの利点(Fellgett) | マルチプレックスの利点(多重化の利点) | 同じ測定時間での S/N 比 | 全波数を同時に測るので、各波数を測っている時間が分散型より長い |
| ジャキノの利点(Jacquinot) | スループットの利点 | 検出器に届く光の量 | スリットの代わりに円形の絞りで光を通すので、同じ分解能での開口が大きい |
| コンヌの利点(Connes) | 波数精度の利点 | 波数の目盛りの正確さと再現性 | 光路差を He–Ne レーザーの干渉縞で測るので、波数の基準がレーザーの波長になる |
フェルゲットの利点:全波数を同時に測る
スペクトルを m 個の波数の区切り(分解要素)に分けて測るとします。分散型は1つの区切りを測っている間、残りの m − 1 個の光をスリットで捨てているので、測定時間 t のうち、各波数に使える時間は t/m しかありません。FT-IR は全区切りの光を最初から最後まで同時に検出器に入れているので、各波数の情報を時間 t いっぱいに集めています。雑音が検出器そのものから出ていて光の量によらない場合、各波数を測る時間が m 倍になると S/N 比は √m 倍になります。これがフェルゲットの利点です(名前は、博士研究でこの効果を最初に指摘した P. B. Fellgett にちなみます)。
ただし、この利点には条件があります。雑音が検出器の雑音で決まっているときにだけ成り立ちます。赤外の熱型検出器(DTGS など)は、光の量によらない検出器自身の雑音が目立つので、この条件に当てはまります。一方、紫外・可視の光電子増倍管のように、雑音が光子の数のゆらぎ(ショット雑音)で決まる検出器では、全波数の光を同時に入れると雑音も一緒に増えて、利点が打ち消されます。紫外・可視の領域でフーリエ変換方式が広まらなかった主な理由は、このショット雑音だとされています(紫外可視の吸光度の測り方はランベルト・ベールの法則で扱っています)。
ジャキノの利点:スリットで光を捨てない
分散型で分解能を上げるには、スリットを細くして波数の幅を絞ります。するとそのぶん検出器に届く光が減り、信号が弱くなります。分解能と明るさが引き換えになっているのです。干渉計にもジャキノ絞りと呼ばれる円形の絞りがあり、高分解能ほど小さくしますが、同じ分解能で比べれば細いスリットよりはるかに大きな開口で光を通せます。検出器に届く光の量が多いほど、同じ雑音に対して信号が大きくなります。これがジャキノの利点です。Harvey の分析化学の教科書は、スリットを使わず光学部品も少ないぶん、検出器に届く光の量がモノクロメーターの 80〜200 倍になると書いています。
コンヌの利点:波数の目盛りがずれない
フーリエ変換で得られる横軸の波数は、光路差の目盛りから計算されます。その光路差は He–Ne レーザーの干渉縞を数えて測っているので、波数の目盛りがレーザーの波長という一定の物差しで決まります。そのため、波数の目盛りが測定ごとにずれにくくなります。これがコンヌの利点です(フーリエ分光の研究者 J. Connes にちなみます)。
この差は日本薬局方〈2.25〉の許容範囲にも表れています。ポリスチレン膜の 1601.2 cm−1 と 1028.3 cm−1 の吸収の波数は、FT-IR では ±1.0 cm−1 以内、分散型では ±2.0 cm−1 以内と定められています。波数が正確に再現されるからこそ、2枚のスペクトルを引き算する差スペクトルや、多数のスペクトルと照合するライブラリー検索が成り立ちます。
バックグラウンド測定と CO2・水蒸気の吸収
なぜバックグラウンドで割るのか
FT-IR は光路が1本の単光束の装置です。Harvey の教科書が指摘するとおり、試料側と対照側を同時に測る複光束の分散型と違い、大気の CO2 や水蒸気の吸収を補正するためには、試料を置かないスペクトルを別に測っておく必要があります。手順は次の2回の測定です。
① 試料なしで測る → バックグラウンドのシングルビーム B0(ν̃) ② 試料ありで測る → 試料のシングルビーム Bs(ν̃) 透過率 T(ν̃) = Bs(ν̃) / B0(ν̃)、吸光度 A(ν̃) = −log T(ν̃)
シングルビームスペクトルには、光源の強さ、ビームスプリッターと検出器の感度、光路の空気の吸収が、どちらにも同じように含まれています。割り算をすると、これら試料以外の要素は分子と分母で打ち消し合い、試料による吸収だけが残ります。ランベルト・ベールの法則でいう入射光 I0 の役をバックグラウンドが、透過光 I の役(どちらもランベルト・ベールの記号で、インターフェログラムの I(δ) とは別もの)を試料の測定が担っていると考えると、透過率の定義と同じ形だとわかります。
何をバックグラウンドにするかは測定法で変わります。日本薬局方〈2.25〉も「対照のとり方は試料調製法により異なり,測定雰囲気のバックグラウンド吸収が用いられることもある」としています。KBr 錠剤法なら試料を入れずに作った KBr 錠剤(対照錠剤)、溶液法なら溶媒だけを入れたセル、ATR 法なら何も載せていないきれいなプリズムが対照になります。割り算で消えるのは対照に含まれているものだけなので、対照を試料と同じ条件にそろえるほど、試料以外の吸収がきれいに消えます。
2350 cm−1(CO2)と水蒸気の吸収
大気中の CO2 と水蒸気は赤外線をよく吸収します。島津製作所の FAQ によると、水蒸気の吸収は 4000〜3400 cm−1 と 2000〜1300 cm−1 付近、CO2 は 2350 cm−1 と 670 cm−1 付近に出ます。バックグラウンドと試料の測定で光路の空気の CO2 や水蒸気の量が同じなら、割り算で消えます。ところが、2回の測定の間に量が変わると、その差がスペクトルに残ります。
残り方には向きがあります。試料の測定のときのほうが CO2 が多ければ、透過率のスペクトルでは 2350 cm−1 に下向きの谷(吸収に見える)、少なければ上向きの山(透過率が 100% を超える)が出ます。人の呼気にも CO2 と水蒸気が含まれるので、試料室をのぞき込んだり、ふたを開けたまま作業したりすることも、この差の原因になります。水蒸気は細い吸収線がたくさん並んでいるので、差が残ると 4000〜3400 cm−1 と 2000〜1300 cm−1 に細かいギザギザ(雑音のように見える)として現れます。
対策は3つです(島津製作所の FAQ による)。①バックグラウンドを測ったら、なるべく間をおかずに試料を測る。②試料室や光路を乾燥空気や窒素でパージ(置換)して、CO2 と水蒸気そのものを減らす。③ソフトウェアの大気補正機能を使う。①と②は原因を取り除く方法、③は結果を計算で直す方法です。
測定法の選び方
赤外スペクトルの測り方は、光が試料を通り抜けたあとを測る透過法と、試料で反射した光を測る反射法に大きく分かれます。日本薬局方〈2.25〉は、錠剤法・溶液法・ペースト法・液膜法・薄膜法・気体試料測定法・ATR 法・拡散反射法の8つを挙げています。どれを選ぶかは、試料の形(固体・液体・粉末・フィルム)と、何を知りたいか(全体の組成か、表面か)で決まります。
透過法では、試料を「ちょうどよい薄さ」にすることがすべてです。赤外線の吸収は強く、有機物の固体をそのまま数 mm の厚さで測ると、主な吸収帯で光がほぼ全部吸収されて透過率が0に張り付き、吸収帯の頂上が平らにつぶれます。日本薬局方〈2.25〉が「主な吸収帯の透過率が 5〜80% の範囲になるように調整する」と定めているのはこのためです。以下の方法は、どれも試料を赤外で透明な媒体で薄めるか、薄く広げるための工夫です。
KBr 錠剤法:固体を KBr で薄めて固める
日本薬局方〈2.25〉の手順では、固体試料 1〜2 mg をめのう製の乳鉢で粉末にし、赤外吸収スペクトル用の臭化カリウム(KBr)0.10〜0.20 g を加え、湿気を吸わないように注意して速やかにすり混ぜ、錠剤成型器で加圧して透明な錠剤にします。試料は KBr でおよそ100倍に薄められます。
KBr が使われる理由は2つあります。1つ目に、KBr は K+ と Br− のイオン結晶で、分子のような共有結合の伸縮・変角振動を持たず、重いイオンどうしの格子の振動はもっと低い波数(遠赤外)にあるため、中赤外のほぼ全域(400 cm−1 付近まで)で透明です。2つ目に、細かい粉末を加圧すると粒どうしが押し固まり、透明な錠剤になります。試料をよくすりつぶすのは、粒が大きいと粒の表面で光が散乱し、ベースラインが傾いたり吸収帯の形がゆがんだりするからです。
注意点は2つです。1つ目は水分です。KBr は吸湿しやすく、吸った水が 3500 cm−1 付近の O–H の領域に幅広い吸収として出ます。水は 1640 cm−1 付近にも H–O–H 変角の帯を出します(島津製作所の技術資料にも、KBr 粉末の水分でスペクトルの形が変わる例が載っています)。試料の OH と区別できなくなるので、乾燥した KBr を使い、手早く作ります。2つ目は塩交換です。塩酸塩の医薬品を KBr とすり混ぜると、塩化物イオンと臭化物イオンが入れ替わってスペクトルが変わることがあります。日本薬局方〈2.25〉は、錠剤法と拡散反射法では塩酸塩に原則として塩化カリウム(KCl)を使い、その他の塩ではペースト法を試みるよう求めています。
ペースト法(ヌジョール法):油で練る
固体試料 5〜10 mg を乳鉢で粉末にし、流動パラフィン 1〜2 滴を加えてよく練り、そのペーストを2枚の窓板(NaCl や KBr の板)で挟んで測ります(日本薬局方〈2.25〉)。流動パラフィンの商品名 Nujol からヌジョール法とも呼ばれます。KBr と混ぜないので、塩交換や加圧による変化を避けたいときに使えます。
弱点は、流動パラフィン自身が炭化水素なので、C–H の吸収(3000〜2800 cm−1、1460・1375 cm−1 付近)を強く示し、試料の C–H の吸収を隠してしまうことです。C–H の領域を見たいときは、C–H を持たないフッ素系のオイル(Fluorolube。中赤外では 4000〜1300 cm−1 で使える)で練ったスペクトルと組み合わせます。
液膜法と溶液法:液体を測る
液膜法は、液体試料 1〜2 滴を2枚の窓板の間に挟むだけの方法です(日本薬局方〈2.25〉)。Harvey の教科書によれば、こうしてできる液膜の厚さはふつう 0.01 mm 未満です。揮発しやすい液体は、蒸発しないように密閉したセルに入れます。
溶液法は、試料を溶媒に溶かして厚さの決まった固定セル(日本薬局方〈2.25〉では通例 0.1 mm または 0.5 mm)に入れ、溶媒だけを入れたセルを対照にして測ります。溶媒は、試料と反応せず窓板を侵さないものを選びます。溶媒そのものも赤外を吸収するので、溶媒の強い吸収帯が重なる領域は読めません。Harvey は CCl4・CS2・CHCl3 を代表的な溶媒に挙げています。CS2 は非常に引火しやすく、CCl4・CHCl3 は毒性があるので、いずれもドラフト内で扱います。水溶液は、NaCl や KBr の窓板が水に溶けるのでこのセルでは測れません。水溶液は次の ATR 法の出番です。
ATR 法:表面の数 μm だけを測る
ATR 法(attenuated total reflection、減衰全反射法)は、屈折率の高いプリズム(ATR クリスタル)に試料を押し当て、プリズムの中で全反射させた光を測る方法です。日本薬局方〈2.25〉の定義は「ATR (減衰全反射)プリズム面に試料を密着させ,その反射スペクトルを測定する」です。固体・フィルム・粉末・液体を、特別な前処理なしで測れるのが大きな長所です。
光が屈折率の高い物質(プリズム、屈折率 n1)から低い物質(試料、n2)へ向かうとき、入射角 θ が臨界角 θc より大きいと、光は試料側へ出ていかずに全部反射します。
sin θc = n2 / n1 例:ダイヤモンド(n1 = 2.4)と有機物(n2 = 1.5)→ θc ≈ 38.7° ゲルマニウム(n1 = 4.0)と有機物(n2 = 1.5)→ θc ≈ 22.0°
全反射といっても、光の電場は境界面でぷつりと切れるわけではなく、試料側へ少しだけしみ出し、境界から離れるにつれて指数関数的に弱まります。このしみ出した光をエバネッセント波と呼びます。試料がその波数の光を吸収すると、しみ出した光のエネルギーの一部が奪われ、反射光がその波数でだけ少し弱まります(「減衰」全反射の名の由来)。こうして、吸収スペクトルによく似た反射スペクトルが得られます。
しみ出しの深さの目安が浸透深さ(もぐり込み深さ)dp です。PIKE Technologies の技術資料は、電場の振幅が境界面での値の 1/e に下がる距離として次の式を示しています。
dp = λ / [ 2π ( n12 sin2θ − n22 )1/2 ] (λ:赤外光の波長、θ:入射角、n1:プリズムの屈折率、n2:試料の屈折率)
この式から、ATR のスペクトルの性質が3つ読み取れます(数値は入射角 45°、試料の屈折率 1.5 を仮定した計算練習用の値)。
1つ目に、浸透深さは波長に比例します。ダイヤモンドでは 1000 cm−1(λ = 10 μm)で約 2.0 μm、3000 cm−1(λ = 3.3 μm)で約 0.67 μm と、低波数ほど深く入り込みます。深く入るほど吸収する試料の量が増えるので、ATR のスペクトルでは低波数側の吸収帯が、透過法のスペクトルより相対的に強く出ます。同じ試料でも、3000 cm−1 付近の C–H 伸縮は、1000 cm−1 付近の指紋領域の吸収と比べて、透過法より弱く見えます。
2つ目に、プリズムの屈折率 n1 が大きいほど浅くなります。同じ条件でゲルマニウムは 1000 cm−1 で約 0.66 μm と、ダイヤモンドのおよそ3分の1です。ゲルマニウムは、黒色ゴムのように光をよく吸収し屈折率の高い試料に向きます。カーボンブラックを含むゴムをダイヤモンドで測ると、試料の屈折率が高いために臨界角の条件を満たしにくく、外部反射が混ざって吸収帯が微分形にゆがむことがあり、ゲルマニウムでは良好なスペクトルが得られたという例が、PIKE Technologies と大阪産業技術研究所の資料に載っています。ダイヤモンドは硬いので、固い試料を強く押し付けても傷みにくいのが長所です。
3つ目に、測っているのは表面のごく薄い層だけです。大阪産業技術研究所の解説は、得られる情報を試料表面から 0.1〜5 μm 程度の深さまでとしています。表面が数 μm より薄い多層フィルムでは下の層の情報が混ざり、表面の汚れも測ってしまう一方、塗膜や表面処理の分析には向きます。光の入り込みが浅いので、水溶液のように吸収の強い試料でも吸収が飽和しにくくなります。
ATR でとくに気をつけるのは密着です。しみ出す深さが数 μm なので、プリズムと試料の間にわずかな空気の層があるだけで、光は試料まで届きません。液体や柔らかい試料はそのまま載せればよく、固い試料は圧力をかけて押し付けます。表面が固く凹凸の大きい試料や球状の試料は密着しにくく、良いスペクトルが得られないことがあります。
ATR 補正:透過スペクトルと比べるとき
浸透深さが波長に比例するせいで、ATR のスペクトルは透過法のスペクトルと「似ているが同じではない」ものになります(Harvey)。Thermo Fisher Scientific の技術資料によれば、多くの FT-IR のソフトには、浸透深さの波数依存を打ち消すように強度比を直す ATR 補正が入っています。ごく単純にいえば、各波数の吸光度に、浸透深さの逆数(つまり波数)に比例する係数をかけて、低波数側が強く出すぎた分を戻す操作です。
ただし、単純な ATR 補正で直るのは強度比だけです。同じ資料は、強い吸収帯の近くでは試料の屈折率が大きく変化するため、ATR のスペクトルでは吸収帯が低波数側へずれることがあり、浸透深さだけの補正ではこのずれは直せないと説明しています。さらに、市販のスペクトルライブラリーの多くと学術書のピークの表は透過法で測ったものなので、ATR のスペクトルをそのまま検索すると一致度が下がることも指摘しています。ATR で測ったピークの位置が表と数〜十数 cm−1 違っても、すぐに別の官能基と考えないでください。確認試験では、ATR のスペクトルは透過法のものではなく、同じ条件で測った標準品と比べる必要があるとされています(厚生労働科学研究 令和2年度報告)。
拡散反射法と、その他の反射法
拡散反射法は粉末を測る方法です。日本薬局方〈2.25〉では、固体試料 1〜3 mg を数十 μm 以下の微粉末にし、KBr(または KCl)0.05〜0.10 g とすり混ぜて試料皿に盛り、反射光を測ります。粉末に入った光は、粒の中を通り抜けたり粒の表面で反射したりを繰り返し、あちこちの方向に出てきます(拡散反射光)。粒の中を通るたびに吸収を受けるので、吸収スペクトルに似た情報が得られます。錠剤にする加圧が要らず、粉末のまま測れます。日本分析機器工業会の解説は、加熱・排気装置と組み合わせて触媒などの粉体の表面吸着の分析にも使われると紹介しています。
拡散反射のスペクトルは反射率で測られ、そのままでは濃度に比例しないので、吸収と散乱の比を表すクベルカ・ムンク関数に変換して使います。KBr のように散乱をほぼ一定にそろえる基材で薄めていれば、この値は濃度にほぼ比例します。
このほか、金属の上の薄い塗膜を測る正反射法や、数 μm〜サブミリの微小な部分を測る顕微赤外分光法(赤外顕微鏡。透過・反射・ATR のいずれでも測れる)があります。
試料の形から選ぶ早見表
| 試料 | まず考える方法 | 理由・注意 |
|---|---|---|
| 固体の粉末(合成した化合物) | ATR 法、KBr 錠剤法 | ATR は前処理なし。透過法の文献値・参照スペクトルと比べるなら錠剤法。塩酸塩は KCl かペースト法 |
| 粘りのある液体・油状物 | 液膜法、ATR 法 | 2枚の窓板に挟むだけ。揮発しやすいものは密閉セル |
| 溶液(決まった厚さで比べたい) | 溶液法 | 光路長が一定なので定量向き。溶媒の吸収帯の位置は読めない |
| 水溶液 | ATR 法 | NaCl・KBr の窓板は水に溶ける。ATR なら光が入る深さが浅く、水の強い吸収で飽和しにくい |
| フィルム・ゴム・塗膜 | ATR 法(薄いフィルムなら薄膜法) | ATR は表面 0.1〜5 μm 程度の情報。黒色ゴムはゲルマニウムのプリズム |
| 粉体・触媒 | 拡散反射法 | 加圧せず粉末のまま。クベルカ・ムンク変換 |
| 微小な異物・繊維1本 | 顕微赤外(顕微 ATR・顕微透過) | 測る位置を顕微鏡で決める |
FT-IR 分析で何がわかるか
官能基の同定:代表的な吸収帯
IR スペクトルが得意なのは、「どの官能基があるか(ないか)」を知ることです。代表的な吸収帯だけを挙げます(値はIR 吸収帯の読み方と質量分析・赤外分光法による構造決定の2記事と同じ。網羅的な表は後者にあります)。
| 吸収 | 位置(cm−1) | 見分けのポイント |
|---|---|---|
| アルコールの O–H | 3400〜3650 | 幅広く丸い(水素結合) |
| カルボン酸の O–H | 2500〜3100 | 極端に幅広く、C–H に覆いかぶさる |
| C–H(アルカン) | 2850〜2960 | 炭化水素の骨格があれば出る。ペースト法では流動パラフィンと重なる |
| C≡N(ニトリル) | 2210〜2260 | ふだん空いている領域。CO2(2350)と取り違えない |
| C=O(飽和ケトン) | 1715 | 強い。エステル 1735、アミド 1650〜1690 と位置で種類がわかる |
同定:標品・参照スペクトルとの照合
「この試料は何か」を確かめるときは、試料のスペクトルを標品や参照スペクトルと重ねます。日本薬局方〈2.25〉の確認試験は、両者のスペクトルが「同一波数のところに同様の強度の吸収を与えるとき」に同一性を確認できるとしています。ここで効いてくるのが、1500 cm−1 より低波数の指紋領域です。個々の吸収帯の帰属は難しくても、全体の模様は分子ごとに固有なので、全域が重なれば同一の物質だと判断できます。
照合の相手を、多数のスペクトルを集めたデータベースにしたのがライブラリー検索です。ソフトがスペクトルの形の一致度を計算し、似ている順に候補を並べます。ただし、一致度はあくまで「形が似ている度合い」で、同一であることの証明ではありません。大阪産業技術研究所の解説も、一致度を計算するソフトはあるが「最終的には、測定者による判別が重要」と書き、ナイロン6とナイロン66のように部分構造が同じでスペクトルの違いがわずかな物質は、単純には判別できない例として挙げています。候補が出たら、指紋領域の細かいピークを見比べ、必要ならDSCやTG-DTAなどの熱分析の結果と組み合わせて判断します。ATR で測ったスペクトルを透過法のライブラリーで検索するときは、前の節の ATR 補正の注意もかかわります。
異物分析
製品に混じった異物の正体を調べる異物分析は、FT-IR の使い道の1つです。日本分析機器工業会の解説には、多層フィルムに混入した異物の部分を赤外顕微鏡で測り、フィルムの各層と異物のスペクトルを解析して、異物が ABS 樹脂(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体)だと確認した例が紹介されています。異物が何の材料かがわかれば、製造工程のどこで混入したかを絞り込めます。微小な異物は顕微 ATR や顕微透過で、測る位置を顕微鏡で選んで測ります。
定量
吸光度が濃度や厚みに比例することを使えば、特定の吸収帯の高さや面積から成分の量も求められます。考え方は紫外可視の吸光光度法と同じで、標準試料で検量線を作ります(検量線の作り方と使い分け)。光路長がそろう溶液法は定量に向き、ATR 法では浸透深さが試料の屈折率や密着の具合で変わるので、同じ条件で測った標準と比べることが前提になります。
IR だけではわからないこと
IR は官能基の有無には強い一方、官能基がいくつあるか、骨格のどこに付いているかは教えてくれません。未知化合物の構造を決めるには、分子式を質量分析で、炭素骨格と水素のつながりを NMR で決め、IR と組み合わせます。全体の手順は構造決定の基礎でまとめています。また、固体の結晶形(多形)の違いは IR のスペクトルにわずかな差としてしか現れないことがあり、結晶の並び方そのものを調べるにはX線回折(XRD)を使います。
試験での問われ方
FT-IR の装置の原理は、記述でも計算でも問題にしやすい内容です。分析化学・機器分析の定期試験や院試の準備として、想定される問い方を挙げます。
記述問題:「分散型と比べた FT-IR の利点を説明せよ」では、3つの利点の名前だけでなく理由まで書きます。「バックグラウンド測定が必要な理由」は単光束であることと割り算で除くもの、「ATR 法で低波数側の吸収が強く出る理由」は浸透深さが波長に比例することを、式とともに書きます。
計算問題:分解能と移動鏡の距離、積算回数と S/N 比、ATR の臨界角と浸透深さが計算の題材になります。以下の数値はすべて計算練習用の仮の数値です。
分解能 2 cm−1 のスペクトルを得るには、最大光路差と移動鏡の移動距離はおよそいくらか。
解答:Δν̃ ≈ 1/δmax より、δmax = 1/2 = 0.5 cm。光路差は移動距離の2倍なので、移動鏡の移動距離は 0.5 ÷ 2 = 0.25 cm(2.5 mm)。分解能を 4 cm−1 から 2 cm−1 に上げるには、移動距離を2倍にする必要がある(数値は計算練習用)。
1回の走査で S/N 比が 50 のスペクトルがある。S/N 比を 150 以上にするには、最低何回積算すればよいか。
解答:S/N 比は積算回数 N の平方根に比例するので、150/50 = 3 倍にするには N = 32 = 9 回。測定時間も9倍になる(数値は計算練習用の仮の数値)。
ダイヤモンドのプリズム(屈折率 2.4)、入射角 45°、試料の屈折率 1.5 として、1000 cm−1 と 3000 cm−1 での浸透深さを求めよ。
解答:n12sin2θ − n22 = 5.76 × 0.5 − 2.25 = 0.63、その平方根は 0.794。dp = λ / (2π × 0.794) = 0.200λ。1000 cm−1(λ = 10 μm)で約 2.0 μm、3000 cm−1(λ = 3.33 μm)で約 0.67 μm。低波数のほうが3倍深く入るので、低波数側の吸収が相対的に強く出る(数値は計算練習用の仮の値)。
まとめ
よくある質問
FT-IR(フーリエ変換赤外分光法)は、マイケルソン干渉計で全波数の赤外光を同時に試料に通し、移動鏡を動かしながら記録した干渉波形(インターフェログラム)をフーリエ変換して、赤外吸収スペクトルを得る分析法です。横軸に波数(cm−1)、縦軸に透過率または吸光度をとったスペクトルから、官能基の有無や物質の同一性がわかります。合成した化合物の確認、プラスチックや異物の判別、表面の分析などに使われます。
分散型は回折格子とスリットで光を波数ごとに分け、1つずつ順に測ります。FT-IR は干渉計で全波数の光を同時に検出器に入れ、計算(フーリエ変換)で波数ごとに分けます。そのため FT-IR は、同じ時間で S/N 比が高い(フェルゲットの利点)、同じ分解能でスリットより多くの光を通せる(ジャキノの利点)、He–Ne レーザーを基準にするので波数が正確(コンヌの利点)という3つの利点があります。一方、FT-IR は単光束なので、試料の前にバックグラウンドを測っておく必要があります。
ATR 法は試料をプリズムに押し当てるだけで、前処理なしに固体・液体・フィルムを測れます。ただし測っているのは表面から数 μm 程度の層で、浸透深さが波長に比例するため、低波数側の吸収が透過法より強く出たり、強い吸収帯が低波数側へずれたりします。KBr 錠剤法は試料を KBr で薄めて固める透過法で、文献値や透過法の参照スペクトルと比べたいときに向きます。KBr の吸湿による O–H の吸収と、塩酸塩での塩交換(その場合は KCl)に注意します。
まず疑うのは、大気中の二酸化炭素(CO2)の吸収です。FT-IR はバックグラウンドと試料のスペクトルの比をとるので、2回の測定の間に光路の CO2 の量が変わると、その差が 2350 cm−1 付近(と 670 cm−1 付近)に残ります。試料のときに多ければ下向き、少なければ上向きに出ます。ニトリル(2210〜2260 cm−1)と取り違えないよう注意し、バックグラウンドを測り直すか、乾燥空気や窒素でパージして減らします。
フェルゲットの利点(マルチプレックスの利点)は、全波数を同時に測るため、スペクトルを m 個の区切りに分けて1つずつ測る分散型に比べ、同じ測定時間で S/N 比がおよそ √m 倍になることです。雑音が検出器で決まる赤外では成り立ちますが、光子のゆらぎで決まる紫外可視では打ち消されます。ジャキノの利点(スループットの利点)は、干渉計はスリットの代わりに円形の絞りで光を通すので、同じ分解能ならスリットより多くの光を検出器に届けられることです。
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