DDQ酸化とは?強い酸化力の理由とヒドリド引き抜きの機構【芳香族化】
DDQ をベンゼンに溶かすと、黄色〜橙色の固体から赤い溶液ができます。DDQ そのものの色ではなく、電子の少ない DDQ と電子の多いベンゼンが寄り添ってできる電荷移動錯体の色です。この「電子を引き寄せる力」の強さが、DDQ 酸化のすべての出発点になっています。
DDQ は、テトラリンをナフタレンに変える脱水素、ケトンへの C=C の導入、アリル位アルコールだけを選んだ酸化、PMB 基の除去と、一見ばらばらな反応に使われます。ところが機構を追うと、どれも「生じるカチオンが安定な位置から、ヒドリドを1つ引き抜く」という同じ1つの原理で説明できます。この記事では、DDQ がなぜ強い酸化剤なのかを還元電位と電子求引基から説明し、その原理で各反応の選択性がどう決まるかを順に見ていきます。
DDQ酸化とは——キノンが水素2個を受け取る反応
DDQ の構造と名前
DDQ は 2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノ-1,4-ベンゾキノン(2,3-dichloro-5,6-dicyano-1,4-benzoquinone)の略称です。p-ベンゾキノン(1,4-ベンゾキノン)の環の4つの水素のうち、2つを塩素に、残り2つをシアノ基に置き換えた構造をしています。黄色〜橙色の固体で、1906年に Thiele と Günther が初めて合成しました。ただし当時はほとんど注目されず、脱水素剤としての価値が知られるようになったのは、1950年代に Braude・Jackman・Linstead らがキノンによる脱水素を系統的に調べてからです。
全体の反応式——水素2個は「H−+H+」として移る
DDQ 酸化を一言で書くと、基質(H–R–H と書く)から水素2個を取り去り、DDQ がそれを受け取って DDQH2(2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノヒドロキノン)になる反応です。
ここで大事なのは、2個の水素が「水素原子2個」ではなく、ヒドリド(H−:プロトン1個+電子2個)1個とプロトン(H+)1個として移ると考えると機構がすっきりすることです。DDQ は電子2個とプロトン2個を受け取ってヒドロキノンになります。基質側から見ると、電子2個を失う=酸化数が上がる、つまり酸化されています。
DDQ でできる反応の一覧
| 反応 | 基質 → 生成物 | 引き抜かれるヒドリドの位置 |
|---|---|---|
| 脱水素による芳香族化 | テトラリン → ナフタレン、1,4-シクロヘキサジエン → ベンゼン | ベンジル位・二重結合に挟まれた位置 |
| エノン・ジエノンの合成 | ケトン(エノール・シリルエノールエーテル経由)→ α,β-不飽和ケトン | エノールのアリル位 |
| アルコールの酸化 | アリル位・ベンジル位アルコール → アルデヒド・ケトン | OH の付け根の C–H |
| PMB 基の除去 | PMB エーテル → アルコール + アニスアルデヒド | 電子豊富なベンジル位 |
| 脱水素型カップリング | ベンジルエーテル + ケトン → C–C 結合(Zhang・Li, 2006) | 酸素の隣のベンジル位 |
右の列を見ると、反応する位置がいつも「ベンジル位」「アリル位」「酸素の隣」のどれかであることに気づきます。これが偶然ではないことを、次の2つの節で説明します。
なぜDDQは強い酸化剤なのか——電子求引基と還元電位
キノンはヒドロキノンになると芳香環を取り戻す
まず、キノン一般がなぜ酸化剤になるのかを押さえます。p-ベンゾキノンの6員環は C=C 2本と C=O 2本が交互に並んだ「交差共役」の環で、芳香族ではありません。ところが電子2個とプロトン2個を受け取ってヒドロキノンになると、環は6π電子のベンゼン環になります。還元されると芳香族安定化が得られることが、キノンが電子(とプロトン)を受け取りたがる根本の理由です。
この駆動力はどのキノンにも共通です。DDQ を特別に強くしているのは、環についた塩素とシアノ基です。
還元電位で比べる——DDQ はベンゾキノンより約1 V 高い
酸化剤の強さは還元電位で比べます。還元電位が高い(正に大きい)ほど電子を受け取りやすい、つまり強い酸化剤です。Mayr らの論文・学位論文にまとめられたアセトニトリル中の値(飽和カロメル電極 SCE 基準)は次のとおりです。アセトニトリルのようなプロトンのない溶媒では、キノンはまず電子1個を受け取ってラジカルアニオン(セミキノン)になります。表の値はこの1電子還元の段階のもので、電子2個・プロトン2個でヒドロキノンになるときの電位とは別の量です。
| キノン | 環の置換基 | 1電子還元電位(約、V vs SCE、CH3CN 中) |
|---|---|---|
| p-ベンゾキノン | なし(H×4) | −0.50 |
| p-クロラニル | Cl×4 | +0.01 |
| DDQ | Cl×2、CN×2 | +0.54 |
DDQ とベンゾキノンの差は約1.0 V です。電位差1 V は、電子1個あたり約96.5 kJ/mol(ファラデー定数 × 1 V)の自由エネルギー差に当たります。つまり DDQ は、同じ相手から電子を1個受け取るときに、ベンゾキノンより約100 kJ/mol も有利です。クロラニルと比べても約0.5 V(約50 kJ/mol)高くなっています。
塩素とシアノ基が LUMO を下げる
電子を受け取りやすいとは、分子軌道でいえば空の軌道(LUMO)のエネルギーが低いということです。キノンの LUMO は C=C と C=O にまたがる π* 軌道で、ここに電子求引基がつくと LUMO が下がります。
- 塩素:電気陰性度が大きく、σ 結合を通して電子を引く(誘起効果)。テトラクロロ体のクロラニルが、ベンゾキノンより約0.5 V 高いのはこのためです。
- シアノ基:誘起効果に加えて、C≡N の π* 軌道が環の π 系と共役し、受け取った電子(負電荷)を窒素の上まで広げます(共鳴効果)。DDQ は塩素を2つシアノ基に替えただけで、クロラニルよりさらに約0.5 V 高くなります。
受け取った電子が環の上にとどまらず、C=O の酸素や C≡N の窒素に分散できるほど、還元された形(ラジカルアニオンやヒドロキノンの陰イオン)は安定になります。誘起効果と共鳴効果の区別は誘起効果と共鳴効果、シアノ基そのものはニトリル基の記事で詳しく扱っています。
機構——電荷移動錯体からヒドリド引き抜きへ
DDQ 酸化の機構は、1,4-シクロヘキサジエンからベンゼンができる最も単純な例で追うと分かりやすくなります。Linstead・Jackman らの一連の研究以来、キノンによる炭化水素の脱水素は「ヒドリド移動が律速段階で、非局在化したカルボカチオンを生じ、それが速やかにプロトンを失う(または求核剤に捕まる)」と理解されています。
Step 0:電荷移動錯体をつくる
電子の少ない DDQ(受容体)と電子の多い基質(供与体)は、反応の前に向かい合って電荷移動錯体をつくります。供与体の HOMO から DDQ の LUMO へ電子の一部が移った状態で、新しい吸収帯が可視域に現れるため色がつきます。冒頭で触れたベンゼン溶液の赤色がこれです。電荷移動錯体そのものは生成物ではありませんが、2分子がヒドリドを受け渡せる距離と向きに並ぶ「準備段階」にあたります。
Step 1:ヒドリドが DDQ の酸素へ移る(律速段階)
次に、基質の C–H 結合の電子対が水素ごと DDQ へ移ります。これがヒドリド引き抜きです。水素は DDQ のどこに渡るのでしょうか。Guo・Zipse・Mayr(2014年)は、2,5-ジクロロベンゾキノンを使った重水素標識実験と、DDQ と 1,4-シクロヘキサジエンの反応の量子化学計算から、C–H 型のヒドリド供与体では水素はキノンのカルボニル酸素へ渡ると結論しました。
この段階で、基質側にはカルボカチオン(1,4-シクロヘキサジエンならシクロヘキサジエニルカチオン)が、DDQ 側にはヒドロキノンの一陰イオン(フェノラート、DDQH−)ができます。巻矢印で表すと、基質の C–H 結合の電子対が H と一緒に DDQ の一方の酸素へ向かい、それに押し出されるように環の π 電子が順に移って、もう一方の酸素が負電荷(フェノラート)を受け取る形になります。
Step 2:プロトンが外れて生成物と DDQH2 になる
できたカルボカチオンの隣の C–H から、プロトンが DDQH− のフェノラート酸素へ移ります。カチオンは中性の二重結合(ここでは芳香環)になり、DDQ は DDQH2 になって反応が終わります。カチオンを水などの求核剤が先に捕まえると、プロトンを失う代わりに付加物ができます。PMB 基の除去はこちらの道です(後述)。
一段階のヒドリド移動か、電子移動が先か
DDQ は1電子を受け取ってラジカルアニオンにもなれるので、「先に電子が1個移り(一電子移動)、続いて水素原子が移る」という段階的な道も考えられます。電子豊富な芳香環をもつ基質(PMB エーテルなど)では、このラジカルカチオン経由の説明がよく使われます。どちらの道でも、DDQ が受け取るのは全体としてヒドリド1個分(プロトン1個+電子2個)で、生じる中間体がカルボカチオンである点は同じです。試験ではこの「全体としてのヒドリド引き抜き」で答えれば十分です。
反応する位置を決めるのは「カチオンの安定性」
律速段階でカルボカチオンができるのですから、その遷移状態は生じるカチオンが安定な C–H ほど低くなります。DDQ がどの水素を抜くかは、ここでほぼ決まります。
| C–H の種類 | 抜いたあとにできるカチオン | DDQ との反応 |
|---|---|---|
| 二重結合2本に挟まれた CH2(1,4-シクロヘキサジエン) | 5炭素の π 系にまたがるペンタジエニル型カチオン(正電荷は3炭素に分布) | 速い |
| 電子豊富なベンジル位(PMB 基) | ベンジルカチオン+パラ位 OMe による共鳴安定化 | 速い |
| アリル位・ベンジル位アルコールの CH–OH | アリル(ベンジル)共鳴+酸素の孤立電子対による安定化 | 進む |
| 飽和アルコールの CH–OH | 酸素の孤立電子対だけで安定化 | 通常は進まない |
| アルカンの C–H | 局在した第二級・第三級カチオン | 進まない |
酸素の孤立電子対だけでは足りないことは、DDQ の反応がジオキサン(酸素の隣に C–H をもつエーテル)を溶媒にして行われることからも分かります。カチオンを安定にする要素が2つ以上重なった位置、あるいは大きく非局在化できる位置だけが反応する——これが DDQ の選択性の正体です。カチオンの安定性の序列はカルボカチオンの安定性、アリル位の共鳴はアリル位の安定性で確認できます。
脱水素による芳香族化
キノンによるヒドロ芳香族化合物の脱水素は、1930年に Clar と John が初めて報告し、1950年代の Braude・Jackman・Linstead らの研究で「穏和な条件で水素を選択的に抜く方法」として定着しました。DDQ はその代表的な試薬です。
1,4-シクロヘキサジエン → ベンゼン
1,4-シクロヘキサジエンの CH2 は、両側を二重結合に挟まれています。ここからヒドリドを抜くと、シクロヘキサジエニルカチオンができます。π 系は5つの炭素にまたがり、共鳴構造を書くと正電荷は1つおきの3つの炭素に分布します。これは芳香族求電子置換反応で出てくるアレニウムイオン(σ 錯体)と同じ骨格で、プロトンを1個失えばベンゼンになります。生成物側も DDQH2 側も芳香環になるので、反応は大きく有利です。
テトラリン → ナフタレン(DDQ は2当量)
テトラリン(1,2,3,4-テトラヒドロナフタレン)をナフタレンにするには、水素を4個、つまり2回の脱水素が要ります。1回目はベンジル位(芳香環の隣の CH2)からヒドリドが抜けてベンジルカチオンになり、プロトンを失って 1,2-ジヒドロナフタレンになります。1,2-ジヒドロナフタレンに残る CH2 は、C1 がベンジル位、C2 がアリル位です。どちらの CH2 からヒドリドを抜いても、生じるカチオンは芳香環と C3=C4 の二重結合の両方に非局在化できるので、2回目は1回目より抜けやすく、ナフタレンまで進みます。DDQ 1分子が受け取れるのは水素2個なので、DDQ は2当量必要です。
エノンの脱水素——ケトンに C=C を入れる
ケトンそのものではなく、エノールが反応する
飽和ケトンの α 位や β 位の C–H からヒドリドを抜いても、安定なカチオンはできません。ケトンが DDQ で脱水素されるのは、エノール(またはその誘導体)を経由するときです。エノールの C=C の隣(アリル位)の C–H からヒドリドを抜くと、正電荷はアリル系を通って OH の付いた炭素まで広がり、酸素の孤立電子対で安定化されます。この中間体は、プロトン化されたエノンそのものです。O–H のプロトンが外れれば、α,β-不飽和ケトン(エノン)ができます。
エノールを確実につくるために、あらかじめケトンをシリルエノールエーテルに変えてから DDQ を作用させる方法もあります。この場合は最後にプロトンの代わりにシリル基が外れてエノンになります。同じシリルエノールエーテルからエノンを作る方法には、パラジウムを使う三枝–伊藤酸化もあります。ケトンを直接加熱してエノンにする超ヨウ素試薬の方法はIBX酸化で扱っています。
ステロイドでの位置選択性——どのエノールを経るかで生成物が変わる
DDQ の脱水素が最も詳しく調べられてきたのは、Δ4-3-ケトステロイド(A環に共役エノンをもつステロイド)です。このエノンをさらに脱水素すると、新しい二重結合が入る場所は2通りあり、条件で作り分けられます。
| 条件 | 経由するジエノール | ヒドリドが抜ける炭素 | 生成物 |
|---|---|---|---|
| DDQ(触媒なし) | Δ2,4-ジエノール(速度支配でできる) | C1 | Δ1,4-ジエン-3-オン |
| DDQ + 無水 HCl | Δ3,5-ジエノール(熱力学的に安定) | C7 | Δ4,6-ジエン-3-オン |
触媒がないと、エノンから先にできやすい(速度支配の)エノールは C2=C3 に二重結合をもつ Δ2,4-ジエノールです。このジエノールでは C1 がアリル位にあたり、ここからヒドリドが抜けると C1=C2 の二重結合が入ります。一方、酸触媒があるとエノールどうしが平衡になり、より長く共役した Δ3,5-ジエノールが主になります。こちらでは C7 がアリル位で、ヒドリドが抜けると C6=C7 の二重結合が入ります。なお、クロラニルで脱水素した場合も Δ4,6-ジエン-3-オンが得られることが知られています。「どの C–H が抜けるか」は、そのときどのエノールが存在するかで決まるという、先の原理そのものの例です。
アリル位・ベンジル位アルコールの酸化
飽和アルコールは残してアリル位だけを酸化する
DDQ はアリル位・ベンジル位のアルコールを、対応するアルデヒドやケトンに酸化します。Braude・Linstead・Wooldridge は1956年に、この反応を「高電位キノンによる不飽和アルコールの選択的脱水素」として報告しました。
機構はこれまでと同じです。OH の付いた炭素の C–H からヒドリドが抜けると、生じるカチオンはアリル(またはベンジル)の共鳴と、酸素の孤立電子対の両方で安定化されます。酸素側に正電荷を置いた共鳴構造は、プロトン化されたカルボニル化合物そのものなので、O–H のプロトンが外れればアルデヒドやケトンになります。
飽和アルコールでは酸素による安定化しかないため、同じ条件ではほとんど反応しません。Cosner・Helquist らの触媒的 DDQ 条件(2011年)では、2-シクロヘキセノールとシクロヘキサノールを混ぜて反応させると、2-シクロヘキセノールだけがシクロヘキセノン(エノン)に酸化され、シクロヘキサノールは変化しませんでした。また、電子豊富なベンジルアルコールは、電子供与基をもたないベンジルアルコールの共存下でも選択的に酸化され、塩素やニトロ基をもつベンジルアルコールでは反応が進みませんでした。どちらも「カチオンが安定なほど速い」という予想どおりの結果です。
ほかのアルコール酸化剤との使い分け
デス・マーチン酸化やスワーン酸化は、第一級・第二級アルコールを位置を選ばずに酸化します。これに対して DDQ は、飽和アルコールとアリル位アルコールが共存してもアリル位のほうだけを酸化する(上の Cosner らの競争実験)ので、アリル位の OH だけを酸化したいときの候補になります。同じくアリル位・ベンジル位アルコールを選んで酸化する試薬には活性二酸化マンガン(MnO2)もあります。アルコールの級数と酸化の基本はアルコールの酸化を参照してください。
DDQ を触媒量で使う工夫
DDQ は高価で、大スケールで当量使うのは負担になります(Cosner ら)。そこで、反応で生じた DDQH2 を別の酸化剤で DDQ に戻し、DDQ を触媒量で回す方法が開発されています。再酸化剤には Mn(OAc)3(Cosner ら, 2011)や MnO2(Liu・Floreancig, 2010)などが使われます。
PMB基の除去・ショール反応——同じ原理の応用
PMB 基の除去
アルコールの保護基である PMB 基(p-メトキシベンジル基)は、含水 CH2Cl2 中で DDQ を作用させると外れます。パラ位のメトキシ基で電子豊富になった芳香環が DDQ と電荷移動錯体をつくり、ベンジル位から全体としてヒドリドが引き抜かれて、エーテル酸素とメトキシ基の両方で安定化されたオキソカルベニウムイオンができます。ここで Step 2 の「プロトンが外れる」代わりに水がカチオンを捕まえ、ヘミアセタールを経てアルコールとアニスアルデヒドに分かれます。メトキシ基のない Bn 基(ベンジル基)は通常の条件では外れないので、PMB と Bn を使い分けられます。
機構の各段階、Bn 基との直交性、実験操作のコツはPMB保護基とは?DDQ酸化除去の機構を徹底解説で詳しく解説しています。保護基全体の選び方は保護基の選び方と直交性にまとめています。
ショール反応と脱水素型カップリング
DDQ に強酸を加えると、DDQ のカルボニル酸素がプロトン化されて電子をさらに受け取りやすくなり、中性の DDQ では酸化できない芳香環からも電子を抜けるようになります。これを利用して芳香環どうしを直接つなぐのがショール反応です(ショール反応(Scholl反応)とは?)。また、ベンジルエーテルの酸素の隣からヒドリドを抜いてできるオキソカルベニウムイオンを、ケトンなどの求核剤で捕まえると C–C 結合ができます(Zhang・Li, 2006)。どちらも「DDQ でカチオンを作り、次に何が起こるか」の違いです。
DDQH2の除去と取り扱いの注意
DDQH2 は溶けにくさと酸性を使って除く
反応後に残る DDQH2 は、ジオキサン・ベンゼン・アルカンなどの溶媒に溶けにくく、これらの溶媒で反応させると析出してろ過で除けます。CH2Cl2 中の反応(PMB 基の除去など)では、NaHCO3 水溶液で洗って水層に移すのが一般的です。DDQH2 はフェノールの一種で、さらに Cl と CN が O–H の電子を引くため、塩基で脱プロトン化されて水に溶けるフェノラートになりやすいからです。なお、回収した DDQH2 は硝酸で酸化して DDQ に戻せることが報告されています。
水との接触で有毒ガスが出る
DDQ は乾燥状態では安定ですが、湿気があると分解します(鉱酸の水溶液中では安定)。Alfa Aesar(Thermo Fisher)の SDS は、DDQ について次の点を挙げています(飲み込むと有毒=H301 は、PubChem にまとめられた ECHA の届出でも全件が挙げています)。
PMB 基の除去のように少量の水を加える反応もありますが、これは反応に水が必要だからで、試薬の瓶は乾燥状態で保管し、秤量から後処理まで換気のよいドラフト内で扱います。廃液や DDQ の付着したろ紙を流しに捨てないことも SDS の指示どおりです。
ほかの脱水素剤・酸化剤との比較
| 試薬 | 得意な反応 | 特徴・注意 |
|---|---|---|
| DDQ | 芳香族化、エノン化、アリル位・ベンジル位アルコールの酸化、PMB 除去 | キノンの中で酸化力が特に高い。均一系で使える。高価で、水と接触すると有毒ガスを出す |
| クロラニル | 芳香族化、ステロイドの Δ4,6-ジエノン化 | DDQ より還元電位が約0.5 V 低く、穏やか |
| 活性 MnO2 | アリル位・ベンジル位アルコールの酸化 | 不均一系の固体酸化剤。触媒的 DDQ の再酸化剤にも使われる |
| IBX | アルコールの酸化、ケトンの直接エノン化 | エノン化は DMSO 中で過剰量・加熱が必要(IBX酸化) |
| DMP(デス・マーチン試薬) | 第一級・第二級アルコール全般の酸化 | アリル位と飽和の OH を区別しない |
酸化剤全体の見取り図は酸化剤と還元剤の一覧、芳香環のベンジル位の酸化は芳香族化合物の酸化と還元で扱っています。
試験での問われ方
院試や定期試験で DDQ が出るときは、試薬名を覚えているかより「なぜその位置が反応するか」を説明できるかが問われます。代表的な3つの型を挙げます。
パターン1:生成物と当量を答える
「テトラリンを DDQ で処理したときの生成物と、必要な DDQ の当量を答えよ」。
生成物はナフタレン、DDQ は2当量です。テトラリンからナフタレンまでは水素4個を抜く必要があり、DDQ 1分子が受け取れるのは水素2個(ヒドリド1個とプロトン1個)だからです。1回目はベンジル位からヒドリドが抜けて 1,2-ジヒドロナフタレンになり、2回目は、1,2-ジヒドロナフタレンのどちらの CH2(C1=ベンジル位、C2=アリル位)から抜いても、生じるカチオンが芳香環と C3=C4 の二重結合の両方に非局在化するので、1回目より抜けやすくなります。
パターン2:化学選択性を説明する
「2-シクロヘキセノールとシクロヘキサノールの混合物に DDQ を作用させると、2-シクロヘキセノールだけがシクロヘキセノンになり、シクロヘキサノールは変化しない。理由を述べよ」。
DDQ 酸化では、OH の付け根の C–H からヒドリドが引き抜かれる段階でカルボカチオンが生じ、この段階が反応の速さを決めます。アリル位では、生じたカチオンがアリル共鳴と酸素の孤立電子対の両方で安定化されるので遷移状態が低く、反応が進みます。飽和アルコールでは酸素による安定化しかないため遷移状態が高く、同じ条件では反応しません。
パターン3:酸化力の順序と理由
「p-ベンゾキノン、クロラニル、DDQ を酸化剤として強い順に並べ、理由を述べよ」。
DDQ > クロラニル > p-ベンゾキノンです。キノンは還元されると芳香族のヒドロキノンになれるため電子を受け取りやすく、環に電子求引基がつくほど LUMO が下がってさらに受け取りやすくなります。クロラニルは4つの塩素の誘起効果で、DDQ は2つの塩素に加えて2つのシアノ基の誘起効果と共鳴効果(受け取った電子を窒素まで分散させる)で LUMO が下がります。アセトニトリル中の還元電位はそれぞれ +0.54、+0.01、−0.50 V(vs SCE)と報告されています。
まとめ
よくある質問
DDQ に移り、DDQ は 2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノヒドロキノン(DDQH2)になります。2個の水素のうち1個はヒドリドとして DDQ のカルボニル酸素へ、もう1個は生じたカルボカチオンからプロトンとして外れ、DDQ 側のもう1つの酸素へ移ります。DDQH2 はベンゼン環をもつ芳香族化合物なので、DDQ が還元されること自体が反応の駆動力になっています。
どちらもハロゲンなどの電子求引基をもつキノンですが、DDQ は塩素2つとシアノ基2つ、クロラニルは塩素4つをもちます。シアノ基は誘起効果に加えて共鳴効果でも電子を引くため、DDQ のほうが LUMO が低く、アセトニトリル中の還元電位は DDQ が +0.54 V、クロラニルが +0.01 V(vs SCE)と報告されています。Δ4-3-ケトステロイドの脱水素では、DDQ が Δ1,4-ジエノンを、クロラニルが Δ4,6-ジエノンを与えるという生成物の違いも知られています。
通常の条件ではほとんど酸化されません。DDQ 酸化では OH の付け根の C–H からヒドリドが抜ける段階でカルボカチオンが生じ、アリル位やベンジル位ではこのカチオンが共鳴で安定化されますが、飽和アルコールでは酸素の孤立電子対による安定化しかないためです。飽和アルコールが共存していても、アリル位アルコールだけを酸化したいときに DDQ が選ばれるのはこのためです(2-シクロヘキセノールとシクロヘキサノールの混合物では、2-シクロヘキセノールだけが酸化されたという報告があります)。飽和アルコールを酸化したいときは、デス・マーチン酸化や Swern 酸化などを使います。
DDQ は乾燥状態では安定ですが、水や湿気で分解し、SDS には「水と接触すると有毒ガスを発生する」と記載され、危険な分解生成物にシアン化水素(HCN)が挙げられています。そのため試薬は乾燥した場所で密栓して保管し、秤量から後処理まで換気のよいドラフト内で扱います。PMB 基の除去のように反応に少量の水を加える場合も、同じ注意で操作します。
PMB 基の脱保護は DDQ 酸化の応用の1つです。電子豊富な PMB 基のベンジル位から DDQ がヒドリドを引き抜いてオキソカルベニウムイオンを作り、そこに水が付加してアルコールとアニスアルデヒドに分かれます。脱水素や芳香族化ではカチオンがプロトンを失って終わるのに対し、PMB 基の除去ではカチオンを水が捕まえる点が違います。
参考文献
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- X. Guo, Dissertation “SET vs. Polar Reactions”, Ludwig-Maximilians-Universität München, 2014(キノンの還元電位の表、ステロイドの脱水素経路の整理).
- A. B. Turner, H. J. Ringold, J. Chem. Soc. C 1967, 1720(DDQ によるステロイドケトンの脱水素の機構).
- E. A. Braude, R. P. Linstead, K. R. Wooldridge, J. Chem. Soc. 1956, 3070(高電位キノンによる不飽和アルコールの選択的脱水素).
- C. C. Cosner, P. J. Cabrera Ventura, K. M. Byrd, A. M. Adams Thomas, P. Helquist, Org. Lett. 2011, 13, 2071–2073.
- L. Liu, P. E. Floreancig, Org. Lett. 2010, 12, 4686–4689.
- Y. Zhang, C.-J. Li, J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 4242–4243.
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