炭素とハロゲンの結合(C–X 結合)のうち、いちばん極性が大きいのは C–F 結合です。炭素が強く δ+ に偏るのだから、フッ化アルキルがいちばん求核剤に攻撃されやすいはず——と考えたくなります。ところが実際は逆で、フッ化アルキルは SN2 反応をほとんど起こさず、いちばんよく反応するのは極性の小さいヨウ化アルキルです。

この「逆転」は、ハロゲン化アルキルの反応性が2つの物差しで決まっていることを示しています。ひとつはC–X 結合の極性(どこが攻撃されるか)、もうひとつは脱離基の能力(どれだけ速く結合が切れるか)です。この記事では、この2本の物差しを軸にして、ハロゲン化アルキルの構造・分類・反応性の順・アルコールとの違い・命名法までを1本の筋で整理します。

この記事の答え
ハロゲン化アルキルとは、sp3 炭素にハロゲンが結合した化合物です。極性で δ+ の炭素が攻撃され、ハロゲンが脱離基として抜けます。反応性は R–I > R–Br > R–Cl ≫ R–F です。
この記事で学ぶこと
・ハロゲン化アルキル・アルキルハライド・ハロアルカンの関係と、第一級〜第三級の分類
・C–X 結合の極性で「炭素が反応点になる」理由
・極性が最大の C–F が最も反応しにくい理由(脱離基の能力と結合の強さ)
・級数で SN2・SN1・E2 が分かれる理由と、アルコールとの違い

ハロゲン化アルキルとは——定義と3つの呼び方

ハロゲン化アルキルとは、アルカンの水素原子をハロゲン原子に置き換えた化合物で、一般式 R–X で表します。X はフッ素(F)・塩素(Cl)・臭素(Br)・ヨウ素(I)のいずれかです。ポイントは、ハロゲンがsp3 混成の炭素に結合していることで、その炭素のまわりは正四面体に近い形をしています。

ハロゲン化アルキル・アルキルハライド・ハロアルカンは同じもの

同じ化合物群に3つの呼び方があるのは、名前の付け方の考え方が2通りあるからです。

  • ハロアルカン:アルカンを母体とし、ハロゲンを置換基(fluoro・chloro・bromo・iodo)として扱う見方。IUPAC 名(置換命名法)の 2-bromopropane などはこの考え方です。
  • ハロゲン化アルキル/アルキルハライド(alkyl halide):アルキル基とハロゲン化物(halide)を組み合わせる見方。塩化ナトリウムのような塩の名前と同じ形で、「臭化エチル(ethyl bromide)」「塩化メチル(methyl chloride)」のような慣用名がこれにあたります。

つまり「ハロゲン化アルキル」と「アルキルハライド」は同じ英語 alkyl halide の訳し方の違い、「ハロアルカン」は同じ物質を IUPAC 名の発想で呼んだもの、という関係です。教科書や試験ではどれも使われるので、3つとも同じものだと結びつけておきましょう。

ハロゲンが付く炭素の種類で性質が変わる

ハロゲンを含む有機化合物がすべて同じように反応するわけではありません。決め手は「ハロゲンがどんな炭素に付いているか」です。

種類 X が付く炭素 例 SN1・SN2 の起こりやすさ
ハロゲン化アルキル sp3 炭素 CH3CH2Br 級数と条件で SN1/SN2/脱離が分かれる
アリル型 C=C の隣の sp3 炭素 CH2=CHCH2Br 第一級でも SN1・SN2 ともに速い
ベンジル型 ベンゼン環の隣の sp3 炭素 C6H5CH2Br 第一級でも SN1・SN2 ともに速い
ハロゲン化ビニル C=C の sp2 炭素 CH2=CHBr どちらも起こさない
ハロゲン化アリール 芳香環の sp2 炭素 C6H5Br どちらも起こさない(別の機構で反応する)

アリル型・ベンジル型は「ハロゲンは sp3 炭素に付いているが、隣に π 電子系がある」ものです。共鳴によってカルボカチオンも SN2 の遷移状態も安定化されるので、ふつうのハロゲン化アルキルより反応しやすくなります(理由はアリル位の安定性)。一方、ビニル型・アリール型が置換を起こさない理由は、後の節で2本の物差しから説明します。

第一級・第二級・第三級——ハロゲンが付いた炭素を数える

ハロゲン化アルキルは、ハロゲンが結合している炭素に、ほかの炭素がいくつ結合しているかで分類します。

  • 第一級(1°):ほかの炭素が1個。例:1-ブロモブタン CH3CH2CH2CH2Br
  • 第二級(2°):ほかの炭素が2個。例:2-ブロモブタン CH3CHBrCH2CH3
  • 第三級(3°):ほかの炭素が3個。例:2-ブロモ-2-メチルプロパン (CH3)3CBr
  • ハロゲン化メチル:ほかの炭素が0個。CH3X は級数の外に置いて別扱いにします

数えるのはあくまで「ハロゲンが付いた炭素の隣」だけで、分子全体の大きさは関係ありません。たとえば 1-ブロモ-2,2-ジメチルプロパン(臭化ネオペンチル、(CH3)3CCH2Br)は、ハロゲンの付いた炭素が CH2 なので第一級です。それでも SN2 が極端に遅いのは、隣の炭素に付いた3つのメチル基が背面攻撃の通り道をふさぐからで、級数とは別の「混み具合」の問題です(立体障害で SN2 が遅くなる理由)。

この分類は名前の区別ではなく、どの反応機構で進むかを決める入口です。理由は後の「骨格の軸」の節で説明します。ハロゲン化アルキルを見たら、まず「ハロゲンはどの炭素に付いているか」「その炭素は何級か」を確かめる習慣をつけましょう。

反応性の軸① C–X 結合の極性——なぜ炭素が反応点になるのか

ハロゲンはどれも炭素より電気陰性度が大きいので、C–X 結合の電子はハロゲン側に偏ります。その結果、炭素は部分的な正電荷(δ+)、ハロゲンは部分的な負電荷(δ−)を帯びます。

ブロモメタンの C–Br 結合の分極。臭素が結合電子を引きつけて炭素が δ+、臭素が δ− になり、結合双極子は δ+ から δ− へ向く。求核剤は臭素の反対側から電子不足の δ+ の炭素を攻撃する

電子の足りない炭素は求電子的になり、孤立電子対をもつ求核剤(OH−・CN−・RO− など)に攻撃されます。ハロゲン化アルキルの反応で「攻撃されるのはハロゲンではなく炭素」なのは、この極性のためです(求核剤・求電子剤の見分け方)。

ハロゲンの種類で結合の性質がどう変わるかを、ハロメタン CH3X で比べてみます。

ハロメタン X の電気陰性度 C–X 結合長(pm) C–X 結合の強さ(kJ/mol) 双極子モーメント(D)
CH3F 3.98 139 460 1.85
CH3Cl 3.16 178 350 1.87
CH3Br 2.96 193 294 1.81
CH3I 2.66 214 239 1.62

結合長・結合の強さ・双極子モーメントは McMurry『Organic Chemistry』表10.1 の値。電気陰性度はポーリングの尺度を小数第2位まで示した値(炭素は 2.55)。

表から読み取れることは3つあります。

1つ目は、電気陰性度の差(極性の源)が F から I へ小さくなることです。教科書でよく使う小数第1位の値(F 4.0、Cl 3.0、Br 2.8、I 2.5、C 2.5)だと C–I は無極性に見えますが、小数第2位まで比べるとヨウ素(2.66)も炭素(2.55)よりわずかに大きく、C–I も弱く分極しています(電気陰性度と結合の極性)。

2つ目は、双極子モーメントがほとんど変わらないことです。双極子モーメントは「電荷の偏り × 電荷間の距離」なので、F から I へ偏りは小さくなる一方、原子が大きくなって結合が長くなります。2つの効果が打ち消し合うため、CH3F と CH3Cl はほぼ同じ値になり、CH3I でようやく少し小さくなります(双極子モーメントとは)。

3つ目が次の節につながる点で、C–X 結合は F から I へ長く、弱くなることです。C–F は 460 kJ/mol と強く、C–I は 239 kJ/mol とその半分ほどしかありません。ハロゲン原子が大きくなるほど、炭素の小さな軌道との重なりが悪くなるからです。この「結合の切れやすさ」が、次の物差しにつながります。

反応性の軸② 脱離基の能力——X− はどれだけ楽に出ていけるか

置換反応でも脱離反応でも、ハロゲンは C–X 結合の電子対を持ってハロゲン化物イオン X− として出ていきます。この「出ていく基」が脱離基です。脱離基の良し悪しは、出ていったあとの X− がどれだけ安定か、つまりどれだけ弱い塩基かで決まります。

X− が弱い塩基かどうかは、その共役酸 HX の強さで測れます。HX が強い酸であるほど、X− は H+ を取り戻したがらない=弱い塩基=良い脱離基です。

脱離基 X− 共役酸 HX の pKa(目安) X− の塩基性 脱離基として
I− 約 −10 最も弱い 最も良い
Br− 約 −9 弱い 良い
Cl− 約 −7 弱い 良い(Br− よりやや劣る)
F− 約 3.2 比較的強い 悪い
(参考)OH− 約 15.7(H2O) 強い ほぼ脱離しない

なぜ I− がいちばん安定なのでしょうか。理由はイオンの大きさです。ヨウ化物イオンは F− よりずっと大きく、同じ −1 の電荷を広い体積に薄く広げられます。電荷が集中していないほど陰イオンは安定で、H+ を引きつける力も弱くなります。HI が HF よりはるかに強い酸であるのも、同じ理由(H–I 結合が長く弱いこと、I− が電荷を広げられること)によります。

脱離基の能力には、もう1つの要素が重なっています。前の節で見たC–X 結合の強さです。SN2 の遷移状態では C–X 結合が半分切れかかっているので、もともと弱い C–I 結合ほど遷移状態に達するエネルギーが小さくて済みます。さらに大きなヨウ素は電子雲が変形しやすく(分極率が大きく)、遷移状態で生じる部分的な負電荷をうまく受け止められます。SN1 では C–X 結合が切れる段階そのものが律速なので、脱離基の差がより直接効きます。

よくある誤解
・「極性が大きい結合ほど反応しやすい」は誤り。C–F は最も極性が大きいが、最も反応しにくい
・極性が決めるのは「どこが攻撃されるか」(炭素)。速さを決めるのは主に脱離基の能力と C–X 結合の強さ
・脱離基の判定は「共役酸の pKa が小さいほど良い」で行う

脱離基の序列をトシラートや水まで広げた一覧と、悪い脱離基を活性化する方法は脱離基の強さの順で詳しく扱っています。

ハロゲン化アルキルの反応性の順——2本の物差しを重ねると

ここまでの2つの軸を1つの表にまとめます。同じ炭素骨格で、ハロゲンだけを取り替えた場合の比較です。

R–X C–X の極性 C–X 結合の強さ 脱離基の能力 SN1・SN2 の起こりやすさ
R–F 最大 最も強い 悪い ほとんど起こらない
R–Cl 大 強い 良い 起こる
R–Br 中 中 より良い よく起こる
R–I 小 最も弱い 最も良い 最も起こりやすい

結論として、ハロゲン化アルキルの置換反応・脱離反応の起こりやすさはR–I > R–Br > R–Cl ≫ R–Fの順です。極性は F が最大なのに反応性は I が最大、というねじれは、「極性は反応する場所を決め、脱離基の能力と結合の強さが反応の速さを決める」と役割を分けて考えると解消します。

この序列は実験室での使い分けにも表れます。C–F 結合は置換されにくいので、フッ化アルキルが置換反応の基質として使われることはほとんどありません。合成の基質としてよく使われるのは塩化物・臭化物・ヨウ化物で、ヨウ化物は最も反応しやすい反面、C–I 結合が弱いために光で分解してヨウ素を生じ、着色しやすい性質があります。

ハロゲン化物では脱離能が足りないときや、アルコールから脱離基をつくりたいときには、トシラート(–OTs)やメシラート(–OMs)が「ハロゲンの代わりの脱離基」として使われます。共役酸の TsOH・MsOH も強酸で、陰イオンの負電荷が3つの酸素に共鳴で分散するため、実際の置換反応ではハロゲン化物と同等以上に抜けやすい脱離基になります(McMurry §11.3)。

骨格の軸——第一級・第二級・第三級で SN2 と SN1 が分かれる理由

脱離基(X の種類)が決まっても、ハロゲンが付いている炭素の級数によって、どの機構で反応するかが変わります。ここでは理由だけを押さえ、機構の詳しい説明はSN1・SN2 反応の解説に任せます。

SN2:背面攻撃の通り道が混むほど遅い

SN2 では、求核剤が脱離基の真裏から炭素に近づき、C–Nu 結合の生成と C–X 結合の切断が1段階で同時に進みます。求核剤が近づく側にアルキル基が多いほど通り道がふさがるので、速さはメチル > 第一級 > 第二級 ≫ 第三級(ほぼ起こらない)の順になります。裏側から攻撃するので、不斉炭素では立体配置が反転します。

1-ブロモブタンと OH− の SN2。OH− が臭素の真裏から炭素を攻撃する巻矢印、Nu–C–Br が180°で並び H・H・C3H7 が軸に垂直な平面に並ぶ三方両錐形の遷移状態、生成物の 1-ブタノールと Br−

SN1:カルボカチオンが安定なほど速い

SN1 では、まず C–X 結合が切れてカルボカチオンができ(律速段階)、そこへ求核剤が結合します。律速段階の速さはカルボカチオンの安定さで決まるので、第三級 > 第二級 ≫ 第一級・メチル(ほぼ起こらない)の順になります。アルキル基が多いほど超共役と誘起効果で正電荷が分散されるからです(カルボカチオンの安定性)。アリル型・ベンジル型は共鳴でさらに安定化され、McMurry の目安では第一級のアリル・ベンジルカチオンが第二級アルキルカチオン並みになります。

級数ごとの傾向をまとめると次の表のとおりです。強い塩基を使うと、置換の代わりにE2 脱離が競合する点も合わせて押さえましょう。

基質 SN2 SN1 強い塩基を使うと
ハロゲン化メチル 最も速い 起こらない β 水素がないので脱離できない
第一級 速い ほぼ起こらない ふつうは SN2。かさ高い塩基(t-BuOK)なら E2
第二級 遅い(条件しだい) 遅い(条件しだい) E2 が主になりやすい
第三級 起こらない 速い(E1 と競合) E2
第一級のアリル・ベンジル 速い 起こる(カチオンが第二級並み) 条件で選ばれる

つまりハロゲン化アルキルの反応を予測するには、① X の種類(脱離基)、② 級数と混み具合(骨格)、③ 求核剤・塩基・溶媒(条件)の3つを順に見ます。③の溶媒の効き方はプロトン性・非プロトン性溶媒、置換と脱離の使い分けはE1・E2 脱離反応、4つの機構を章全体で通しておさらいしたいときはアルキルハライドの反応(SN1・SN2・E1・E2・E1cB)が受け皿です。

ハロゲン化ビニル・アリールが SN1 も SN2 も起こさない理由

ハロゲンが sp2 炭素に付いたハロゲン化ビニルやハロゲン化アリール(ブロモベンゼンなど)は、同じ「C–X」をもつのに SN1 も SN2 も起こしません。理由はそれぞれ説明できます。

  • SN2 が起こらない理由:C–X の真裏から近づこうとすると、求核剤は分子の平面内で、二重結合や環・ほかの置換基のある側へ進入しなければなりません。背面攻撃の通り道がふさがっているのです(McMurry §11.3)。
  • SN1 が起こらない理由:X が抜けるとビニルカチオンやアリールカチオンになりますが、これらは非常に不安定です。アリールカチオンの空の軌道は環の平面内にあり、環の π 電子と直交しているため、共鳴で正電荷を分散できません。
  • 結合そのものが強い:sp2 炭素は s 性が大きいので C–X 結合が短く強くなり、さらにハロゲンの孤立電子対が π 系と共役して結合が部分的に二重結合性を帯びます。脱離基が出ていきにくくなります。

ハロゲン化アリールは、強い電子求引基が付いていれば付加–脱離型の求核芳香族置換(SNAr)で、あるいはパラジウム触媒による鈴木・宮浦カップリングなどで反応させます。「ハロゲン化アルキルと同じ感覚で SN2 を書かない」ことが試験での注意点です。

ハロゲン化アルキルとアルコールの違い——なぜアルコールはそのまま置換されないのか

R–Br と R–OH は、どちらも電気陰性な原子が炭素に付いた形をしています。C–O 結合も極性をもち、炭素は δ+ です。それなのに、アルコールに求核剤を加えても置換はほとんど起こりません。違いは脱離基にあります。–OH が抜けるには OH− として出ていく必要がありますが、OH− は共役酸 H2O の pKa が約 15.7 の強い塩基で、脱離基としては非常に悪いのです。

そこでアルコールを置換するときは、まず –OH を良い脱離基に変えます。

  • 酸でプロトン化する:–OH2+ にすると、中性の水(弱い塩基)として抜けられます。HBr や HCl による第三級アルコールのハロゲン化はこの形で、SN1 で進みます。
  • 試薬で活性化する:塩化チオニル(SOCl2)・三臭化リン(PBr3)・PPh3/CBr4 などで酸素を活性化してから、ハロゲン化物イオンで置換します(塩化チオニル・アッペル反応)。
  • トシラートにする:TsCl とピリジンで –OTs に変えると、ハロゲン化物と同等以上の脱離基になります。

アルコールとハロゲン化アルキルの相互変換。1-ブタノールは PBr3 で OH を活性化して 1-ブロモブタンになり、1-ブロモブタンは OH− との SN2 で 1-ブタノールに戻る。脱離基 OH− は悪く、Br− は良い

逆向きの「ハロゲン化アルキル → アルコール」は、X− が良い脱離基なので活性化なしで進みます。第一級なら OH− による SN2、第三級なら水だけで SN1 です(第三級に OH− のような強い塩基を使うと E2 が主になります)。アルコールからハロゲン化アルキルを作る方法の比較はアルキルハライドの合成とアルコールの反応、加水分解の条件は加水分解とはで扱っています。

ハロゲン化アルキルから何が作れるか——合成の出発点としての役割

良い脱離基をもち、炭素が求電子的であることから、ハロゲン化アルキルは多くの官能基へつながる分岐点になります。代表的な変換を並べると、ほとんどが「求核剤が δ+ の炭素を攻撃し、X− が抜ける」同じ型であることが分かります。

反応させるもの 生成物 反応の型
OH−(第三級なら H2O) アルコール R–OH SN2(第三級は SN1)
アルコキシド RO− エーテル R–OR′ SN2(Williamson エーテル合成)
シアン化物イオン CN− ニトリル R–CN(炭素が1つ増える) SN2(ニトリル)
アジ化物イオン N3− アルキルアジド R–N3(還元するとアミン) SN2
NaI(アセトン中) ヨウ化アルキル R–I SN2(Finkelstein 反応。アセトンに溶けにくい NaCl・NaBr が沈殿して平衡が偏る)
強い塩基(RO− など) アルケン E2(ザイツェフ則)
Mg(エーテル中) Grignard 試薬 R–MgX 炭素の極性が反転する

Grignard 試薬では炭素の極性が反転する

表の最後の行だけは、ほかと性格が違います。ハロゲン化アルキルにマグネシウムを反応させると、C–X 結合の間に Mg が入り込んだ R–MgX(Grignard 試薬)ができます。マグネシウムは炭素より電気陰性度がずっと小さいので、C–Mg 結合では電子が炭素側に偏ります。ハロゲン化アルキルでは δ+(求電子剤)だった炭素が、Grignard 試薬では δ−(求核剤・強塩基)に変わるのです。

Grignard 試薬での極性転換。ブロモエタンの炭素は δ+(求電子剤)だが、Mg と反応して臭化エチルマグネシウムになると、炭素は δ−(求核剤・強塩基)に変わる

同じ炭素を、ハロゲン化アルキルのままなら求核剤の「受け手」に、Grignard 試薬にすればカルボニル化合物などへの「攻め手」に使える。この使い分けが、炭素–炭素結合をつくる合成の基本になります(グリニャール試薬の解説)。

物理的性質——沸点と密度もハロゲンの大きさで説明できる

ハロメタンの沸点は、CH3F(約 −78°C)< CH3Cl(約 −24°C)< CH3Br(約 4°C)< CH3I(約 42°C)の順に高くなります。双極子モーメントはほとんど同じだったので、この差は極性では説明できません。効いているのは分極率です。大きなハロゲンほど電子雲が変形しやすく、分子どうしの分散力(ロンドン力)が強くなるため、沸点が上がります(分子間力)。

また、ハロゲンは原子量が大きいので、ジクロロメタンやクロロホルムのように、小さな分子にハロゲンが複数付いたものは水より密度が大きくなります。ジクロロメタン(CH2Cl2、密度 約 1.33 g/mL)やクロロホルム(CHCl3、約 1.48 g/mL)は抽出溶媒としてよく使われ、分液漏斗では水層の下にきます(分液・抽出)。ジエチルエーテルや酢酸エチルを使うときとは上下が逆になるので、捨てる層を取り違えないよう注意が必要です。

なお、ヨードメタンのように揮発しやすく反応性の高いハロゲン化アルキルは、生体分子をアルキル化しうる有害物質です。ジクロロメタンやクロロホルムも含め、蒸気を吸わないようドラフト内で扱い、手袋を着用するのが基本です。

ハロゲン化アルキルの命名法——IUPAC 名と慣用名

IUPAC 名は、アルカンの命名法にそのまま従い、ハロゲンを置換基として扱います。

  • 主鎖を決める:最も長い炭素鎖を選び、母体のアルカン名にします。
  • 番号を付ける:ハロゲンもアルキル基も区別せず「置換基」として、最初に置換基が現れる位置の番号が小さくなる向きに番号を付けます。
  • 名前を組み立てる:置換基名(fluoro・chloro・bromo・iodo、日本語ではフルオロ・クロロ・ブロモ・ヨード)を位置番号とともにアルファベット順で前に並べます。

例:CH3CH(CH3)CH2CH(CH3)CHBrCH2CH3 は、炭素7個のヘプタンが主鎖です。左から番号を付けると置換基は 2・4・5 位、右からだと 3・4・6 位なので、最初に違いが出る位置で小さい左からを選び、5-bromo-2,4-dimethylheptane(5-ブロモ-2,4-ジメチルヘプタン)となります。bromo が dimethyl より前にくるのは、アルファベット順では倍数接頭語の di を無視して b と m を比べるからです。

どちらから番号を付けても位置番号の組が同じになるときは、アルファベット順で先にくる置換基に小さい番号を与えます。CH3CHBrCH2CHClCH3 はどちら向きでも 2・4 なので、bromo を 2 位にして 2-bromo-4-chloropentane です。

慣用名は「アルキル基名+ハロゲン化物名」で、日本語では「塩化メチル」「臭化エチル」のように塩の名前と同じ語順になります。

構造 IUPAC 名 慣用名
CH3CH2Cl chloroethane(クロロエタン) ethyl chloride(塩化エチル)
CH3CH2Br bromoethane(ブロモエタン) ethyl bromide(臭化エチル)
CH3CHBrCH3 2-bromopropane(2-ブロモプロパン) isopropyl bromide(臭化イソプロピル)
(CH3)3CBr 2-bromo-2-methylpropane tert-butyl bromide(臭化 tert-ブチル)
CH2Cl2 dichloromethane(ジクロロメタン) methylene chloride(塩化メチレン)
CHCl3 trichloromethane(トリクロロメタン) chloroform(クロロホルム)

学習の初めは IUPAC 名で構造を読めることを優先し、慣用名は「ethyl bromide は bromoethane と同じ」のように対応づけて覚えるのが効率的です。命名の一般則はIUPAC 命名法とはにまとめています。

試験での問われ方

  • 反応性の順を並べ、理由を述べる:「1-クロロブタン・1-ブロモブタン・1-ヨードブタンを SN2 の速い順に」→ ヨウ化物 > 臭化物 > 塩化物。理由は脱離基 X− の塩基性(共役酸の pKa)と C–X 結合の強さで書く。
  • 極性と反応性のねじれを説明する:「C–F 結合は極性が大きいのに置換されにくいのはなぜか」→ 極性は反応点を決めるだけで、F− は悪い脱離基、C–F 結合は最も強い。
  • 級数を判定して機構を選ぶ:基質の級数と、求核剤・塩基・溶媒から SN1・SN2・E1・E2 のどれが主かを答える。臭化ネオペンチルのような「第一級だが混んでいる」基質がひっかけになる。
  • アルコールとの違い:「アルコールに NaBr を加えても置換が起きないのはなぜか、どうすれば置換できるか」→ OH− が悪い脱離基であることと、酸・PBr3・トシル化による活性化。
  • sp2 炭素のハロゲン:ブロモベンゼンや臭化ビニルの SN2 生成物を書かせて誤答を誘う問題。「起こらない」と答え、理由を背面攻撃の通り道とカチオンの不安定さで説明する。

まとめ

ハロゲン化アルキルの要点
・ハロゲン化アルキル=アルキルハライド=ハロアルカン。sp3 炭素にハロゲンが付いた R–X
・物差し①極性:炭素が δ+ になるので、求核剤は炭素を攻撃する(反応する場所が決まる)
・物差し②脱離基:X− が弱い塩基で C–X 結合が弱いほど速い → R–I > R–Br > R–Cl ≫ R–F
・骨格:SN2 はメチル > 第一級 > 第二級(第三級は不可)、SN1 は第三級 > 第二級。強塩基では E2 が競合
・アルコールは OH− が悪い脱離基なので、酸・試薬・トシル化で活性化してから置換する

ハロゲン化アルキルは、有機反応の機構を学ぶ最初の舞台です。「どこが攻撃されるか(極性)」と「どれだけ速く切れるか(脱離基)」を分けて考える習慣は、このあと学ぶエステルや酸塩化物の反応、カルボニルへの付加でもそのまま使えます。次は SN1・SN2 の機構そのものへ進みましょう。

練習問題

問題1|ハロゲン化アルキルとはどのような化合物ですか。

解答:アルカンの水素原子がハロゲン原子に置き換わった化合物で、ハロゲンが sp3 混成の炭素に結合したものを指します。アルキルハライド、ハロアルカンとも呼ばれます。

問題2|ハロゲン化アルキルで求核剤に攻撃されるのは、炭素とハロゲンのどちらですか。

解答:炭素です。C–X 結合はハロゲン側に電子が偏った極性結合で、炭素が部分的な正電荷(δ+)を帯びるため、電子対をもつ求核剤は炭素を攻撃します。

問題3|第一級ハロゲン化アルキルとはどのような構造ですか。

解答:ハロゲンが結合している炭素に、ほかの炭素が1個だけ結合しているハロゲン化アルキルです。例は 1-ブロモブタンです。

問題4|2-bromopropane を慣用名で表すと何ですか。

解答:isopropyl bromide(臭化イソプロピル)です。

問題5|1-クロロブタン、1-ブロモブタン、1-ヨードブタンを、NaCN との SN2 反応が速い順に並べてください。

解答:1-ヨードブタン > 1-ブロモブタン > 1-クロロブタン です。炭素骨格は同じなので、差を決めるのは脱離基です。共役酸の酸性度は HI > HBr > HCl で、I− が最も弱い塩基(最も良い脱離基)であり、C–I 結合が最も弱いため、遷移状態に達しやすくなります。

よくある質問

ハロゲン化アルキルの反応性の順番はどうなりますか?

同じ炭素骨格なら、置換反応・脱離反応の起こりやすさは R–I > R–Br > R–Cl ≫ R–F の順です。ハロゲン化物イオンが大きいほど負電荷を広い体積に分散できて安定(弱い塩基)になり、良い脱離基になること、そして C–X 結合が F から I へ弱くなることが理由です。骨格の違いでは、SN2 はメチル > 第一級 > 第二級の順に速く、SN1 は第三級 > 第二級の順に速くなります。

炭素とフッ素の結合は極性が最も大きいのに、フッ化アルキルが置換されにくいのはなぜですか?

結合の極性が決めるのは、求核剤がどこを攻撃するか(炭素)であって、反応の速さではないからです。速さを決めるのは C–X 結合の切れやすさで、C–F 結合はハロメタンで 460 kJ/mol と、C–I 結合(239 kJ/mol)のおよそ2倍の強さがあります。さらに F− は共役酸 HF の pKa が約 3.2 と、ほかのハロゲン化物イオンより強い塩基で、脱離基として劣ります。

ハロゲン化アルキルとアルキルハライドとハロアルカンは違うものですか?

同じ化合物群です。ハロゲン化アルキルとアルキルハライドは英語 alkyl halide の訳し方の違いで、「臭化エチル」のようにアルキル基とハロゲン化物を組み合わせる慣用名の発想に対応します。ハロアルカンは、アルカンにハロゲン置換基が付いたものと見る IUPAC 名(例:bromoethane)の発想に対応した呼び方です。

ハロゲン化アルキルはSN1とSN2のどちらで反応しますか?

基質の級数と条件で決まります。メチル・第一級は SN2、第三級はカルボカチオンが安定なので SN1(強い塩基があれば E2)、第二級は求核剤と溶媒しだいでどちらにもなり、強い塩基では E2 が主になりやすくなります。アリル型・ベンジル型は第一級でも SN1・SN2 の両方が速く進みます。

アルコールをハロゲン化アルキルに変えるにはどうしますか?

–OH のままでは OH−(強い塩基)として抜けなければならず置換が起こらないので、先に良い脱離基に変えます。第三級アルコールは HCl や HBr でプロトン化すれば水として抜けて SN1 で置換されます。第一級・第二級アルコールは塩化チオニル(SOCl2)や三臭化リン(PBr3)で酸素を活性化し、ハロゲン化物イオンで置換するのが一般的です。

次に読むべき記事

カズ塾有機化学 第2巻「反応編」第1部 sp3炭素の舞台/第1章 舞台をつくる — アルキルハライドと脱離基
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・この章のほかの記事:有機ハロゲン化合物/ハロアルカンの作り方
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全体像を押さえたい方へ:命名法からラジカルハロゲン化・Grignard試薬までは有機ハロゲン化合物(オルガノハライド)にまとめています。