ランベルト・ベールの法則とは?吸光度・透過率・モル吸光係数の求め方
分光光度計に溶液を入れると、画面には「透過率 50%」と表示されました。同じ溶液を2倍の濃さにすると、透過率はいくつになるでしょうか。0% ではありません。答えは 25% です。濃さを3倍にすれば 12.5%。濃度を同じだけ増やすたびに、透過率は同じ割合で減っていきます。この「割合で減る」性質を、濃度に比例する量に直したものが吸光度で、その比例関係がランベルト・ベールの法則です。
式そのものは1行で覚えられます。それでも試験で点を落とすのは、「なぜ log が出てくるのか」「ε の単位は何か」「どの範囲の吸光度なら信用できるのか」を説明できないときです。この記事では、式を暗記するのではなく、光が溶液の中で弱まっていく様子から式を組み立て、モル吸光係数の求め方、直線からずれる理由、HPLC の UV 検出器での使われ方までをつなげます。
透過率と吸光度の定義
溶液に光を当てる実験を考えます。セルに入る光の強さを I0、溶液を通り抜けて出てきた光の強さを I とします(教科書によっては光の「強さ」を放射束 P で表し、P0、P と書きます。意味は同じです)。
透過率 T:通り抜けた光の割合
透過率 T は、入った光のうち通り抜けた光の割合です。
T = I / I0 (0 ≤ T ≤ 1。100 倍して %T で表すことも多い)
光がまったく吸収されなければ T = 1(100%)、すべて吸収されれば T = 0 です。直感的にわかりやすい量ですが、濃度とは比例しません。冒頭で見たとおり、濃度を2倍にすると透過率は半分ではなく「2乗」(0.5 → 0.25)になるからです。
吸光度 A:透過率の常用対数にマイナスを付けた量
吸光度 A は、透過率の常用対数(底が10の対数)にマイナスを付けた量です。
A = −log10 T = log10 (I0 / I)
吸光度は比の対数なので、単位をもたない量(無次元)です。装置の画面に「Abs」と出ることがありますが、これは「吸光度の値です」という表示で、単位ではありません。透過率と吸光度の対応を、よく使う値で並べると次のようになります。
| 透過率 T | 吸収された光の割合 | 吸光度 A |
|---|---|---|
| 100%(1) | 0% | 0 |
| 50%(0.5) | 50% | 0.301 |
| 10%(0.1) | 90% | 1 |
| 1%(0.01) | 99% | 2 |
| 0.1%(0.001) | 99.9% | 3 |
吸光度が1増えるごとに、通り抜ける光は10分の1になります。吸光度 2 の溶液は、光の 99% を吸収していて、検出器に届く光は入射光の1%しかありません。この「届く光がとても少ない」ことが、あとで扱う迷光の問題につながります。
A = εcl:各項の意味と単位
ランベルト・ベールの法則は、吸光度が濃度と光路長の両方に比例することを表します。
A = ε c l
| 記号 | 意味 | よく使う単位 |
|---|---|---|
| A | 吸光度 | なし(無次元) |
| ε | モル吸光係数(その物質・その波長・その溶媒で決まる定数) | L mol−1 cm−1(= M−1 cm−1) |
| c | 光を吸収する物質のモル濃度 | mol L−1 |
| l | 光路長(光が溶液の中を進む距離=セルの内のり) | cm |
単位を確かめておきます。ε × c × l の単位は、L mol−1 cm−1 × mol L−1 × cm で、L も mol も cm もすべて打ち消し合います。左辺の吸光度が無次元なので、右辺も無次元になる必要があり、ε の単位は「濃度の単位と長さの単位の逆数」に決まります。濃度をモル濃度、光路長を cm で測るから L mol−1 cm−1 になる、という順に考えれば、単位を暗記する必要はありません。
SI 単位で書くと ε は m2 mol−1 で、1 L mol−1 cm−1 = 0.1 m2 mol−1 です。単位に「面積 ÷ 物質量」が出てくることには意味があり、あとの節で「分子1個が光を捕まえる的の大きさ」として説明します。
モル吸光係数の呼び名と、ほかの係数
英語では molar absorption coefficient と呼びます。molar extinction coefficient・molar absorptivity という別名は、IUPAC が使用を勧めていません。日本語でも訳書によっては「モル吸光度」と書かれますが、指しているのは同じ ε です。光路長の記号には l のほか b も使われます。
濃度をモル濃度以外で表すと、係数の名前と単位が変わります。質量濃度 g L−1 を使えば、係数は吸光係数 a(単位 L g−1 cm−1)になります。医薬品の規格では、1 w/v%(1 g/100 mL)の溶液を光路長 1 cm で測ったときの吸光度である比吸光度 E1%1 cm がよく使われます。1 w/v% は 10 g L−1 なので、分子量を M とすると ε = E1%1 cm × M ÷ 10 で換算できます。分子量がわからない混合物や高分子でも使えるのが、質量基準の係数の利点です。
なぜ対数になるのか——薄い層ごとに同じ割合が吸収される
吸光度の定義に log が入っているのは、計算を楽にするための約束ではありません。光が溶液の中でどう弱まるかを考えると、自然に対数が出てきます。セルの中の溶液を、光の進む方向に薄い層に切り分けて考えます。
1枚の層は、入ってきた光の「同じ割合」を吸収する
光は光子の流れで、層の中を通る光子は、それぞれ独立に分子に吸収されるかどうかが決まります。1枚の層の中に吸収する分子が決まった数だけあれば、ある光子がその層で吸収される確率は、層に入ってくる光が強くても弱くても変わりません。ふつうの分光光度計の光は弱く、光を吸収して励起状態にある分子はいつもごくわずかなので、光を吸収できる分子の数は光の強さによらず一定とみなせるからです(逆に、強いレーザー光を当てると、吸収できる分子が減る飽和や、2個の光子を同時に吸収する2光子吸収が起こり、この前提は成り立たなくなります)。したがって、1枚の層で吸収される光の量は、その層に入ってきた光の強さに比例します。強い光が入れば多く吸収され、弱い光が入れば少なく吸収されますが、吸収される割合は同じです。
図1のように、1枚の層が光の半分を吸収するとします。100 の光は1層目で 50 に、2層目で 25 に、3層目で 12.5 になります。n 層を通ったあとの強さは
I = I0 × (1/2)n T = (1/2)n A = −log T = n × log 2 = 0.301 × n
となります。透過率は層の数の指数関数で減りますが、log をとった吸光度は層の数に比例します。層の数はセルの厚さ、つまり光路長 l に比例するので、A は l に比例します。これが法則の「ランベルト」の部分です。
次に、セルの厚さはそのままで濃度を2倍にします。1枚の層の中の分子が2倍になるので、光から見ると「同じ濃さの層を2倍の枚数通った」のと同じです。吸光度は2倍になり、A は濃度 c にも比例します。これが「ベール」の部分です。透過率は層ごとに「かけ算」で減り、吸光度は層ごとに「足し算」で増える。対数は、かけ算を足し算に直す道具として入っています。
微分方程式で書くと
層を無限に薄くすると、同じ議論が微分方程式になります。厚さ dx の層で失われる光 −dI は、入ってきた光の強さ I、濃度 c、厚さ dx のそれぞれに比例するので、比例定数を k として
−dI / I = k c dx x = 0(強さ I0)から x = l(強さ I)まで積分すると ln (I0 / I) = k c l → I = I0 e−kcl 常用対数に直す(ln y = 2.303 log10 y)と log10 (I0 / I) = (k / 2.303) c l ε = k / 2.303 とおけば A = ε c l
と導けます(Harvey の教科書も、薄い層での光の減少の割合が層の厚さと濃度に比例するという同じ出発点から導いています)。式の中の e−kcl が、図2の透過率の曲線そのものです。自然対数のまま定義した量を自然対数吸光度(ネイピア吸光度)と呼ぶ分野もありますが、化学の吸光光度法では常用対数の吸光度を使います。両者は 2.303(= ln 10)倍の違いです。
ε の SI 単位が m2 mol−1(面積 ÷ 物質量)になるのは、ε が分子1 mol あたりの「光を捕まえる面積」を表しているからです。分子1個あたりに直した量を吸収断面積 σ といい、σ(cm2)≈ 3.82 × 10−21 × ε(L mol−1 cm−1)の関係があります(係数は ln 10 × 1000 ÷ アボガドロ定数から出る)。ε = 1 × 104 L mol−1 cm−1 なら σ ≈ 3.8 × 10−17 cm2 です。ε が大きい物質ほど、1個の分子が光の通り道に広げている「的」が大きい、とイメージすると、ε が遷移の起こりやすさを表すことと結びつきます。
法則の名前と歴史
光路長との関係は、フランスの Pierre Bouguer の Essai d’optique sur la gradation de la lumière(1729年)と、Johann Heinrich Lambert の Photometria(1760年)にさかのぼります。濃度との関係は、August Beer が1852年に Annalen der Physik und Chemie に発表した、着色した液体による赤い光の吸収の測定から来ています。ただし Beer 自身はモル濃度を使った今日の式の形では書いておらず、Mayerhöfer らの総説(2020年)は、現在の形にまとめた式が現れるのは1913年の Luther の論文だとしています。こうした経緯から、ブーゲー・ランベルト・ベールの法則と呼ばれることもあり、日本語ではランベルト・ベールの法則、ベールの法則とも呼ばれます。
濃度と透過率・吸光度のグラフ
同じ溶液の濃度を少しずつ変えて測ると、透過率と吸光度のグラフは大きく違う形になります。図2は、濃度が1目盛り増えるごとに透過率が半分になる溶液を想定して、式から描いたものです。
透過率は濃度とともに指数関数で減る曲線になり、濃い側では変化がつぶれて見分けにくくなります。吸光度は原点を通る直線で、傾きが εl です。直線なら、標準液を数点測って傾きを1つ決めるだけで、未知試料の濃度を読み取れます。吸光光度法で検量線を吸光度で作るのはこのためです。
もう1つ大事な性質が加成性です。光を吸収する物質が複数あって互いに反応しなければ、それぞれの吸光度は足し算できます。
A合計 = ε1 c1 l + ε2 c2 l + …
これも「層ごとに足し算」の考え方から当然で、光子から見れば、どの分子に吸収されるかの違いにすぎないからです。この性質を使うと、2つの波長で測って連立方程式を解けば、2成分の混合物をそれぞれ定量できます(計算例の例題4)。
モル吸光係数の求め方
1点から求める:ε = A / (cl)
濃度が正確にわかっている溶液を1つ用意し、光路長 l のセルで吸光度 A を測れば、式を変形して ε = A / (cl) で求まります。手早い方法ですが、1点だけでは、ブランクの引き方のずれ(切片)や、その濃度が直線の範囲に入っているかどうかを確かめられません。
検量線の傾きから求める
実際には、濃度の違う標準液を何点か測り、横軸に濃度、縦軸に吸光度をとった検量線の傾きから求めます。
A = (ε l) × c → 傾き m = ε l → ε = m / l
傾きから求める利点は3つあります。1つ目に、点がそろって直線に乗っているかを見て、ランベルト・ベールの法則が成り立つ範囲で測れているかを確かめられます。2つ目に、各点の測定の誤差が平均され、1点だけに頼るより信頼できます。3つ目に、ブランクの引き方などで全体に一定のずれがあっても、それは切片に出て傾きには影響しません。直線の当てはめを Excel で行う手順と、傾き・切片の読み方はExcel の近似曲線の記事で、検量線を題材に説明しています。なお、検量線の横軸に濃度を置くのは、濃度の誤差が小さく(正確に調製した標準液)、誤差が縦軸の測定値の側にあるという最小二乗法の前提に合わせるためです。検量線を使った3つの定量法(絶対検量線法・内部標準法・標準添加法)の違いは検量線法の違いの記事で比べています。
モル吸光係数の大きさの目安:π→π* と n→π*
ε の値は物質と波長で何桁も変わり、その大きさはどんな電子遷移による吸収かをよく反映します。Roberts と Caserio の教科書は、孤立したカルボニル基の n→π* 遷移による弱い吸収を ε = 10〜100、π→π* 遷移による強い吸収を ε = 10,000〜20,000 程度としています(いずれも対称性の上で許容される遷移の場合。禁制の π→π* は後で扱います)。
| 遷移 | ε の目安(L mol−1 cm−1) | 例 | 強さが決まる理由 |
|---|---|---|---|
| π→π*(許容の遷移・強い吸収) | 104 以上(目安 10,000〜20,000) | エチレン、共役ジエン | π 軌道と π* 軌道は同じ p 軌道の組み合わせで、空間的に大きく重なる |
| n→π*(対称禁制・弱い吸収) | 10〜100(孤立したカルボニル基) | アセトンなどのケトン・アルデヒドの 280 nm 付近の吸収 | 酸素の孤立電子対(n 軌道)はカルボニル基の分子面内にあり、面に垂直な π* 軌道とほとんど重ならない(対称性の上で直交する) |
吸収の強さを決めるのは、電子が移る前の軌道と移った先の軌道の重なりです。重なりが大きい遷移ほど、光の電場と強く結びついて起こりやすく、ε が大きくなります。カルボニル基の n 軌道は C=O 結合を含む平面の中に広がり、π* 軌道はその平面に垂直な p 軌道でできているので、2つはほぼ直交しています。正確には、吸収の強さを決めるのは軌道の重なりそのものではなく、遷移の前後の軌道から決まる遷移双極子モーメント(遷移が光の電場とどれだけ結びつくか)です。n 軌道と π* 軌道は対称性の上で直交するので遷移双極子はゼロになり、n→π* は対称禁制の遷移です。実際に弱く観測されるのは、分子の振動で対称性がわずかに崩れ、そのぶんだけ許されるためです。そのため ε は π→π* より2桁以上小さくなります(機器分析総まとめの UV-Vis の節でも同じ理由を挙げています)。アゾベンゼンでも、強い π→π* と弱い n→π* の2つの吸収が並んでいます(アゾ基の記事)。
ただし「π→π* なら必ず強い」わけではありません。Harvey の教科書は、ベンゼンの π→π* 吸収のうち、置換基によって位置と強さが動く2本として 203.5 nm(ε = 7400)と 254 nm(ε = 204)を挙げています(カルボキシ基が付いた安息香酸では、230 nm(ε = 11600)と 273 nm(ε = 970)に動く)。この2本はどちらも、ベンゼンの高い対称性のために対称禁制の遷移で、分子の振動で対称性が崩れることで弱く許されています。許容の強い π→π* 帯は 184 nm 付近にあり、空気中の酸素も光を吸収する真空紫外域なので、ふつうの紫外可視吸収の測定では扱いません。ε の大きさは、遷移の種類を推定する手がかりにはなりますが、それだけで決めつけるものではありません。
計算例(数値は計算練習用の仮の値)
ここからの例題の数値は、計算の練習のために作った仮の値で、実在の化合物の測定値ではありません。有効数字の扱いは有効数字の記事を参照してください。
例題1(透過率から吸光度):ある溶液の透過率は 40.0% だった。吸光度はいくらか。
T = 0.400 なので、A = −log 0.400 = 0.398。%T の 40.0 のまま log をとらないこと。
例題2(吸光度から濃度):化合物 X の λmax でのモル吸光係数を 1.50 × 104 L mol−1 cm−1 とする。光路長 1.00 cm のセルで X の溶液の吸光度を測ると 0.450 だった。X の濃度はいくらか。
c = A / (εl) = 0.450 / (1.50 × 104 L mol−1 cm−1 × 1.00 cm) = 3.00 × 10−5 mol L−1。単位が L mol−1 cm−1 × cm = L mol−1 になり、その逆数の mol L−1 が残ることも確かめておく。
例題3(検量線から ε と未知試料の濃度):化合物 X の標準液を光路長 1.00 cm のセルで測り、次の値を得た。未知試料を正確に10倍に希釈して測ると、吸光度は 0.385 だった。
| 濃度(× 10−5 mol L−1) | 0 | 1.00 | 2.00 | 3.00 | 4.00 | 5.00 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 吸光度 | 0.003 | 0.151 | 0.302 | 0.448 | 0.601 | 0.752 |
最小二乗法で直線を当てはめると、傾き 0.1497(1 × 10−5 mol L−1 あたり)、切片 0.0018、決定係数 R2 = 0.99997。傾きを mol L−1 あたりに直すと 1.497 × 104 L mol−1 なので、ε = 傾き / l = 1.50 × 104 L mol−1 cm−1(例題2と同じ値)。希釈液の濃度は (0.385 − 0.0018) / 0.1497 = 2.56(× 10−5 mol L−1)。10倍に希釈しているので、元の未知試料は 2.56 × 10−4 mol L−1。希釈したのは、元の試料のままでは吸光度が約 3.8 になり、検量線の範囲(0〜0.75)を大きく超えるから。
例題4(2成分の同時定量):化合物 X と Y の混合溶液を、光路長 1.00 cm で2つの波長で測った。モル吸光係数(L mol−1 cm−1)は、波長 λ1 で X が 1.20 × 104、Y が 2.0 × 103、波長 λ2 で X が 1.5 × 103、Y が 9.0 × 103 とする。吸光度は λ1 で 0.540、λ2 で 0.330 だった。X と Y の濃度を求めよ。
吸光度の加成性から、λ1:1.20 × 104 cX + 2.0 × 103 cY = 0.540、λ2:1.5 × 103 cX + 9.0 × 103 cY = 0.330。連立方程式を解くと cX = 4.0 × 10−5 mol L−1、cY = 3.0 × 10−5 mol L−1。検算:λ1 では 0.480 + 0.060 = 0.540、λ2 では 0.060 + 0.270 = 0.330。2つの波長は、X と Y の ε の比が大きく違うところを選ぶほど、連立方程式の解が誤差に強くなる。
直線からずれる理由
ランベルト・ベールの法則は、どんな条件でも成り立つわけではありません。Harvey の教科書は、この法則を低濃度でだけ成り立つ極限則としたうえで、ずれの原因を、法則そのものの限界・化学的な原因・装置の原因に分けて説明しています。どの原因でも、多くの場合は検量線が高濃度側で下に曲がります。
高濃度:法則そのものの限界
導出の出発点は「各分子が、ほかの分子と無関係に光を吸収する」ことでした。濃度が高くなると分子どうしの距離が縮み、互いの電子の分布に影響し合って、1分子あたりの吸収の強さ(ε)が変わってきます。また、ε は溶液の屈折率にも依存し、屈折率は高濃度では濃度とともに変わります。どちらも「ε が濃度によらない定数」という前提を崩すので、直線からずれます。どの濃度からずれ始めるかは、物質と吸収帯によって違います。
化学平衡:吸収する化学種の割合が変わる
測りたい物質が溶液中で平衡にあり、平衡の両側で ε が違うと、見かけ上ずれます。Harvey が挙げるのは弱酸 HA の例です。HA と共役塩基 A− で吸収が違うとき、溶液を希釈すると電離度が変わり、HA と A− の割合が濃度ごとに変わってしまいます。全体の濃度に対して吸光度が比例しなくなるのはこのためで、HA と A− のどちらの ε が大きいかによって、検量線は上にも下にも曲がりえます(Harvey は正のずれも負のずれも起こりうるとしています)。対策は緩衝液ですべての標準液と試料の pH をそろえることです。色素が濃い溶液で会合して二量体をつくる場合も、単量体と二量体の割合が濃度で変わるので、同じ種類のずれが出ます。
このとき、HA と A− の ε がたまたま等しい波長では、割合が変わっても吸光度は変わりません。そのため、全体の濃度(と光路長)を一定に保ったまま pH だけを変えて一連のスペクトルを測ると、すべてのスペクトルが、HA と A− の ε が等しい波長で共通の点を通ります。これが等吸収点です。ε が等しくなる波長は1つとは限らないので、等吸収点が2つ以上現れることもあります。等吸収点は2つの化学種が互いに変換している系で期待される性質ですが、等吸収点があるだけで「2種の平衡で、第3の化学種は無い」とは言い切れません。逆に、測定を重ねるうちに交点がずれていくなら、副反応や第3の化学種の存在を疑います。
多色光:波長に幅がある
法則は、1つの波長の光(単色光)について導いたものです。実際の分光光度計の光には、分光器を通しても少し波長の幅があります。幅の中で ε が違うと、ε の大きい波長の光ほど濃い溶液で先に弱まり、ε の小さい波長の光が相対的に多く残るので、測定値は小さめに出ます。Harvey は、多色光によるずれは必ず負の向き(検量線が下に曲がる)になるとしています。吸収帯の頂上のように ε が波長でほとんど変わらないところで測れば、このずれは小さくなります。斜面で測らざるを得ないときは、通す波長の幅(バンド幅)を狭くします。
迷光:高い吸光度で頭打ちになる
迷光は、分光器の不完全さなどのために、設定した波長以外の光や、試料を通らない光が検出器に届くものです。迷光の強さを I迷 とすると、測定される吸光度は次のようになります(Harvey の式を記号だけ置きかえたもの)。
A測定 = −log [ (I + I迷) / (I0 + I迷) ]
吸光度が低いうちは、試料を通った光 I が迷光よりずっと強いので、迷光の影響はほとんど見えません。ところが吸光度が高くなると I は急に小さくなり(A = 2 なら入射光の1%)、同じ量の迷光でも、検出器に届く光に占める割合が大きくなります。図3は、迷光の割合を入射光の 0.1% と 1% と仮定して式から計算したものです(迷光 1% は、ずれを見やすくするために誇張した計算用の仮の値です)。迷光 1% のとき、真の吸光度が 1、2、3 の溶液は、それぞれ 0.96、1.70、1.96 と測定され、どれだけ濃くしても約 2.0 を超えません。濃い溶液ほど実際より薄く測られるので、吸光度が高すぎる試料は、希釈するか光路長の短いセルで測り直します。
濁り・気泡:吸収でない減衰
測定値の「吸光度」には、吸収だけでなく、散乱や反射で光が減った分も含まれます。溶液が濁っていたり、セルに気泡や指紋が付いていたりすると、吸収とは無関係に吸光度が高く出ます。濁りのある試料はろ過してから測り、セルの光が通る面は素手で触らないようにします。
測定に向く吸光度の範囲
ずれの問題とは別に、測定値のばらつきが濃度の誤差にどう伝わるかも吸光度によって変わります。装置が透過率を読み取るときの不確かさ ΔT が、透過率によらず一定だと仮定します。c は A に比例するので、濃度の相対誤差は
Δc / c = ΔA / A = 0.4343 × ΔT / (T × A)
となります。吸光度が小さすぎると分母の A が小さく(そもそも光がほとんど減っておらず、差を読み取りにくい)、吸光度が大きすぎると分母の T が小さく(届く光がわずかで、読み取りの不確かさが相対的に大きい)なり、どちらの端でも誤差が大きくなります。分母の T × A がいちばん大きくなるのは T = 1/e、つまり A = 0.434 のときで、ここで相対誤差は最小になります。ΔT = 0.003 と仮定して計算すると、次のとおりです。
| 吸光度 A | 0.05 | 0.1 | 0.2 | 0.434 | 0.7 | 1 | 1.5 | 2 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 濃度の相対誤差 | 2.9% | 1.6% | 1.0% | 0.8% | 0.9% | 1.3% | 2.8% | 6.5% |
Harvey の教科書は、この読み取りの不確かさが効く場合について、濃度の相対誤差を 1〜2% に収めるには吸光度を 0.1〜1 の範囲に保つとしています。一方で、光電子増倍管のような光子検出器の雑音が主になる場合は、最小が A = 0.96 付近にずれ、0.5〜2 の間ではほとんど変わらないとも述べています。どの誤差が主になるかは装置で違うので、「0.1〜1」は装置を問わない絶対の規則ではなく、多くの場合に安全な目安と考えるのが正確です。図3の緑の帯もこの読み取り誤差から決まる目安で、迷光によるずれとは別の理由によるものです。この範囲から外れる試料は、希釈・濃縮・セルの光路長で吸光度を調整します。吸光度の下端、つまりどこまで薄い試料を信頼して測れるかは、検出限界・定量限界の問題になります。求め方は検出限界と定量限界の記事で説明しています。
測定の実際:セル・ブランク・測定波長
セル:材質と光路長
セルの材質は、測る波長で透明でなければなりません。Harvey によると、300 nm より短い紫外域では石英(溶融石英)のセルが必要で、ガラスやプラスチックのセルは可視域で使います。ガラスやプラスチック自体が短い波長の紫外光を吸収するからです。光路長は 1 cm のセルが標準的で、l = 1 cm なら A = εc と計算が簡単になります。吸光度が高すぎるときに光路長の短いセルを使えば、l に比例して吸光度を下げられます。
ブランク(対照液):I0 を決める
式の I0 は「試料が無いときに届く光」ですが、空のセルで測った光を I0 にすると、溶媒による吸収や、セルの壁での反射・散乱まで試料の吸光度に含まれてしまいます。そこで、溶媒(発色試薬などを使うならそれも含めた、測りたい物質だけを除いた溶液)をブランクとして同じ種類のセルに入れ、その透過光を I0 とみなします。こうすると、測りたい物質以外による光の減少が打ち消され、残った吸光度が測りたい物質の分だけになります。Harvey が「正確さはふつうブランクの質で決まる」と書いているのは、ブランクに入れ忘れた成分の吸収がそのまま試料の誤差になるからです。
測定波長:λmax で測る理由
定量では、ふつう測りたい物質の吸収極大の波長 λmax を選びます。理由は2つあります。
- 感度が最も高い:ε が最大なので、同じ濃度でも吸光度が大きく出て、検量線の傾き(感度)が大きくなる。Harvey も、吸収極大はより高い感度を与えるので最良の波長だとしている
- ずれと誤差に強い:吸収帯の頂上では ε が波長に対してほとんど変わらないので、多色光によるずれが小さく、波長の設定がわずかにずれても吸光度が変わりにくい
ただし、溶媒やほかの成分がその波長で強く吸収するなら、λmax から少し離れた、妨害の少ない波長を選びます。溶媒そのものも測定波長で透明であることが必要です。どの官能基・共役系がどの波長で吸収するかという構造の話は、共役化合物と紫外分光法と芳香族化合物のスペクトル解析で扱っています。
HPLCのUV検出器と濃度の定量
有機化学の研究室でランベルト・ベールの法則に毎日のように頼っている装置の1つが、HPLC の UV 検出器です。UV 検出器は、カラムから出てきた溶出液を小さなフローセルに流し、決めた波長での吸光度を時間に対して記録します。クロマトグラムの縦軸は、多くの場合この吸光度そのものです。
ピーク面積が物質量に比例する理由
ある時刻にフローセルの中にある成分の濃度を c(t) とすると、その瞬間の吸光度は A(t) = εl c(t) です。ピーク面積 S は吸光度を時間で積分したものなので
S = ∫ A(t) dt = ε l ∫ c(t) dt 流量を F(L/s)とすると、検出器を通った成分の物質量 N(mol)は N = F ∫ c(t) dt なので S = ε × l × N ÷ F
となります。この式から、UV 検出の定量について3つのことが読み取れます。
- 同じ条件ならピーク面積は物質量に比例する:だから標準品で検量線を作れば、ピーク面積から量が求まる
- 化合物が違えば ε が違う:同じ物質量でも面積が違うので、面積百分率はそのまま物質量の比にも、質量の比(純度)にもならない。成分ごとに標準品で検量線を作るか、感度の補正が要る
- 流量が変わると面積も変わる:UV 検出器は濃度に応答する検出器なので、同じ量を注入しても流量を半分にすると面積は2倍になる。検量線と試料は同じ流量で測る
HPLC の記事で「UV 検出器の応答は化合物ごとのモル吸光係数で大きく変わる」と書いたのは、この2番目の点です。逆に、キラル HPLC でエナンチオマー(鏡像異性体)どうしの面積比をそのまま比として使えるのは、エナンチオマーどうしの ε が等しいからです。紫外吸収をほとんどもたない化合物(糖など)が UV 検出で見えにくいのも、ε が小さく、同じ量でも面積が小さいからと説明できます。
フォトダイオードアレイ(PDA)検出器は、各時刻の吸光度を1つの波長でなく紫外可視スペクトル全体で記録します。ピークの前半と後半でスペクトルの形を比べると、別の成分が重なっていないかの手がかりになります。吸光度の加成性から、重なった成分があればスペクトルはその足し算になり、形が変わるからです。ただし、スペクトルのよく似た成分どうしが重なっていると形は変わらないので、重なりが無いことの証明にはなりません。分離後の成分を質量で見分けたいときは LC-MS を使います。質量分析が何を測っているかは質量分析とはの記事で説明しています。
HPLC以外の吸光光度法での定量
測りたい物質そのものが光を吸収しなくても、試薬と反応させて色のついた物質に変えれば、同じ法則で定量できます。たとえばチオール(SH 基)は、エルマン試薬と反応させて生じる黄色の陰イオンの 412 nm 付近の吸光度で定量されます(チオールの記事)。この場合も、発色試薬を含めたブランクを使い、標準液で検量線を作るという手順は変わりません。
試験での問われ方
大学の分析化学・機器分析の試験や院試では、ランベルト・ベールの法則は次のような形で出題されます。
- 定義と計算:透過率から吸光度を求める、ε・l・A から濃度を求める、ε の単位を答える(例題1・2)
- 検量線:標準液のデータから傾きと ε を求め、希釈倍率を考えて未知試料の濃度を出す(例題3)
- 導出:薄い層での光の減少から A = εcl を導き、なぜ常用対数になるか(2.303 の由来)を説明する
- ずれの理由:高濃度で直線からずれる理由を、化学平衡・多色光・迷光と区別して述べる。対策(緩衝液・λmax・希釈)まで書けると強い
- 2成分の定量:2波長での吸光度から連立方程式を立てる(例題4)
- ε と遷移:n→π* が弱く π→π* が強い理由を、軌道の重なりと対称禁制(遷移双極子)から説明する
まとめ
吸光度の式に log が入っているのは、光が層を1枚通るたびに同じ割合で弱まるという、ごく単純な事実を足し算の形に直すためでした。この出発点を押さえておけば、ε の単位も、高濃度でずれる理由も、HPLC のピーク面積の意味も、暗記ではなく同じ1本の筋で説明できます。
よくある質問
ランベルト・ベールの法則は、溶液の吸光度 A が、光を吸収する物質の濃度 c と光路長 l に比例するという法則で、A = εcl と書きます。比例定数 ε をモル吸光係数といいます。光路長に比例する部分をランベルト(さらにさかのぼるとブーゲー)、濃度に比例する部分をベールの仕事に由来するとして、この名で呼ばれます。低濃度で単色光を使ったときに成り立つ極限則です。
透過率 T は入射光の強さ I0 に対する透過光の強さ I の比(T = I/I0)で、吸光度 A はその常用対数にマイナスを付けた量(A = −log T)です。透過率 50% は吸光度 0.301、10% は 1、1% は 2 に当たります。透過率は濃度に対して指数関数で減りますが、吸光度は濃度に比例するので、定量には吸光度を使います。
濃度をモル濃度(mol L−1)、光路長を cm で表すとき、モル吸光係数 ε の単位は L mol−1 cm−1(M−1 cm−1 とも書く)です。吸光度は無次元なので、ε と濃度と光路長の積が無次元になるように単位が決まります。SI 単位では m2 mol−1 で、1 L mol−1 cm−1 = 0.1 m2 mol−1 です。
濃度の違う標準液を何点か同じセルで測り、横軸に濃度、縦軸に吸光度をとった検量線を作って、その傾きを光路長で割って求めます(ε = 傾き ÷ l)。濃度のわかった溶液1つから ε = A/(cl) で求めることもできますが、検量線を使えば、直線の範囲で測れているかを確かめられ、測定誤差も平均されます。測定は吸収極大の波長で、ブランクを引いて行います。
法則が、各分子が互いに無関係に光を吸収し、ε が濃度によらない定数だという前提で成り立っているからです。高濃度では分子どうしが影響し合い、溶液の屈折率も変わって ε が変化します。そのほか、濃度によって平衡や会合の割合が変わる化学的な原因、波長に幅のある光を使う多色光の影響、届く光が少なくなったときの迷光の影響でも、検量線は多くの場合下に曲がります。吸光度はおよそ 0.1〜1 に収まるよう、希釈や光路長の調整で合わせて測るのが目安です。
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