医薬品の原薬は、ほとんどが最後に結晶として取り出されます。数百 kg の化合物をカラムクロマトグラフィーで精製すると、シリカゲルも溶媒も時間も膨大になりますが、結晶にすれば、精製と単離を一度に済ませられるからです。この「溶液から目的物を結晶として取り出す操作」を、化学工学や製薬の現場では晶析と呼びます。

学生実験の再結晶も晶析の一つです。ただ、再結晶の目的が純度を上げることにあるのに対し、晶析では純度に加えて、いつ結晶が出始めるか、どのくらいの大きさに育つか、どの結晶形になるかまで設計します。そのための考え方は、過飽和、核生成、結晶成長という3つの言葉でほぼ説明できます。

この記事の答え
晶析とは、溶液などから目的物を結晶として析出させて取り出す操作です。駆動力は過飽和で、純度だけでなく結晶の大きさや結晶形(多形)まで制御する点が、精製操作としての再結晶より広い概念です。
この記事で学ぶこと
・晶析と再結晶・沈殿の違い
・過飽和と準安定域:なぜ飽和を超えてもすぐには結晶が出ないのか
・核生成と結晶成長のバランスで結晶の大きさが決まる理由
・冷却晶析・貧溶媒晶析・濃縮晶析・反応晶析の使い分け
・結晶多形と、不純物が結晶に入り込む4つの経路

晶析とは:再結晶・沈殿との違い

晶析(crystallization)は、溶液や融液から固体を結晶として析出させ、取り出す操作の総称です。化学工学では蒸留や抽出と並ぶ分離操作(単位操作)の一つとして扱われます。

再結晶は、一度固体として得た粗生成物を溶媒に溶かし直し、もう一度結晶化させて精製する操作です。つまり再結晶は晶析の一種で、「精製」という目的に絞った呼び方だと考えると整理しやすくなります。反応液に酸などの試薬を加えて、そのまま目的物やその塩を結晶として出す場合(反応後の晶析)は、溶かし直しの工程が無いので、ふつう再結晶とは呼びません。一方、ジアステレオマーの塩を溶かし直して溶解度の差で分ける操作は「分別再結晶」と呼ばれます。

観点 再結晶(学生実験・研究室) 晶析(プロセス化学・工業)
主な目的 純度を上げる 純度に加え、収率・粒径・結晶形・ろ過のしやすさをそろえる
出発点 一度取り出した固体を溶かし直す 溶かし直した溶液のほか、反応液から直接結晶化させることも多い
結晶を出すきっかけ 自然に冷める・ガラス棒でこする 決めた温度で種晶を入れる
冷却や溶媒添加 なりゆき 速度(プロファイル)を決めて制御する
確かめる項目 融点・TLC HPLC純度・粒径分布・X線回折による結晶形・残留溶媒

似た言葉に沈殿(precipitation)があります。沈殿は、溶けにくい物質が急に大量に生じるなどして、非常に高い過飽和から固体が一気に出てくる現象を指すことが多く、粒子は細かく、結晶になりきらない(非晶質の)こともあります。晶析は、同じ「溶液から固体が出る」現象を、結晶として望む形で出すように制御する操作だといえます。

プロセス化学で晶析が好まれるのは、カラムクロマトグラフィーが扱う量に比例してシリカゲル・溶媒・時間を増やさなければならないのに対し、晶析はタンク1つで、ろ過と乾燥まで含めて精製と単離が終わるからです。製薬会社の仕事の中での位置づけは製薬会社の研究職の就活でも触れています。

晶析の駆動力は「過飽和」

溶解度と過飽和度

ある温度で溶媒に溶けていられる最大の濃度が溶解度(飽和濃度)です。溶解度ちょうどの溶液(飽和溶液)では、結晶が溶ける速さと結晶が育つ速さがつり合っていて、結晶は増えも減りもしません。

結晶が育つには、溶液の濃度 C が溶解度 C* を超えている必要があります。この状態を過飽和といい、どれだけ超えているかを過飽和度で表します。

過飽和度   S = C / C*        (S > 1 で過飽和)
濃度差     ΔC = C − C*

過飽和の溶液中の分子は、結晶の中にいるほうがエネルギー的に安定です。その差(化学ポテンシャルの差)は1分子あたりおよそ kBT ln S で、これが分子を結晶へ押し込む駆動力になります。晶析のあらゆる操作は、どうやって過飽和を作り、どの程度の過飽和を保つかの工夫だと言い換えられます。

準安定域:飽和を超えても結晶はすぐには出ない

過飽和になれば即座に結晶が出るかというと、そうではありません。結晶を含まないきれいな溶液をゆっくり冷やすと、溶解度曲線を越えてしばらくは何も起こらず、ある温度まで下がったところで突然、一斉に結晶が出てきます。

この「溶解度曲線」と「結晶が自然に出始める限界(過溶解度曲線)」のあいだの領域を準安定域、その幅を準安定域幅(MSZW:metastable zone width)と呼びます。

領域 状態 起こること
未飽和域(溶解度曲線より下) 未飽和 結晶は溶ける
準安定域 過飽和だが、まだ限界の手前 新しい結晶はほとんど生まれない。すでにある結晶(種晶)は育つ
不安定域(限界の外側) 過飽和が大きい 結晶が自然に、一斉に生まれる

準安定域があるおかげで、晶析は制御できます。準安定域の中で種晶を入れれば、新しい結晶をほとんど生まずに、入れた結晶を主に育てられるからです(ただし、種晶があると結晶のかけらから新しい核ができる二次核生成は準安定域の中でも起こるので、過飽和はその分さらに低めに保ちます)。逆に、準安定域を飛び越えて不安定域まで一気に過飽和を高めると、細かい結晶が大量に生まれ、不純物や母液を巻き込みやすくなります。

溶解度は温度・溶媒・結晶形が決まれば一つに決まる平衡の値ですが、準安定域幅はそうではありません。冷却速度・撹拌・容器の壁・微量の不純物やほこりで変わり、冷却が速いほど、結晶が出るまでに温度が下がりきってしまうので、見かけの幅は広くなります。

準安定域幅は物性値ではない
・冷却速度・撹拌・不純物で変わる
・「この化合物の準安定域幅は○°C」と言うときは、測った条件とセットで扱う

溶解度曲線と準安定域の限界(破線)で、未飽和域・準安定域・不安定域に分けた図。冷却晶析は高温の未飽和溶液から冷やして準安定域の中で種晶を入れ、溶解度曲線に沿って濃度が下がる。濃縮晶析は溶媒を蒸発させて濃度を上げる

核生成と結晶成長

晶析で溶液から固体が出てくるまでには、核生成(結晶の芽が生まれる)と結晶成長(芽が大きくなる)という2つの段階があります。結晶の大きさと純度は、この2つのどちらが優勢になるかで決まります。

なぜ結晶の芽はなかなか生まれないのか

準安定域ができる理由は、小さすぎる結晶は不安定だからです。分子がいくつか集まって小さな塊(クラスター)ができると、内部の分子は結晶として安定化しますが、表面の分子はまわりの分子と十分に引き合えず、エネルギー的に損をします。塊が小さいうちは、体積に対する表面の割合が大きいので、表面の損のほうが勝ってしまいます。

半径 r の球状の塊ができるときの自由エネルギー変化は、古典的核生成理論で次のように表されます。

ΔG(r) = −(4/3)πr3Δgv + 4πr2γ

  • 第1項(r3 に比例):体積の得。Δgv は結晶になることで単位体積あたりに下がる自由エネルギーで、過飽和が大きいほど大きい
  • 第2項(r2 に比例):表面の損。γ は結晶と溶液の界面エネルギー

r が小さいうちは r2 の表面の項が効いて ΔG は増え、ある大きさを越えると r3 の体積の項が勝って ΔG は下がり始めます。下の図の山の頂上にあたる大きさの塊を臨界核(臨界半径 r* = 2γ/Δgv)といい、これより小さい塊はほぼ溶けて消え、これより大きくなった塊だけが結晶として育ちます。

過飽和度 S が大きくなると Δgv が大きくなり、臨界半径も山の高さ(核生成の障壁)も小さくなります。障壁の高さは (ln S)2 に反比例し、核が生まれる速さはその障壁に対して指数関数的に効くので、ある過飽和度を境に、核生成の速さが急に何桁も大きくなります。準安定域から不安定域へ「突然」切り替わるように見えるのは、このためです。

核生成の自由エネルギー変化ΔG(r)を表面項と体積項の和として描いた図。頂点が臨界核(r* = 2γ/Δg_v)で核生成の障壁にあたり、過飽和度Sが大きいと障壁もr*も小さくなる

一次核生成と二次核生成

種類 どこで生まれるか 例・意味
一次核生成(均一) 何も無い溶液の中 障壁が最も高い。大きな過飽和が要る
一次核生成(不均一) 容器の壁・ほこり・不溶物の表面 表面が足場になって障壁が下がる。実際の一次核生成はほとんどこちら
二次核生成 すでにある結晶のまわり 結晶どうし・撹拌翼との衝突で欠けた破片や、結晶表面からはがれた芽が新しい核になる

再結晶で結晶が出ないときに「ガラス棒で器壁をこする」のは、細かな傷やガラスの破片が不均一核生成の足場になるからです。種晶を入れるのはもっと確実な方法です。核生成という一番の難所を飛ばし、いきなり結晶成長から始められます。

結晶成長:ゆっくり育てるほど大きく、純粋になる

いったん核ができると、溶液中の分子は結晶の表面まで拡散してきて、表面のふさわしい位置に組み込まれていきます。過飽和度が大きいほど成長は速くなりますが、同時に新しい核もどんどん生まれます。

  • 過飽和を低く保つ:新しい核はほとんど生まれず、少数の結晶が大きく育つ。分子が正しい位置を選んで並ぶ余裕があり、不純物を巻き込みにくい
  • 過飽和を高くする:核が大量に生まれ、溶けていた分がたくさんの小さな結晶に分配される。急成長で母液を閉じ込めやすく、細かい結晶はろ過にも時間がかかる

晶析で「過飽和を準安定域の中に保ちながら、結晶の表面積に見合った速さで過飽和を作る」ことが繰り返し強調されるのは、核生成と成長のこの競争を、成長の側に傾けるためです。

小さな結晶は表面の割合が大きいぶん、大きな結晶より少しだけ溶けやすくなります。そのため結晶を母液の中でしばらく撹拌しておくと、小さな結晶が溶けて大きな結晶が育ち、粒がそろっていきます。これをオストワルド熟成といいます。温度を少し上げ下げして微結晶を溶かす操作(温度サイクル)も同じ考え方です。

種晶を入れる理由

晶析では、溶液を準安定域まで持っていき、そこで目的物の結晶を少量入れる種晶(種結晶)の添加(シーディング)がほぼ標準の手順です。理由は3つあります。

  • 出始めのタイミングをそろえる:自然な核生成に任せると、結晶が出る温度がバッチごとにばらつく。種晶を入れる温度を決めれば毎回同じになる
  • 結晶形を選ぶ:後で述べる結晶多形のうち、入れた種晶と同じ結晶形が育ちやすい
  • 粒の大きさを決める:結晶が出る場所が種晶の表面に限られるので、新しい核の大量発生を防げる

種晶は、溶解度曲線より上(過飽和)かつ準安定域の内側で入れます。未飽和の溶液に入れると溶けて消え、不安定域まで冷やしてから入れると、すでに自然な核生成が起きていて意味がありません。

晶析の種類:過飽和をどう作るか

晶析の方法は、過飽和の作り方で分類されます。どれを選ぶかは、目的物の溶解度が温度・溶媒組成・pH のどれに敏感かで決まります。

方法 過飽和の作り方 向いている場合 注意点
冷却晶析 温度を下げて溶解度を下げる 溶解度が温度で大きく変わる化合物 冷却の速さ(とくに出始め)で粒径と純度が変わる
貧溶媒晶析 溶けにくい溶媒(貧溶媒)を加えて溶解度を下げる 熱に弱い化合物・溶解度の温度変化が小さい化合物 加えた所で局所的に過飽和が高くなる。油状化しやすい
濃縮晶析(蒸発晶析) 溶媒を蒸発させて濃度を上げる 溶解度が温度でほとんど変わらない物質(塩化ナトリウムなど) 濃縮と同時に不純物も濃くなる
反応晶析 反応で溶けにくい物質を作る(塩形成・中和・pH 調整など) 酸・塩基性の化合物、塩として取り出したい原薬 反応が速いと過飽和が一気に高くなる。添加速度で制御する
溶融晶析 溶媒を使わず、融液を冷やして結晶化させる 沸点が近く蒸留で分けにくい異性体の分離(p-キシレンなど)。融点の差を利用する 溶媒を使わない代わりに、結晶に付着した融液の除去が課題

冷却晶析:出始めはゆっくり冷やす

冷却晶析は、もっとも基本的な方法です。溶液を高温で溶かしておき、冷やして溶解度を下げることで過飽和を作ります。

ここでのポイントは、一定の速さで冷やすと、出始めに過飽和が高くなりすぎることです。結晶が出始めた直後は結晶の量が少なく、表面積も小さいので、冷却で生じた過飽和を結晶成長だけでは消費しきれません。余った過飽和は新しい核の発生に回り、細かい結晶が大量にできてしまいます。

そこで工業晶析では、初めはゆっくり、結晶の量が増えて表面積が大きくなるにつれて速く冷やす冷却プロファイルがよく使われます。結晶の表面積に見合った速さで過飽和を作れば、過飽和を準安定域の中に保ったまま、種晶を育てることに集中できるからです。研究室の再結晶で「まず室温で結晶を出しそろえてから氷浴で冷やす」と2段階に分けるのも、結晶が少ないうちに過飽和を大きくしない、という点で同じ発想です。

貧溶媒晶析:加える場所で過飽和が跳ね上がる

貧溶媒晶析は、目的物をよく溶かす溶媒(良溶媒)の溶液に、目的物が溶けにくい溶媒(貧溶媒)を加えて溶解度を下げる方法です。研究室の混合溶媒による再結晶(エタノールに溶かして水を加える、酢酸エチルに溶かしてヘキサンを加える、など)はこの方法にあたります。加熱しなくてよいので、熱に弱い化合物にも使えます。

注意したいのは、貧溶媒が落ちた直後の場所です。そこではまだ混ざりきっていないので、溶液全体よりもずっと貧溶媒の割合が高く、局所的に不安定域まで過飽和が上がります。その結果、加えた所で細かい結晶が生まれたり、結晶になる前に溶質の多い液相が分かれて油になったり(液液相分離による油状化)します。対策は、よく撹拌しながら少しずつ加えることと、種晶を先に入れておくことです。なお「貧溶媒の中に溶液を加える」逆の順序は、過飽和を一気に高める操作なので、細かい結晶や特定の結晶形を狙うときなど、目的に応じて使い分けます。

濃縮晶析:溶解度が温度で変わらないとき

溶解度が温度でほとんど変わらない物質は、冷やしても結晶が出ません。代表は塩化ナトリウムで、海水から塩を取るときに煮詰めるのはこのためです。有機化合物でも、低沸点の溶媒を留去しながら濃縮して結晶を出すことがあります。ただし、溶媒を減らすと不純物の濃度も同じ割合で上がるので、濃縮しすぎると不純物まで析出します。

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反応晶析:塩にすると結晶になりやすい

アミンやカルボン酸のように酸・塩基性をもつ化合物は、塩にして晶析するのが定石です。中性の分子どうしは水素結合やファンデルワールス力(分子間力)で結晶をつくりますが、塩は陽イオンと陰イオンの静電的な引き合いで結晶格子を組むので、格子が強固になり、有機溶媒への溶解度が大きく下がります。油状で結晶にならない遊離のアミンが、塩酸塩にすると結晶として取り出せる、ということはよくあります。

pH を変えて結晶を出す方法もあります。たとえばアミノ酸は、分子全体の電荷がつり合う pH(等電点)で溶解度が最も小さくなるので、酸性や塩基性の水溶液を等電点まで中和すると結晶として出てきます。どの pH で何が電離しているかは pKa から読めます。医薬品の原薬の多くが塩酸塩・硫酸塩などの塩として製造されるのは、結晶にしやすく、溶けやすさや安定性も調整できるからです。

結晶多形:同じ分子でも結晶は一つとは限らない

結晶多形とは

同じ分子でも、結晶の中での並び方(分子の向きや配列、場合によっては分子の形=配座)が異なる複数の結晶ができることがあります。これを結晶多形(polymorphism)といいます。多形どうしは分子としては同じなので、溶かしてしまえば区別できませんが、固体としての性質は異なります。

  • 融点・溶解度・溶ける速さ
  • 熱や湿度に対する安定性
  • 結晶の形(晶癖)と、それによるろ過・乾燥・打錠のしやすさ

結晶の中に溶媒分子を取り込んだ溶媒和物(水なら水和物)や、規則的な並びをもたない非晶質(アモルファス)も、同じ化合物の別の固体形として、多形と一緒に管理します。

安定な結晶ほど溶けにくい

ある温度で最も安定な多形(安定形)は、自由エネルギーが最も低く、そのぶん溶解度が最も小さくなります。準安定な多形は少しだけ溶けやすいので、両方が溶液の中にあると、準安定形が溶けて安定形が育つ溶媒媒介転移が進みます。晶析の最後に結晶を長く撹拌しておくと、いつの間にか結晶形が変わっていることがあるのはこのためです。

一方で、晶析の現場では先に出てくるのは安定形とは限らないことも知られています。準安定形のほうが核生成しやすい条件では、まず準安定形が出て、あとから安定形へ移ることがあります(オストワルドの段階則。経験則であって、いつも成り立つわけではありません)。つまり、どの多形が得られるかは熱力学(どれが安定か)だけでなく、速度論(どれが先に核生成するか)にも左右されます。考え方は速度論支配と熱力学支配と同じ構図です。

リトナビルの事例:後から現れた安定形

結晶多形の怖さを示す例としてよく引かれるのが、抗HIV薬リトナビルです。1996年に発売されたあと、1998年になって、それまで知られていなかったより安定で溶けにくい結晶形(Form II)が製造中に現れました。いったん安定形が現れると、その結晶が種晶のように働いて従来の結晶形が得られにくくなり、製剤が規格どおりに溶けなくなったため、カプセル剤の供給が一時止まり、製剤を作り直すことになりました(J. Bauer et al., Pharm. Res. 2001, 18, 859)。

この事例以降、医薬品の開発では、早い段階で多形を網羅的に探し(多形スクリーニング)、最も安定な形か、意図して選んだ形を、種晶と晶析条件で確実に作り分けることが重視されています。結晶形は医薬品の特許の対象にもなります。

不純物はどうやって結晶に入るのか

晶析で精製できるのは、結晶が「ぴったりはまる分子」だけを選んで格子を組むからです。それでも不純物は結晶に残ることがあります。代表的な入り方は次の4つで、入り方によって効く対策が違うので、まずどの経路で入ったかを見分けることが精製の出発点になります。

経路 何が起きているか 見分け方の目安 対策
表面への付着 ろ過後の結晶の表面に母液が残る 洗浄を増やすと不純物が減る 冷たい溶媒での洗浄、置換洗浄
母液の取り込み(インクルージョン) 急成長や凝集で、結晶の内部や粒どうしのすき間に母液を閉じ込める 洗っても減らない。粒が細かい・凝集しているときに多い 過飽和を下げてゆっくり育てる、撹拌を見直す、熟成させる
固溶体(格子への置換) 形の似た不純物分子が、目的物の代わりに結晶格子に入る 洗浄やスラリー撹拌では減らず、晶析を繰り返しても少しずつしか減らない 溶媒・塩の種類・結晶形を変えて格子を変える
別の固体としての析出 不純物自体が過飽和になり、別の結晶として出る 濃縮しすぎ・冷やしすぎで急に増える 最終温度・濃縮度を緩める、不純物の溶けやすい溶媒にする

とくに厄介なのが固溶体です。目的物と形や官能基がよく似た不純物(位置異性体や、1か所だけ違う類縁体)は、結晶格子に入り込めるので、何度晶析しても落ちにくくなります。この場合は同じ操作を繰り返しても効果が薄く、溶媒を変える、別の塩にする、別の多形にするなどして、結晶格子そのものを変えるほうが効きます。

逆に、母液の取り込みや表面への付着が原因なら、晶析条件(過飽和の作り方、撹拌、洗浄)を見直すだけで純度が上がります。同じ「純度が足りない」でも、原因によって打つ手がまったく違うことが、晶析を経験だけでなく原理から考える理由です。

不純物が結晶に入る4つの経路の模式図。表面への付着(冷たい溶媒での洗浄・置換洗浄)、母液の取り込み(過飽和を下げてゆっくり育てる)、固溶体(溶媒・塩・結晶形を変えて格子を変える)、別の固体としての析出(最終温度・濃縮度を緩める)

キラルな化合物の晶析

晶析は、エナンチオマーを分ける光学分割でも主役です。エナンチオマーどうしはアキラルな溶媒中では溶解度が同じなので、そのままでは晶析で分けられませんが、次のような工夫で分けられるようになります。

  • ジアステレオマー塩法:ラセミ体の酸(または塩基)に、光学活性な塩基(または酸)を組ませて塩にする。できる2つの塩はジアステレオマーなので溶解度が異なり、溶けにくい方だけが晶析で出てくる
  • 優先晶析:片方のエナンチオマーだけの結晶が別々にできるタイプ(ラセミ混合物=集合体、コングロマリット)では、過飽和のラセミ溶液に一方の種晶を入れると、準安定域の中でその種晶と同じエナンチオマーだけが先に育つ。もう一方が出てくる前にろ過して止める速度論的な操作で、種晶と準安定域の考え方がそのまま使われている
  • 結晶化誘起ジアステレオマー変換(CIDT):溶液中で立体中心が反転できる(エピメリ化できる)化合物では、溶けにくいジアステレオマーが結晶として抜けるたびに溶液中で平衡が補われ、50%の壁を超えて、理論上は100%近くまで一方に偏らせられる

光学純度を上げる目的の晶析では、ラセミ体が固体としてどのタイプか(ラセミ化合物・ラセミ混合物・まれにラセミ固溶体)で、結果が大きく変わります。もっとも多いラセミ化合物では、ラセミ体そのものは晶析で分けられません。ただし、すでにエナンチオマー過剰(ee)がある試料なら、その ee が共融組成より高ければ晶析で光学純度を上げられ、低ければ逆にラセミ化合物の結晶が出て、母液側の光学純度が上がります。こうした判断には、目的物とその鏡像体の溶解度を測った相図を使います。

晶析条件を決める流れ

研究室で初めて晶析条件を作るときも、工業晶析に移すときも、考える順番はほぼ同じです。

  1. 溶解度を測る:候補の溶媒・混合比で、温度ごとの溶解度を測る。冷却晶析か貧溶媒晶析かは、ここで決まる
  2. 準安定域を把握する:実際に使う冷却速度・撹拌で、どこまで過飽和にすると自然に結晶が出るかを確かめる
  3. 結晶形を確かめる:得られた結晶を X 線回折や熱分析で調べ、多形や溶媒和物が無いかを見る
  4. 種晶の条件を決める:どの温度(過飽和度)で、どの結晶形の種晶を入れるか
  5. 過飽和の作り方を決める:冷却や貧溶媒の加え方の速さ、最終温度、熟成時間
  6. ろ過・洗浄・乾燥を確かめる:針状の細かい結晶はろ過に時間がかかり、母液も残りやすい。結晶の形(晶癖)と粒径を、ろ過性の面からも評価する

工業の晶析槽では、溶液の濃度や粒子の数・大きさをその場で測るセンサー(赤外分光や、レーザーで粒子を数える装置など)を入れて、過飽和と核生成を監視しながら運転することもあります。測るものは違っても、「過飽和を準安定域の中に保ち、決めた結晶だけを育てる」という目標は、研究室のフラスコと変わりません。

まとめ

・晶析は、溶液などから目的物を結晶として析出させて取り出す操作。再結晶は晶析のうち「溶かし直して精製する」ものを指す
・駆動力は過飽和。飽和を超えても準安定域の中では新しい結晶はほとんど生まれず、主に種晶が育つ
・小さな結晶の芽は表面の損で不安定なので、核生成には障壁がある。過飽和が大きいほど障壁が下がり、ある所で核が一斉に生まれる
・過飽和の作り方で、冷却晶析・貧溶媒晶析・濃縮晶析・反応晶析を使い分ける。共通の要点は、結晶の表面積に見合った速さで過飽和を作ること
・同じ分子でも結晶多形があり、溶解度や安定性が違う。不純物の入り方(付着・取り込み・固溶体・別固体)を見分けると、効く対策が分かる

研究室の再結晶で「ゆっくり冷やす」「種結晶を入れる」「油状化したら薄めて温め直す」と教わる一つ一つの操作は、すべて過飽和・核生成・結晶成長の関係から説明できます。実際の操作手順と失敗したときの対処は再結晶のやり方と溶媒の選び方にまとめています。

よくある質問

晶析と再結晶の違いは何ですか?

晶析は、溶液などから目的物を結晶として析出させて取り出す操作全般を指す言葉です。再結晶は、一度固体として得たものを溶媒に溶かし直し、もう一度結晶化させて純度を上げる操作で、晶析の一種にあたります。反応液に試薬を加えて、そのまま目的物やその塩を結晶として出す場合は、晶析とは呼びますが、溶かし直しが無いのでふつう再結晶とは呼びません。また晶析では、純度だけでなく結晶の大きさや結晶形まで制御の対象にします。

晶析の準安定域とは何ですか?

溶解度を超えて過飽和になっているものの、新しい結晶がまだ自然には生まれない濃度・温度の範囲を準安定域といいます。小さな結晶の芽は表面のエネルギーの損が大きく不安定なので、ある程度以上の過飽和にならないと核が生まれないためです。準安定域の中では主にすでにある結晶が育つので、ここで種晶を入れると結晶の出始めや粒の大きさ、結晶形を制御できます。準安定域の幅は冷却速度や撹拌、微量の不純物で変わります。

晶析で種晶を入れるのはなぜですか?

種晶を入れると、結晶の芽が生まれる核生成の段階を飛ばして、結晶成長から始められるからです。その結果、結晶が出始めるタイミングがバッチごとにそろい、入れた種晶と同じ結晶形が育ちやすくなり、新しい核の大量発生による細かい結晶を防げます。種晶は、溶解度を超えた過飽和の状態で、かつ結晶が自然に出始める限界より手前の準安定域で入れます。

冷却晶析と貧溶媒晶析はどう使い分けますか?

目的物の溶解度が温度で大きく変わるなら冷却晶析、温度ではあまり変わらない場合や熱に弱い化合物なら貧溶媒晶析を選ぶのが基本です。冷却晶析は出始めの過飽和が高くなりすぎないよう、初めはゆっくり冷やします。貧溶媒晶析は、貧溶媒を加えた場所で局所的に過飽和が高くなり、細かい結晶や油状化が起きやすいので、よく撹拌しながら少しずつ加え、種晶を先に入れておくと安定します。

結晶多形があると何が問題になりますか?

同じ分子でも結晶形が違うと、融点・溶解度・溶ける速さ・安定性・ろ過のしやすさが変わるためです。医薬品では、溶ける速さの違いが体内への吸収に影響しうるので、どの結晶形を作るかを決めて毎回同じ形を作る必要があります。抗HIV薬リトナビルでは、発売後により安定で溶けにくい結晶形が現れて従来の結晶形が得られにくくなり、製剤を作り直す事態になりました。そのため開発段階で多形を探し、種晶と晶析条件で作り分けます。

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