「二重結合は単結合より強い。でも、単純に2倍の強さではない」——この一見不思議な事実の裏には、共有結合が実は2種類の異なる結合からできているという事情があります。σ結合(シグマ結合)とπ結合(パイ結合)です。同じ「結合」でも軌道の重なり方が根本的に違い、そのせいで強さも、回転できるかどうかも、反応のしやすさもまるで変わります。

この記事の答え
σ結合は軌道が結合軸上で正面から重なる結合、π結合はp軌道が横から重なる結合です。二重結合はσ結合1本とπ結合1本でできていて、π結合があるため回転できません。

この2つの結合を区別できると、有機化学のたくさんの「なぜ」が一気に解けます。なぜC=Cのまわりは回転できずシス・トランス異性が生まれるのか。なぜアルケンやアルキンは付加反応を起こしやすいのか。なぜ三重結合は直線形なのか。すべてσとπの性質の違いに行き着きます。

この記事は、化学結合を整理したい人から、院試で「二重結合が回転できない理由を軌道の観点から説明せよ」と問われる人までを対象に、σ結合とπ結合の違いを順を追って解説します。単・二重・三重結合の組み立て方まで一気につかみましょう。

この記事で学ぶこと
・σ結合とπ結合の軌道の重なり方の違い
・どちらが強いか・回転できるか
・単結合・二重結合・三重結合のσ/πの内訳
・混成軌道との関係(sp3・sp2・sp)
・二重結合が回転できない理由とシス・トランス異性

この記事は、混成軌道(sp3・sp2・sp)の知識を前提に、その混成軌道が作る2種類の結合を1テーマに絞って掘り下げる派生解説です。あわせて読むと理解が定着します。

共有結合は軌道の「重なり」でできる

共有結合とは、2つの原子が電子を出し合い、原子軌道どうしが重なってできる結合です。この「重なり方」に2つのパターンがあり、それがσ結合とπ結合です。重なりが大きいほど結合は強くなります。

σ結合(シグマ結合)とは——正面から重なる強い結合

σ結合は、2つの軌道が結合軸(2つの原子核を結ぶ直線)に沿って正面から重なる結合です。電子密度が結合軸上に集中し、軌道が真正面でがっちり重なるため、同じ原子どうしの間ならπ結合より強く、安定です(ただし F–F や O–O のように、σ結合でも弱い結合はあります)。

すべての単結合はσ結合です。s軌道どうし、s軌道とp軌道、混成軌道(sp3など)どうしの正面衝突——いずれもσ結合を作ります。もう1つの決定的な特徴は、結合軸まわりに自由に回転できることです。正面で重なっているため、軸を中心にくるくる回しても重なり具合が変わらないからです。

σ結合の特徴
・軌道が結合軸に沿って正面から重なる
・電子密度は結合軸上に集中
・同じ原子どうしならπ結合より強い
・結合軸まわりに自由回転できる

π結合(パイ結合)とは——横から重なる弱い結合

π結合は、2つのp軌道が結合軸に対して横(平行)に並び、上下(側面)で重なる結合です。電子密度は結合軸の上下に分かれて分布し、結合軸上にはほとんどありません。

横からの重なりは正面からの重なりより浅いため、π結合はσ結合より弱いのが特徴です。そしてもう1つ重要な性質——π結合は回転できません。回転しようとすると横に並んだp軌道どうしがずれて重なりが切れてしまい、π結合そのものが壊れてしまうからです。

この「弱くて回転できない」というπ結合の性質が、アルケン・アルキンの反応性の高さと、シス・トランス異性という現象を生み出します。

π結合の特徴
・p軌道が横(側面)で重なる
・電子密度は結合軸の上下に分かれる
・σ結合より弱い(重なりが浅い)
・回転できない(回すと重なりが切れて壊れる)

σ結合とπ結合の比較

項目 σ結合 π結合
重なり方 正面(結合軸に沿う) 側面(軸の上下)
電子密度 結合軸上 結合軸の上下
強さ 強い 弱い
回転 自由に回転できる 回転できない
使う軌道 混成軌道や s 軌道(正面の重なり) 混成に使われないp軌道
反応性 切れにくい(安定) 切れやすい(付加反応の的)

σ結合(結合軸に沿った正面の重なり)とπ結合(p軌道の側面の重なり)の比較図

単・二重・三重結合の組み立て方

ここが最重要ポイントです。結合の本数は次のルールで数えられます。

結合の内訳(覚える核心)
・単結合=σ結合 1本
・二重結合=σ結合 1本 + π結合 1本
・三重結合=σ結合 1本 + π結合 2本

つまりどんな結合も、最初の1本は必ずσ結合で、2本目・3本目がπ結合になります。σ結合が「骨組み」を作り、π結合が「上乗せ」で加わるイメージです。

二重結合とは——σ結合1本+π結合1本

二重結合とは、2つの原子が2組の電子対を共有してできる結合で、その中身はσ結合1本とπ結合1本です。構造式では C=C や C=O のように2本の線で書きますが、2本の線は同じ種類の結合ではありません。1本目は結合軸上で軌道が正面から重なるσ結合、2本目はその上下で p 軌道が横に重なるπ結合です。

エチレン H2C=CH2 で組み立てを追ってみます。各炭素は sp2 混成で、3つの sp2 軌道が平面内に120°ずつ開いて並びます。そのうち1つずつが向かい合って C–C のσ結合をつくり、残りの2つずつが水素の1s軌道と重なって C–H のσ結合をつくります。混成に使われなかった p 軌道が各炭素に1つずつ、分子の平面に垂直に立っていて、この2つが横に重なったものがπ結合です。p 軌道どうしは平行にそろわないと重ならないので、エチレンの6個の原子はすべて同じ平面に並びます。

エチレンの σ 骨格と π 結合を1枚に描いた図。各炭素の sp2 軌道が平面内で正面から重なって C–C と C–H の σ 結合をつくり、平面に垂直な p 軌道が平面の上下で横に重なって π 結合をつくる。6原子は同一平面にある

この組み立てから、二重結合の性質が4つ出てきます。

  • 短い:エチレンの C=C は 134 pm で、エタンの C–C(153 pm)より短い。2組の電子対が2つの原子核を引き寄せるため。
  • 強いが2倍ではない:C=C の結合エネルギーは 728 kJ/mol で、C–C(377 kJ/mol)の2倍(754 kJ/mol)より小さい。上乗せされるπ結合がσ結合より弱いため(次の節)。
  • 回転できない:回すと p 軌道の重なりが切れてπ結合が壊れる。シス・トランス異性の起源(下の節)。
  • 反応しやすい:π電子は平面の上下に張り出しているので、求電子剤の標的になる(付加反応)。

C=O(カルボニル基)や C=N も、同じくσ結合1本+π結合1本の二重結合です。ただし相手の酸素・窒素が炭素より電気陰性なので、π電子がそちらへ偏り、炭素側がやや正に帯電します。アルケンの C=C が求電子剤に攻撃されるのに対して、カルボニル炭素が求核剤に攻撃されるのはこの偏りのためです(偏りを共鳴構造で表す方法は共鳴とはで扱っています)。

なぜ二重結合は単結合の2倍の強さではないのか

二重結合はσ結合1本とπ結合1本の合計です。π結合はσ結合より弱いため、二重結合の強さは「σ+π」で単結合(σのみ)より確かに強いものの、単純な2倍にはなりません。この点はよく問われます。

混成軌道との対応

  • sp3混成(メタンなど):4本すべてσ結合。π結合なし。単結合だけ。
  • sp2混成(エチレンなど):3本のσ結合+余った1個のp軌道がπ結合1本。二重結合を含む。
  • sp混成(アセチレンなど):2本のσ結合+余った2個のp軌道がπ結合2本。三重結合を含み直線形。

混成に使われずに残ったp軌道がπ結合を作る——この対応を押さえると、分子の形(正四面体・平面・直線)とπ結合の数がひとつながりに理解できます。

二重結合が回転できない——シス・トランス異性の起源

アルケンのC=C二重結合はσ+πでできています。π結合が回転を許さないため、二重結合の両端についた基は位置が固定されます。この結果、同じ側に置換基があるシス(Z)と、反対側にあるトランス(E)という立体異性体が生まれます。

もしπ結合が回転できたら、シスとトランスは自由に入れ替わって別々の化合物として取り出せません。π結合が回転を禁じているからこそ、シス体とトランス体は融点も沸点も異なる別物として存在できるのです。「なぜC=Cは回転できないのか」と問われたら、回転すると横に重なったp軌道がずれてπ結合が切れてしまうからと答えます。

ここが差のつくポイント
・二重結合が回転できない理由=π結合が壊れるから(立体障害ではない)
・回転にはπ結合を切るエネルギー(大きな障壁)が必要
・単結合(σのみ)は自由回転→配座が生じる

π結合はなぜ反応しやすいのか

π電子は結合軸の上下に露出していて、原子核の束縛がゆるく動きやすい電子です。そのためπ結合は電子を求める求電子剤の格好の標的になります。アルケン・アルキンが付加反応を起こしやすいのは、この露出したπ電子が求電子剤を引き寄せ、弱いπ結合が切れて新しいσ結合2本に置き換わるからです(弱いπ→強いσへの変化は熱力学的にも有利)。

大学受験・院試での問われ方

  • σ/πの本数を数えよ:分子中のσ結合・π結合の数を答えさせる(二重=σ1+π1、三重=σ1+π2)。
  • 回転できない理由:C=Cが回転できない理由を軌道の重なりで説明させる。
  • 強さの比較:なぜ二重結合が単結合の2倍の強さでないかを問う。
  • 混成と結合の対応:sp/sp2/sp3とσ・πの数、分子の形を結びつけさせる。
  • 反応性:π結合が付加反応を受けやすい理由を電子の観点から説明させる。

院試で差がつくのは、「σは正面・πは側面の重なり」という軌道イメージから、強さ・回転・反応性のすべてを一貫して説明できることです。丸暗記でなく軌道の重なり方に立ち返れば、初見の分子でも自分で組み立てられます。

まとめ——σ結合とπ結合の要点

σ結合とπ結合の総まとめ
・σ結合=正面の重なり・強い・自由回転できる(単結合はこれ1本)
・π結合=側面の重なり・弱い・回転できない・反応しやすい
・二重結合=σ1+π1、三重結合=σ1+π2
・最初の1本は必ずσ、2本目以降がπ
・π結合が回転を禁じるからシス・トランス異性が生まれる

σ結合とπ結合の違いは、「軌道がどう重なるか」というただ一点から、結合の強さ・回転の可否・反応性・分子の形まで、有機化学の広い範囲を説明してくれる基本原理です。単・二重・三重結合をσとπに分解して見る習慣がつけば、アルケンやアルキンの反応も立体異性も、根っこから理解できるようになります。

参考文献

  • L. Pauling, J. Am. Chem. Soc. 1931, 53, 1367–1400. DOI: 10.1021/ja01355a027
  • J. McMurry, Organic Chemistry, 9th ed., Cengage Learning, 2016.
  • J. Clayden, N. Greeves, S. Warren, Organic Chemistry, 2nd ed., Oxford University Press, 2012.

よくある質問

σ結合とπ結合の違いは何ですか?

σ結合は2つの軌道が結合軸に沿って正面から重なる結合で、電子密度が結合軸上に集中し、同じ原子どうしならπ結合より強く、結合軸まわりに自由回転できます。π結合はp軌道が結合軸に対して横(側面)で重なる結合で、電子密度が結合軸の上下に分かれ、σ結合より弱く、回転できません。

二重結合と三重結合はどんな結合でできていますか?

単結合はσ結合1本、二重結合はσ結合1本とπ結合1本、三重結合はσ結合1本とπ結合2本でできています。どんな結合でも最初の1本は必ずσ結合で、2本目以降がπ結合として上乗せされます。

なぜ二重結合は回転できないのですか?

二重結合に含まれるπ結合が回転を許さないからです。π結合は横に並んだp軌道が側面で重なってできているため、結合軸まわりに回転しようとするとp軌道どうしがずれて重なりが切れ、π結合そのものが壊れてしまいます。このため二重結合の両端の基は位置が固定され、シス・トランス異性が生まれます。

σ結合とπ結合ではどちらが強いですか?

σ結合のほうが強い結合です。σ結合は軌道が正面からがっちり重なるのに対し、π結合はp軌道が側面で浅く重なるだけだからです。このため二重結合(σ+π)は単結合(σのみ)より強いものの、単純に2倍の強さにはなりません。

π結合はなぜ反応しやすいのですか?

π電子は結合軸の上下に露出していて原子核の束縛がゆるく動きやすいため、電子を求める求電子剤の標的になりやすいからです。アルケンやアルキンが付加反応を起こしやすいのは、この露出したπ電子が求電子剤を引き寄せ、弱いπ結合が切れてより強いσ結合に置き換わるためです。

カズ塾有機化学 第1巻「基礎編」第3章 原子軌道から混成軌道へ
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