反応機構(巻矢印)が書けないとき、多くは「どこが反応点なのか」が見えていません。逆に言うと、求核剤(nucleophile)と求電子剤(electrophile)、そして分子の中の反応点が判定できれば、機構の最初の巻矢印はほぼ自動で決まります。どんなに複雑に見える反応も、突きつめれば「求核剤の電子対が求電子剤へ流れ込んで新しい結合ができる」という一つの筋書きに収まります。

この記事では、求核剤・求電子剤の定義から始めて、なぜ電子は求核剤から求電子剤へ流れるのかを軌道(HOMO と LUMO)の言葉で説明し、そこから反応点を探す3ステップの見分け方、代表的な求核剤・求電子剤の一覧と強さの順、混同しやすい求核性と塩基性の違いまでを1本の筋でつなげます。

この記事の答え
求核剤とは、電子対を与えて新しい結合をつくる電子の豊かな化学種です。求電子剤とは、電子対を受け取って結合をつくる電子の乏しい化学種です。電子は必ず求核剤から求電子剤へ流れます。
この記事で学ぶこと
・求核剤・求電子剤の定義と、ルイス酸・ルイス塩基との関係
・電子が求核剤から求電子剤へ流れる理由(HOMO と LUMO)
・反応点を探す3ステップと、最初の巻矢印の引き方
・求核剤・求電子剤の一覧と強さの順、求核性と塩基性の違い
Contents
  1. 求核剤・求電子剤とは——定義と名前の意味
  2. なぜ電子は求核剤から求電子剤へ流れるのか——HOMOとLUMO
  3. ルイス酸塩基との関係——同じことの別の呼び方
  4. 求核剤・求電子剤の見分け方——反応点を探す3ステップ
  5. 求核剤の一覧と強さの順——何が求核性を決めるのか
  6. 求電子剤の一覧と求電子性の強さ——空の軌道の低さで決まる
  7. 求核性と塩基性は別物——相手と物差しが違う
  8. 中性分子が「両方になりうる」理由
  9. 反応の名前は試薬の性質で決まる
  10. 例題:反応点を3ステップで特定する
  11. よくあるミスと対策
  12. 試験での問われ方
  13. まとめ
  14. 練習問題
  15. よくある質問
  16. 次に読む記事(この理解を「機構」に変える)

求核剤・求電子剤とは——定義と名前の意味

求核剤(nucleophile、ヌクレオフィル)とは、電子対を相手に与えて新しい結合をつくる化学種です。負電荷・孤立電子対・π 電子のような、結合に使える電子対を持っています。求電子剤(electrophile、エレクトロフィル)とは、電子対を受け取って新しい結合をつくる化学種です。正電荷・空の軌道・δ+ に偏った原子のような、電子対を受け入れられる場所を持っています。

名前の由来は英語の nucleo-(核)と -phile(好むもの)です。ここでいう「核」は原子核、つまり正電荷の中心のことで、求核剤は「正電荷(電子の足りない場所)を求めて攻撃していくもの」という意味です。求電子剤は「電子を求めるもの」で、こちらは字面どおりです。

名前で混乱しないコツ
・求核剤=電子が豊か=電子対を与える側(反応で攻撃する側)
・求電子剤=電子が乏しい=電子対を受け取る側(攻撃される側)
・「求”核”」なのに電子を出す側。「核」は正電荷の中心のこと

反応は、求核剤の電子対が求電子剤へ流れ込み、新しい結合ができる形で進みます。巻矢印は、この電子対の動きを紙の上で表す記号で、必ず求核剤の電子対から出て、求電子剤の電子を受け取る原子に向かいます。逆向きの巻矢印は書きません。

なぜ電子は求核剤から求電子剤へ流れるのか——HOMOとLUMO

「電子が豊かな方から乏しい方へ流れる」は、言葉としては分かりやすいものの、なぜ電荷を持たない中性分子のアルケンやアンモニアまで求核剤になるのかを説明しきれません。ここでは、もう一段深く、軌道の言葉で理由を見ておきます。

分子の電子は、エネルギーの低い軌道から順に入っています。電子が入っている軌道のうち最もエネルギーの高いものを HOMO(最高被占軌道)、空の軌道のうち最もエネルギーの低いものを LUMO(最低空軌道)といいます。新しい結合ができるとき、主役になるのは一方の分子の HOMO(満たされた高い軌道)と、もう一方の分子の LUMO(空いた低い軌道)の重なりです。HOMO の電子対が LUMO へ流れ込むと、2つの軌道からエネルギーの低い結合性軌道ができ、そこに電子対が収まって系全体が安定になります。HOMO のエネルギーが高く、LUMO のエネルギーが低く、両者の差が小さいほど、この安定化は大きく、反応は速くなります。

  • 求核剤の正体:エネルギーの高い満たされた軌道(HOMO)を、相手と重なれる場所に持つ化学種。陰イオンの孤立電子対、窒素や酸素の孤立電子対、C=C の π 結合などがこれにあたります。
  • 求電子剤の正体:エネルギーの低い空の軌道(LUMO)を持つ化学種。カルボカチオンの空の p 軌道、C=O の π* 軌道、C–X 結合の σ* 軌道、BF3 のホウ素の空の p 軌道などがこれにあたります。

この見方をすると、求核剤・求電子剤が「分子」の性質ではなく「軌道(=分子のある場所)」の性質であることが分かります。たとえばカルボニル化合物は、酸素の孤立電子対(満たされた軌道)と、C=O の π* 軌道(空の軌道)の両方を持っています。酸素の孤立電子対は酸の H+ を受け取る求核点として、π* 軌道は求核剤を受け入れる求電子点として働きます。π* 軌道は電気陰性度の小さい炭素側に大きく広がっているので、求核剤は酸素ではなく炭素を攻撃します。HOMO と LUMO の考え方の詳細はHOMOとLUMOとはで扱っています。

ルイス酸塩基との関係——同じことの別の呼び方

求核剤・求電子剤は、ルイス酸・ルイス塩基とほぼ同じ概念です。対応は次のとおりです。

反応論の用語 酸塩基の用語 電子対 目印
求核剤 ルイス塩基 与える(供与体) 負電荷・孤立電子対・π 電子・δ−
求電子剤 ルイス酸 受け取る(受容体) 正電荷・空軌道・δ+

違いは着眼点です。ルイス酸塩基は「電子対を与えるか受け取るか」という性質の分類で、平衡や錯体形成の話でよく使います。求核剤・求電子剤は、反応の中で「どちらが攻撃して結合をつくるか」という役割の呼び方で、とくに炭素との結合ができる場面で使います。だから「BF3 はルイス酸であり求電子剤」「アンモニアはルイス塩基であり求核剤」と、両方の言葉で言い換えられます。ブレンステッド酸塩基を含めた定義の整理は酸と塩基の定義:Brønsted–Lowry と Lewisにあります。

求核剤・求電子剤の見分け方——反応点を探す3ステップ

見分け方の基本は、分子を丸ごと「求核剤か求電子剤か」と決めつけず、分子の中の「場所」で判断することです。反応点探しは、次の3ステップでほぼ完了します。

  • Step1:電子が「ある」場所を探す(負電荷・孤立電子対・π 結合)→ そこが求核点
  • Step2:電子が「欲しい」場所を探す(正電荷・δ+・脱離基の付いた炭素・空軌道)→ そこが求電子点
  • Step3:巻矢印は「求核点の電子対 → 求電子点」(出発点は電子対、到着点は電子を受け取る原子)

Step1:求核点(電子が濃い場所)に印をつける

まず「電子対を出せる場所」を探します。ここが巻矢印の出発点になります。

  • 負電荷:HO−、RO−、RS−、CN−、ハロゲン化物イオン X− など
  • 孤立電子対:N、O、S、ハロゲン(中性でも持つ)
  • π 結合:アルケン、アルキン、芳香環(強い求電子剤が相手なら求核点として働く)
  • 分極した金属–炭素結合:グリニャール試薬 RMgX や有機リチウム RLi の炭素(δ−)

コツ:「負電荷か孤立電子対か π 結合」を見つけたら、とりあえず求核点の候補として丸をつけて構いません。候補が複数あるときは、電荷を持つもの・電気陰性度の小さい原子の孤立電子対(O より N)を優先します。理由は後の「求核剤の強さ」の節で説明します。

Step2:求電子点(電子が薄い場所)に印をつける

次に「電子対を受け取れる場所」を探します。ここが巻矢印の到着点になります。

  • 正電荷:カルボカチオン、ニトロニウムイオン NO2+、オキソニウムイオンなど
  • δ+:強く分極した結合の正側(典型はカルボニル炭素)
  • 脱離基が付いた炭素:R–X の炭素(X が電子対を持って抜けられるので、炭素が電子対を受け取れる)
  • 空軌道を持つ原子:BF3 の B、AlCl3 の Al
  • 酸性水素:H+ として渡せる水素(塩基が相手なら求電子点になる)

分子の中で電子が薄い求電子点に印をつける手順を示したイラスト

Step3:巻矢印を1本だけ書く(最初の一手)

ここまで来れば、機構の第一歩は次の1行で決まります。

巻矢印は「求核点の電子対 → 求電子点」

巻矢印の出発点は、孤立電子対・負電荷・π 結合など電子対のある場所です。到着点は、正電荷・δ+ の原子など電子対を受け取れる原子です。求電子点の原子がすでにオクテットを満たしている場合(カルボニル炭素や R–X の炭素)は、新しい結合ができるのと同時に、その原子から別の電子対が押し出されます(C=O の π 電子が酸素へ、C–X の電子対が X へ)。この「押し出し」の巻矢印を2本目として書けば、最初の段階が完成します。

求核剤の一覧と強さの順——何が求核性を決めるのか

代表的な求核剤を、電子対の出どころで分類すると次のようになります。

分類 例 電子対の出どころ 代表的な反応
陰イオン(ヘテロ原子) HO−、RO−、RS−、I−、N3− 負電荷を持つ原子の孤立電子対 SN2、求核アシル置換
中性分子(孤立電子対) H2O、ROH、NH3、RNH2、R3P O・N・P の孤立電子対 SN1、アセタール・イミン生成
炭素求核剤 CN−、エノラート、RMgX、RLi、アセチリド 炭素上の孤立電子対・C–金属結合 C–C 結合形成(グリニャール反応・アルドール)
π 求核剤 アルケン、アルキン、芳香環、エノール π 結合の電子対 求電子付加、芳香族求電子置換
ヒドリド供与体 NaBH4、LiAlH4 B–H・Al–H 結合の電子対 カルボニルの還元

求核剤の「強さ(求核性)」は、反応の速さで比べます。教科書でよく使われるのは、ブロモメタン CH3Br との SN2 反応の相対速度で、McMurry の表では次の順になっています。

【求核性の順(CH3Br との SN2 の相対速度・McMurry 表11.1 の順)】
HS− ≈ CN− > I− > CH3O− > HO− > Cl− > NH3 > CH3CO2− > H2O
(順は基質や溶媒で入れ替わることがある)

この順には、次の4つの傾向が重なっています。どれも「電子対をどれだけ手放しやすいか(HOMO がどれだけ高いか)」と「電子対が相手に届くまでに何に邪魔されるか」で説明できます。

  • 電荷:同じ原子なら陰イオンの方が中性分子より強い(CH3O− > CH3OH、HO− > H2O)。負電荷の分だけ電子対のエネルギーが高く、手放しやすいからです。
  • 周期表の同じ周期では左ほど強い(R3C− > R2N− > RO− > F−、NH3 > H2O)。電気陰性度の小さい原子ほど電子対を強く引きつけておらず、渡しやすいからです。
  • 同じ族では下ほど強い(プロトン性溶媒中)(I− > Br− > Cl− > F−、RS− > RO−)。大きい原子は電子雲が分極しやすく(柔らかく)、離れた位置からでも相手と重なり始められること、そして水やアルコールの水素結合による溶媒和が弱いことが理由です。
  • 立体障害:かさ高い陰イオンは、塩基としては強くても求核剤としては弱い(t-BuO− は CH3O− より強い塩基だが、SN2 の求核剤としては劣る)。

3つ目の傾向は溶媒しだいで逆転します。DMSO や DMF のような極性非プロトン性溶媒の中では、小さい陰イオンを取り囲んでいた水素結合が無くなるので、F− や Cl− の求核性が大きく上がり、ハロゲン化物イオンの順序はひっくり返ります。くわしくはプロトン性・非プロトン性溶媒で扱っています。「柔らかい求核剤は柔らかい求電子剤を好む」という相性の考え方はHSAB則につながります。

求電子剤の一覧と求電子性の強さ——空の軌道の低さで決まる

代表的な求電子剤を、電子対を受け入れる軌道で分類すると次のようになります。

分類 例 受け入れる軌道 代表的な反応
陽イオン H+、カルボカチオン、NO2+、アシリウムイオン 空の軌道(カルボカチオンは空の p 軌道) SN1 の第2段階、芳香族求電子置換
カルボニル化合物 アルデヒド、ケトン、エステル、酸塩化物 C=O の π*(炭素側が大きい) 求核付加、求核アシル置換
ハロゲン化アルキルなど R–I、R–Br、R–OTs、エポキシド C–X の σ*(X の反対側が大きい) SN2(背面攻撃)
ルイス酸 BF3、AlCl3、FeBr3 中心原子の空の p 軌道など 錯体形成、求電子剤の活性化
分極したハロゲン Br2、Cl2 X–X の σ* アルケンのハロゲン化
α,β-不飽和カルボニル メチルビニルケトン、アクリル酸エステル 共役した π*(β 炭素にも広がる) マイケル付加(1,4-付加)

求電子剤の強さ(求電子性)は、空の軌道のエネルギーがどれだけ低いかと、そこがどれだけ立体的に空いているかで決まります。よく比べられる組み合わせを、理由と一緒に並べておきます。

  • カルボン酸誘導体:酸塩化物 > 酸無水物 > チオエステル > エステル > アミド。カルボニル炭素の隣の原子が孤立電子対を共鳴で供与するほど C=O の δ+ が弱まり、求電子性が下がります。N(アミド)は O より電気陰性度が小さく、供与が強いので最も反応しにくくなります(カルボン酸誘導体と求核アシル置換)。
  • アルデヒド > ケトン:ケトンはアルキル基が2つ付いていて、電子供与で δ+ が弱まるうえ、求核剤が近づく空間も狭くなります(アルデヒドとケトン:求核付加反応)。
  • カルボカチオン:安定なカチオンほど求電子性は弱くなります。第三級やベンジル型のカチオンは、超共役や共鳴で空の p 軌道に電子が補われているので、メチルカチオンや第一級カチオンより穏やかです(カルボカチオンの安定性)。
  • SN2 の基質:メチル > 第一級 > 第二級(第三級はほぼ起こらない)。σ* 軌道の大きいローブは脱離基の反対側にあり、そこを置換基がふさぐほど求核剤が届かなくなります。脱離基は R–I > R–Br > R–Cl の順に抜けやすく、良い脱離基の条件は脱離基の強さの順にまとめています。
  • 弱い求電子剤の活性化:Br2 はそのままではベンゼンと反応しませんが、FeBr3(ルイス酸)が Br に配位すると Br–Br 結合がさらに分極し、ベンゼンの π 電子を受け取れるほど強い求電子剤になります。酸触媒がカルボニル酸素をプロトン化して求電子性を上げるのも同じ発想です。

求核性と塩基性は別物——相手と物差しが違う

求核性と塩基性は、どちらも「電子対を差し出す能力」ですが、相手と物差しが違います。

  • 塩基性:プロトン H+ に電子対を差し出す能力。平衡(熱力学)で決まり、共役酸の pKa で比べられます。
  • 求核性:炭素などの原子に電子対を差し出して結合をつくる能力。反応の速さ(速度論)で決まります。

2つは同じ傾向を示すことが多いものの、ずれる場面があります。ハロゲン化物イオンでは、塩基性は F− > Cl− > Br− > I−(共役酸 HX の pKa は HF が最も大きい)なのに、プロトン性溶媒中での求核性は I− > Br− > Cl− > F− と逆になります。プロトンは小さく、どんな塩基とも近づけるので「電子対をどれだけ強く結合に使えるか」がそのまま効きます。一方、炭素への攻撃では、溶媒和の殻を脱いで、混み合った炭素に近づく速さが問われるので、分極しやすく溶媒和の弱い大きなイオンが有利になります。t-BuO− のように、強い塩基なのに求核剤としては弱いものは、E2 脱離を起こさせたいときの塩基として使われます。pKa と塩基の強さの関係は酸と塩基とは?pKaと共役塩基の安定性を参照してください。

求核性を左右する因子
・電荷:陰イオンは中性分子より求核性が高い(RO− > ROH)
・分極率:大きく柔らかい原子ほど求核性が高い(プロトン性溶媒中で I− > F−)
・溶媒:極性非プロトン性溶媒では陰イオンが裸に近づき求核性が上がる
・立体障害:かさ高いと塩基としては働けても求核剤としては弱い

中性分子が「両方になりうる」理由

中性分子では、電子が濃い場所(求核点)があれば、どこかに電子が薄い場所(求電子点)も同居しています。分子全体では電荷がゼロなので、電子が偏れば必ず反対側に δ+ が生まれるからです。たとえば水は、カルボニルに対しては酸素の孤立電子対で攻撃する求核剤ですが、強い塩基に対しては H+ を渡す酸(求電子的な H を持つ分子)としてふるまいます。

カルボニル化合物も、炭素が求電子点(δ+、π* が大きい)である一方、酸素が求核点(孤立電子対・δ−)になります。酸触媒の反応では、まず酸素の孤立電子対が H+ を受け取り、その結果カルボニル炭素の求電子性が上がります。さらに、カルボニル化合物の α 炭素は、塩基で水素を引き抜かれてエノラートになると、今度は炭素求核剤として働きます(カルボニルα置換反応)。共鳴で電子の偏りが変わる例は共鳴とはも参考になります。つまり、「この分子は求核剤」と単純化せず、分子の中の場所(サイト)と、相手との組み合わせで判断するのがコツです。

エノラートのように、求核点が2か所(炭素と酸素)ある求核剤を二座求核剤(ambident 求核剤)と呼びます。どちらで攻撃するかは相手の求電子剤の性質で変わり、その使い分けはHSAB則で整理できます。

反応の名前は試薬の性質で決まる

求核剤と求電子剤が見分けられると、反応の名前から機構が読めるようになります。有機反応の名前は、多くの場合基質(反応の舞台になる分子)に作用させる試薬が求核剤か求電子剤かで付けられています。

反応名 試薬(名前の由来) 基質 代表例
求核置換(SN1・SN2) 求核剤 求電子剤 ハロゲン化アルキル+HO−
求核付加 求核剤 求電子剤 カルボニル化合物+グリニャール試薬
求電子付加 求電子剤 求核剤 アルケン+HBr
芳香族求電子置換 求電子剤 求核剤 ベンゼン+NO2+

ポイントは、アルケンや芳香環は π 電子を持つ「求核剤」側だということです。だからアルケンに HBr が付く反応は「求電子付加」と呼ばれます。アルケン(求核剤)の π 電子が H–Br のプロトン(求電子剤)を攻撃する反応で、名前は試薬(HBr=求電子剤)の性質を表しています(アルケンの求電子付加)。置換反応で「求核置換」と「求電子置換」を分ける見方は求核置換反応と求電子置換反応の違いで整理しています。

例題:反応点を3ステップで特定する

例1:アルケン+HBr(最初の巻矢印だけ)

Step1:アルケンの π 結合=求核点(電子対がある)
Step2:HBr の H=求電子点(H–Br は分極し、H が δ+)
Step3:巻矢印は「π 結合 → H」、同時に「H–Br の結合電子対 → Br」

この2本が書ければ、次に生じるカルボカチオン(求電子点)へ Br−(求核点)が攻撃する、という第2段階も同じ手順で見えてきます。

エチレンと HBr の2段階機構(巻矢印つき)。第1段階は C=C の π 電子対(求核点・青)から H(求電子点・赤)へ、H–Br の結合電子対から Br へ動いてカルボカチオンと Br− ができる。第2段階は Br−(求核点)の孤立電子対がカルボカチオンの炭素 C+(求電子点)へ動いて臭化エチルになる

例2:カルボニル+シアン化物イオン(求核付加の入口)

Step1:CN−=求核点(炭素上の孤立電子対)
Step2:カルボニル炭素=求電子点(δ+、π* が炭素側に大きい)
Step3:巻矢印は「CN− の炭素の孤立電子対 → カルボニル炭素」、同時に「C=O の π 電子対 → O」

例3:ハロゲン化アルキル+求核剤(置換の入口)

Step1:Nu(孤立電子対・負電荷)=求核点
Step2:R–X の炭素=求電子点(X が脱離基、σ* は X の反対側に大きい)
Step3:巻矢印は「Nu の電子対 → 炭素(X の反対側から)」、同時に「C–X の電子対 → X」

例4:BF3+ジエチルエーテル(炭素が関わらない例)

Step1:エーテルの酸素の孤立電子対=求核点(ルイス塩基)
Step2:BF3 のホウ素=求電子点(空の p 軌道を持ち、オクテットを満たしていない)
Step3:巻矢印は「O の孤立電子対 → B」の1本だけ。B はもともと6電子なので、押し出される電子対はありません。

よくあるミスと対策

「化合物全体」で求核・求電子を決め打ちする

中性分子は場所によって性格が違うことが多くあります。水・アミン・カルボニル化合物はその典型です。「カルボニル化合物は求電子剤」と覚えていると、酸触媒でカルボニル酸素がプロトン化される段階(酸素が求核点として働く段階)が書けなくなります。反応点(サイト)で判断しましょう。

巻矢印の出発点が「原子」や「正電荷」になっている

巻矢印は原子からではなく電子対から出します。孤立電子対・負電荷・π 結合の中央(=電子対)を出発点にする癖をつけてください。正電荷(カルボカチオンなど)から巻矢印を出すのは典型的な誤りで、正電荷は電子対を受け取る側=巻矢印の到着点です。

到着点の原子のオクテットを超えさせる

カルボニル炭素や R–X の炭素はすでに4本の結合を持っています。求核剤の巻矢印を1本だけ書いて終わると、炭素が5本の結合を持つことになります。新しい結合ができる分だけ、どの電子対が押し出されるのか(π 電子が O へ、C–X の電子対が X へ)を2本目の巻矢印で必ず示しましょう。

求核性と塩基性を同一視する

強い塩基は強い求核剤であることが多いものの、溶媒や立体障害で逆転します。まずはこの記事の手順で反応点を外さず、そのうえで「この試薬は置換を起こすのか、脱離を起こすのか」を条件(溶媒・混み合い・温度)で判断するのが安全です。置換と脱離の分かれ目はSN1・SN2 反応で扱っています。

試験での問われ方

  • 求核剤・求電子剤を指摘せよ:反応式の中で電子対を出す側と受け取る側を答えさせる。分子全体ではなく、原子(反応点)で答えるのが確実です。
  • 最初の段階の巻矢印を書け:求核点の電子対から求電子点へ。押し出される電子対の巻矢印まで書く。
  • 求核性の順に並べよ:電荷・周期表の位置・分極率・溶媒・立体障害の5つで判断し、溶媒(プロトン性か非プロトン性か)を必ず確認する。
  • 求核性と塩基性がずれる理由を述べよ:塩基性は対 H+ の平衡(熱力学)、求核性は対炭素の速さ(速度論)と切り分け、ハロゲン化物イオンの例で説明する。
  • 反応の型を答えよ:基質と試薬のどちらが電子に富むかを見て、求核置換・求核付加・求電子付加などを判定する。

まとめ

求核剤・求電子剤の総まとめ
・求核剤=電子対を与える側(ルイス塩基・高い HOMO)、求電子剤=受け取る側(ルイス酸・低い LUMO)
・巻矢印は必ず求核点の電子対から求電子点へ。押し出される電子対も書く
・見分けは分子全体でなく場所(サイト)で。中性分子は両方の顔を持つ
・求核性(対炭素・速さ)と塩基性(対 H+・平衡)は別物で、溶媒と立体でずれる

求核剤と求電子剤は、有機反応の登場人物そのものです。分子を見て「満たされた高い軌道はどこか」「空いた低い軌道はどこか」を探し、電子対が前者から後者へ流れる筋書きを描けるようになれば、初見の反応でも機構を自分で組み立てられます。「電子が余っているところから足りないところへ動く」という原理で有機反応全体を場所ごとに整理した地図が電子が動く8つの舞台です。教科書の章としての位置づけはマクマリー有機化学 第6章「有機反応の概観」にあります。

練習問題

次の各問で、(1) 求核点 (2) 求電子点 (3) 最初の巻矢印を、1本だけ書くつもりで文章で答えてください。

問題1

NH3とCH3Clが反応するとき、求核点と求電子点はどこですか?

問題1の解答

求核点:NH3 の N 原子上の孤立電子対。
求電子点:CH3Cl の C 原子(C–Cl 結合が分極して C が δ+、Cl が脱離基になる)。
最初の巻矢印:N の孤立電子対 → CH3Cl の C 原子(Cl の反対側から)。同時に C–Cl の結合電子対 → Cl。

問題2

シアン化物イオンとアルデヒドが反応するとき、求核点と求電子点はどこですか?

問題2の解答

求核点:CN− の炭素上の孤立電子対(炭素側で攻撃して C–C 結合ができる)。
求電子点:アルデヒドのカルボニル炭素(C=O の C が δ+、π* 軌道が炭素側に大きい)。
最初の巻矢印:CN− の炭素の孤立電子対 → カルボニル炭素。同時に C=O の π 電子対 → O。

問題3

アルケンとHBrが反応するとき、最初の巻矢印はどこからどこへ向かいますか?

問題3の解答

求核点:アルケンの π 結合(電子対)。
求電子点:HBr の H(H–Br が分極して H が δ+)。
最初の巻矢印:C=C の π 結合 → H。同時に H–Br 結合の電子対が Br へ移動して Br− が生じます。

問題4

アセトンを酸触媒で水と反応させるとき、最初に求核点として働くのはどこですか?

問題4の解答

最初に働く求核点は、カルボニル酸素の孤立電子対です。H3O+ の H(求電子点)へ巻矢印を引き、カルボニル酸素をプロトン化します。プロトン化でカルボニル炭素の δ+ が強まり、次の段階で水の酸素の孤立電子対(求核点)がカルボニル炭素(求電子点)を攻撃します。同じカルボニル化合物が、段階によって求核点(酸素)と求電子点(炭素)の両方を使う例です。

よくある質問

求核剤と求電子剤とは何ですか?

求核剤は電子対を差し出して新しい結合をつくる電子の豊かな化学種で、反応で攻撃する側です。求電子剤は電子対を受け取って結合をつくる電子の乏しい化学種で、攻撃される側です。反応では求核剤の電子対が求電子剤へ流れ込んで新しい結合ができます。名前は紛らわしいですが、求核剤が電子を与える側です。

求核剤と求電子剤はルイス酸・ルイス塩基とどう違いますか?

ほぼ同じ概念です。求核剤はルイス塩基(電子対供与体)、求電子剤はルイス酸(電子対受容体)に対応します。ルイス酸塩基が電子対の授受という性質の分類であるのに対し、求核剤・求電子剤は反応でどちらが攻撃して結合をつくるかという役割の呼び方です。BF3 はルイス酸であり求電子剤、アンモニアはルイス塩基であり求核剤です。

求核性と塩基性の違いは何ですか?

塩基性はプロトン H+ に電子対を差し出す能力で、平衡(熱力学)で決まり、共役酸の pKa で比べられます。求核性は炭素などに電子対を差し出して結合をつくる能力で、反応の速さ(速度論)で決まります。似た傾向を示すことが多い一方、ハロゲン化物イオンではプロトン性溶媒中で順序が逆になり、かさ高い t-BuO− は強い塩基なのに求核剤としては弱いので、同一視できません。

アルケンは求核剤ですか、求電子剤ですか?

アルケンは C=C の π 電子を持ち、σ 結合より高いエネルギーの電子対を差し出せるので求核剤としてふるまいます。アルケンに HBr が付く反応は、アルケン(求核剤)が H–Br のプロトン(求電子剤)を攻撃する求電子付加反応です。芳香環も同じく π 電子を持つ求核剤で、芳香族求電子置換を受けます。ただしカルボニル基と共役したアルケンは β 炭素が電子不足になり、求電子剤として マイケル付加を受けます。

プロトン性溶媒中でヨウ化物イオンが強い求核剤になるのはなぜですか?

ヨウ化物イオンは大きく分極しやすい(柔らかい)ので、離れた位置からでも炭素と重なり始められ、しかも水やアルコールの水素結合による溶媒和が弱く、溶媒の殻に邪魔されにくいからです。小さいフッ化物イオンは強く溶媒和されて動きが鈍ります。そのためプロトン性溶媒中の求核性は I− > Br− > Cl− > F− となり、塩基性の順と逆になります。DMSO などの非プロトン性溶媒では順序が逆転します。

次に読む記事(この理解を「機構」に変える)