求核置換反応と求電子置換反応の違い|攻撃種・基質・中間体で見分ける
ブロモメタンに水酸化物イオンを加えると、Br が OH に置き換わります。ベンゼンに混酸(濃硝酸+濃硫酸)を加えると、H が NO2 に置き換わります。どちらも「置換反応」なのに、前者は求核置換、後者は求電子置換と呼ばれます。さらにややこしいことに、同じ芳香環でも、ニトロ基のついたクロロベンゼンに OH− を加える反応は求核置換です。
この区別があいまいなままだと、「反応の種類を答えよ」「この基の効果を説明せよ」と問われたときに、名前と機構がちぐはぐになります。逆に、名前は「攻撃してくる試薬」の性格で付くという1つの規則と、基質が電子不足か電子豊富かという1つの視点を押さえれば、5つの代表的な置換反応はすべて同じ表の上に並べられます。
名前の付け方——「求核」「求電子」は攻撃してくる試薬の性格
極性反応(イオン反応)では、必ず電子対を出す側(求核剤)と電子対を受け取る側(求電子剤)がそろっています。求核剤だけ、求電子剤だけで進む極性反応はありません。つまり、どの置換反応にも求核剤と求電子剤の両方が登場します。
それでも反応に「求核」「求電子」の区別があるのは、変換される有機化合物(基質)を主語にして、そこへ攻撃してくる試薬の性格で名前を付けるという約束があるからです。この約束は求核剤と求電子剤の解説で扱った命名の規則と同じです。
| 反応名 | 攻撃してくる試薬 | 基質の役割 | 基質の反応点の電子状態 |
|---|---|---|---|
| 求核置換 | 求核剤(OH−・CN−・RO−・アミンなど) | 求電子剤 | 電子不足(δ+ の炭素) |
| 求電子置換 | 求電子剤(NO2+・Br+ 相当・アシリウムイオンなど) | 求核剤 | 電子豊富(π電子の多い環) |
表の「基質の役割」の列を見てください。求電子置換では、基質(ベンゼン)のほうが求核剤として働いています。 反応名と基質の役割が逆になるので、「求電子置換=基質が求電子剤」と読み違えないことが最初の関門です。
求核置換——電子不足の炭素を求核剤が攻撃する
求核置換の基質は、電気陰性度の大きい原子(ハロゲン・酸素など)と結合した炭素をもつ化合物です。代表はハロゲン化アルキル R–X です。C–X 結合の電子は X 側に偏るので、炭素は δ+ になり、電子対をもった求核剤に攻撃されます。求核剤が新しい結合をつくると、X はC–X 結合の電子対を持ったまま X− として抜けます。
ここで決定的に大事なのが「抜けるものが電子対を持って出ていく」という点です。電子対を抱えて安定に存在できるのは、弱い塩基(強酸の共役塩基)だけです。I−・Br−・Cl−・TsO−(トシラート)や、プロトン化されたヒドロキシ基から抜ける H2O がよい脱離基になるのはこのためです(序列の理由は脱離基の強さの解説)。逆に、H−(ヒドリド)や CH3− はきわめて強い塩基なので、求核置換で脱離基として抜けることはありません。求核置換で置き換わるのは H ではなく脱離基だ、という区別はここから来ています。
なお、厳密な用語(IUPAC)では、結合の電子対を持って抜けるものを求核脱離基(nucleofuge)、電子対を残して抜けるものを求電子脱離基(electrofuge)と呼び分けます。求電子置換で外れる H+ は後者です。大学の教科書で単に「脱離基」と言えば前者を指すので、この記事でも「脱離基」は電子対を持って抜ける側の意味で使います。
求核置換には、結合の切れる順番によって2つの機構があります。
- SN2:求核剤が脱離基の反対側(背面)から攻撃し、結合の生成と切断が1段階で同時に起こる。中間体はなく、遷移状態を1つ通る。立体配置は反転する。立体障害の小さいメチル・第一級で起こりやすい
- SN1:先に脱離基が抜けてカルボカチオン中間体ができ、そこへ求核剤が来る2段階。速度は基質の濃度だけで決まる。カチオンを安定化できる第三級・ベンジル位・アリル位で起こりやすい(理由はカルボカチオンの安定性)
どちらが起こるかを決める4つの因子(基質の級数・脱離基・求核剤・溶媒)と立体化学は、SN1・SN2 反応の解説で詳しく扱っています。入門としては求核置換反応とはから読むと流れがつかめます。
求電子置換——電子豊富な芳香環を求電子剤が攻撃する
求電子置換の代表は、ベンゼン環の H が別の原子団に置き換わる芳香族求電子置換(求電子芳香族置換、EAS とも呼ぶ)です。ベンゼンの6個の π 電子は σ 電子より原子核に束縛されにくく、環の上下に広がっています。この π 電子が、強い求電子剤 E+ に電子対を差し出して結合をつくります。
反応は2段階です。
- 第1段階:π 電子が E+ を攻撃し、正電荷が環内の3か所に非局在化したσ錯体(アレニウムイオン)ができる。ここで芳香族性がいったん失われるので、この段階が遅い(律速段階になることが多い)
- 第2段階:E が結合した炭素の H が H+ として外れ、C–H 結合の電子対が環に戻って芳香族性が回復する
なぜ付加で止まらず置換になるのか
アルケンに Br2 を加えると付加(求電子付加)で終わるのに、ベンゼンは置換になります。違いは第2段階にあります。σ錯体に求核剤が付加すると芳香族性を失った生成物になりますが、H+ を失えば芳香族性を取り戻せます。芳香族の安定化を回復できる経路のほうが有利なので、ベンゼンは付加ではなく置換を選びます。アルケン側の機構はアルケンの求電子付加と比べると違いがはっきりします。
なぜ抜けるのが H+ なのか
求核置換の脱離基は電子対を持って出ていきました。芳香族求電子置換で H が抜けるときは逆で、C–H 結合の電子対は環に残り、H は電子を持たない H+ として出ていきます。H+ は塩基(反応液中の HSO4− や FeBr4− など)が引き抜くので、容易に外れます。電子対を残して抜ければよいので、ヒドリドが抜けられないという求核置換の制約はかかりません。
なぜ触媒で強い求電子剤をつくるのか
ベンゼンはアルケンほど求核性が高くありません。π 電子が芳香族の安定化を受けているので、攻撃して芳香族性を失う第1段階のハードルが高いからです。そのため Br2 だけではベンゼンと反応しにくく、FeBr3 で Br–Br 結合を分極させて「Br+ 相当」の強い求電子剤にします。ニトロ化の H2SO4(NO2+ の生成)、Friedel–Crafts アシル化の AlCl3(アシリウムイオンの生成)も同じ役割です。主要な5反応は芳香族求電子置換の解説とニトロ化・スルホン化・ハロゲン化、置換基による速さと位置の違いは置換基効果の解説で扱っています。
求電子置換は芳香環だけの反応ではありません。カルボニル化合物の α 置換(たとえば酸触媒でのケトンの α-臭素化)では、エノールの C=C(求核剤)が Br2(求電子剤)を攻撃し、最終的に α 位の H が Br に置き換わります。形式上は「電子豊富な基質を求電子剤が攻撃し、H が H+ として抜ける」置換です(詳しくはカルボニル α 置換反応の解説)。有機金属化合物の炭素–金属結合が求電子剤に切られる反応も、脂肪族の求電子置換に分類されます。大学の基礎有機化学で「求電子置換」と言えば、まず芳香族求電子置換を指すと考えてかまいません。
対比表——5つの置換反応を同じ物差しで並べる
ここまでの2つに、芳香族の求核置換(SNAr)とカルボン酸誘導体の求核アシル置換を加えて、5つの代表的な置換反応を並べます。
| 反応 | 基質(反応点) | 攻撃種 | 脱離するもの | 中間体・遷移状態 | 代表例 |
|---|---|---|---|---|---|
| SN2 | sp3 炭素–脱離基(メチル・第一級) | 求核剤(強いもの:OH−・CN−・I− など) | 脱離基(X−・TsO− など) | 中間体なし。1段階の遷移状態(背面攻撃・立体反転) | CH3Br + OH− → CH3OH |
| SN1 | sp3 炭素–脱離基(第三級・ベンジル位・アリル位) | 求核剤(弱いものでよい:H2O・ROH) | 脱離基(X−、プロトン化したアルコールなら H2O。先に抜ける) | カルボカチオン | (CH3)3CBr + H2O → (CH3)3COH |
| 芳香族求電子置換 | 電子豊富な芳香環の C–H | 求電子剤(NO2+・Br+ 相当・アシリウムイオン・SO3/HSO3+) | 主に H+ | σ錯体(アレニウムイオン・カチオン) | ベンゼンのニトロ化 → ニトロベンゼン |
| 求核芳香族置換(SNAr) | 脱離基の o/p 位に電子求引基をもつハロゲン化アリール | 求核剤(OH−・RO−・アミン) | 脱離基 X−(付加が律速のため SN1・SN2 と逆に F が最も速い) | Meisenheimer錯体(アニオン) | 1-クロロ-2,4-ジニトロベンゼン + OH− → 2,4-ジニトロフェノキシド(酸処理で 2,4-ジニトロフェノール) |
| 求核アシル置換 | カルボン酸誘導体のカルボニル炭素(RCOCl > 酸無水物 > RCOOR’ > RCONR’2 の順に反応しにくくなり、アミドは酸か塩基と加熱が必要) | 求核剤(H2O・ROH・アミン・OH−) | 脱離基(Cl−・RCOO−・R’O−。酸性条件ではプロトン化された R’OH・R’2NH として抜ける) | 四面体中間体(付加–脱離) | CH3COCl + CH3OH → CH3COOCH3 + HCl |
表を縦に読むと、規則がはっきりします。
- 攻撃種が求核剤の4つ(SN2・SN1・SNAr・求核アシル置換)は、どれも基質の反応点が電子不足で、抜けるのは電子対を持った脱離基
- 攻撃種が求電子剤の1つ(芳香族求電子置換)だけは、基質が電子豊富で、抜けるのは主に電子対を残した H+
- 中間体の電荷も対応していて、求核剤の電子対が流れ込む SNAr・求核アシル置換では、環やカルボニル酸素に負電荷が乗った中間体(Meisenheimer錯体・四面体中間体)ができる。求電子剤が付加する芳香族求電子置換では、環に正電荷が乗った中間体(σ錯体)ができる
中性の求核剤(アミン・アルコール)が付加した直後は、負電荷と、求核剤側の窒素や酸素の正電荷を両方もつ双性イオンで、プロトン移動を経て次の段階へ進みます。酸触媒の求核アシル置換(Fischer エステル化など)では、先にカルボニル酸素がプロトン化されるので、四面体中間体は負電荷を帯びません。それでも「求核剤の電子が反応点に入ってくる側に電子密度が増える」点は共通です。
スルホン化は可逆で、ベンゼンスルホン酸を希硫酸中で加熱すると、H+ が求電子剤として SO3H のついた炭素を攻撃し、SO3 が抜けてベンゼンに戻ります(脱スルホン化)。抜けるのは H ではありませんが、攻撃種は求電子剤なので、これも芳香族求電子置換です。
なぜ芳香環でも求核置換が起こるのか——SNAr
ハロゲン化アリール(クロロベンゼンなど)は、ふつうの条件では SN1 も SN2 も起こしません。SN2 に必要な背面は環の内側にあって求核剤が入れず、SN1 で生じるアリールカチオンは、正電荷を収める空の軌道が s 性の高い sp2 軌道で、しかも環の平面内にあるため π 電子の共鳴でも安定化されず、きわめて不安定だからです。sp2 炭素–ハロゲン結合が sp3 炭素–ハロゲン結合より強く切れにくいことも、両方の経路を遅くしています。
ところが、脱離基のオルト位またはパラ位にニトロ基などの強い電子求引基があると、求核剤が環の炭素に付加できるようになります。付加で生じた負電荷が共鳴でニトロ基の酸素まで広がり、安定化されるからです。この負電荷をもつ中間体が Meisenheimer錯体で、そこから脱離基が抜けて芳香族性が戻ります。順番は「付加 → 脱離」です。
ここで、ニトロ基の役割が芳香族求電子置換と正反対になっていることに注目してください。
| 芳香族求電子置換 | 求核芳香族置換(SNAr) | |
|---|---|---|
| 中間体の電荷 | 正(σ錯体) | 負(Meisenheimer錯体) |
| ニトロ基の効果 | 環を不活性化し、m 位へ導く | 環を活性化する(脱離基の o/p 位にあるとき) |
| 電子供与基(OCH3 など)の効果 | 環を活性化し、o/p 位へ導く | 付加を遅くする |
| 置き換わるもの | 主に H | 脱離基(ハロゲン) |
中間体が正電荷か負電荷かを決めれば、置換基の効果は自動的に決まります。正電荷の中間体は電子供与基で安定化され、負電荷の中間体は電子求引基で安定化されるからです。メタ位のニトロ基では、負電荷が共鳴でニトロ基の酸素まで届かないため、SNAr を十分に加速できません。
脱離基の序列も SN1・SN2 と逆になります。SNAr では求核剤の付加(Meisenheimer錯体の生成)が律速段階なので、C–X 結合が切れやすいかより、電気陰性度の大きい X が付加を速めるかが効きます。そのためハロゲンの中では F が最も速く置換されます。条件と機構の詳細は求核芳香族置換反応(SNAr)の解説にまとめています。
なお、電子求引基のないクロロベンゼンでも、NaNH2 のような非常に強い塩基を使うとアニリンへの置換が起こります。これは SNAr ではなく、HCl が脱離してベンザインができ、そこへ求核剤が付加する脱離–付加機構です(ベンザイン機構の解説)。芳香環の「結果として求核置換」は、付加–脱離(SNAr)と脱離–付加(ベンザイン)の2つの機構に分かれます。
なぜカルボン酸誘導体は付加–脱離で置換されるのか——求核アシル置換
酸塩化物やエステルのカルボニル炭素は、C=O の分極と、結合した Cl や OR’ の電気陰性度によって δ+ になっています。求核剤はこの炭素に SN2 のように直接置き換わるのではなく、まず C=O の π 結合に付加して sp3 の四面体中間体をつくります。平面的な sp2 炭素は面の上下から近づきやすく、C=O の π* 軌道は C–Cl の σ* 軌道よりエネルギーが低いので、求核剤の電子対はまず π* に入るからです。
四面体中間体では、酸素の負電荷(または孤立電子対)が C=O を再生しようとし、そのときに抜けやすい基が押し出されます。抜けるのは脱離基として安定な Cl− や R’O− で、だから「置換」になります。
同じカルボニル化合物でも、アルデヒドとケトンは求核剤と反応して付加で止まります。四面体中間体から押し出すべき基が H− や単純な R−(炭素アニオン)しかなく、通常の条件ではどちらも脱離基として抜けられないからです(ハロホルム反応の CX3− のように安定化された炭素アニオンは例外)。脱離基があれば置換、なければ付加——これも「求核置換では脱離基が電子対を持って抜ける」という原則の言い換えです。反応性の序列(酸塩化物 > 酸無水物 > エステル > アミド)と個々の変換はカルボン酸誘導体と求核アシル置換反応の解説、付加で止まる側はカルボニルへの求核付加反応で扱っています。
どちらが起きるか——判定フロー
問題文の基質と試薬から、どの置換反応が起こるかを決める手順です。最初に試薬が求核剤か求電子剤かを決め、そのあと上から順に基質の反応点を当てはめます。塩化ベンジル(芳香環と sp3 炭素–Cl の両方をもつ)のように反応点が2つある基質でも、試薬を先に決めておけばどちらが反応するかで迷いません。
| 手順 | 確認すること | 当てはまれば |
|---|---|---|
| 0 | 試薬は求核剤(電子対を出す:陰イオン・孤立電子対をもつ分子)か、求電子剤(電子対を受け取る:陽イオン・ルイス酸で活性化された分子)か | 求核剤なら手順1・2・4・5、求電子剤なら手順3へ |
| 1 | 試薬が求核剤で、反応点が sp3 炭素–脱離基(ハロゲン化アルキル・トシラート・プロトン化したアルコール)か | 求核置換(SN1/SN2)。級数・求核剤・溶媒で SN1 か SN2 かを決め、強塩基なら E1・E2 との競合も考える |
| 2 | 試薬が求核剤で、反応点がカルボニル炭素で、脱離基が結合している(酸塩化物・酸無水物・エステル・アミド)か | 求核アシル置換(付加–脱離)。脱離基が無いアルデヒド・ケトンなら求核付加 |
| 3 | 基質が芳香環で、試薬が求電子剤(混酸・Br2/FeBr3・RCOCl/AlCl3・発煙硫酸)か | 芳香族求電子置換(主に H が置き換わる)。位置は置換基効果で決める |
| 4 | 基質が芳香環で、試薬が求核剤、環に脱離基があり、その o/p 位に電子求引基があるか | 求核芳香族置換(SNAr)(付加–脱離・Meisenheimer錯体) |
| 5 | 芳香環+求核剤だが電子求引基が無く、試薬が NaNH2 などの非常に強い塩基か | ベンザイン機構(脱離–付加)。電子求引基も強塩基も無ければ、ふつうの条件では置換は起こらない |
この表で特に大事なのは、手順0と、手順3・4の分かれ目です。同じ芳香環でも、試薬が電子対を受け取りに来る(求電子剤)のか、電子対を渡しに来る(求核剤)のかで、起こる反応が入れ替わります。試薬が何者かを見分ける練習は求核剤・求電子剤の見分け方が役に立ちます。脱離との競合はE1・E2 脱離反応の解説で扱っています。
紛らわしい点の整理
ベンゼンは求核剤なのに「求電子置換」
繰り返しになりますが、反応名は攻撃してくる試薬で決まります。ベンゼンは π 電子を差し出す求核剤で、実際に電子対を差し出して結合をつくるのはベンゼンの π 電子のほうです。巻矢印もベンゼン環から E+ に向かって書きます。「求電子剤 E+ が基質に入り、H と入れ替わる反応」という意味で求電子置換と呼ぶ、と理解すると矛盾しません。
SNAr は芳香族でも求核置換
「芳香族の置換=求電子置換」と覚えていると、SNAr で崩れます。芳香族か脂肪族かは基質の種類であり、求核か求電子かは攻撃種の種類です。2つは独立した分類軸なので、「芳香族 × 求核」の組み合わせも当然あります。
求核アシル置換は SN2 ではない
求核アシル置換は、名前に「求核」「置換」と入っていても SN2 とは別の機構です。SN2 は1段階で中間体が無く、sp3 炭素で起こります。求核アシル置換は sp2 のカルボニル炭素で起こり、四面体中間体を経る2段階(付加–脱離)です。機構を書く問題で、酸塩化物に背面攻撃の矢印を書くのは誤りです。付加–脱離の型そのものは付加–脱離機構の解説で比べられます。
SN1 の第1段階には求核剤が出てこない
SN1 の律速段階は脱離基が抜けてカルボカチオンができる段階で、求核剤は関与しません。それでも求核置換と呼ぶのは、反応全体として求核剤が脱離基と入れ替わるからです。名前は全体の結果と攻撃種で付いていて、律速段階の中身までは表していません。
例題
・(1) SN2 → ペンタンニトリル CH3CH2CH2CH2CN。第一級 C–Br(手順1)+強い求核剤 CN−。DMSO は陰イオンを溶媒和しにくく求核性を高める
・(2) 芳香族求電子置換 → o-・p-ニトロトルエン。NO2+ は求電子剤(手順3)。メチル基が o/p 攻撃の σ錯体を安定化する
・(3) SNAr → 2,4-ジニトロアニソール。CH3O− は求核剤、Cl の o・p 位にニトロ基(手順4)。Meisenheimer錯体の負電荷がニトロ基に広がる
・(4) 求核アシル置換 → 安息香酸エチル。エタノールが C=O に付加し Cl− が抜ける(手順2)。ピリジンは HCl を中和する塩基
・(5) 芳香族求電子置換 → m-ブロモニトロベンゼン。ニトロ基が σ錯体を不安定化し、o/p 攻撃では正電荷が N+ の隣の炭素に乗るため m 位へ
(5) の理由を補足します。ニトロ基は電子求引基なので、どの位置に入っても σ錯体は不安定になり、反応はベンゼンより遅くなります。o/p 位に入ると、正電荷がニトロ基の結合した炭素に乗る共鳴構造が生じます。ニトロ基の窒素はもともと形式電荷 +1 をもつので、隣り合う原子に正電荷が並ぶこの構造は特に不利で、それを避けられる m 位に入ります。(3) と比べると、同じニトロ基が SNAr では加速し、芳香族求電子置換では減速することがわかります。
試験での問われ方
- 反応の型を答える:基質と試薬を見て「求核置換/求電子置換/求核アシル置換/SNAr」を区別させる。上の判定フローがそのまま使える
- 役割を指摘する:反応式中の求核剤・求電子剤を答えさせる。芳香族求電子置換で「ベンゼンが求核剤」と答えられるかが分かれ目
- 置換基効果の逆転を説明する:ニトロ基が芳香族求電子置換では不活性化、SNAr では活性化になる理由を、中間体の電荷で説明させる
- 機構を書く:σ錯体・Meisenheimer錯体・四面体中間体を正しく描き、巻矢印の出発点を孤立電子対か π 電子に置けるかを見る
- 反応しない理由を説明する:クロロベンゼンが通常の条件で SN2・SN1 を起こさない理由、アルデヒドが置換ではなく付加で止まる理由
置換・付加・脱離・転位という分類全体の中での位置づけは、有機反応の分類で確認できます。
まとめ
5つの置換反応は、ばらばらに覚えると混ざりますが、「誰が攻撃してくるか」「何が電子対をどちらに持って抜けるか」「中間体は正か負か」の3点で並べ直すと、1枚の表に収まります。問題を見たら、まず試薬が求核剤か求電子剤かを決め、次に基質の反応点を見て判定フローに当てはめてください。
よくある質問
攻撃してくる試薬の違いです。求核置換は求核剤(電子対を出す試薬)が電子不足の炭素を攻撃して脱離基と入れ替わる反応、求電子置換は求電子剤(電子対を受け取る試薬)が電子豊富な芳香環などに入り、H+ と入れ替わる反応です。
求核剤です。ベンゼンの π 電子が求電子剤(NO2+ など)に電子対を差し出して結合をつくるので、巻矢印はベンゼン環から求電子剤に向かって書きます。反応名の「求電子」は、攻撃してくる試薬の性格を表しています。
攻撃種が求核剤か求電子剤かが違います。SNAr では求核剤が脱離基のついた炭素に付加し、負電荷をもつ Meisenheimer錯体を経て脱離基が抜けます。芳香族求電子置換では求電子剤が環を攻撃し、正電荷をもつ σ錯体を経て H+ が抜けます。そのため、ニトロ基は SNAr を加速し、芳香族求電子置換を減速します。
同じではありません。SN2 は sp3 炭素で起こる1段階の反応で、中間体はありません。求核アシル置換は sp2 のカルボニル炭素で起こり、求核剤が C=O に付加して四面体中間体をつくったあと、脱離基が抜ける2段階の付加–脱離です。
ふつうの実験室の条件では反応しません。クロロベンゼンは背面攻撃ができないので SN2 を起こさず、アリールカチオンが不安定なので SN1 も起こさず、電子求引基が無いので SNAr も進みにくいからです。o 位や p 位にニトロ基があれば SNAr が進み、NaNH2 のような非常に強い塩基を使えばベンザイン機構で置換が起こります。
