ベンゼン環に臭素1つとメチル基2つがついた化合物を、ある人は「1-ブロモ-3,4-ジメチルベンゼン」、別の人は「4-ブロモ-1,2-ジメチルベンゼン」と書きました。どちらの名前からも同じ構造式を描けます。それでも IUPAC 名として正しいのは後者だけです。

命名法の規則は「1つの構造に1つの名前」を決めるためのものです。芳香族化合物では、環には端が無いので番号をどこから・どちら回りに振るかの選択肢が多く、さらにフェノールや安息香酸のような慣用名が親化合物になるので、鎖の化合物より判断の段階が1つ多くなります。そのぶん、順番どおりに判断すれば迷わずに名前が決まります。

この記事は、芳香族化合物の IUPAC 命名を手順として解けるようにするための演習寄りの解説です。ベンゼン環の構造、主な誘導体の慣用名の一覧、o-・m-・p- の基本はベンゼン環とは?構造式の書き方と主な誘導体の名前一覧にまとめているので、先に読んでおくと例題がスムーズです。

この記事の答え
多置換ベンゼンは、①最優先の官能基で親化合物を決め、②その基の炭素(無ければいずれかの置換基)を1位とし、位置番号が最小になる向きに番号を振り、③接頭語をアルファベット順に並べて命名します。
この記事で学ぶこと
・親化合物(ベンゼン・フェノール・安息香酸・アニリンなど)を官能基の優先順位で決める方法
・最小位置番号の比べ方(合計ではなく「最初に違いが出る位置」)とアルファベット順の使いどころ
・二置換・三置換、慣用名を親にする場合としない場合、両方が慣用名をもつ場合の例題
・フェニル・ベンジル・トリルの使い方、環と鎖のどちらを親にするかの判断、ナフタレンの番号付け
Contents
  1. 命名の手順は4段階
  2. 手順1:親化合物を決める——語尾は1つしか選べない
  3. 手順2・3:番号を振る——最小位置番号とアルファベット順
  4. 例題で段階的に練習する
  5. 置換基としてのベンゼン環——フェニル・ベンジル・アリール・トリル
  6. 親は環か鎖か——2段階で判断する
  7. 縮合多環の番号付けの入口——ナフタレン・アントラセン・フェナントレン
  8. 2013年勧告での慣用名の扱い——「使える」にも段階がある
  9. よくある間違い
  10. 練習問題
  11. まとめ
  12. よくある質問
  13. 関連記事

命名の手順は4段階

芳香族化合物の名前は、次の4段階で組み立てます。一般的な IUPAC 命名の考え方(語幹・語尾・接頭語の組み立て)はIUPAC命名法の基本、官能基の優先順位表の全体は多官能性化合物のIUPAC命名法で扱っています。ここでは芳香環に特有の判断に絞ります。

  1. 親化合物を決める:最も優先順位の高い官能基(名前の語尾になるもの)がどこにあるかで、親をベンゼン・慣用名(フェノールなど)・鎖のどれにするかを決める
  2. 1位を決める:親の官能基がついた炭素を1位にする。親がベンゼンなら、置換基のどれか1つがついた炭素を1位にする
  3. 向きを決める:置換基全体の位置番号が最小になる向きに番号を振る。同点なら、アルファベット順で先に来る置換基に小さい番号を与える
  4. 並べる:接頭語を英語名のアルファベット順に並べ、親化合物の名前の前に置く

それぞれの段階に「なぜそうするか」があります。順に見ていきます。

手順1:親化合物を決める——語尾は1つしか選べない

IUPAC 名では、名前の語尾(接尾語)になる官能基は1つだけです。カルボン酸なら「〜酸」、アルコール・フェノールなら「〜オール」、アミンなら「〜アミン」が語尾になり、残りの官能基は接頭語(ヒドロキシ-、アミノ- など)で表します。語尾になる官能基を親化合物がもっていなければ名前が組み立てられないので、親化合物は「最優先の官能基を含む部分」から選ぶことになります。

官能基の優先順位は、芳香族で出てくるものに限ると次の順です(全体の表は優先順位表の記事)。

カルボン酸 > スルホン酸 > エステル > アミド > ニトリル > アルデヒド > ケトン > アルコール・フェノール > アミン

ハロゲン(クロロ-・ブロモ-)、ニトロ基(ニトロ-)、アルコキシ基(メトキシ- など)、アルキル基は接頭語としてしか使えません。これらしかついていないベンゼン環は、ベンゼンそのものを親にします。

最優先の官能基がベンゼン環に直接ついているときは、その官能基をもつ慣用名を親にできます。慣用名の一覧は入口記事の誘導体一覧に譲り、ここでは「親として使えるか」という観点で整理します。

環についた最優先の基 親化合物の名前 1位になる炭素 名前の例
–COOH 安息香酸(benzoic acid) COOH がついた炭素 3-ニトロ安息香酸
–CN ベンゾニトリル(benzonitrile) CN がついた炭素 4-クロロベンゾニトリル
–CHO ベンズアルデヒド(benzaldehyde) CHO がついた炭素 4-メトキシベンズアルデヒド
–OH フェノール(phenol) OH がついた炭素 4-ニトロフェノール
–NH2 アニリン(aniline) NH2 がついた炭素 4-メチルアニリン
語尾になる基が無い ベンゼン(benzene) 置換基のどれか1つ 1-クロロ-4-ニトロベンゼン

親の官能基がついた炭素は1位です。慣用名(フェノール・安息香酸など)が親のときは、「4-ニトロフェノール」のように1位は名前に書きません。「1-ヒドロキシ-4-ニトロベンゼン」は、語尾にすべき OH を接頭語で書いているので誤りです。

トルエンとアニソールは「親になりにくい」慣用名
・トルエン(メチル基)とアニソール(メトキシ基)は、語尾になる官能基をもたない
・そのため環に OH・NH2・CHO・COOH などがあると、それらをもつ慣用名のほうが親になる
・置換基の種類にも制限がある(後半の「2013年勧告での慣用名の扱い」)

手順2・3:番号を振る——最小位置番号とアルファベット順

位置番号は「最初に違いが出る位置」で比べる

1位を決めたら、環を時計回りに振るか反時計回りに振るかを選びます。親がベンゼンのときは、1位をどの置換基に置くかの選択もあります。そのすべての候補のうち、置換基の位置番号の組を小さい順に並べて、最初に違いが出たところで小さいほうを選びます。これを最小位置番号の規則(first point of difference)と呼びます。

冒頭の化合物で確かめます。臭素とメチル基2つの組では、番号の振り方によって位置番号の組が {1,2,4}、{1,3,4}、{1,2,5} などに変わります。

候補A:臭素とパラのメチル基を1位、となりのメチル基へ  → {1, 2, 4}  4-ブロモ-1,2-ジメチルベンゼン
候補B:臭素を1位にする                        → {1, 3, 4}  1-ブロモ-3,4-ジメチルベンゼン
候補C:臭素とメタのメチル基を1位、となりのメチル基へ  → {1, 2, 5}  5-ブロモ-1,2-ジメチルベンゼン
比べ方:1番目はどれも1 → 2番目で A・C の「2」が B の「3」より小さい → 3番目で A の「4」が C の「5」より小さい

4-ブロモ-1,2-ジメチルベンゼンの環に番号を振る3つの候補。候補A(1,2,4)・候補B(1,3,4)・候補C(1,2,5)を並べ、位置番号の組が最小の候補Aを採用することを示す構造式

答えは候補A、4-ブロモ-1,2-ジメチルベンゼンです。ここで比べているのは番号の合計ではありません。ベンゼン環の場合は、合計で比べても同じ結果になります(6個の位置への置換基の置き方をすべて数え上げると一致します)。それでも規則は「最初の相違点」です。鎖の化合物では両者が食い違う例があり、たとえば炭素10個の主鎖にメチル基が3つある化合物では {2,7,8}(合計17)と {3,4,9}(合計16)の比較になり、正しいのは最初の位置で小さい {2,7,8} です。比べ方を合計で覚えると、鎖の化合物で失点します。

同点のときだけアルファベット順が番号を決める

位置番号の組がどちら回りでも同じになることがあります。そのときは、アルファベット順で先に来る置換基に小さい番号を与えます。塩素とニトロ基がパラの関係にある化合物は、どちらを1位にしても {1,4} です。chloro は nitro より先なので、塩素が1位になります。

1-クロロ-4-ニトロベンゼン(1-chloro-4-nitrobenzene)
誤り:4-クロロ-1-ニトロベンゼン(組は同じ {1,4} だが、同点の決め方が逆)

1-クロロ-4-ニトロベンゼンの構造式。環の炭素に1〜6の番号を付け、アルファベット順で先の塩素を1位、ニトロ基を4位とする

アルファベット順が番号を決めるのは、あくまで位置番号の組が同点のときだけです。組に差があれば、アルファベット順は番号に関係しません。

手順4:名前の中の並びはアルファベット順

番号が決まったら、接頭語を英語名のアルファベット順に並べます。番号の小さい順ではありません。日本語名も英語名の順序に合わせるので、五十音順にもしません。di-・tri- などの倍数接頭語は並べ替えの判定に含めません(dimethyl は m で並べる)。

2-クロロ-1-エチル-4-ニトロベンゼン(2-chloro-1-ethyl-4-nitrobenzene)
  位置番号の組 {1,2,4} で番号は決まる(エチル基が1位)
  並びは c(chloro)→ e(ethyl)→ n(nitro)
誤り:1-エチル-2-クロロ-4-ニトロベンゼン(番号順に並べた/五十音順でエ→クと並べた)

2-クロロ-1-エチル-4-ニトロベンゼンの構造式。エチル基を1位、塩素を2位、ニトロ基を4位として環に番号を付けた図

「1位の置換基を名前の先頭に書く」と思い込んでいると、この例で間違えます。番号を決める規則(手順3)と、名前の中で並べる規則(手順4)は別物です。

例題で段階的に練習する

構造式が手元にある前提で、手順1〜4を当てはめていきます。各例題は、上の4段階のどこで判断が要るかを示しています。

例題1:二置換・ベンゼンが親(同点はアルファベット順)

臭素とエチル基がメタの関係にある化合物を命名せよ。

手順1:語尾になる基が無い → 親はベンゼン
手順3:どちらを1位にしても {1,3} で同点 → bromo が ethyl より先 → 臭素が1位
答え:1-ブロモ-3-エチルベンゼン(1-bromo-3-ethylbenzene)

1-ブロモ-3-エチルベンゼンの構造式。臭素を1位、エチル基を3位として環に番号を付けた図

例題2:三置換・ベンゼンが親(倍数接頭語は並べ替えに含めない)

エチル基1つとメチル基2つが互いにメタの関係(1,3,5の位置)にある化合物を命名せよ。

手順3:どれを1位にしても {1,3,5} で同点 → ethyl(e)が methyl(m)より先 → エチル基が1位
手順4:並びは ethyl → dimethyl(di は無視して m で判定)
答え:1-エチル-3,5-ジメチルベンゼン(1-ethyl-3,5-dimethylbenzene)
誤り:1,3-ジメチル-5-エチルベンゼン(dimethyl を d で並べた)

1-エチル-3,5-ジメチルベンゼンの構造式。エチル基を1位、メチル基を3位と5位として環に番号を付けた図

置換基が3つになると o-・m-・p- では位置を表せません。o/m/p は「2つの置換基の関係」を表す言葉なので、三置換体では数字を使います。

例題3:慣用名を親にする(親の官能基が1位)

OH の隣(オルト)にニトロ基、向かい(パラ)に塩素がある化合物を命名せよ。

手順1:OH は語尾「〜オール」になる → 親はフェノール
手順2:OH がついた炭素が1位(名前には書かない)
手順3:ニトロ基側へ回ると {2,4}、反対へ回ると {4,6} → {2,4}
手順4:chloro → nitro の順
答え:4-クロロ-2-ニトロフェノール(4-chloro-2-nitrophenol)

4-クロロ-2-ニトロフェノールの構造式。OH のついた炭素を1位とし、ニトロ基が2位、塩素が4位になるよう環に番号を付けた図

同じ考え方で、COOH から見て両側のメタ位に臭素と塩素がある化合物は、どちら回りでも {3,5} で同点になるので、アルファベット順で先の臭素が3位、3-ブロモ-5-クロロ安息香酸です。親の官能基が1位に固定されていても、残りの向きの決め方は同じです。

3-ブロモ-5-クロロ安息香酸の構造式。COOH のついた炭素を1位とし、臭素が3位、塩素が5位になるよう環に番号を付けた図

例題4:両方の置換基が慣用名をもつ

次の3つの化合物を命名せよ。いずれも2つの置換基はパラの関係にある。

2つの置換基がパラの関係にある3つの化合物の構造式。(a) 4-ヒドロキシ安息香酸、(b) 4-メチルアニリン、(c) 4-メトキシベンズアルデヒドで、優先される基の炭素を1位として環に番号を付けた図

どちらの置換基にも慣用名がある(フェノールと安息香酸、トルエンとアニリン、アニソールとベンズアルデヒド)ので迷いますが、決め手は手順1の優先順位です。

化合物 候補の慣用名 優先される基 答え
(a) フェノール/安息香酸 COOH(カルボン酸 > アルコール・フェノール) 4-ヒドロキシ安息香酸
(b) トルエン/アニリン NH2(メチル基は語尾になれない) 4-メチルアニリン
(c) アニソール/ベンズアルデヒド CHO(メトキシ基は語尾になれない) 4-メトキシベンズアルデヒド

(a) を「4-カルボキシフェノール」と書くのは、語尾にすべき COOH を接頭語にしているので誤りです。(b) は慣用的に p-トルイジン、(c) は p-アニスアルデヒドとも呼ばれますが、系統的に組み立てるとこの名前になります。

例題5:慣用名を親にしない場合

トルエンのメチル基から見て2,4,6の位置にニトロ基が3つある化合物(TNT)を命名せよ。

一般名:2,4,6-トリニトロトルエン(トルエンを親、メチル基の炭素が1位)
優先IUPAC名:2-メチル-1,3,5-トリニトロベンゼン

TNT の構造式。ベンゼンを親にした名前、2-メチル-1,3,5-トリニトロベンゼンの番号(ニトロ基が1・3・5位、メチル基が2位)を環に付けた図

2つの名前があるのは、IUPAC の2013年勧告で、トルエンは「置換しない形でだけ優先IUPAC名に使う」と定められたからです(詳しくは後半)。ベンゼンを親にすると、4つの置換基全体で位置番号を最小にします。候補は {1,2,4,6}(メチル基を1位)、{1,2,3,5}(ニトロ基を1位にしてメチル基の側へ回る)などで、2番目までは同じ、3番目で {1,2,3,5} が小さいので、2-メチル-1,3,5-トリニトロベンゼンになります。

もう1つ、トルエンの環にスルホ基(–SO3H)がパラの関係でついた化合物は、スルホン酸が語尾になるので親はベンゼンスルホン酸で、優先IUPAC名は4-メチルベンゼン-1-スルホン酸です(位置番号1を省いた4-メチルベンゼンスルホン酸も広く使われます)。位置番号が1つでも必要な名前では、1も省かずにすべて書くのが規則だからです。実験室では p-トルエンスルホン酸(TsOH)と呼ばれます。

4-メチルベンゼン-1-スルホン酸(p-トルエンスルホン酸)の構造式。スルホ基のついた炭素を1位、メチル基を4位として環に番号を付けた図

置換基としてのベンゼン環——フェニル・ベンジル・アリール・トリル

ベンゼン環が親ではなく置換基になるとき、つまり最優先の官能基が環の外(鎖の上)にあるときは、環を置換基名で呼びます。フェニル基・ベンジル基・アリール基の構造と略号(Ph・Bn・Ar)は入口記事の表にあるので、ここでは名前の中での使い方を見ます。

置換基名 構造 名前の中での使い方
フェニル(phenyl) C6H5– 2-フェニルエタン-1-オール(PhCH2CH2OH)
ベンジル(benzyl) C6H5CH2– ベンジルアルコール(系統名はフェニルメタノール)
トリル(tolyl) CH3C6H4– o-・m-・p-トリル(優先される名前は2-・3-・4-メチルフェニル)
フェニレン(phenylene) –C6H4–(2か所で結合) 1,4-フェニレン(パラの位置で2本の結合をもつ)

アリール基(Ar)は特定の置換基の名前ではなく、「芳香環から水素を1つ除いた基」の総称です。反応式で ArX と書けば、フェニル基でもトリル基でもナフチル基でもよいことを表します。

置換基になった環の番号は「結合している炭素が1」

フェニル基の上にさらに置換基があるときは、親につながっている炭素を1位として番号を振り、置換基名ごと括弧に入れます。

CH3CO–C6H4–Cl(塩素がパラの位置)
親:ケトンが語尾 → エタン-1-オン(C=O を含む2炭素の鎖)
置換基:環は親に結合した炭素が1位 → 塩素は4位 → 4-クロロフェニル
答え:1-(4-クロロフェニル)エタン-1-オン(1-(4-chlorophenyl)ethan-1-one)

1-(4-クロロフェニル)エタン-1-オンの構造式。環の炭素のうちケトンに結合した炭素を1位とし、塩素が4位になる番号を付けた図

この化合物を「4′-クロロアセトフェノン」と書く流儀もありますが、2013年勧告ではアセトフェノンは置換しない形でだけ使う一般名とされ、置換体はこのように系統的に書くのが優先IUPAC名です。括弧が要るのは、「4-クロロフェニル」が1つのまとまった置換基だと示すためです。同じ理由で、PhCH2Br は「(ブロモメチル)ベンゼン」と括弧付きで書きます(官能種類名では臭化ベンジル)。括弧の規則は多官能性化合物の命名法でも扱っています。

親は環か鎖か——2段階で判断する

ベンゼン環と炭素鎖がつながった化合物では、どちらを親にするかを次の順で決めます。

判断1:最優先の官能基がどちらにあるか

最優先の官能基が鎖の上にあれば、鎖が親で、環はフェニル基などの置換基になります。PhCH2CH2OH は OH が鎖についているので 2-フェニルエタン-1-オール、PhCH2CH2CH2COOH は 4-フェニルブタン酸です。官能基が環にあれば、手順1のとおり環(フェノールなど)が親です。どちらも「語尾になる基を含む部分が親になる」という手順1と同じ理屈です。

2-フェニルエタン-1-オールと4-フェニルブタン酸の構造式。OH・COOH の炭素を1位として鎖の炭素に番号を付け、環はフェニル基として置換基になる図

判断2:官能基が無いとき(炭化水素・ハロゲン化物など)

語尾になる官能基が無い場合は、教科書(McMurry など)の流儀では炭素の数で比べます。アルキル基の炭素が6個以下ならアルキルベンゼン(エチルベンゼン、ヘキシルベンゼン)、7個以上なら鎖を親にしてフェニル基を置換基にします(2-フェニルヘプタン)。

一方、2013年勧告の優先IUPAC名では、この場合は常に環を親にします。勧告自身が、heptylbenzene を優先IUPAC名、1-phenylheptane を「炭素数の多い鎖を親にした一般名」として並べています。

2-フェニルヘプタン(優先IUPAC名は(ヘプタン-2-イル)ベンゼン)の構造式。ヘプタン鎖の炭素に1〜7の番号を付けた図

一般名としては、環と鎖のどちらを親にしても IUPAC で認められています。答案では授業や教科書の流儀に合わせ、問われているのが優先IUPAC名なら環を親にすると覚えておけば足ります。

縮合多環の番号付けの入口——ナフタレン・アントラセン・フェナントレン

ベンゼン環が辺を共有してつながった縮合多環では、番号の振り方が環系ごとに決まっていて、置換基の位置に合わせて番号を選び直すことはありません。ベンゼンのように「どこを1位にするか」を選ぶのではなく、決まった番号の中で置換基の位置を読み、同じ構造を表せる番号が複数あるときに最小のものを選びます。

  • ナフタレン:2つの環が共有する2個の炭素は 4a・8a と呼び、それ以外の8個に1〜8を振る。縮合部分の隣の 1・4・5・8 位を α 位、2・3・6・7 位を β 位と呼ぶ。1-ナフトールの優先IUPAC名はナフタレン-1-オール
  • アントラセン:3つの環が一直線に並ぶ。中央の環の2つの CH が 9・10 位で、9,10-アントラキノンの優先IUPAC名はアントラセン-9,10-ジオン
  • フェナントレン:3つの環が折れ曲がって並ぶ。中央の環の2つの CH が 9・10 位

ナフタレン・アントラセン・フェナントレンの番号付け。ナフタレンは1〜8位と縮合位置4a・8a(アルファ位とベータ位を色分け)、アントラセンとフェナントレンは中央の環の9・10位と縮合位置4a・4b・8a・9a・10aを示した図

アントラセンとフェナントレンの番号は、IUPAC でも「特別な番号付け(special numbering)」として固定されたもので、縮合環の一般的な番号付けの規則から導かれるものではありません。なぜ中央が9・10なのかを規則から導こうとせず、そういう番号だと覚えるのが正解です。ナフタレンが芳香族である理由や代表的な多環芳香族の性質は、多環芳香族化合物の基本で扱っています。

2013年勧告での慣用名の扱い——「使える」にも段階がある

入口記事で書いたとおり、トルエン・フェノール・アニリン・安息香酸・ベンズアルデヒドといった慣用名は IUPAC 命名でも使用が認められています。ただし2013年勧告(現行の IUPAC 有機化学命名法)を読むと、認められ方には段階があります。「優先IUPAC名(PIN)として使えるか」と「置換基をつけてよいか」の2つの軸で整理すると次のとおりです。

慣用名 優先IUPAC名(PIN)か 置換 補足
フェノール・アニリン・安息香酸・ベンズアルデヒド・ベンゾニトリル PIN 置換してよい 4-ニトロフェノールなどがそのまま PIN
トルエン PIN PIN では置換しない 一般名ではハロゲン・ニトロ基など限られた基による置換が認められる
キシレン(1,2-・1,3-・1,4-) PIN 置換しない o-・m-・p-キシレンの形も一般名として認められる
アニソール PIN PIN では置換しない 一般名では限られた基による置換が認められる
スチレン 一般名のみ 環の上だけ PIN はエテニルベンゼン
アセトフェノン 一般名のみ 置換しない PIN は1-フェニルエタン-1-オン
メシチレン 一般名のみ 置換しない PIN は1,3,5-トリメチルベンゼン
クメン・シメン 残されていない – クメンは (プロパン-2-イル)ベンゼン

もう1つ大事なのが o-・m-・p- の扱いです。2013年勧告では、置換名の中では数字の位置番号(1,2-・1,3-・1,4-)を使うのが原則で、o-・m-・p- が一般名として残るのはキシレン・クレゾール・トリル基に限られています。講義や問題集では p-ニトロトルエンのような書き方にも出会うので読めることは必要ですが、自分で系統名を書くときは数字にしておくと安全です。

一般名(general nomenclature)と優先IUPAC名(PIN)
・規則に従った IUPAC 名は1つとは限らず、一般名として複数が認められることがある
・その中から「1つだけ選ぶならこれ」と決めたのが優先IUPAC名(PIN)で、2013年勧告で導入された
・試験で「IUPAC名を答えよ」と問われたら、授業で教わった流儀の系統名で書けばよい

よくある間違い

ここまでの規則を、間違え方の側から並べ直します。

間違い 例 正しい考え方
位置番号を合計で比べる 「合計が小さいほう」で選ぶ 最初に違いが出る位置で比べる(ベンゼンでは結果が一致しても、鎖では食い違う)
名前の中を番号順に並べる 1-エチル-2-クロロ-4-ニトロベンゼン 英語名のアルファベット順:2-クロロ-1-エチル-4-ニトロベンゼン
五十音順で並べる エチル→クロロ の順 日本語名も英語名の順(chloro → ethyl)
倍数接頭語で並べる 1,3-ジメチル-5-エチルベンゼン di は無視して m で判定:1-エチル-3,5-ジメチルベンゼン
親の官能基を接頭語にする 4-カルボキシフェノール、1-ヒドロキシ-4-ニトロベンゼン 優先される基を語尾に:4-ヒドロキシ安息香酸、4-ニトロフェノール
親の基を数え直す 3-メチルトルエン トルエンのメチル基は1位で数え直さない。メチル基2つなら m-キシレン(1,3-ジメチルベンゼン)
o-・m-・p- と数字の混用
・「o-1,2-ジクロロベンゼン」のように両方を書かない(どちらか一方で位置を表す)
・置換基が3つ以上ある化合物に o/m/p は使えない(「m-ジクロロニトロベンゼン」ではニトロ基の位置が決まらない)
・p-ニトロトルエンの p は、親(トルエン)の1位から見た位置。数字で書けば4-ニトロトルエン(優先IUPAC名は1-メチル-4-ニトロベンゼン)

フェニル基とベンジル基の取り違えも典型的な誤りです。PhCH2OH はベンジルアルコール(フェニルメタノール)で、「フェニルアルコール」とは呼びません。–CH2– を1つはさむかどうかを構造式で確認してから名前を選びます。

練習問題

答えはアコーディオンを開いて確認してください。構造は文章で示しているので、まず自分で構造式を描いてから解くと練習になります。

練習1:構造から名前

臭素が1つ、塩素が2つついたベンゼンがある。塩素の1つは臭素の隣(オルト)、もう1つは臭素の向かい(パラ)にある。この化合物を命名せよ。

練習1の構造式。ベンゼン環に臭素1つと塩素2つがついた化合物

練習1の解答

1-ブロモ-2,4-ジクロロベンゼンです。語尾になる基が無いので親はベンゼン。臭素を1位にして隣の塩素の側へ回ると {1,2,4}、塩素を1位にする候補は {1,2,5} や {1,3,4} になるので、{1,2,4} が最小です。並びは bromo → dichloro(di は無視して c で判定するので b が先)。

練習2:慣用名を親にする

NH2 の隣(オルト)に塩素、向かい(パラ)にニトロ基があるベンゼン誘導体を命名せよ。

練習2の構造式。ベンゼン環にアミノ基・塩素・ニトロ基がついた化合物

練習2の解答

2-クロロ-4-ニトロアニリンです。NH2 は語尾「〜アミン」になれる基で、ハロゲンとニトロ基は接頭語にしかなれないので親はアニリン。NH2 の炭素が1位、塩素の側へ回ると {2,4}、反対へ回ると {4,6} なので {2,4}。並びは chloro → nitro です。

練習3:どこが間違っているか

「2-エチル-4-クロロ-1-ニトロベンゼン」という名前の誤りを指摘し、正しい名前に直せ。

練習3の解答

位置番号(ニトロ基1位・エチル基2位・塩素4位、組は {1,2,4})は正しく、誤りは並べ方です。接頭語はアルファベット順に chloro → ethyl → nitro と並べるので、正しくは 4-クロロ-2-エチル-1-ニトロベンゼンです。番号を決める規則と、名前の中で並べる規則は別だという点を確認する問題です。

練習4:名前から構造

4-メチル-3-ニトロ安息香酸の構造を説明せよ。

練習4の解答

親は安息香酸なので、COOH がついた炭素が1位です。そこから見て4位(パラ)にメチル基、3位(メタ)にニトロ基があり、メチル基とニトロ基は互いに隣(オルト)の関係です。名前の並びは methyl → nitro のアルファベット順で、番号の小さい順ではない点にも注意します。
練習4の構造式。ベンゼン環にカルボキシ基・メチル基・ニトロ基がついた化合物(解答の確認用)

練習5:環か鎖か

C6H5CH2CH2CH2COOH を命名せよ。また、COOH を CH3 に置き換えた C6H5CH2CH2CH2CH3 の名前はどうなるか。

練習5の解答

最優先の官能基 COOH が鎖の上にあるので鎖が親で、4-フェニルブタン酸です(COOH の炭素が1位、環は4位の炭素につく)。C6H5CH2CH2CH2CH3 は語尾になる基が無く、アルキル基の炭素は4個で環より少ないので、教科書の流儀でも優先IUPAC名でもブチルベンゼンです。

練習6:ナフタレンの番号

ナフタレンの、縮合部分の炭素の隣にある炭素に OH が1つついた化合物を命名せよ。また、OH の位置を4位・5位・8位と呼ばないのはなぜか。

練習6の解答

ナフタレン-1-オール(1-ナフトール、α-ナフトール)です。縮合部分の隣の炭素は 1・4・5・8 位の4か所で、分子の対称性からどれに OH があっても同じ化合物になります。同じ構造を表せる番号のうち最小のものを使うので、1位と呼びます。

まとめ

芳香族化合物の命名の要点
・親化合物は最優先の官能基で決める。環にあれば慣用名(安息香酸・フェノール・アニリンなど)、無ければベンゼン、鎖にあれば鎖が親
・親の基の炭素が1位。置換基全体の位置番号を「最初に違いが出る位置」で比べて最小にする
・位置番号の組が同点のときだけ、アルファベット順で先の置換基に小さい番号を与える
・名前の中の並びは英語名のアルファベット順(倍数接頭語は無視・五十音順にしない)
・三置換以上は数字で。o/m/p は二置換の関係を表す言葉で、系統名では数字が原則

よくある質問

多置換ベンゼンの位置番号は番号の合計が小さくなるように付けるのですか?

いいえ。IUPAC の規則は、位置番号の組を小さい順に並べて最初に違いが出た位置で比べる「最初の相違点」の規則です。ベンゼン環では合計で比べても結果は同じになりますが、鎖の化合物では {2,7,8} と {3,4,9} のように合計と食い違う例があり、正しいのは最初の位置で小さい {2,7,8} です。

置換基の並べ方はアルファベット順と位置番号順のどちらですか?

名前の中では英語名のアルファベット順に並べます。たとえば 2-クロロ-1-エチル-4-ニトロベンゼンでは、1位のエチル基より先に chloro を書きます。アルファベット順が番号そのものを決めるのは、どちら回りでも位置番号の組が同じになる場合だけです。

ヒドロキシ基とカルボキシ基が両方ついたベンゼンは、フェノールと安息香酸のどちらを親にしますか?

安息香酸を親にします。カルボン酸はアルコール・フェノールより優先順位が高く、名前の語尾になるからです。パラの位置関係なら 4-ヒドロキシ安息香酸と命名し、4-カルボキシフェノールとは書きません。

トルエンに置換基がついた化合物は、トルエンを親にして命名してよいですか?

一般名としては、ハロゲンやニトロ基などの限られた置換基であればトルエンを親にしてよく、2,4,6-トリニトロトルエンのように書きます。ただし IUPAC の2013年勧告では、トルエンは置換しない形でだけ優先IUPAC名になるので、優先IUPAC名は 2-メチル-1,3,5-トリニトロベンゼンのようにベンゼンを親にします。

命名の前提になるベンゼン環の構造と、慣用名で呼ばれる主な誘導体の一覧は、ベンゼン環とは?構造式の書き方と主な誘導体の名前一覧にまとめています。

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