MSフラグメンテーションの読み方|α開裂とMcLafferty転位・m/z 91の意味

質量分析で分子式が決まっても、それは原子の個数が分かっただけです。C5H12O と分かっても、構造の候補はまだ十数個あります。
その候補を減らすのが、分子イオンより軽いピークです。分子はイオン化のときに壊れ、壊れ方には規則があります。どこが切れたかが読めれば、骨格の断片が手に入ります。
この記事では、正電荷がどこに残るかという原則から、官能基ごとの特徴的な開裂までを扱います。
ベースピークは、いちばん安定なカチオンである
フラグメンテーションを読む原則は1つだけです。
これは新しい規則ではありません。カルボカチオンの安定性の序列(第3級 > 第2級 > 第1級、ベンジル・アリルは別格)をそのまま使います。
2,2-ジメチルブタンを例にします。分子量は 86 ですが、実際のスペクトルで最も高いピーク(ベースピーク)は m/z 57 です。
| 失うラジカル | 質量 | 残るイオン m/z | 相対強度 |
|---|---|---|---|
| CH3• | 15 | 71 | 10% |
| C2H5• | 29 | 57 | 100% |
| C3H7• | 43 | 43 | 75% |
| C4H9• | 57 | 29 | 40% |
m/z 57 が飛び抜けているのは、そこに残るのが tert-ブチルカチオン(第3級)だからです。何が失われたかではなく、何が残ったかを見ます。
まずやること——M から引く
スペクトルを渡されたら、分子イオン M から各ピークを引いて、失われた中性種を同定します。この差の表は、覚える価値のある数少ない表です。
| 失われた質量 | 中性種 | 何を示すか |
|---|---|---|
| 15 | CH3• | メチル基がある |
| 17 | •OH | カルボン酸・アルコールの示唆 |
| 18 | H2O | アルコール(脱水) |
| 28 | CO または C2H4 | CO なら環状ケトン・アルデヒド。C2H4 なら McLafferty |
| 29 | C2H5• または •CHO | エチル基/アルデヒド |
| 31 | •OCH3 | メチルエステル |
| 43 | C3H7• または CH3CO• | プロピル基/アセチル基 |
| 45 | •COOH または •OC2H5 | カルボン酸/エチルエステル |
α開裂——孤立電子対のとなりが切れる
ヘテロ原子(O・N)を持つ分子では、ヘテロ原子に隣接する C−C が特異的に切れます。これを α開裂といいます。
なぜそこか——切れたあとに残るカチオンを見れば分かります。
R−CH2−OH −−(α開裂:R• が外れる)−−> [CH2=OH]+ m/z 31 安定化のしくみ +CH2−O:H ↔ CH2=O+H → 酸素の孤立電子対が正電荷へ流れ、二重結合ができるので安定
同じことがアミンでも起こります。
| フラグメント | m/z | 示す構造 |
|---|---|---|
| [CH2=OH]+ | 31 | 第1級アルコール(−CH2OH) |
| [CH3CH=OH]+ | 45 | 第2級アルコール(−CH(OH)CH3) |
| [CH2=NH2]+ | 30 | 第1級アミン(−CH2NH2) |
| [CH2=OCH3]+ | 45 | メチルエーテル |
ケトンでも α開裂が起こり、アシリウムイオン(R−C≡O+)が残ります。この使い方が強力です——どちら側が切れたかで、カルボニルの位置が決まります。
2-ペンタノン CH3CO−CH2CH2CH3 → m/z 43(CH3CO+)が強い 3-ペンタノン CH3CH2CO−CH2CH3 → m/z 57(C2H5CO+)が強い → 分子量が同じ(86)でも、MS だけで区別できる
McLafferty 転位——6員環でだけ起こる
カルボニル化合物には、もう1つ特徴的な開裂があります。McLafferty 転位です。
条件は1つだけ——γ位に水素があること。その水素がカルボニル酸素へ移り、同時に Cβ−Cγ が切れて中性のアルケンが抜けます。
H ······ O / || Cγ−−Cβ C \ / Cα−−−− O・C・Cα・Cβ・Cγ・H の6つで環になる(数えると分かる) → Cβ−Cγ が切れ、M − 28(C2H4)などが出る
芳香族は3つの数字で分かる
ベンゼン環があると、ほぼ必ず次のどれかが出ます。
| m/z | イオン | 示す構造 |
|---|---|---|
| 91 | C7H7+(トロピリウム) | ベンジル位がある(Ar−CH2−R) |
| 105 | C6H5CO+(ベンゾイル) | 芳香族ケトン・安息香酸誘導体 |
| 77 | C6H5+(フェニル) | ベンゼン環が直接つながっている |
m/z 91 が飛び抜けて強いのは、生じたベンジルカチオンがトロピリウムイオン(7員環・6π の芳香族カチオン)へ転位するためです。芳香族性がフラグメンテーションの行き先を決めている例で、第1巻の Hückel 則がそのまま効いています。
フラグメントの同位体パターンは「位置」を教える
ハロゲンを含む分子では、M と M+2 が一対で見えます。
Cl M : M+2 = 3 : 1 Br M : M+2 = 1 : 1 → 間隔は 2(1 ではない)。同位体の質量差が 2 だから
この記事で重要なのは、フラグメントの側でこの一対が残っているかを見るという使い方です。
1-ブロモヘキサンなら、m/z 135 と 137 が 1:1 で見えればそのフラグメントにはまだ Br がついている、m/z 85 が1本だけなら Br を失っている。これは「どの断片にハロゲンが付いていたか」という位置の情報で、分子式を超えて構造に踏み込む最初の一歩になります。
開裂の2つの型——どちらの電子が残るか
結合の切れ方には2つあり、どちらも MS では起こります。
| 型 | 電子の動き | 出るもの |
|---|---|---|
| ホモリシス (均等開裂) | 結合電子が1個ずつ分かれる(片羽の矢印) | カチオン + 中性ラジカル α開裂はこちら |
| ヘテロリシス (不均等開裂) | 結合電子が2個とも片側へ動く | カチオン + 中性分子 脱水(M−18)はこちら |
見分け方は簡単です。失われたものがラジカル(•OH・CH3•)ならホモリシス、中性分子(H2O・C2H4)ならヘテロリシスか転位です。
読む手順は4つ
④を飛ばさないでください。断片を足して分子式に戻らなければ、どこかの帰属が誤っています。構造決定は推理ではなく会計で、帳尻が合うまで候補を消していく作業です。
まとめ
よくある質問
分子イオンが不安定で、生成した瞬間に壊れてしまうためです。第3級アルコールや高度に分岐したアルカンで起こりやすく、スペクトルにはフラグメントしか現れません。この場合は化学イオン化(CI)のような穏やかなイオン化法に切り替えると、分子イオン(または M+1)が見えるようになります。逆に「分子イオンが弱い」こと自体が、分岐の多い構造を示す手がかりにもなります。
使えません。窒素則(窒素を奇数個含む分子の公称分子量は奇数)は分子イオンについてだけ成り立ちます。開裂して生じたフラグメントイオンはラジカルを失っているので、偶奇の関係が反転します。実際、トリエチルアミン(MW 101、奇数)のベースピークは m/z 86(偶数)ですが、窒素は依然として1個入っています。「偶数だから窒素がない」とフラグメントに対して言うのは誤りです。
先に決めた分子式で切り分けます。分子式に酸素がなければ CO の脱離はあり得ないので、C2H4(McLafferty)と決まります。酸素がある場合は、γ位に水素があるかどうか(=鎖が3炭素以上あるか)を構造候補ごとに確認します。環状ケトンや芳香族アルデヒドでは CO の脱離が典型的です。
m/z 91 はベンジル位の開裂によるトロピリウムイオン(C7H7+)です。m/z 92 が一緒に見える場合は、水素移動をともなう開裂(トルエンなどの中性分子が生じる経路)が並行して起こっています。どちらも「ベンジル位がある」ことを示す点では同じで、強度比は側鎖の長さで変わります。










