【第3章】結合の種類と極性|イオン結合と共有結合の違い・極性とは何か
極性とは、結合や分子の中で電子の分布が一方に偏り、部分的な正電荷(δ+)と負電荷(δ−)が生じている状態のことです。偏りの大きさを決めるのは、結合している2つの原子の電気陰性度の差です。
有機化学では、分子の構造や反応性を理解するうえで「原子間の結合」が非常に重要です。イオン結合・共有結合・極性共有結合は、別々の3種類として暗記されがちですが、実際には電気陰性度の差という1本のものさしの上に並んだ連続的なものです。差がなければ電子を均等に分け合い(共有結合)、差が開くにつれて電子が片方に寄り(極性共有結合)、差が十分大きいと電子が移りきってイオンになります(イオン結合)。
この章では、このものさしを軸に、結合の種類の違い、分子全体の極性の判断、そして電子の偏りがなぜ反応の起点になるのかまでを説明します。
化学結合とは何か?
原子どうしが結合するのは、結合したほうがエネルギーが低く安定になるからです。多くの場合、結合によって各原子が希ガスと同じ電子配置(オクテット)に近づきます。このときに原子を結びつけているのが化学結合です。
原子間の結合は、大きく次のように分けられます。
- イオン結合(ionic bond):電子が一方の原子に移り、生じた陽イオンと陰イオンが静電気力で引き合う
- 共有結合(covalent bond):2つの原子が電子対を共有する。電子の分け方が偏ったものを特に極性共有結合(polar covalent bond)と呼ぶ
- 金属結合:金属原子の価電子が結晶全体に広がって共有される(有機化学ではあまり扱わない)
極性共有結合は、イオン結合と共有結合の「中間」にあたる共有結合の一種です。このほか、分子と分子の間に働く水素結合やファンデルワールス力(分子間力)もありますが、これらは原子間の結合よりずっと弱い相互作用です。
電気陰性度:結合の種類を決めるものさし
電気陰性度は、結合の中で原子が共有電子対を自分の側へ引き寄せる強さを表す数値です。周期表の右上ほど大きく(フッ素が最大)、左下ほど小さくなります。右へ行くほど原子核の正電荷が増え、上へ行くほど価電子が原子核の近くにあるため、電子を強く引きつけるからです。
| 元素 | 電気陰性度(ポーリング) | 元素 | 電気陰性度(ポーリング) |
|---|---|---|---|
| F | 3.98 | C | 2.55 |
| O | 3.44 | H | 2.20 |
| Cl | 3.16 | Mg | 1.31 |
| N | 3.04 | Li | 0.98 |
| Br | 2.96 | Na | 0.93 |
結合する2原子の電気陰性度の差が、電子がどれだけ偏るかを決めます。詳しくは電気陰性度と結合の極性を参照してください。
イオン結合とは?
イオン結合とは、電気陰性度の差が大きい原子の間(典型的には金属と非金属の間)で電子の授受が起こり、正負のイオン同士が静電気的な力で引き合うことで成立する結合です。
特徴とその理由
- 電子が一方から他方へほぼ完全に移動する:Na は電子を1つ失うと、Cl は1つ受け取ると、それぞれ希ガスと同じ電子配置になる
- 方向性がない:静電気力は球対称で、どの方向のイオンとも引き合う。そのため1対1の「分子」は作らず、陽イオンと陰イオンが交互に並んだ結晶になる。NaCl という式は分子ではなく、結晶中のイオンの個数の比を表している
- 融点が高く、硬いがもろい:結晶全体が強い静電気力で結ばれているので融点が高い。一方、力が加わって層がずれると同じ電荷のイオンどうしが向き合って反発し、割れる
- 固体は電気を通さず、融かすか水に溶かすと通す:固体ではイオンが動けないが、液体や水溶液ではイオンが動いて電気を運ぶ
代表的な例
- 塩化ナトリウム(NaCl)
- 硫酸カルシウム(CaSO4):Ca2+ と SO42− の間はイオン結合だが、硫酸イオンの中の S–O は共有結合。1つの物質に両方の結合が含まれる例
Na+やCl−といったイオンは、電子の移動によって成立した化学種です。有機化学でも、カルボン酸ナトリウムやアンモニウム塩のような「塩」としてよく現れ、酸塩基反応や抽出操作で重要な役割を果たします。
イオン結晶はなぜ水に溶けて、アルコールには溶けにくいのか
NaCl は水によく溶けますが、エタノールには水よりずっと溶けにくくなります。溶けるためには、結晶を壊すエネルギーを、イオンが溶媒分子に取り囲まれる(溶媒和される)安定化で補う必要があります。水は極性が大きく、イオンどうしの静電気力を弱める能力(比誘電率)も約80と大きいのに対し、エタノールは約25と小さいため、イオンを引き離して安定に取り囲む力が弱いのです。
共有結合とは?
共有結合は、電気陰性度の差が小さい原子どうし(典型的には非金属原子どうし)が電子対を共有することで成立する結合です。有機化学で取り扱うほとんどの結合は、このタイプです。
特徴とその理由
- 電子対(2個)を共有:共有された電子対は2つの原子核の間にあり、両方の原子核に引きつけられることで原子どうしをつなぐ
- 結合の方向性がある:共有結合は原子軌道の重なりでできるので、軌道が向いている方向にしか結合できない。だから分子には決まった形(結合角)がある(混成軌道)
- 分子からなる物質は融点・沸点が低いものが多い:分子の中の共有結合は強いが、分子どうしをつなぐのは弱い分子間力だけなので、分子を引き離すのは簡単
- 電気を通さない物質が多い:電子は結合に固定され、イオンもないため
ただし、ダイヤモンドや二酸化ケイ素(石英)のように共有結合が結晶全体に網目状につながった物質は、融点が非常に高く硬くなります。融かすには共有結合そのものを切らなければならないからです。
代表的な例
- 水(H2O):OとHが共有結合
- メタン(CH4):Cと4つのHが共有結合
共有結合では、単結合(σ結合)、二重結合(σ + π)、三重結合(σ + 2π)といった種類もあります。これらは分子の形・安定性・反応性に大きく関わってきます(σ結合とπ結合の違い)。
配位結合:電子対を片方だけが出す共有結合
配位結合は、結合に使う電子対を一方の原子だけが提供する共有結合です。たとえばアンモニア NH3 の窒素の孤立電子対が H+ に与えられると、アンモニウムイオン NH4+ ができます。
H3N: + H+ → NH4+(4本の N–H 結合はすべて同じ)
できあがった結合は普通の共有結合と区別できず、NH4+ の4本の N–H 結合はすべて等価です。「配位結合」は結合の種類というより、結合のでき方を表す言葉と考えると分かりやすくなります。電子対を出す側がルイス塩基、受け取る側がルイス酸で、有機化学の反応の多くはこの型で理解できます(ルイス酸とルイス塩基とは?)。
イオン結合と共有結合の違い(比較表)
| 比較項目 | イオン結合 | 共有結合 |
|---|---|---|
| 電子のふるまい | 一方へ移る | 電子対を共有する |
| 電気陰性度の差 | 大きい | 小さい〜中程度 |
| 結合の方向性 | なし | あり(決まった結合角) |
| 物質の単位 | イオンの結晶(分子を作らない) | 分子(または共有結合の結晶) |
| 融点 | 高い | 分子性物質は低いものが多い |
| 電気伝導性 | 融解・水溶液で通す | ほとんど通さない |
| 例 | NaCl、MgO | H2O、CH4、ダイヤモンド |
高校化学の分類(金属結合・水素結合なども含む5種類)との対応は化学結合の5種類と強さの比較にまとめています。
極性共有結合とは?
「共有結合」と一口に言っても、すべてが平等に電子を分け合っているわけではありません。異なる原子同士が電子を共有したとき、電気陰性度の大きい原子が電子を強く引き寄せます。これが極性共有結合です。
極性の生じる仕組み
極性共有結合は、電気陰性度(electronegativity)の違いによって生じます。
- OやFは電子を強く引き寄せる(電気陰性度が高い)
- HやCは比較的引力が弱い
たとえば O–H 結合では、共有電子対が酸素の側に寄るので、O がδ−、H がδ+ になります。この正負の電荷の偏りを結合の双極子といい、その大きさを電荷 × 距離で表したものが双極子モーメント(dipole moment)です(双極子モーメントとは)。
見分け方の目安
| 電気陰性度差 | 結合のタイプ | 例(差) |
|---|---|---|
| およそ 0.4 未満 | 非極性共有結合 | C–C(0)、C–H(0.35) |
| およそ 0.4〜1.7 | 極性共有結合 | C–Cl(0.61)、C–O(0.89)、O–H(1.24) |
| およそ 1.7 より大きい | イオン結合 | Na–Cl(2.23) |
分子全体の極性とは?
1つ1つの結合が極性を持っていても、分子全体として極性が打ち消し合う場合があります。結合の双極子は向きをもつ量(ベクトル)なので、分子全体の極性は、それらを分子の形に沿って足し合わせた結果で決まるからです。
例:二酸化炭素(CO2)
- O=C=O の構造は直線形
- 2本の C=O の双極子が正反対を向いて打ち消し合い → 無極性分子
例:水(H2O)
- 酸素の2組の孤立電子対のために折れ線形の構造
- 2本の O–H の双極子が打ち消されず → 極性分子
同じ結合を持つのに極性が違う例
| 分子 | 形 | 分子の極性 |
|---|---|---|
| CCl4 | 正四面体(4本とも C–Cl) | 無極性(打ち消し合う) |
| CHCl3 | 四面体(1本が C–H) | 極性(打ち消し合わない) |
| BF3 | 平面三角形 | 無極性 |
| NH3 | 三角錐(孤立電子対あり) | 極性 |
三重結合でも同じで、アセチレン H–C≡C–H は直線形で対称なので無極性ですが、C≡N をもつアセトニトリル CH3–C≡N は窒素側に電子が偏った極性分子です。結合が二重か三重かではなく、どの原子どうしの結合で、どう並んでいるかで決まります。
このように、結合の極性だけでなく、分子全体の構造(VSEPR理論)も考慮することが大切です。分子の形はルイス構造から孤立電子対の数を数えると予想できます。分子の極性は、沸点や「似たものは似たものを溶かす」溶解性の違いとして現れます。
有機化学で「極性」が大事な理由:δ+の場所が反応の起点
有機反応の多くは、電子の豊富な場所(求核剤)が、電子の不足した場所(求電子剤)を攻撃することで進みます。だから結合の極性が分かれば、分子のどこが攻撃されるかが予想できます。
- C–Br、C–Cl:炭素がδ+になり、求核剤に攻撃されてハロゲンが脱離基として外れる(求核置換反応)
- C=O:炭素がδ+になり、求核剤が付加する(カルボニルへの求核付加)
- C–Mg、C–Li:金属のほうが電気陰性度が小さいので、炭素がδ−になる。ふだん攻撃される側の炭素が、攻撃する側(求核剤)に変わる。これがグリニャール試薬で C–C 結合が作れる理由
- C–H、C–C:ほとんど極性がなく、求核剤にも求電子剤にも狙われにくい。アルカンが反応しにくいのはこのため
同じ炭素でも、結合相手によってδ+にもδ−にもなる――この見方が、以後の章で学ぶ酸塩基反応や反応機構の出発点になります。極性で進む反応とラジカルで進む反応の区別は極性反応とラジカル反応を参照してください。
まとめ:結合の理解は反応性の理解につながる
今後学ぶ酸塩基反応や求核攻撃などの反応機構は、すべて「電子がどこに偏っているか」が理解の出発点になります。ここで学んだ結合と極性の基礎は、有機化学を読み解くための鍵になります。
よくある質問
結合や分子の中で電子の分布が一方に偏り、部分的な正電荷(δ+)と負電荷(δ−)が生じている状態のことです。結合の極性は、結合する2原子の電気陰性度の差で決まります。分子全体の極性は、各結合の偏りを分子の形に沿って足し合わせて決まるため、CO2のように極性のある結合をもっていても、対称な形のために無極性になる分子もあります。
イオン結合は電子が一方の原子に移って生じた陽イオンと陰イオンが静電気力で引き合う結合で、方向性がなく、分子を作らずに結晶になります。共有結合は2つの原子が電子対を共有する結合で、軌道の重なりでできるため方向性があり、決まった形の分子を作ります。どちらになるかは電気陰性度の差でおおよそ決まり、差が大きいほどイオン結合に近づきます。
配位結合は、結合に使う電子対を一方の原子だけが提供してできる共有結合です。でき方が違うだけで、できあがった結合は普通の共有結合と区別できません。たとえばアンモニアに水素イオンが配位結合してできたアンモニウムイオンでは、4本のN–H結合はすべて等価です。
分類の基準が違います。イオン結合は電子のやり取りのしかたで決まる結合の種類です。エステル結合は、カルボン酸とアルコールが縮合してできるC(=O)–O–Cというつながり方の名前で、中身はすべて共有結合です。同じように、アミド結合やペプチド結合も共有結合でできた結合様式の名前です。
必ずではありません。四塩化スズ(SnCl4)は金属のスズと塩素の化合物ですが、電気陰性度の差が約1.2と小さく、常温で液体の分子性物質で、共有結合性が強い化合物です。電荷が大きく半径の小さい陽イオンは陰イオンの電子雲を強く引き寄せるため、結合が共有結合に近づきます。「金属+非金属」は目安で、電気陰性度の差で判断するほうが正確です。
