分子軌道法とは?結合性・反結合性の起源から酸素分子の常磁性まで図解
酸素分子 O2 のルイス構造を書くと O=O となり、電子はすべて対になります。ところが実験事実は違います。液体酸素は磁石に引き寄せられます。不対電子がなければ起こらない現象です。
つまりルイス構造は、身近な分子ひとつを正しく記述できていません。この食い違いを解決するのが分子軌道法です。「原子が電子を出し合って結合をつくる」という描像をやめ、電子は分子全体に広がる軌道に入ると考え直します。
有機化学では、分子軌道法をフルに計算する場面はまずありません。しかし結合性と反結合性という考え方と、軌道の節の数え方は、共役・芳香族性・ペリ環状反応の理解に直結します。この記事ではその土台だけを扱います。
なぜ分子軌道法が必要なのか
ルイス構造や原子価結合法は、多くの分子をうまく説明します。ただし説明できないことが確実にあります。
| 説明できない事実 | 分子軌道法ならどうなるか |
|---|---|
| O2 が磁石につく(常磁性) | 反結合性 π* に不対電子が2個入ると自然に出てくる |
| He2 が存在しない | 結合次数が0になる |
| 共役系の色と反応性 | 軌道のエネルギー差として定量的に扱える |
| 非局在化(共鳴で「ごまかしていた」もの) | 複数の原子にまたがる軌道としてそのまま記述できる |
共鳴は「1本の構造式では書けないから複数の絵を重ねる」という便法でした。分子軌道法では、はじめから電子が分子全体に広がっているものとして扱うので、そうした回避策が要りません。
原子軌道を足し引きする——LCAO
分子軌道は、原子軌道を重ね合わせて作ります。これを原子軌道の線形結合(LCAO)と呼びます。
水素分子を例にすると、2つの 1s 軌道から2つの分子軌道ができます。
1s + 1s(同位相) → σ1s 核間に電子が濃い 節なし 低エネルギー 1s − 1s(逆位相) → σ*1s 核間に節ができる 節1つ 高エネルギー
核間に電子が多いほど、両方の原子核が同じ電子に引かれて結びつきます。逆に核間が節になっていると、原子核どうしの反発がむき出しになるため不安定になります。結合性・反結合性という名前は、この違いをそのまま表しています。
電子を詰めるルール
できた分子軌道に電子を入れるとき、従うのは原子の電子配置と同じ3つの規則です。
- エネルギーの低い軌道から詰める
- 1つの軌道には電子2個まで(スピンは逆向き)
- 同じエネルギーの軌道が複数あるときは、まず1個ずつ配る(フント則)
3つ目が O2 の常磁性を生みます。あとで見ます。
結合次数——結合が何本ぶんか
(結合性軌道の電子数) − (反結合性軌道の電子数)
結合次数 = ———————————————————————————————————
2
| 分子 | 結合性 | 反結合性 | 結合次数 | 結論 |
|---|---|---|---|---|
| H2 | 2 | 0 | 1 | 単結合として存在する |
| He2 | 2 | 2 | 0 | 存在しない |
| N2 | 8 | 2 | 3 | 三重結合。非常に強い |
| O2 | 8 | 4 | 2 | 二重結合+不対電子2個 |
ヘリウムが分子をつくらない理由
He2 では、σ1s に2個、σ*1s に2個が入り、結合次数は0になります。これは「得も損もない」ではありません。反結合性軌道の不安定化は、結合性軌道の安定化よりわずかに大きいため、実際には結合したほうが損になります。だから貴ガスは単原子で存在します。
酸素分子の常磁性——分子軌道法の決定的な勝利
O2 の分子軌道に電子を詰めていくと、最後の2個が同じエネルギーの π* 軌道2つに入ります。フント則により、これらは1個ずつ別々の軌道に、同じ向きのスピンで入ります。
π*2p ↑ ↑ ← 同じエネルギーの軌道が2つ。1個ずつ入る π2p ↑↓ ↑↓ σ2p ↑↓ 結合次数 = (8 − 4) / 2 = 2 + 不対電子2個 → 常磁性
有機化学で使うのは π 系の分子軌道
有機化学では、σ 結合まで分子軌道で扱うことはほとんどありません。扱うのはπ 電子系だけです。σ 骨格は固定された枠組みとみなし、その上に乗る π 軌道を考えます。
エチレンの場合
2つの p 軌道から2つの π 軌道ができます。π(節なし・電子2個)と π*(節1つ・空)です。この π がHOMO、π* がLUMOになります。
1,3-ブタジエンの場合
4つの p 軌道から4つの π 軌道ができ、エネルギーの低いほうから2つに電子が4個入ります。
| 軌道 | 節の数 | 電子 | |
|---|---|---|---|
| ψ4 | 3 | 0 | 最も高い |
| ψ3 | 2 | 0 | LUMO |
| ψ2 | 1 | 2 | HOMO |
| ψ1 | 0 | 2 | 最も低い |
節が0個、1個、2個、3個と1つずつ増えていく——この規則性が使えます。π 軌道の数と節の数さえ分かれば、図を描かずにHOMOとLUMOの位置が決まります。
そして共役が長くなるほど軌道の数が増え、HOMOとLUMOの差が縮まります。これが共役系が色をもつ理由であり、反応性が高い理由でもあります。
大学院入試での問われ方
- 「O2 が常磁性を示す理由を、分子軌道の観点から説明せよ」……π* に不対電子2個
- 「He2 が存在しない理由を結合次数から説明せよ」
- 「1,3-ブタジエンの π 分子軌道を節の数とともに図示し、HOMOとLUMOを示せ」
- 「結合性軌道と反結合性軌道の違いを述べよ」……核間に節があるかどうか
記述では、「核間に節があるか」と「節の数とエネルギーの対応」の2点に触れられれば十分に伝わります。
まとめ
HOMOとLUMOを使って反応性を読む方法はフロンティア軌道、軌道の重なり方そのものはσ結合とπ結合で扱っています。
よくある質問
核と核の間に節があるかどうかで見分けます。節とは電子の存在確率がゼロになる面のことで、原子軌道を同位相で足すと核間に電子が集まり節のない結合性軌道が、逆位相で引くと核間で打ち消し合って節をもつ反結合性軌道ができます。核間に電子が多いほど両方の原子核が引きつけられて安定になり、節があると核どうしの反発が表に出て不安定になります。
結合次数が0になるからです。ヘリウム原子2個からできる分子軌道には、結合性軌道に2個、反結合性軌道に2個の電子が入り、差し引きゼロになります。さらに反結合性軌道による不安定化は結合性軌道による安定化よりわずかに大きいため、結合した状態のほうがかえって不利になります。このため貴ガスは単原子のまま存在します。
不対電子を2個もっているためです。分子軌道に電子を詰めていくと、最後の2個が同じエネルギーをもつ2つの反結合性π軌道に入ります。フント則に従い、これらは対にならず1個ずつ別々の軌道へ同じ向きのスピンで入るため、不対電子が2個生じます。ルイス構造では電子がすべて対になるため、この常磁性を説明できません。
ありません。有機化学で扱うのはほとんどの場合π電子系だけで、σ結合による骨格は固定された枠組みとみなします。エチレンやブタジエンのようなπ系では、p軌道の数だけ分子軌道ができ、節の数が0個から順に1つずつ増えていくという規則があります。この規則を使えば、計算せずにHOMOとLUMOの位置を決められます。
分子軌道の数が増え、最高被占軌道と最低空軌道のエネルギー差が小さくなります。軌道が多くなるほど個々の間隔が詰まるためです。この差が小さくなると、より低いエネルギーの光すなわち可視光を吸収するようになり、化合物に色がつきます。同時に電子を出し入れしやすくなるため、反応性も高くなります。
