「導電性の官能基」や「発光する官能基」は存在しません。官能基の一覧表を眺めても、機能は出てきません。

では何を見るのか——HOMO−LUMO ギャップと分子の形です。この2つは、どちらも大学2年までに習う概念です。有機エレクトロニクスは新しい化学ではなく、既習の概念を材料の側から使い直したものです。

この記事で学ぶこと
・機能を決めるのは官能基の名前ではなく電子の状態であること
・共役を伸ばすとギャップが狭まってバンドになること
・共役を伸ばしただけでは電気が流れない理由と、ドーピングの正体
・有機EL は UV-Vis の逆過程であること
・一重項 25%・三重項 75% と、重原子で効率が4倍になる理由
・青色材料の寿命が短いのは構造上のトレードオフであること
・液晶が「剛直な芯+やわらかい尾」でできている理由

電気を通す——共役を材料の長さまで伸ばす

「プラスチックは絶縁体」というのは、ふつうの高分子には当てはまります。ポリエチレンの主鎖は σ結合だけで、電子は結合の上に固定されているからです。

電子が動けるようにするには何が必要か——UV-Vis で扱った関係がそのまま答えになります。

共役が伸びる → π軌道の数が増える → HOMO と LUMO の間隔が狭くなる

 共役が無限に続くと? → 準位が連続に近づく=バンドになる
  → 電子は分子全体(=材料全体)を動ける

これが導電性高分子の考え方です。主鎖に π結合を切れ目なく並べればよい——実際に使われている分子は、その条件を満たす最小限の構造をしています。

高分子 主鎖 用途
ポリアセチレン −CH=CH− の繰り返し(もっとも単純) 研究の出発点(2000年ノーベル化学賞)
ポリチオフェン チオフェン環がつながる 有機太陽電池・有機トランジスタ
ポリピロール ピロール環がつながる 電池・センサー
ポリアニリン アニリンがつながる 静電気防止コーティング

共通点は主鎖が平面で、二重結合または芳香環が切れずに続くことです。

sp3 炭素が1つ入ると、そこで共役は切れる
電子はそこから先へ進めません。1か所の欠陥が材料全体の性質を決めてしまうので、導電性高分子の合成では位置選択性(頭-尾結合の規則性)が決定的に重要になります。

それでも、そのままでは通らない——ドーピング

ここで素朴な予想が外れます。共役を伸ばしただけでは、まだほとんど電気を通しません。

理由は同じ枠組みで説明できます。共役を伸ばしてもギャップは0 にはならず、1.5〜2 eV 程度で下げ止まります——つまり半導体です。バンドはできたが、電子が詰まった帯(HOMO 側)は満杯で、空の帯(LUMO 側)は空っぽ。満杯の帯の中では電子は動けません。

そこでドーピングをします。やっていることは、有機化学の言葉では酸化還元です。

やること 試薬 できるキャリア
p 型 酸化する(電子を抜く) I2・FeCl3・AsF5 正孔(電子の空席)
n 型 還元する(電子を入れる) アルカリ金属 余った電子

満杯の帯から電子を1個抜くと、残りの電子が動けるようになります。ポリアセチレンをヨウ素でドープすると導電率が10桁以上上がり、金属に近づきます。

ドーピングは、鎖の上にラジカルカチオンを作る操作である
共役が長いので、その電荷は1か所にとどまらず鎖の上を移動できます。
→ 第1巻で扱った共鳴の極端な例が、そのまま電気伝導になっています。

光る——有機EL は UV-Vis の逆である

UV-Vis でやっていることを、もう一度書きます。

UV-Vis 光を当てる → 電子が HOMO から LUMO へ上がる → 吸収を測る

有機EL 電気で電子を入れ、反対側から正孔を入れる
     → 出会って再結合する = 励起状態ができる
     → 電子が LUMO から HOMO へ落ちる → その差のエネルギーが光になる

使っている図は同じで、向きだけが逆です。構造決定では吸収を測って構造を当てますが、ここでは同じ遷移を発光として使っています。

三重項を使えるかどうかが、効率を4倍変える

電子と正孔が出会うとき、スピンの組み合わせは一重項1通り・三重項3通りの4通りが等確率で生じます。

割合 発光
一重項励起状態 25% 蛍光(速い。そのまま光る)
三重項励起状態 75% リン光(遅い。ふつうは熱になって消える)

蛍光だけを使う材料では、内部量子効率は原理的に 25% が上限です。残り 75% を光にするには三重項から発光させる必要があり、それを可能にしたのが重原子(Ir・Pt)を含む錯体です——重原子はスピン反転(項間交差)を起こしやすくするので、三重項が発光できるようになります。

同じ量が、反応の選択性も決めている
スピンの多重度は、カルベンの反応性(一重項カルベンは立体保持、三重項は保持しない)や光化学反応の立体化学を決めていた量です。
→ 反応の選択性を決めていた概念が、ここではディスプレイの効率を決めています。

色を設計する——つまみは共役長だけ

欲しい発光色から分子を決める手順は、UV-Vis の関係を逆に使うだけです。

欲しい色 → 必要な波長 → 必要な HOMO−LUMO ギャップ → 必要な共役長

赤(長波長) ギャップが小さい → 共役を長くする
青(短波長) ギャップが大きい → 共役を短くする

ここから、実用上の有名な問題が導けます。

青色の発光材料は寿命が短い——開発の遅れではなく構造上の制約
青を出すには大きなギャップが必要で、そのためには共役を短くしなければなりません。ところが共役が短い分子は励起エネルギーが大きく、そのエネルギーで自分自身の結合が切れやすいのです。
数字で確かめると分かります——青色光のエネルギーは約 3 eV = 約 290 kJ/mol。C−C 単結合の結合解離エネルギーは約 350 kJ/mol。同じ桁で、しかも近い。
→ 要求される性能(大きなギャップ)と耐久性が、同じつまみに逆向きに依存しています。

向きをそろえる——液晶は「剛直な芯+やわらかい尾」

液晶は、固体と液体のあいだにある状態です。整理すると、そろえる対象が2つあることが見えます。

位置 向き
結晶 そろっている そろっている
液晶 そろっていない そろっている
液体 そろっていない そろっていない

この中間状態を作るには、分子の中に相反する2つの部分が必要です。

剛直な芯(ビフェニル・シアノビフェニルなど)→ 向きをそろえる力を与える
やわらかい尾(アルキル鎖)       → 位置がそろうのを妨げる(結晶化させない)

どちらか一方だけでは液晶になりません。剛直な部分だけなら結晶、やわらかい部分だけなら液体です。

そしてこの設計は、セッケンやリン脂質と同じ型です。両親媒性分子は「水と仲のよい頭」と「悪い尾」を同じ分子に入れることでミセルや二重層を作りました——相反する2つの部分を1分子に入れると、どちらでもない中間の構造が安定になります。

電場で切り替わるのは、末端のシアノ基(−C≡N)が効いているためです。分子軸方向に大きな双極子モーメントを持つので、電場をかけると分子が向きを変え、複屈折が変わって偏光板を通る光の量が変わります——これが液晶ディスプレイの1画素です。

5つの機能を1枚に畳む

ここまでの話を、設計の側から並べ直します。

欲しい機能 必要な電子・構造の状態 設計の手
電気を通す ギャップが小さい + キャリアがある 主鎖を切れ目なく共役 + ドーピング
光る 励起状態から光として落ちられる 共役長でギャップを設計 + 重原子
向きがそろう 向きはそろい、位置はそろわない 剛直な芯+やわらかい尾
分解する 主鎖に加水分解される結合がある ポリエステルにする(PLA・PGA)
薬として働く 相手の分子と形と電子が噛み合う 標的の機構を読み、遷移状態か官能基を狙う

2列目を縦に読んでください。どれも「官能基の名前」ではありません。ギャップ・励起状態・剛直さ・反応性の序列・相補性——すべて基礎の科目で扱う概念です。

そして3列目には、共通の作法が1つあります。

相反する2つの要求を、1つの分子の別の部分に割り当てる。
液晶=向きをそろえる(剛直な芯)+結晶化させない(やわらかい尾)
エラストマー=伸びる(低 Tg・非晶)+戻る(少量の架橋)
セッケン・リポソーム=水になじむ頭+水を避ける尾
吸収性縫合糸=手術中は強い+90日で分解する
青色発光材料=大きなギャップ(短い共役)+壊れない … まだ両立していない

最下段が、この表の読み方を示しています。2つの要求を分子の別の部分に割り振れたものは実用になり、同じ部分に押しつけ合っているものは、まだ課題として残っている——機能材料の設計とは、要求を分解して担当を分ける作業です。

まとめ

この記事の要点
・「導電性の官能基」は存在しない。見るのはHOMO−LUMO ギャップと分子の形
・共役を伸ばすとギャップが狭まり、無限に続けばバンドになる
・sp3 炭素1つで共役は切れる。だから位置選択性が決定的
・共役を伸ばしただけでは通らない(ギャップは 1.5〜2 eV で下げ止まる=半導体)
・ドーピングの正体は酸化還元。満杯の帯から電子を抜くと動けるようになる
・有機EL は UV-Vis の逆過程。同じ図を逆に読んでいる
・再結合で一重項 25%・三重項 75%。重原子で三重項を使うと効率が4倍
・青色材料の短寿命は構造上のトレードオフ(290 kJ/mol 対 BDE 350 kJ/mol)
・液晶は剛直な芯+やわらかい尾。どちらか一方では結晶か液体になる
・機能材料の設計=相反する要求を分子の別の部分に割り当てること

よくある質問

導電性高分子は金属と同じように電気を通すのですか?

仕組みが違います。金属は最初から部分的に満たされたバンドを持つので、そのまま電子が動けます。導電性高分子はドープする前は半導体で、酸化または還元してキャリア(正孔または余剰電子)を入れて初めて通ります。導電率はドープ量で連続的に変えられ、絶縁体から金属に近い領域まで10桁以上動かせます——この可変性が、金属にはない利点です。

有機ELと液晶ディスプレイは何が違うのですか?

光の出どころが違います。有機EL は材料自身が光る(自発光)ので、黒を表示するときは画素を消すだけでよく、コントラストが高く薄く作れます。液晶はバックライトの光を通すか遮るかを制御しているだけで、分子自身は光りません。化学的にも役割が別で、有機EL は励起状態からの発光、液晶は双極子モーメントによる配向の変化を使っています。

なぜ青色だけ寿命が問題になるのですか?

赤や緑より励起状態のエネルギーが大きいからです。青色光は約 3 eV = 290 kJ/mol で、これは C−C 単結合の結合解離エネルギー(約 350 kJ/mol)と同じ桁です。励起状態にある分子が振動エネルギーを少し得れば、自分自身の結合が切れます。しかも大きなギャップには短い共役が必要なので、性能を上げるほど壊れやすくなる——開発の遅れではなく、同じつまみに逆向きに依存しているというトレードオフです。

液晶分子のアルキル鎖の長さは何に効きますか?

液晶相が現れる温度範囲に効きます。鎖が長いほど結晶化しにくくなるので液晶相の下限温度が下がり、一方で分子間力が増えるので上限(等方性液体になる温度)も動きます。実際のディスプレイ用材料は単一化合物ではなく複数の液晶分子の混合物で、鎖長の違うものを混ぜることで使用温度範囲を広げています——融点降下と同じ考え方です。

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・高分子の物性—— Tg・結晶性・分子量分布から性質を逆算する
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