ウィリアムソンエーテル合成の機構【SN2だから嵩高い基質で失敗する】
tert-ブチルメチルエーテルを作りたいとします。材料の組み合わせは2通りあります。tert-ブトキシドとヨウ化メチル、あるいはメトキシドと塩化tert-ブチル。どちらでも同じ生成物になりそうに見えます。
ところが、後者はエーテルをほとんど与えません。主生成物はイソブテン——脱離反応の産物です。
ウィリアムソンエーテル合成はSN2反応そのものです。だから SN2 の制約をすべて受け継ぎます。この一点を理解していれば、どちらの組み合わせを選ぶべきかは考えるまでもなく決まります。
ウィリアムソンエーテル合成とは
ウィリアムソンエーテル合成は、アルコキシドイオン(RO−)がハロアルカンを求核置換してエーテルを作る反応です。1850年に Alexander William Williamson が報告し、現在もエーテル合成の最も標準的な方法です。
対称エーテルも非対称エーテルも作れ、反応条件が穏やかで予測しやすいのが利点です。エーテル合成法全体の中での位置づけはエーテルの合成法で整理しています。
反応機構——SN2の一段階反応
機構は2段階です。アルコキシドを作る段階と、SN2で置換する段階です。
第1段:アルコールからアルコキシドを作る
アルコールの OH はそのままでは求核性が弱すぎます。塩基で脱プロトン化してアルコキシドにします。
アルコールの pKa は16〜18程度なので、これより十分強い塩基が必要です。NaH・金属ナトリウム・KOH などを使います。フェノール(pKa ≈ 10)は酸性が強いので、NaOH や K2CO3 のような弱い塩基でもフェノキシドになります。酸性度の考え方はアルコールとフェノールで扱っています。
第2段:アルコキシドがハライドを背面攻撃する
アルコキシドの酸素がハライドの炭素を攻撃し、同時に脱離基が抜けます。結合の生成と切断が一段階で起こるSN2です。
背面攻撃(Walden反転):
RO(-) ---> C --- X 遷移状態 RO --- C <--- X(-)
/ \ (5配位的) / \
(攻撃は脱離基の真裏から) (立体配置が反転する)
攻撃は脱離基の真裏(背面)から起こるため、不斉中心の立体配置は反転します(ワルデン反転)。この立体化学は試験で問われる定番です。SN2 と SN1 の全体像はSN1・SN2反応、脱離基の良し悪しは脱離基の脱離能で整理しています。
最重要の制約——ハライド側は1級に限る
SN2 は求電子炭素に背面から近づく必要があるため、炭素のまわりが混み合うと急激に遅くなります。ウィリアムソン合成が成立するかどうかは、ハライド側の級数でほぼ決まります。
| ハライド | 結果 | 理由 |
|---|---|---|
| メチル・1級 | よく進む | 背面が空いていてSN2が速い |
| 2級 | 収率が落ちる | SN2が遅くなり、E2脱離と競合する |
| 3級 | エーテルはできない | SN2が不可能で、E2脱離だけが進む |
アルコキシドは求核剤でありながら強塩基でもあります。SN2 が立体障害で遅くなると、塩基としての性質が前に出て β 水素を引き抜き、アルケンを与えます。立体障害の効き方は立体障害、脱離反応側の事情はE1・E2脱離で扱っています。
非対称エーテルの作り分け——組み合わせの選び方
非対称エーテル R−O−R' を作るには、どちらの側をアルコキシドにするかで2通りの経路があります。立体障害の小さい側をハライドにするのが鉄則です。
目標:tert-ブチル メチル エーテル (CH3)3C-O-CH3
○ 正しい経路:嵩高い側をアルコキシドにする
(CH3)3C-O(-) + CH3-I --> (CH3)3C-O-CH3
(ハライドはメチル=SN2が最も速い)
✗ 誤った経路:嵩高い側をハライドにする
CH3-O(-) + (CH3)3C-Cl --> イソブテン(E2脱離)
(3級ハライドにはSN2できない)
アルコキシド側が嵩高くても問題はありません。攻撃する酸素の立体障害は、攻撃される炭素の立体障害よりずっと影響が小さいためです。
アリール−アルキルエーテル(アニソールなど)も同じ考え方です。アリールハライドはSN2できないので、フェノキシド+アルキルハライドの組み合わせにします。
溶媒の選び方
SN2 では非プロトン性極性溶媒を使います。DMF・DMSO・アセトニトリル・THF などです。
プロトン性溶媒(水・アルコール)は、アルコキシドの酸素を水素結合で取り囲んで溶媒和し、求核性を下げてしまいます。非プロトン性溶媒ではカチオン(Na+・K+)だけが溶媒和され、アルコキシドは「裸」のまま強い求核剤として働けます。詳しくはプロトン性溶媒と非プロトン性溶媒で扱っています。
関連して、クラウンエーテルを加えてカリウムイオンを包接すると、アルコキシドの求核性がさらに上がります。
分子内版——エポキシドと環状エーテル
同じ分子内にアルコキシドと脱離基があると、分子内SN2で環ができます。
- ハロヒドリン → エポキシド:隣接する炭素に OH と X を持つ化合物を塩基で処理すると、生じたアルコキシドが背面から炭素を攻撃して3員環エーテル(エポキシド)になる。エポキシド合成の標準法の1つ
- より長い鎖 → 5・6員環エーテル:THF 環やテトラヒドロピラン環が得られる。環のサイズによって生成しやすさが変わる
分子内SN2でも背面攻撃は必須なので、OH と X が anti の配座を取れることが条件になります。エポキシドの構造と性質はエポキシドの構造と合成、開環反応はエポキシドの開環で扱っています。
大学の試験・院試で問われるパターン
パターン1:2通りの経路から正しい方を選ばせる
非対称エーテルの合成で「どちらの組み合わせが適切か、理由とともに答えよ」。嵩高い側をアルコキシド、1級側をハライドにすると答え、理由としてSN2が立体障害に弱いこと、3級ハライドではE2脱離が優先することを書きます。
パターン2:主生成物を書かせる
3級ハライドとアルコキシドを与えて主生成物を問う形式。エーテルではなくアルケン(E2脱離)が正解です。
パターン3:立体化学を問う
不斉中心を持つ2級ハライドを使った場合の生成物の立体。背面攻撃により立体配置が反転します。
パターン4:逆合成でエーテルを切らせる
目的のエーテルからウィリアムソン合成の原料を示す問題。C−O 結合のうち、炭素が1級またはメチルの側を切るのが正解です。
パターン5:溶媒を選ばせる
「この反応に適した溶媒はどれか」。非プロトン性極性溶媒(DMF・DMSO など)を選び、プロトン性溶媒ではアルコキシドが溶媒和されて求核性が落ちると説明します。
まとめ
「SN2 だから」という一点から、使える基質・立体化学・溶媒・組み合わせの選び方がすべて導けます。個別に暗記する必要はありません。
ほかの反応との位置づけは有機反応10大機構の地図で一覧できます。
よくある質問
この反応がSN2であり、SN2は求電子炭素への背面攻撃を必要とするためです。3級炭素はまわりが3つのアルキル基で囲まれていて背面が塞がれているため、SN2が進めません。一方アルコキシドは強塩基でもあるので、置換ができない代わりに β 水素を引き抜くE2脱離が進み、主生成物はアルケンになります。たとえば塩化tert-ブチルとメトキシドからはイソブテンが生じます。
立体障害の大きい側をアルコキシドにし、小さい側(1級またはメチル)をハライドにします。SN2は攻撃される炭素の立体障害に強く影響されますが、攻撃する酸素側の立体障害は比較的影響が小さいためです。tert-ブチルメチルエーテルなら、tert-ブトキシドとヨウ化メチルの組み合わせが正解で、メトキシドと塩化tert-ブチルでは脱離が起きてしまいます。
アルコールのヒドロキシ基は求核性が弱く、ハロアルカンをSN2で攻撃するには不十分なためです。塩基で脱プロトン化してアルコキシドにすると、酸素上の負電荷によって求核性が大きく高まります。アルコールの pKa は16〜18程度なので、NaH や金属ナトリウムのような強い塩基を使います。フェノールは pKa が10程度と酸性が強いため、NaOH や炭酸カリウムでもフェノキシドになります。
不斉中心を持つハライドを使った場合、その炭素の立体配置は反転します。アルコキシドが脱離基の真裏から攻撃するSN2機構のため、ワルデン反転が起こるからです。アルコキシド側の炭素に不斉中心がある場合は、その炭素の結合は切れないので立体配置は保持されます。どちらの炭素が置換を受けるのかを区別することが重要です。
プロトン性溶媒(水やアルコール)はアルコキシドの酸素を水素結合で取り囲んで溶媒和し、求核性を下げてしまうためです。DMFやDMSOのような非プロトン性極性溶媒では、ナトリウムイオンやカリウムイオンといったカチオンだけが溶媒和され、アルコキシドは溶媒和されずに強い求核剤として働けます。結果としてSN2の速度が大きく上がります。
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参考文献
Williamson, A. W., "Theory of Aetherification", Phil. Mag., 1850, 37, 350–356.
McMurry, J. E., Organic Chemistry, 9th ed., Cengage Learning, エーテルとエポキシドの章.
