樹脂ビーズの上に載った化合物は、カラムクロマトグラフィーにかけられない。溶かして分液することもできない。反応が90%しか進まなければ、残りの10%はそのまま不純物として最終生成物に混ざる。組合せ化学(コンビナトリアルケミストリー)で何万個ものビーズを一度に作り、そのビーズ上で酵素アッセイをかけようとする人間にとって、これは致命的な制約である。

だからデンマークの化学者モーテン・メルダル(Morten P. Meldal)は、自分の研究の中心課題を「定量的化学変換(quantitative chemical transformation, QCT)」と呼んだ。収率が良い反応ではなく、100%まで行き切る反応を探すこと。副生物が出ないこと。水でも有機溶媒でも動くこと。他の官能基に一切手を出さないこと。

2000年、カールスバーグ研究所の彼の研究室で、その条件をすべて満たす反応が見つかった。末端アルキンとアジドに Cu(I) を加えるだけで、室温・水中でも 1,4-置換1,2,3-トリアゾールが定量的に、しかも単一の位置異性体として生成する。同じ年、アメリカではK・バリー・シャープレスとヴァレリー・フォーキンが独立に同じ発見に到達していた。のちにCuAAC(copper-catalyzed azide–alkyne cycloaddition)と呼ばれ、有機化学で最も多く使われる炭素−窒素結合形成反応のひとつになる反応である。

この記事では、メルダルがなぜこの反応を探していたのかという動機の側から出発して、CuAAC の反応機構——とくに「なぜ1,4体だけができるのか」を電子の動きのレベルまで降りて解説する。

この記事で学ぶこと
・固相合成・組合せ化学が要求する定量的化学変換(QCT)という考え方
・熱的ヒュスゲン1,3-双極子環化付加が実用にならなかった理由
CuAACの反応機構と、1,4選択性が生まれる起源
クリックケミストリーの要件と、CuAAC・RuAAC・SPAACの使い分け
・1,2,3-トリアゾールがアミド結合の等価体として働く理由

生涯と略歴——工学部から糖鎖・ペプチド化学へ

モーテン・ペーター・メルダルは1954年1月16日、コペンハーゲン近郊の小さな郊外に生まれた。母は美術教師で創作家、父はフィリップス社デンマーク法人のトップにまで昇った経営者という、創造性と規律が同居する家庭で育っている。父からは工作と修理の技術を学び、これが後年、自分で装置を設計・製作するという彼の研究スタイルに直結した。

高校時代は成績が振るわず、父の期待(ビジネスの道)に反発していたが、火薬やロケットを自作して遊ぶうちに科学へ傾いていく。デンマーク工科大学(DTU)で化学工学を学び、1981年に修士号(インドール合成)。しかし「生産技術者にはなりたくない、基礎的な問いに答えたい」と考えて化学の博士課程へ進み、クラウス・ボック(Klaus Bock)の下で1983年に学位を取得した。テーマはサルモネラ菌のO抗原多糖の合成——デオキシ糖に富んだ、当時としては極めて手強い糖鎖である。エミール・フィッシャー以来の糖化学の系譜に、彼はここで入った。

博士研究員時代の6か月間、彼はケンブリッジのMRC分子生物学研究所でロバート・シェパードのもとに滞在し、当時まだ確立途上だったFmoc固相ペプチド合成の開発に加わった。帰国後はコペンハーゲン大学で糖鎖とペプチドを接合した糖ペプチドの合成に取り組む。この過程で、酸性条件下でのグリコシル化に耐える活性化基としてペンタフルオロフェニル(Pfp)エステルの利用を確立し、さらに20本のペプチドを同時に合成できる多列カラム型合成装置(MCPS)をテフロンブロックから自作した。近所の住人が持っていた旋盤とフライス盤を借りて削り出したという装置である(初号機は現在ノーベル賞博物館に展示されている)。

1988年、カールスバーグ研究所化学部門の長となったボックに招かれて同研究所へ移り、生体高分子の合成部門を立ち上げた。1997年にはデンマーク国立研究財団の大型助成を得て固相有機化学センター(SPOCC)を設立。CuAAC発見当時、そこには世界中から集まった25人前後の博士研究員・大学院生がいた。

出来事
1954デンマーク・コペンハーゲン近郊に生まれる
1981デンマーク工科大学(DTU)で化学工学の修士号を取得
1983DTUで博士号(指導:クラウス・ボック、サルモネラO抗原多糖の合成)
1983–88DTU・ケンブリッジMRC分子生物学研究所・コペンハーゲン大学で博士研究員。Fmoc固相合成とPfpエステル、多列カラム合成装置(MCPS)を開発
1988カールスバーグ研究所化学部門へ。ペプチド・糖ペプチド合成部門を立ち上げる
1992PEGA樹脂を報告(水系でも有機溶媒でも膨潤する固相担体)
1997デンマーク国立研究財団の助成で固相有機化学センター(SPOCC)を設立
1999SPOCC樹脂を報告(固相上での有機反応と酵素反応の両立を狙った担体)
2000CuAAC反応を発見(大学院生クリスチャン・トアノエとともに)
2001米国ペプチドシンポジウムで初めて公表
2002J. Org. Chem. に「固相上のペプチドトリアゾール」を発表。カールスバーグ研究所教授に
2011コペンハーゲン大学教授(ナノサイエンスセンター長)に就任
2013進化的ケミカルバイオロジーセンター(CECB)を設立
2022ノーベル化学賞(シャープレス、ベルトッツィと共同受賞)

出発点は「固相の上では精製できない」という制約

メルダルの研究の一貫した対象は固相担体(樹脂ビーズ)の上での化学である。CuAAC の発見を理解するには、この土俵の特殊さを押さえておく必要がある。

固相合成の利点は明快だ。生成物が樹脂に共有結合でつながっているので、洗うだけで試薬と副生物を除ける。だから自動化できる。ペプチド合成が機械化されたのはこの原理のおかげである。ところが同じ理由で、反応が途中で止まった分子も洗い流せない。樹脂に付いたままだからだ。溶液反応なら収率85%でもカラムで純品を取れるが、固相では85%の反応は15%の不純物が確定することを意味する。

この問題が決定的になるのが、メルダルが得意としたオンビーズスクリーニングである。1個のビーズに1種類の化合物を載せて何万個の library を作り、そのビーズを直接酵素や細胞と反応させて活性を見る。もし各ビーズが不純物を15%含んでいれば、当たったビーズを解析してもどの化合物が効いたのか分からない

そこで彼は二方向から攻めた。ひとつは担体そのものの設計である。当時標準だったポリスチレン樹脂は非極性溶媒でしか膨潤せず、水中では縮んでしまうため酵素が中まで入れない。彼はポリエチレングリコール(PEG)を骨格に組み込んだPEGA樹脂(1992)、続いてSPOCC樹脂(1999)を開発し、有機溶媒でも水でも膨潤し、タンパク質が拡散して入り込める固相を実現した。

もうひとつが反応そのものの探索——先に述べた QCT である。SPOCC センターの目的は文字どおり「固相組合せ化学のための定量的な有機反応を開発すること」だった。「行き切る反応」を探すこと自体が研究テーマだった研究室が世界にいくつあっただろうか。この土壌があったからこそ、Cu(I) の効果が見えたときに彼はその意味を即座に理解できた。

固相合成が要求する反応の条件
定量的(変換率がほぼ100%。未反応物は精製で除けない)
直交性(保護基や他の官能基に手を出さない)
副生物が出ない、または洗浄で完全に除ける
水系でも動く(オンビーズの酵素アッセイと同じ担体で使うため)

ヒュスゲン環化付加はなぜ使いものにならなかったのか

アジドと末端アルキンから1,2,3-トリアゾールができる反応そのものは、CuAAC より40年も前から知られていた。ロルフ・ヒュスゲン(Rolf Huisgen)が1960年代に体系化した1,3-双極子環化付加(1,3-dipolar cycloaddition)である。

アジド(R−N3)は、電子を3原子4電子で分け合う1,3-双極子である。これがアルキンの π 結合(双極子親和体、dipolarophile)と協奏的に反応して5員環をつくる。電子の数え方も骨格も、Diels–Alder反応と同じ[3+2](形式上は6π電子系)の協奏環化付加だと考えてよい。

【熱的ヒュスゲン環化付加】

R-N3  +  HC≡C-R'    →    1,4-置換トリアゾール  +  1,5-置換トリアゾール
                              (およそ 1 : 1 の混合物)

  条件:100 °C 前後、数時間–数日
  ΔG≠ ≈ 26 kcal/mol(協奏的な一段階)

問題は二つあった。第一に遅い。活性化エネルギーが大きく、室温ではほとんど進まない。ペプチドや糖鎖を載せた樹脂を100 °Cで一晩加熱するのは論外である。第二に、より深刻なのが位置選択性がないことだった。

アジドの HOMO/LUMO とアルキンの HOMO/LUMO のエネルギー差が両方向でほぼ同程度になるため、アジドの置換基とアルキンの置換基が1,4-の関係になる遷移状態と1,5-の関係になる遷移状態のエネルギーがほとんど変わらない。結果としてほぼ 1:1 の混合物が得られる。分離できない固相では、これは「常に半分が不純物」という意味になる。

よくある混同:ヒュスゲン環化付加とCuAACは別物
熱的ヒュスゲン:協奏的な[3+2]環化付加。高温が必要で1,4体と1,5体の混合物
CuAAC:協奏的ではなく段階的な触媒サイクル。室温・水中で1,4体のみ
・「CuAAC は Cu で加速されたヒュスゲン反応」という説明は機構としては誤り。フォーキンらは論文タイトルで意図的に “stepwise Huisgen cycloaddition process”(段階的ヒュスゲン過程)と呼び分けた

2000年、銅が加わった瞬間

メルダルの研究室では、大学院生クリスチャン・トアノエ(Christian W. Tornøe)が固相上でペプチドにトリアゾール環を組み込む研究をしていた。狙いのひとつは、トリアゾールをアミド結合の代替物としてペプチド骨格に埋め込み、プロテアーゼで切られないペプチド類縁体を組合せ的に作ることだった。

そこで銅が効いた経緯を、メルダル自身は「セレンディピティと、丹念な観察と、反応が思ったとおりに進まなかったときに何が起きたかを厳密に解析したこと」の混合物だと述べている。パスツールの有名な言葉——「幸運は準備された心にのみ訪れる」——の教科書的な実例である。彼の研究室には、樹脂に結合したままの化合物を解析できる高磁場NMR(800/600/500 MHz)と高分解能MSがあった。「思ったものができていない」ことを構造レベルで確認できる環境が、偶然を発見に変えた。

Cu(I) を加えると何が変わったか。要点は3つである。

観点熱的ヒュスゲンCuAAC
温度100 °C 前後室温(0–40 °C)
速度基準107–108に加速
位置選択性1,4体:1,5体 ≈ 1:11,4体のみ(regiospecific)
溶媒高沸点有機溶媒水・アルコール・DMSO・DMFなど広範
機構協奏的[3+2]段階的(Cuアセチリド経由の触媒サイクル)

メルダルらは2001年の米国ペプチドシンポジウムでこれを公表し、2002年に J. Org. Chem. に本論文を出した(Tornøe, Christensen, Meldal)。条件はヨウ化銅(I)+アミン塩基(ジイソプロピルエチルアミンなど)をアセトニトリル系で使い、PEGA樹脂上で反応させるもので、一次・二次・三次アルキルアジド、アリールアジド、糖のアジドまで、ほとんどの場合で変換率・純度ともに95%超だった。まさに彼が探していた QCT である。

ほぼ同時に、スクリップス研究所のロストフツェフ、グリーン、フォーキン、シャープレスが Angew. Chem. に独立の論文を出している。こちらの条件は硫酸銅(II)+アスコルビン酸ナトリウム(Cu(II) を系中で Cu(I) に還元する)を水/t-BuOH 中で使うもので、溶液反応に向いた処方だった。

2つの原著論文(区別して覚えておくと便利)
メルダル側:Tornøe, Christensen, Meldal, J. Org. Chem. 2002, 67, 3057.
固相・CuI/アミン塩基。ペプチドへの応用が動機
シャープレス側:Rostovtsev, Green, Fokin, Sharpless, Angew. Chem. Int. Ed. 2002, 41, 2596.
溶液・CuSO4/アスコルビン酸ナトリウム水系。「クリックケミストリー」概念の実証が動機
・「クリックケミストリー」という言葉自体は2001年のシャープレスら(Kolb, Finn, Sharpless)の提唱

CuAACの反応機構——なぜ1,4体だけができるのか

ここが院試で最も問われる部分である。順を追って見ていく。

ステップ1:Cu(I)アセチリドの生成

Cu(I) はまず末端アルキンの π 結合に配位して π 錯体をつくる。この配位によってアルキンの末端C−H の酸性度が劇的に上がる。計算では pKa約10単位低下する(水中で約25 → 約15)と見積もられている。その結果、トリエチルアミンやアスコルビン酸イオン程度の弱い塩基でも脱プロトンが起こり、σ 結合した銅アセチリドが生成する。

R'-C≡C-H  +  Cu(I)      →   [R'-C≡C-H ··· Cu]        (π錯体)
                                     pKa 25 → 15 程度に低下
                          −H+
                              →   R'-C≡C-Cu               (σ-銅アセチリド)

ここが決定的である。「末端アルキンでなければ CuAAC が使えない」理由がこれで説明できる。内部アルキンには脱プロトンできる末端C−Hがなく、銅アセチリドを作れないから反応しない。この末端アルキン限定という性質が、そのまま選択性の源になっている。

ステップ2:二核銅種の形成

初期の機構では単核の銅アセチリドが直接アジドと反応すると考えられていたが、現在は否定されている。2005年にフォーキンとフィンが反応速度が銅濃度の2次に依存することを示し、2013年にはウォレル、マリク、フォーキンが Science 誌で二核銅中間体の直接的証拠を報告した(同位体標識クロスオーバー実験)。単離された単核の銅アセチリドは、外部から銅を加えないとアジドと反応しない。

すなわち触媒種は、1つのアルキン炭素に σ 結合した銅と、三重結合に π 配位した第二の銅をもつσ,π-二核銅アセチリドである。π 配位した第二の銅がアルキンからさらに電子を引き抜いて、末端炭素の求核性を高める役割を果たす。

ステップ3:アジドの配位と6員環メタラサイクル

アジドは置換基に近い側の窒素(N1)で銅に配位する。この位置決めが位置選択性を生む。次に、アジドの遠い側の窒素(N3)が銅アセチリドの内側の炭素(C2、置換基R’を持つ側)を攻撃し、6員環の銅メタラサイクル(形式上 Cu(III))が生成する。

【位置選択性の起源】

  配位で固定される関係:
      N1(Rが付いた窒素) — Cu — C1(もとの末端炭素)

  新しく作られる結合:
      N3  −−−  C2(R'が付いた炭素)

  → 環が閉じると、R(N1上)と R' は 1 位と 4 位の関係に必ずなる
  → これが「1,4体のみ」=位置特異的(regiospecific)の理由

  熱反応では Cu による位置固定がないため、
  N3-C1 攻撃(→ 1,5体)も同程度に起こって混合物になる

ステップ4:環縮小とプロトン化

6員環メタラサイクルは環縮小(ring contraction)を起こして5員環の銅トリアゾリドになる。この段階の活性化障壁が小さいため全体が速い。最後にプロトン化(プロトン源は溶媒や塩基の共役酸)で銅が外れ、1,4-置換1,2,3-トリアゾールと Cu(I) が再生する。

【CuAAC触媒サイクル(まとめ)】

  R'-C≡C-H
      ↓  Cu(I) 配位 → 脱プロトン
  R'-C≡C-Cu  + 第二のCu(I)      (σ,π-二核銅アセチリド)
      ↓  R-N3 が N1 で配位
  アジド-銅アセチリド錯体
      ↓  N3 が内側炭素を攻撃
  6員環 Cu メタラサイクル
      ↓  環縮小
  5員環 銅トリアゾリド
      ↓  プロトン化(Cu(I) 再生)
  1,4-置換 1,2,3-トリアゾール

  段階的機構により ΔG≠ ≈ 26 → 約15 kcal/mol に低下
機構でよくある間違い
「協奏的な環化付加が銅で加速される」ではない。CuAACは協奏過程ではなく段階的な触媒サイクル
単核のCu(I)では進まない。触媒活性種は二核(速度が銅濃度の2次)
内部アルキンは反応しない。銅アセチリドを作れないため(末端アルキン限定)
「立体選択的」ではなく「位置選択的」。CuAACに不斉中心は生じない

Ru触媒なら1,5体ができる

金属を変えると選択性が反転する点も押さえておきたい。Cp*Ru系触媒(RuAAC)では、金属アセチリドを経ないため1,5-置換トリアゾールが主生成物になり、しかも内部アルキンも使える

反応触媒生成物アルキン
熱的ヒュスゲンなし(加熱)1,4体+1,5体の混合末端・内部とも
CuAACCu(I)(二核種)1,4体のみ末端のみ
RuAACCp*Ru錯体1,5体末端・内部とも
SPAAC無触媒(環ひずみ駆動)位置異性体の混合シクロオクチン(内部)

「クリックケミストリー」とは何か

CuAAC を語るとき「クリック反応」という呼び名がついて回るが、これは特定の反応の名前ではなく、反応に対する要求仕様のリストである。2001年にシャープレスらが提唱した基準は、おおむね次のようなものだった。

クリック反応の要件CuAACはどう満たすか
モジュール性・広い基質適用範囲アジドとアルキンを付けられれば分子の種類を問わない
きわめて高い収率多くの場合95%超、しばしば定量的
副生物が無害で、クロマトなしで除ける原子経済的な付加反応(脱離基がない)で副生物ゼロ
単一の生成物(立体・位置が定まる)1,4体のみ(位置特異的)
簡便な条件(水・空気に鈍感)室温、水中でも進行。厳密な無水・無酸素を要しない
大きな熱力学的駆動力(20 kcal/mol 超)芳香族トリアゾール環の生成は数十 kcal/mol の発熱で実質不可逆

着目すべきは、この基準のどれも「難しい分子が作れる」ことを要求していない点である。20世紀の有機合成が競ったのは巧緻さ——R・B・ウッドワード以来の全合成の伝統だった。クリックケミストリーが持ち込んだのは逆の価値観で、「誰がやっても、どこでやっても、必ずつながる部品」としての反応である。メルダルが固相合成の現場で QCT と呼んで探していたものと、シャープレスが概念として定式化したものが、たまたま同じ反応で出会った。

アジドが選ばれた理由(覚え方)
小さい:3原子しかないので分子の性質をほとんど変えない
生体に存在しない:天然の官能基と衝突しない
速度論的に安定:水・アミン・チオール・カルボン酸と勝手に反応しない
熱力学的には不安定:N2を含む高エネルギー種なので、いざ反応すると一気に進む

トリアゾールはアミド結合の代わりになる

メルダルの動機に戻ろう。彼が固相上でトリアゾールを作りたかった理由のひとつは、1,4-置換1,2,3-トリアゾールがアミド結合(ペプチド結合)の等価体(bioisostere)として振る舞うことだった。

性質アミド結合1,4-トリアゾール
平面性共鳴により平面芳香族環なので平面
双極子モーメント約4 D約5 D(同程度に大きい)
水素結合C=O が受容体、N−H が供与体N2・N3 が受容体、C5−H が弱い供与体
置換基間の距離約3.9 Å約5.0 Å(やや長い)
加水分解・プロテアーゼ切断される切断されない

つまりトリアゾールは「アミドのように相手を認識できるが、酵素に壊されない継ぎ手」である。ペプチド性医薬品の弱点は体内で速やかに分解されることだが、要所のアミドをトリアゾールに置き換えれば安定性が上がる。メルダルは後年、この考えをさらに進めて、クリック反応で立体配座を固定したβ-ヘアピンペプチド——抗体を模倣する「ベータボディ(betabody)」——の開発に取り組んだ。

ただし距離が約1 Å 長い点は無視できない。トリアゾールはアミドの完全な代替物ではなく、幾何が許す位置でのみ使える置換である。この種の「似ているが同じではない」感覚は、医薬品化学の等価体設計に共通する。

実務での使い方と落とし穴

CuAAC は「混ぜるだけ」と言われるが、実際にうまく回すには銅の面倒を見る必要がある。

Cu(I) は不安定である。空気酸化で Cu(II) になり、不均化して Cu(0) と Cu(II) に分かれてしまう。そこで水系では CuSO4 + アスコルビン酸ナトリウムという組合せを使う。Cu(II) を系中で還元して Cu(I) を供給し続けるとともに、過剰の還元剤が Cu(I) を酸化から守る。有機溶媒中で CuI や CuBr を直接使う場合は脱気とアミン塩基が要る(メルダルの原著が採った処方)。

配位子は速度と保護の両方に効く。トリス(トリアゾリルメチル)アミン系の配位子——TBTA(有機溶媒向け)、THPTABTTAA(水溶性、生体系向け)——は、Cu(I) をキレートして酸化・不均化から守りつつ、反応を数桁加速する。生体分子の修飾では、配位子がCu(I)+酸素から生じる活性酸素種によるタンパク質損傷を抑える役割も担う。

CuAACの限界と使い分け
生きた細胞・動物には使えない。Cu(I) が細胞毒性を示し、活性酸素種でタンパク質・核酸を傷める
・そのため生体内では銅を使わないSPAAC(ひずみ促進アジド–アルキン環化付加)やテトラジン–TCO反応を用いる
低分子アジドの取り扱いは危険。炭素数に対して窒素の比が高い有機アジドは爆発性を持つ(経験則として C/N < 3 は避ける)。ジクロロメタン中でのアジ化ナトリウム使用も避ける
・チオール(システイン)が多い系では Cu(I) が奪われて反応が止まることがある

ここで押さえておきたい対比がある。CuAAC はクリック反応だが「生体直交」ではない。この空白を埋めたのが同じ2022年に共同受賞したキャロライン・ベルトッツィで、彼女は銅を捨て、シクロオクチンの環ひずみを活性化エネルギーの原資に変えるという設計で、生きた細胞のなかでも動くアジド–アルキン反応(SPAAC)を作り上げた。メルダルとシャープレスが「確実につながる反応」を作り、ベルトッツィがそれを「生体という反応場」に持ち込んだ——2022年の授賞理由「クリックケミストリーと生体直交化学の開発に対して」は、この二段構えを指している。

現代への影響

CuAAC の使われ方は、原著論文の想定をはるかに超えて広がった。

創薬では、フラグメントをアジドとアルキンで組み合わせてライブラリを一気に作る手法が定着した。標的酵素の活性部位そのものを鋳型にして最適な組合せを選び出すin situ クリックケミストリーという技法も生まれている。生化学・細胞生物学では、アジド基やアルキン基を持つ代謝前駆体(たとえばDNA合成の検出に使うEdU)を細胞に取り込ませ、後からクリックで蛍光色素を付けて可視化する手法が標準になった。

高分子・材料化学への影響も大きい。デンドリマーの世代成長、ブロック共重合体の連結、ヒドロゲルの架橋、表面へのリガンド固定化——いずれも「定量的につながる」ことが構造の均一性を決める場面であり、CuAAC の性質がそのまま利点になる。鈴木–宮浦カップリングが炭素−炭素結合形成の標準になったのと同じ意味で、CuAAC は異種分子を連結するための標準工具になった。

メルダル自身は受賞後もコペンハーゲン大学で研究と教育を続けている。彼が近年とくに力を注いだのが学部教育だという点は、この人物を理解するうえで見逃せない。化学専攻の学生を他学部の学生と切り離して教える体制を作り、一学期分の講義資料と教材動画を自作した。「学生は好奇心によって学ぶべきで、教師は学生のいる場所まで降りていく必要がある」という彼の考えは、装置を自作し、樹脂を自作し、反応を自作してきた研究者の一貫した姿勢の延長線上にある。

よくある質問

CuAACとヒュスゲン1,3-双極子環化付加は何が違うのですか

熱的なヒュスゲン1,3-双極子環化付加は協奏的な一段階反応で、100 °C前後の加熱を必要とし、1,4-置換体と1,5-置換体をほぼ1対1の混合物として与えます。CuAACはCu(I)アセチリドを経る段階的な触媒サイクルであり、室温・水中でも進行し、1,4-置換体のみを与えます。CuAACは加速されたヒュスゲン反応ではなく、機構の異なる別の反応です。

CuAACはなぜ1,4-置換トリアゾールだけを与えるのですか

Cu(I)が末端アルキンを脱プロトンして銅アセチリドを作るため、もとの末端炭素が銅に結合した状態で固定されます。さらにアジドは置換基に近い側の窒素で銅に配位します。この二つの配位によって原子の相対配置が決まり、新しい炭素−窒素結合はアジドの遠い側の窒素と、置換基を持つアルキン炭素との間にしか作られません。その結果、二つの置換基は必ず1位と4位の関係になります。

CuAACに末端アルキンしか使えないのはなぜですか

触媒サイクルの最初の段階が、末端の炭素−水素結合の脱プロトンによる銅アセチリドの生成だからです。内部アルキンには脱プロトンできる末端の水素がなく、銅アセチリドを形成できないため反応が始まりません。内部アルキンを使いたい場合は、1,5-置換体を与えるCp*ルテニウム触媒による環化付加を用います。

CuAACを生きた細胞に使えないのはなぜですか

Cu(I)が細胞毒性を示すことと、Cu(I)と酸素から生じる活性酸素種がタンパク質や核酸を損傷することが理由です。水溶性配位子であるTHPTAやBTTAAを用いれば損傷をかなり抑えられますが、生きた細胞や動物個体では銅を必要としない反応が選ばれます。代表例が、環ひずみを駆動力とするひずみ促進アジド–アルキン環化付加(SPAAC)です。

1,2,3-トリアゾールがアミド結合の等価体とされるのはなぜですか

1,4-置換1,2,3-トリアゾールは平面構造をとり、約5デバイの大きな双極子モーメントを持ち、環の窒素が水素結合受容体として働くため、アミド結合と似た分子認識を示します。一方で加水分解酵素に切断されないため、ペプチド性分子の安定性を高める置換として利用されます。ただし置換基間の距離がアミドより約1オングストローム長いため、幾何が許す位置でしか置き換えられません。

まとめ

機構の要点をもう一度たどっておこう。Cu(I) が末端アルキンに配位して pKa を約10下げ、弱塩基で脱プロトンして σ,π-二核銅アセチリドができる。アジドが置換基側の窒素で銅に配位し、遠い側の窒素が内側の炭素を攻撃して6員環の銅メタラサイクルを経由、環縮小とプロトン化で 1,4-トリアゾールが出る。この段階的な経路によって、活性化自由エネルギーは協奏的な熱反応の約26 kcal/mol から約15 kcal/mol まで下がる。実務面では CuSO4+アスコルビン酸ナトリウムや配位子 TBTA/THPTA/BTTAA で Cu(I) を保持・保護するのが定石である。

この記事のポイント
・モーテン・メルダル(1954–)はCuAAC(銅触媒アジド–アルキン環化付加)を、シャープレス・フォーキンとは独立に発見した(2000年発見、2002年発表)
・動機は固相組合せ化学。樹脂上では精製できないため定量的化学変換が必要で、担体(PEGA樹脂)も装置(多列カラム合成装置)も自ら作った
1,4選択性の起源は「銅による位置固定」。末端炭素がCuに固定され、アジドは置換基側の窒素で配位するため、結合は遠い側の窒素と内側炭素の間にしか作られない
末端アルキン限定(銅アセチリドが必要)。内部アルキンを使うなら1,5体を与えるRuAAC
1,4-トリアゾールはアミドの等価体(平面・双極子約5 D・水素結合受容体・プロテアーゼ耐性)だが、置換基間距離が約1 Å 長い
CuAACはクリックだが生体直交ではない(銅が毒)。生体内ではSPAACへ。2022年、シャープレス・ベルトッツィとともにノーベル化学賞受賞

メルダルの経歴を追っていて印象的なのは、彼が探していたのは「新しい反応」ではなく「壊れない道具」だったということである。樹脂を自作し、合成装置をテフロンブロックから削り出し、水でも膨潤する担体を設計する——その延長線上に、どんな分子に付けても必ずつながる継ぎ手を求める発想があった。1,3-双極子環化付加の軌道相互作用そのものはDiels–Alder反応と同じ考え方で読めるので、HOMO/LUMOの扱いに不安があればそちらを先に固めるとよい。ほかの化学者の歩みは有機化学者列伝まとめから、反応そのものの解説は有機化学反応まとめから辿れる。