鈴木・宮浦カップリングは強力ですが、必ず塩基を必要とします。ホウ素を活性化してトランスメタル化を進めるためです。ところがこの塩基が、エピマー化しやすいα位やエステル・ラクトンを持つ基質ではそのまま弱点になります。

リーベスカインド・スローグルカップリングは、塩基を使わずにケトンを作るクロスカップリングです。2000年に Liebeskind と Srogl が報告しました。鍵になるのは、塩基の代わりに銅に硫黄を引き受けさせるという発想です。

この記事で学ぶこと
・チオエステル+ボロン酸 → ケトンという変換の全体像
・なぜ塩基がいらないのか(銅が何をしているのか)
・CuTC を当量使う理由
・鈴木・宮浦カップリングとの違いと、使い分けの基準
・チオエステル以外に使える基質(スルフィド・チオアミドなど)

リーベスカインド・スローグルカップリングとは

チオエステルとボロン酸を、パラジウム触媒と銅(I)塩のもとでカップリングさせ、ケトンを得る反応です。

リーベスカインド・スローグルカップリングの反応式(構造式)。チオエステルとアリールボロン酸がPd触媒とCuTCのもとでカップリングし、ケトンを与える

最大の特徴は中性条件で進むことです。塩基も強酸も使いません。

標準的な条件
・Pd(0) 触媒(配位子にトリ(2-フリル)ホスフィンなどを併用)
・CuTC(チオフェン-2-カルボン酸銅(I))を当量
・溶媒は THF など。室温〜穏やかな加熱
・塩基は使わない

なぜ塩基がいらないのか

クロスカップリングの一般的な流れは「酸化的付加 → トランスメタル化 → 還元的脱離」です。塩基が必要になるのはトランスメタル化の段です。

鈴木・宮浦カップリングでは、ホウ素は中性のままだと有機基を Pd へ渡しません。水酸化物イオンがホウ素に配位して四配位のボロナートになり、炭素が渡せるようになります。これが「塩基が必須」の理由です。

この反応では、別の仕掛けでトランスメタル化を進めます。

銅が硫黄を引き受ける

Pd がチオエステルのアシル炭素–硫黄結合に酸化的付加すると、Pd 上にチオラート(–SR')が残ります。このままでは Pd–S 結合が強く、ボロン酸からの炭素移動が進みません。

ここで銅(I)が働きます。銅は硫黄との親和性が高く、Pd 上のチオラートを引き抜いて自分が受け取ります。硫黄が外れた Pd はボロン酸から有機基を受け取れるようになり、トランスメタル化が進みます。

塩基と銅は役割が同じ
・鈴木・宮浦:塩基がホウ素側を活性化してトランスメタル化を可能にする
・リーベスカインド・スローグル:銅がパラジウム側から硫黄を外して可能にする
・どちらの側を動かすかが違うだけで、解いている問題は同じ

カルボキシラートも効いている

銅源としてCuTC(チオフェン-2-カルボン酸銅(I))がよく使われます。対照実験から、銅カチオンとカルボキシラート対アニオンの両方が必要であることが示されています。単なる銅塩ではなく、カルボン酸銅という形が効いています。

銅は当量必要

銅は生成した硫黄をチオラート銅として取り込んでしまうため、触媒サイクルに戻りません。したがって当量(化学量論量)が必要です。これはこの反応の実務上の欠点で、スケールアップの際にコストと廃棄物の問題になります。

鈴木・宮浦カップリングとの違い

  リーベスカインド・スローグル 鈴木・宮浦
求電子剤 チオエステル・スルフィド ハロゲン化アリール・トリフラート
生成物 ケトン(C–C 結合がアシル炭素上) ビアリールなど
塩基 不要 必須
助触媒 銅(I)を当量 不要
向いている基質 塩基に弱い基質・エピマー化しやすいα位 一般的な芳香環どうしの連結

使える基質の広さ

硫黄が脱離基として働くという枠組みなので、チオエステル以外にも展開できます。

求電子剤として使えるもの
・チオエステル(アルキル・アリール)→ ケトン
・(ヘテロ)アリールスルフィド → ビアリール
・チオアミド・チオシアネート・スルファニルアルキン
・求核剤側はボロン酸のほか、有機スズ・有機インジウムなども使える
(インジウム試薬では銅と塩基が不要になる例も報告されている)

ヘテロ環のスルフィドが使える点は実用上大きく、医薬品合成でヘテロ環どうしをつなぐ場面で選ばれます。チオエステルはペプチド化学でも扱いやすい官能基なので、生体関連分子の修飾にも向きます。

どんなときに選ぶか

この反応を選ぶ理由は「塩基が使えない」とき
・エピマー化しやすい不斉中心がアシル基のα位にある
・エステル・ラクトンがあり、塩基で加水分解されたくない
・固相合成など、塩基性条件が樹脂や保護基に影響する系
逆に、これらの制約がないなら鈴木・宮浦カップリングのほうが銅が不要で経済的

まとめ

リーベスカインド・スローグルカップリングのまとめ
・何をする反応か:チオエステル+ボロン酸 → ケトン(中性条件)
・条件:Pd(0) 触媒+CuTC を当量。塩基は使わない
・銅の役割:Pd 上のチオラートを引き取り、トランスメタル化を可能にする
・欠点:銅が当量必要(コストと廃棄物)
・選ぶ場面:塩基に弱い基質・エピマー化を避けたいとき

クロスカップリングを「酸化的付加 → トランスメタル化 → 還元的脱離」の枠で理解しておくと、どの段が律速で、何がそれを助けているのかという目で新しい反応を読めるようになります。この反応は、その読み方の良い練習になります。

よくある質問

なぜ塩基を使わなくても進むのですか?

塩基の役割を銅が代わりに果たしているからです。鈴木・宮浦カップリングでは、塩基がホウ素に配位して四配位のボロナートを作り、炭素をパラジウムへ渡せるようにします。この反応では、銅(I)がパラジウム上のチオラートを引き取ることでトランスメタル化を可能にします。活性化する相手が、ホウ素側ではなくパラジウム側という違いです。

銅はなぜ触媒量ではなく当量必要なのですか?

銅が引き取った硫黄がチオラート銅として系内に蓄積し、銅が再生されないためです。硫黄を取り除くことがこの反応の要なので、取り除いた分だけ銅が消費されます。触媒量で回す改良法も研究されていますが、原法では化学量論量のCuTCを使います。

鈴木・宮浦カップリングとどう使い分けますか?

塩基が使えるかどうかで決めます。一般的な芳香環どうしの連結なら、銅のいらない鈴木・宮浦カップリングのほうが経済的です。アシル基のα位にエピマー化しやすい不斉中心がある場合や、塩基で分解するエステル・ラクトンを含む場合に、中性条件で進むこの反応が選ばれます。

チオエステル以外の基質でも使えますか?

使えます。ヘテロアリールスルフィド、チオアミド、チオシアネート、スルファニルアルキンなども求電子剤として働きます。硫黄が脱離する枠組みが共通しているためです。求核剤側もボロン酸に限らず、有機スズや有機インジウムなどが使え、インジウム試薬では銅と塩基の両方が不要になる例も報告されています。

CuTCとはどのような試薬ですか?

チオフェン-2-カルボン酸銅(I)の略称で、この反応で標準的に使われる銅源です。対照実験から、銅カチオンとカルボキシラート対アニオンの両方がこの変換に不可欠であることが示されています。単純な銅塩では同じ働きをしないため、カルボン酸銅という形そのものが機能していると考えられています。