こんなタイトルがついていると、ウザく感じますよね。
実際は、全然イージーゲームではないと思います。
では、なぜこのようなタイトルにしたのか。
それは、他のものと比べると、確実に簡単だからです。
今回は、その理由を紹介していきます。
努力は大抵報われない
「努力は必ず報われる」
この言葉は虚言です。
人によって努力の定義は異なるかもしれませんが、私は努力が必ず報われることなんてないと思っています。
本当に努力がすべて報われるのであれば、世の中の全員が努力しているはずです。
考え方を変えれば、努力に裏切られる経験を積むことこそが努力なのかもしれません。
ところで、あなたは部活動をしていますか?
していれば、こういう人に出会ったことがあると思います。
練習を真面目にやってないのに、なぜかうまい奴。
要は、センスがあると言えばいいのでしょうか。
スポーツでは顕著なのですが、練習量と成果は比例しません。
比例しているとしても、人によってその傾きが全く異なります。
こういうことを言うと、できる側の人にとっては言い訳がましく聞こえるんですよね。
しかし、事実なんです。
これが、才能の差なのです。
勉強に才能の差はほとんどない
前項でスポーツの話をしましたが、それに比べて、勉強には才能の差がほとんどないんです。
正確に言うと、勉強には多種多様な素質が求められるので、平均化するとあまり差が出てこないのです。
もちろん、ひとつひとつには大きな差があるかもしれません。
才能の差がないということは、成果は努力に比例し、その傾きも皆がほとんど同じということです。
やるかやらないかなんです。
だから、勉強に関してのみ、「努力は必ず報われる」と言っていいと思います。
ただし、ごく一部の人で才能が秀でている人はいます。
いわゆる、天才という人たちです。
こういう人がいるのは確かなのですが、あなたが出会った天才は、おそらく天才ではなく努力家です。
天才は、日本で1学年数人程度しかいないです。
勉強には限界がない
これもスポーツと比較します。
スポーツだと、ある程度まで上達したらそこから成長しなくなることがあります。
しかし、勉強にはこれがありません。
ずっと伸び続けます。
常に成長を感じることができます。
成長を感じることができれば、比較的簡単に努力を続けることができると思います。
ですが、多くの人はその努力をしていません。
こういう意味では、勉強はイージーゲームです。
最後に
多少の誇張表現はありましたが、勉強は確実に努力が実を結びやすいです。
努力のベクトルの向きを正すことも大切ですが、まずはがむしゃらに頑張ってみてください。
その後に向きを修正すればいいです。
とにかく努力してください。
その努力は必ず報われます。