多官能性の分子を扱うと、必ずこの場面に来ます。2つの官能基があり、片方だけを反応させたい。

反応性に十分な差があれば、条件を選ぶだけで済みます。しかし差が小さいとき、あるいは反応させたくない側のほうが反応性が高いとき——このときに使うのが保護基です。

ただし、保護基の学習でつまずくのは「種類を覚えること」ではありません。院試で実際に問われるのは、どれを選び、どの順で外すかです。この判断を支えるのが直交性という考え方です。

この記事で学ぶこと
・保護基を「外し方」で分類する(5つのグループ)
・直交性とは何か——なぜ外す順序が設計できるのか
・官能基ごとの標準的な選択(アルコール・アミン・カルボニル・カルボン酸)
・付ける順序と外す順序は逆になること
・保護しないという選択肢の検討

保護基は「反応性を一時的に消す」道具である

典型例で確認します。エステルとケトンを両方持つ分子に、Grignard試薬を作用させたい。

そのまま反応させると    →  反応性の高いケトンのほうが攻撃される
エステルで反応させたい  →  ケトンをアセタールにして反応性を消す
                        →  エステルと反応させる
                        →  酸で加水分解してケトンを戻す

3工程増えますが、ほかに手がなければこれが答えです。保護は目的ではなく、選択性を作るための回り道と位置づけてください。

保護基に期待される性質
・選択的に付き、選択的に外れる(これが本質)
・付ける工程・外す工程とも収率が高い
・保護されている間、目的の反応条件に耐える
・保護基自身が反応しない
・外したあと分離しやすい

副次的な効果もあります。極性の高い糖やアミノ酸を保護すると有機溶媒に溶けやすくなり、芳香環を含む保護基を入れると結晶性が上がってX線解析に持ち込めるようになります。紫外吸収を持つ保護基は、高速液体クロマトグラフィーでの検出を容易にします。

保護基は「外し方」で分類する

ここが本記事の中心です。種類で覚えるのではなく、何で外れるかで分類します。

外し方 代表的な保護基 脱保護の条件
酸 Boc、THP、MOM、アセタール、tert-ブチルエステル、トリチル TFA、HCl、p-TsOH、含水酢酸
塩基 Fmoc、アセチル、ベンゾイル、メチル/エチルエステル ピペリジン(Fmoc)、K2CO3/MeOH、NaOH
還元(水素化分解) Cbz(ベンジルオキシカルボニル)、ベンジル、ベンジルエステル H2/Pd-C
酸化 PMB(p-メトキシベンジル) DDQ、CAN
フッ化物イオン TMS、TES、TBS、TIPS、TBDPS TBAF、HF・ピリジン(酸にも弱い)
なぜ「外し方」で分類するのか
保護基を選ぶ場面では、「あとで何を使って外すつもりか」が先に決まっています。分子の別の部分が酸に弱ければ酸で外す保護基は使えません——つまり外し方のほうが制約になるのです。
→ 種類別の暗記表では、この判断ができません。

保護基を酸・塩基・還元・酸化・フッ化物イオンの5つの外し方で分類し、それぞれに属する代表的な保護基を並べた分類図

直交性——順序を設計できる条件

2つの保護基がそれぞれ別の条件でだけ外れるとき、この2つは直交しているといいます。

Boc(酸で外れる・塩基に強い)  と  Fmoc(塩基で外れる・酸に強い)

酸を使う    →  Boc だけ外れる。Fmoc は残る
塩基を使う  →  Fmoc だけ外れる。Boc は残る

→  どちらを先に外すかを自由に選べる

これが直交性の実益です。1つの分子に3か所の保護基を入れても、3つが互いに直交していれば、任意の順序で1つずつ外せます。ペプチドの固相合成が成立しているのは、この性質のおかげです。

組み合わせ 直交しているか 理由
Boc と Fmoc している 酸と塩基で分かれる
Cbz と Boc している 水素化分解と酸で分かれる
PMB と ベンジル している PMB は DDQ で酸化的に、ベンジルは水素化分解で外れる
TBS と MOM していない(不完全) どちらも酸で外れる。TBAF なら TBS だけを外せるので一方向には使える
Boc と tert-ブチルエステル していない どちらも TFA で同時に外れる(同時に外したいなら利点になる)
「直交していない」は失敗ではない
同時に外したい場合は、同じ条件で外れる組み合わせを選ぶのが正解です。Boc と tert-ブチルエステルを併用して最後に TFA で一気に外すのは、実際に使われる設計です。
→ 直交性は「良い性質」ではなく設計の選択肢だと理解してください。

シリル基は「大きさで序列がつく」

シリル系保護基は、置換基が嵩高いほど酸や求核剤に強くなります。この序列を使うと同じ種類の保護基のなかで選択的に外せます。

外れやすい   TMS  <  TES  <  TBS  <  TIPS  <  TBDPS   外れにくい

→ TMS と TBS を同じ分子に入れ、穏やかな酸で TMS だけを外す設計ができる

シリル基の各論はシリル系保護基で扱っています。

官能基ごとの標準的な選択

守る官能基 よく使う保護基 選ぶときの目
アルコール(−OH) TBS、MOM、THP、ベンジル、PMB、アセチル 第1級と第2級を区別したいなら嵩高いシリル基(第1級に選択的に付く)
アミン(−NH2) Boc、Fmoc、Cbz、フタロイル カルバメートにすると塩基性が消える(求核性も落ちる)
カルボニル(C=O) アセタール(ジオキソラン)、チオアセタール アセタールは酸に弱く塩基に強い。チオアセタールは逆に酸に強い
カルボン酸(−COOH) メチル/エチルエステル、tert-ブチルエステル、ベンジルエステル 外し方で選ぶ(塩基/酸/水素化分解)

PMB の脱保護機構はPMB保護基とDDQ酸化除去で扱っています。

アミンを保護する理由は「塩基性を消す」ことでもある
アミンは求核剤としても塩基としても働くので、保護せずに残すと反応を横取りすることがあります。カルバメート(Boc・Fmoc・Cbz)にすると、窒素の孤立電子対がカルボニルへ共鳴で流れ、塩基性と求核性がどちらも大きく下がります。
→ 保護は「守る」だけでなく「邪魔をさせない」手でもあります。

アミンの保護基——Boc・Fmoc・Cbzは互いに直交する

アミンの保護には、ほかの官能基と違う事情があります。消したいのは反応性だけではなく、塩基性です。遊離のアミンが残っていると、酸性条件では塩になって溶けなくなり、塩基性条件では自分が求核剤として反応に割り込みます。つまりアミンは「反応する」だけでなく「反応条件そのものを壊す」のです。

そこで使われるのがカルバメート(ウレタン)型の保護基です。窒素の孤立電子対が隣のカルボニルへ共役すると、その電子対は非局在化して塩基性と求核性が同時に消えます。アミドでも同じ効果は得られますが、アミドは安定すぎて外すのに強い条件が必要です。カルバメートは「十分に不活性で、しかも穏和に外せる」という点で釣り合いが取れています。

保護基 導入 脱保護 外し方の系統
Boc
(tert-ブトキシカルボニル)
Boc2O+塩基(Et3N・DMAP) TFA/CH2Cl2、4 M HCl/ジオキサン 酸
Fmoc
(9-フルオレニルメトキシカルボニル)
Fmoc-OSu、Fmoc-Cl+Na2CO3 20% ピペリジン/DMF 塩基
Cbz(Z)
(ベンジルオキシカルボニル)
Cbz-Cl+塩基 H2/Pd-C(水素化分解) 水素化分解
トリフルオロアセチル (CF3CO)2O K2CO3/MeOH、アンモニア水 塩基(穏和)
アセチル(Ac) Ac2O/ピリジン 酸性・塩基性いずれも加熱が必要 加水分解(強め)
フタルイミド Gabriel アミン合成 ヒドラジン(Ing–Manske 法) 求核剤

この表で注目してほしいのは上の3つです。Boc は酸で外れて塩基に強く、Fmoc は塩基で外れて酸に強く、Cbz は水素化分解でだけ外れて酸にも塩基にも強い。3つが互いに直交しているため、1つの分子に3つのアミンが別々に保護されていても、望む1つだけを選んで外せます。ペプチドの固相合成でFmocとBocが使い分けられているのは、この性質があるからです。

アミンの保護基Boc・Fmoc・Cbzの外し方(構造式)。Bocはトリフルオロ酢酸で外れ塩基とH2/Pd-Cでは残る、Fmocはピペリジンで外れ酸とH2/Pd-Cでは残る、CbzはH2/Pd-Cで外れ酸と塩基では残る

脱保護で出てくる副生成物に注意
・Boc:酸で外すとtert-ブチルカチオンが生じ、電子豊富な芳香環(Trp・Tyrなど)をアルキル化してしまう。スカベンジャー(チオアニソールなど)を加える
・Fmoc:脱離でジベンゾフルベンが生じる。これはMichael受容体なので、過剰のピペリジンが捕捉する役も担っている
・Cbz:水素化分解なので、分子内にアルケン・アルキン・ベンジルエーテル・ハロゲンがあると一緒に還元される

アルコールの保護基——エーテル系とエステル系で系統が変わる

アルコールの保護基は大きくエーテル系とエステル系に分かれます。この区別がそのまま「外し方」に対応するので、系統で覚えるほうが速く身につきます。

エーテル系のうちシリルエーテルは大きさで序列がつくため、上の「シリル基は『大きさで序列がつく』」で別に扱いました。ここではそれ以外を整理します。

保護基 導入 脱保護 使いどころ・弱点
MOM
(メトキシメチル)
MOM-Cl+i-Pr2NEt HCl/MeOH、PPTS 塩基・求核剤・還元剤に強い。MOM-Cl は発がん性があり取り扱いに注意
THP
(テトラヒドロピラニル)
ジヒドロピラン+触媒酸(PPTS) 含水酢酸、PPTS/MeOH 安価で導入が速い。アノマー中心ができるのでジアステレオマーの混合物になる(NMRが読みにくくなる)
Bn(ベンジル) BnBr+NaH H2/Pd-C 酸にも塩基にも強い。接触還元できない基質(アルケン・硫黄化合物)では使えない
PMB
(p-メトキシベンジル)
PMB-Cl(または PMB-Br)+塩基 DDQ 酸化、TFA Bn より温和に外せる=Bn と PMB は直交させられる
トリチル(Tr) TrCl/ピリジン 弱酸(含水酢酸) かさ高いので1級アルコールだけを選んで保護できる
アセチル(Ac)/ベンゾイル(Bz)
=エステル系
Ac2O(BzCl)/ピリジン K2CO3/MeOH、NaOMe(Zemplén 法) 最も小さく立体障害を増やさない。塩基性条件・求核剤に弱い(Grignard反応とは併用できない)
選ぶときの実践的な順番
① これから使う試薬を書き出す(酸か塩基か、還元剤か求核剤か)
② その条件で生き残る保護基を上の表から選ぶ
③ 同じ分子に2つ以上入れるなら、外し方の系統が違うものを組み合わせる(例:Bn と TBS、Bn と PMB)
④ 1級と2級を区別したいならかさ高いもの(Tr・TBDPS)を使う
アミンはアミドで保護してはいけないのですか?

禁止ではありませんが、外すのが大変です。アミドは共鳴で強く安定化されているため、加水分解には強酸・強塩基と加熱が必要で、分子のほかの部分が壊れます。カルバメート(Boc・Fmoc・Cbz)は窒素の塩基性を消す効果は同じまま、tert-ブチル基やフルオレニル基という「外れやすい仕掛け」を持たせてあるので、穏和な条件で外せます。保護基は「安定であること」と「外せること」の両立が本質で、アミドは前者に寄りすぎています。

1,2-ジオールや1,3-ジオールはどう保護しますか?

2つのOHをまとめて環状アセタールにします。1,2-ジオールならアセトン(または2,2-ジメトキシプロパン)と触媒酸でアセトニド、1,3-ジオールならベンズアルデヒドでベンジリデンアセタールにするのが標準です。環状にすると熱力学的に安定で扱いやすく、脱保護は含水酢酸などの弱酸で済みます。副産物として立体配置の情報が固定されるため、NMRで相対配置を決める手がかりにもなります。

付ける順序と外す順序は逆になる

複数の保護基を使う経路では、順序の設計が要ります。原則は単純です。

1  最後に外したいものを、最初に付ける(いちばん強い保護基)
2  途中で外したいものは、あとから付ける(穏やかに外れる保護基)
3  外すときは逆順に、直交する条件を1つずつ使う

これは日常の「重ね着」と同じ構造です。先に着たものは最後に脱ぐことになります。

設計の確認は3項目
①各保護基が、他の工程の条件に耐えるか(酸を使う工程が途中にあるなら、酸で外れる保護基は使えない)
②外したい順序に対して、条件が直交しているか
③保護・脱保護の工程が2回以上増えないか(増えるなら、切る場所を変えたほうが早い)

「保護しない」という選択肢

保護は工程を2つ増やします。収率が各90%でも、2工程で0.81倍になります。したがって最初に検討すべきは、保護を避ける道です。

代わりの手 例
反応性の差を使う NaBH4 はケトンを還元するがエステルは残す——保護せずに済む
試薬を穏やかにする Grignard試薬のかわりに有機銅(Gilman試薬)を使って1,4-付加に限定する
順序を入れ替える 干渉する官能基をあとで導入する(保護の必要が消える)
切る場所を変える 逆合成に戻り、干渉が起きない分岐を選ぶ

3行目がとくに効きます。「この官能基は、本当にこの段階で存在しなければならないのか」——逆合成で1つ前に戻ると、保護が不要になることがしばしばあります。

大学院入試での問われ方

「保護基が直交しているとはどういうことか。例を挙げて説明せよ」
      → それぞれ別の条件でだけ外れること。Boc は酸、Fmoc は塩基。
        どちらを先に外すかを選べる

「Boc と Fmoc を併用する利点を述べよ」
      → 直交しているので、2つのアミノ基を順序を選んで1つずつ遊離させられる
        (ペプチドの固相合成)

「TBS と TMS を同じ分子に入れる意味を述べよ」
      → 嵩高さの序列(TMS < TBS)により、穏やかな条件で TMS だけを外せる

「アミンをカルバメートで保護すると塩基性が下がる理由を述べよ」
      → 窒素の孤立電子対がカルボニルへ共鳴で流れ、プロトンを受け取らなくなる

「ケトンとエステルを持つ分子で、エステルだけを還元したい。方針を述べよ」
      → ケトンをアセタールで保護 → LiAlH4 で還元 → 酸で脱保護。
        あるいは保護せず、ケトンを NaBH4 で先に還元してしまう経路も検討する

「保護基を使わずに選択性を出す方法を2つ挙げよ」
      → 反応性の差を使う/導入の順序を入れ替える

まとめ

この記事のまとめ
・保護基は選択性を作るための回り道。目的ではない
・覚えるのは種類ではなく外し方の5分類(酸・塩基・還元・酸化・フッ化物イオン)
・直交性=それぞれ別の条件でだけ外れること。Boc(酸)と Fmoc(塩基)が代表
・直交していない組み合わせも使える(同時に外したいときは、むしろそれが正解)
・シリル基は嵩高さで序列がつく(TMS < TES < TBS < TIPS < TBDPS)
・アミンの保護は塩基性と求核性を消す手でもある
・最後に外したいものを最初に付ける。外すのは逆順
・工程が2つ増えるので、まず「保護しない道」を検討する(反応性の差・試薬の変更・順序の入れ替え・切る場所の変更)

個別の保護基を掘り下げるなら、酸だけで外れるアセタール型の例としてMOM基(導入条件と脱保護の機構・直交性)の記事も参考になります。

よくある質問

保護基の直交性とは何ですか?

2つ以上の保護基が、それぞれ別の条件でだけ外れる関係にあることです。たとえばBocは酸で外れて塩基に強く、Fmocは塩基で外れて酸に強いため、この2つは直交しています。直交していれば、複数の保護基を入れた分子から任意の順序で1つずつ外せます。ペプチドの固相合成が成立しているのは、この性質を利用しているからです。

保護基は種類で覚えるべきですか?

外し方で覚えるほうが実用的です。保護基を選ぶ場面では、あとで何を使って外すつもりかが先に決まっており、分子の別の部分が酸に弱ければ酸で外す保護基は使えないという形で制約がかかります。酸、塩基、還元(水素化分解)、酸化、フッ化物イオンの5つに分類しておくと、選択と順序の設計がそのまま行えます。

シリル系保護基はどう使い分けますか?

置換基の嵩高さで使い分けます。外れやすさはTMS、TES、TBS、TIPS、TBDPSの順に下がるため、同じ分子に嵩高さの違うシリル基を入れておけば、穏やかな条件で外れやすいものだけを選択的に除去できます。また嵩高いシリル基は立体的に空いた第1級アルコールに選択的に付くので、第1級と第2級の区別にも使えます。

アミンをカルバメートで保護すると何が変わりますか?

塩基性と求核性がどちらも大きく下がります。窒素の孤立電子対がカルボニル基へ共鳴で流れ込むため、プロトンを受け取る力も求核剤として攻める力も弱まります。アミンは保護せずに残すと反応を横取りすることがあるので、保護は守るためだけでなく邪魔をさせないための手でもあります。Boc、Fmoc、Cbzが代表的なカルバメート型保護基です。

保護基を付ける順序はどう決めますか?

最後に外したいものを最初に付けます。いちばん強い(外れにくい)保護基を先に導入し、途中で外したいものはあとから導入します。外すときは逆順に、直交する条件を1つずつ使います。確認すべきは、各保護基が他の工程の条件に耐えるか、外したい順序に対して条件が直交しているか、工程が増えすぎていないかの3点です。

保護基を使わずに選択性を出す方法はありますか?

あります。第一に反応性の差を使う方法で、たとえば水素化ホウ素ナトリウムはケトンを還元するがエステルは残すため保護が不要です。第二に試薬をより穏やかなものに替える方法、第三に干渉する官能基をあとから導入するよう順序を入れ替える方法、第四に逆合成に戻って切る場所自体を変える方法があります。保護は2工程を消費するため、まずこれらを検討します。