誘起効果(+I/−I)と電子供与・吸引:pKaが変わる理由
「同じ官能基なのに、置換基が変わるだけでpKaがズレる」
その主因の1つが誘起効果(inductive effect:+I/−I)
誘起効果を理解すると、
・ハロゲンで酸性度が上がる理由
・カルボン酸の置換基効果
・塩基性(アミン)の強弱
・求核性/求電子性の変化
を、暗記ではなく“電子密度の偏り”で説明できる
この記事でできること
- +I/−I(誘起効果)の定義と見分け方が分かる
- 誘起効果が距離で弱まる理由を説明できる
- 置換基効果でpKaが変わる理由を「共役塩基の安定性」で判定できる
- 酸性度だけでなく、塩基性・反応性の変化にもつなげられる
先に結論(ここだけ読めばOK)
- −I(電子吸引):σ結合を通じて電子密度を引き抜く → 近くの原子をδ+寄りにする
- +I(電子供与):σ結合を通じて電子密度を押し出す → 近くの原子をδ−寄りにする
- 酸性度(pKa)は「共役塩基の安定性」で決まる
- −I基があると、共役塩基の負電荷が“薄まって”安定化 → 酸性度↑(pKa↓)
- +I基があると、共役塩基の負電荷が“押し上げられて”不安定化 → 酸性度↓(pKa↑)
- 誘起効果は距離が離れるほど急速に弱まる(σ結合を1本ずつ伝わるため)
1. 誘起効果(+I/−I)とは何か
誘起効果は、σ結合(単結合)を通じて起こる電子密度の偏り
電気陰性度の差により、結合電子が片側に引かれ、その偏りが隣の結合にも連鎖していく
重要:誘起効果は「電子の押し引き」だが、実体はσ結合の分極(δ+/δ−の連鎖)
2. −I(電子吸引)と +I(電子供与)
2-1. −I(electron-withdrawing, inductive)
電気陰性度が高い置換基が、σ結合を通じて電子密度を引き抜く
結果として、近くの炭素や官能基がδ+寄りになりやすい
代表的な−I基(覚えるべき最小セット)
- ハロゲン:F, Cl, Br, I(一般にFが強い)
- CF3(非常に強い)
- NO2(強い)
- CN(強い)
- カルボニルを含む基(状況により)
2-2. +I(electron-donating, inductive)
主にアルキル基がσ結合を通じて電子密度を押し出す(分極を緩める方向)
結果として、近くの部位がδ−寄りになりやすい(電子密度が増える)
代表的な+I基(最小セット)
- アルキル基(メチル、エチル、tert-ブチルなど)
- 一般に、置換が増えるほど+Iは強くなりやすい
3. 誘起効果はなぜ距離で弱まるのか
誘起効果はσ結合を1本ずつ伝わる分極
電子密度の偏りは隣の結合へ伝わるたびに小さくなり、数本離れると影響がかなり薄れる
覚え方(試験用)
- 置換基が官能基に近いほど効果が大きい
- 1炭素離れるごとに急速に弱まる
4. pKaが変わる本質:共役塩基(または共役酸)の安定性
4-1. 酸性度(pKa)比較の基本ルール
酸 HA の強さは、共役塩基 A− の安定性で決まる
- A−が安定 → HAはプロトンを手放しやすい → 酸性度↑(pKa↓)
- A−が不安定 → HAはプロトンを手放しにくい → 酸性度↓(pKa↑)
4-2. −I基がpKaを下げる理由
−I基は電子密度を引き抜き、共役塩基の負電荷を分散(薄める)方向に働く
負電荷が局在しにくくなり、A−が安定化 → pKaが下がる
直感
- 負電荷(−)は“濃い”ほど不安定
- −I基は“濃さ”を下げる
4-3. +I基がpKaを上げる理由
+I基は電子密度を押し出し、共役塩基の負電荷を押し上げて不安定化しやすい
A−が不安定 → HAは酸として弱くなる → pKaが上がる
5. 具体例で固定:置換カルボン酸の酸性度
例1:酢酸 vs クロロ酢酸
クロロ酢酸は、Clの−Iでカルボキシラートの負電荷が誘起的に安定化される
その結果、酢酸より酸性度が高くなりやすい(pKaが下がる)
例2:ハロゲンの数が増えるほど酸性度が上がりやすい
Clが1個より2個、2個より3個の方が−Iが強く、共役塩基をより安定化
ただし、効果は官能基に近い位置ほど大きい(距離減衰)
6. 酸性度だけじゃない:塩基性・反応性も動く
6-1. アミンの塩基性
アミンの塩基性は、Nの孤立電子対がどれだけ“使えるか”で決まる
- −I基が近い → Nの電子密度が下がる → 孤立電子対が供与しにくい → 塩基性↓
- +I基が近い(アルキル置換)→ Nの電子密度が上がる → 塩基性↑(ただし溶媒和・立体の例外あり)
6-2. 求電子性/求核性
- −I基:近くの炭素をδ+寄りにして求電子性を上げやすい
- +I基:電子密度を上げて求核性を上げやすい(ただし立体で相殺されることもある)
7. よくあるミスと対策
ミス1:−Iと共鳴効果(+R/−R)を混同する
誘起効果はσ結合経由で、距離で弱まりやすい
共鳴効果はπ共役が必要で、構造によっては強く効く
まず「π共役しているか?」で切り分ける
ミス2:ハロゲンは“いつも電子供与/吸引”を一言で決める
誘起効果としてはハロゲンは−I
ただし共鳴供与(+R)を語るのは、芳香環などπ共役に入った時
試験では「今はσ経由の話か、π経由の話か」を明確にする
ミス3:距離を無視して同じ効果だと思う
−I/+Iは近いほど強い
“何炭素離れているか”を最後に必ず確認する
練習問題(演習)
解答:
−I効果:電気陰性度の高い置換基がσ結合を通じて電子密度を引き抜く効果
+I効果:主にアルキル基がσ結合を通じて電子密度を押し出す効果
解答:
−I基が電子密度を引き抜き、共役塩基の負電荷を誘起的に安定化(分散・低下)するため
共役塩基が安定になるほど酸はプロトンを放しやすくなり、pKaが下がる
解答:
誘起効果はσ結合を通じた分極が結合を1本伝わるごとに減衰するため、離れるほど影響が小さくなる
解答:
Clの−I効果がカルボキシラート共役塩基の負電荷を誘起的に安定化し、脱プロトン化が有利になるため
解答:
塩基性は下がりやすい
理由:−I基がNの電子密度を下げ、孤立電子対がプロトンを受け取る(供与する)能力が弱まるため
次に読む記事
- pKaの考え方:暗記から比較へ(誘起効果をpKa比較に落とす)
- 電気陰性度と結合の極性:δ+/δ−の付け方(誘起効果の土台)
- 共鳴構造の描き方:電子はどこまで動かせる?(誘起 vs 共鳴の切り分け)
