蛍光(fluorescence)と燐光(phosphorescence)は、物質が光を吸収し、再び光を放出する過程で生じる現象ですが、いくつかの重要な違いがあります。以下に両者の定義、原理、特徴を説明します。
蛍光や燐光の発生
励起されたエネルギーをフォトンとして捨て去る過程を放射減衰過程と言います。
この放射減衰過程は、無放射減衰と自然放射減衰に分かれます。電子的に励起された分子は、一般的に無放射減衰をたどります。
しかし、ここで注目するのは、自然放射減衰です。これが蛍光や燐光を伴う過程なのです。
蛍光
蛍光は、物質が高エネルギーの光(通常は紫外線)を吸収し、非常に短い時間(通常はナノ秒からピコ秒のオーダー)でそのエネルギーを放出する現象です。
原理
吸収(Absorption)
分子が光子を吸収し、電子が基底状態(S0)から励起状態(S1やS2)に遷移します。
振動緩和(Vibrational Relaxation)
励起状態の電子が最安定の振動エネルギーレベルに緩和します(非常に短時間で起こる)。
蛍光放出(Fluorescence Emission)
励起状態の電子が基底状態に戻る際に、吸収した光よりも低エネルギー(長波長)の光を放出します。
特徴
- 短寿命: 蛍光の寿命は非常に短く、通常ナノ秒のオーダーです。
- 即時発光: 光源が消えるとすぐに発光も止まります。
- エネルギー変換効率: 吸収した光エネルギーの一部が熱や他の形で失われるため、放出される光は吸収された光よりもエネルギーが低く(長波長)、これをストークスシフトと呼びます。
燐光
燐光は、物質が光を吸収し、長い時間(ミリ秒から分、時にはそれ以上)かけてエネルギーを放出する現象です。
原理
吸収(Absorption)
分子が光子を吸収し、電子が基底状態(S0)から励起状態(S1)に遷移します。
項間交差(Intersystem Crossing)
励起状態の電子が三重項状態(T1)に遷移します。この遷移はスピン禁制であり、効率が低いため時間がかかります。
燐光放出(Phosphorescence Emission)
三重項状態の電子が基底状態に戻る際に光を放出します。この過程もスピン禁制であり、非常に遅いため長時間にわたって発光します。
特徴
- 長寿命: 燐光の寿命は長く、ミリ秒から数分、場合によってはさらに長く続きます。
- 持続発光: 光源が消えた後も発光が続きます。
- スピン禁制遷移: 三重項状態から基底状態への遷移がスピン禁制であるため、遷移が遅くなる。
蛍光と燐光の比較
特徴 | 蛍光 | 燐光 |
---|---|---|
寿命 | ナノ秒のオーダー | ミリ秒から分、時にはそれ以上 |
発光の持続 | 光源が消えるとすぐに止まる | 光源が消えた後も持続 |
発光過程 | 単一状態から単一状態への遷移 | 三重項状態から単一状態への遷移 |
遷移の効率 | 高い | 低い(スピン禁制のため) |
蛍光と燐光はどちらも光吸収と放出の現象ですが、主に発光の寿命と遷移過程の違いによって区別されます。蛍光は短時間で即座に発光が止まるのに対し、燐光は長時間持続する発光を特徴とします。この違いは、蛍光が単一状態から単一状態への遷移であるのに対し、燐光が三重項状態から単一状態への遷移であることに起因します。
物理化学の教科書・参考書
アトキンス 物理化学 上・下 Peter Atkins, Julio de Paula 著