ホスホン酸(phosphonic acid)は、リン原子に2つのヒドロキシ基(–OH)と1つの炭素基が結合した構造を持つ有機リン化合物であり、一般式は R–PO(OH)₂ で表されます。
リン酸(–PO₄H₃)と比較して炭素–リン結合(C–P)を持つ点が大きな特徴であり、化学的安定性や生体内耐性に優れることから医薬品・農薬・材料化学で重要視されています。
本記事では、ホスホン酸官能基の構造、酸性、合成法、反応性、リン酸との違い、キレート形成、医薬応用、材料利用について詳しく解説します。
Contents
ホスホン酸の構造と電子的特徴
基本構造
R–P(=O)(OH)₂
- リン原子に二重結合の酸素(=O)と2つの水酸基(–OH)、そして炭素基が結合
共鳴構造と電子性
- P=O結合は高い電子引力を持ち、隣接する–OH基の酸性を増強
- 立体構造は四面体型で、リン原子の配位性が高い
リン酸との違い
官能基 | 構造 | C–P結合 | 用途 |
---|---|---|---|
ホスホン酸 | R–P(=O)(OH)₂ | あり | 医薬・材料・安定化剤 |
リン酸 | HO–P(=O)(OH)₂ | なし | 代謝・エネルギー・酵素修飾 |
ホスホン酸の酸性と塩形成
- –OH基は2段階にわたってプロトンを放出(pKa₁ ≈ 1.5、pKa₂ ≈ 7.5)
- 水溶液中でジアニオン(–PO₃²⁻)を形成
- 金属イオン(Ca²⁺、Mg²⁺など)と強力なキレート錯体を形成可能
用途
- スケール防止剤(水中Ca²⁺除去)
- 金属イオン除去剤(重金属浄化)
ホスホン酸の主な合成法
① マイケルis加成 + 酸化
R–CH=CH₂ + P(O)(OH)₃ → R–CH₂–CH₂–P(O)(OH)₂
アリル化合物への付加 → ホスホン酸化合物の前駆体を形成
② アルキルホスホネートの加水分解
(EtO)₂P(=O)–R + HCl/H₂O → R–P(=O)(OH)₂
③ グリニャール試薬との反応
R–MgBr + P(O)(OEt)₃ → R–P(O)(OEt)₂ → 加水分解 → R–PO(OH)₂
ホスホン酸の主な反応
① エステル化
R–PO(OH)₂ + ROH → R–PO(OR)(OH)
- リン酸エステル類似構造(→生体膜透過性向上)
② 塩化反応
R–PO(OH)₂ + SOCl₂ → R–POCl₂
活性中間体へ変換 → 求核置換反応に使用可能
③ 金属錯体形成
- ジルコニウム、鉄、アルミニウム、希土類金属などと安定錯体を形成
④ クロスカップリング反応
- ホスホン酸誘導体は、Ar–P(=O)(OH)₂ → Ar–C 結合形成に利用可能
ホスホン酸の応用
① 医薬品
- 骨吸収抑制薬(ビスホスホネート系):アレンドロネート、リセドロネート
- 抗ウイルス薬(ホスカルネットなど)
- リン酸エステラーゼ阻害剤(抗がん剤・抗菌薬)
② 材料科学
- リン架橋による耐熱性高分子
- 有機–無機ハイブリッド材料の架橋剤
③ 農薬・除草剤
- グリホサート:ホスホノメチルグリシン → 植物のアミノ酸合成阻害
④ 金属キレート・腐食防止
- 冷却水中のCa²⁺、Fe²⁺除去剤
- 金属表面処理剤・スケール防止剤
ホスホン酸の安全性と取扱い
- 生体適合性が高い誘導体もあるが、pHにより腐食性あり
- 金属イオンとの反応性 → 複合系の保存に注意
- 酸性条件下で強い脱水反応を示すことがある
まとめ:ホスホン酸は電子制御・金属捕捉・生理活性を兼ね備えたリン系官能基
- ホスホン酸(–PO(OH)₂)は、C–P結合を持つリン含有官能基
- 酸性が高く、2段階でプロトンを放出 → キレート形成能も高い
- 医薬・農薬・材料科学・金属錯体化学で広く応用される
- リン酸とは異なる生理活性・耐加水分解性が魅力
次回は「ホスフィン(–PR₃)」をテーマに、有機リン化学の中心となる還元剤・配位子としての機能、反応性、有機金属化学における応用を解説します。
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