北川進完全解説|MOF(金属有機構造体)はなぜ気体を自在に閉じ込められるのか

手のひらに、角砂糖ほどの白い粉末が1グラム。この粉を広げて表面をすべてならすと、どれくらいの面積になるか。答えはサッカーコート1面ぶん(数千平方メートル)である。比喩ではなく、窒素吸着法で実測される値がそうなる。
この物質がMOF(Metal–Organic Framework/金属有機構造体)、日本ではPCP(多孔性配位高分子)とも呼ばれる材料だ。金属イオンをジョイント、有機分子を棒に見立て、ジャングルジムのように3次元に組み上げる。すると結晶の内部がほとんど「空洞」になり、そこへ気体分子を出し入れできるようになる。
固体といえば原子がぎっしり詰まったもの——20世紀の材料化学ではそれが常識だった。ゼオライトや活性炭のような多孔質はあったが、穴の大きさと形を分子レベルで設計するという発想はほとんど存在しなかった。その常識を、有機合成の道具立てで書き換えたのが北川進(Susumu Kitagawa, 1951–)である。2025年、北川はリチャード・ロブソン、オマール・ヤギーとともにノーベル化学賞を受賞した。
この記事では、「なぜ配位結合だと穴が空くのか」という出発点から、1997年に北川が示した決定的な実験、そして北川の独自性である「柔らかい結晶」——気体が来ると扉を開けるように構造が変わるゲートオープン現象までを、有機化学の言葉で順に追っていく。
生涯と略歴——近畿大学の一室で見つけた「孔のある化合物」
北川進は1951年7月4日、京都に生まれた。1974年に京都大学工学部石油化学科を卒業し、同大学院で錯体化学を学んで1979年に工学博士を取得している。専門の出発点は金属錯体の分光学・電子状態であり、当初から多孔性材料を狙っていたわけではない。
学位取得後、1979年に近畿大学理工学部の助手として着任する。この近大時代(助手→講師→助教授、1979–1992)が、後のMOF研究の原点となった。銅イオンと有機分子を混ぜて得られた結晶を単結晶X線構造解析にかけたところ、骨組みが無限につながり、その内部に規則正しい空隙(チャンネル)が走っていることが分かったのである。北川自身が繰り返し語っているように、「孔がある」と気づいた瞬間に浮かんだ問いはただ一つ——「この孔は、使えるのか」だった。
1992年に東京都立大学教授、1998年に京都大学大学院工学研究科教授。2007年に発足した京都大学物質–細胞統合システム拠点(iCeMS)の中核メンバーとなり、後に拠点長を務めた。2017年に工学研究科を定年退職した後は京都大学高等研究院 特別教授としてMOF研究を続けている。
そして2025年10月、「金属有機構造体の開発」により、リチャード・ロブソン(メルボルン大学)、オマール・ヤギー(カリフォルニア大学バークレー校)とともにノーベル化学賞を受賞した。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1951 | 7月4日、京都に生まれる |
| 1974 | 京都大学工学部石油化学科を卒業。錯体化学へ進む |
| 1979 | 京都大学で工学博士。近畿大学理工学部の助手に着任 |
| 1980年代 | 近大時代に銅錯体で「孔のある無限骨格」を見出す。講師(1983)・助教授(1988) |
| 1989 | (参考)ロブソンがCu(I)と四座配位子でダイヤモンド型骨格を報告——分野の起点 |
| 1992 | 東京都立大学教授。多孔性配位高分子の本格的な設計研究へ |
| 1997 | 常温・高圧下でCH4・N2・O2を吸着することを実証(Angew. Chem. 誌)。分野の決定打 |
| 1998 | 京都大学大学院工学研究科 教授に就任 |
| 2000年代前半 | CPL(配位ピラードレイヤー)シリーズを開発。ゲートオープン型吸着を体系化 |
| 2004 | 総説で多孔性材料を第1・第2・第3世代に分類。「柔らかい多孔体」という概念を提示 |
| 2005 | 細孔内でアセチレンを安定に高密度貯蔵できることを報告(Nature 誌) |
| 2007 | 京都大学 iCeMS 発足に参画(後に拠点長)。材料と生命の境界領域へ展開 |
| 2017 | 京都大学高等研究院 特別教授。同時期にMOF量産を担う大学発ベンチャーも始動 |
| 2025 | ノーベル化学賞(ロブソン・ヤギーと共同受賞) |
MOFとは何か——「ジョイントと棒」で結晶を組む
金属クラスター(SBU)+有機配位子(リンカー)
MOFの構造は、拍子抜けするほど単純な2部品でできている。
| 部品 | 正体 | 役割 |
|---|---|---|
| ノード(SBU) | Zn2+・Cu2+・Zr4+・Cr3+ などの金属イオン、またはそれらが数個集まった金属クラスター | 骨組みのジョイント。配位数と配位幾何が「何本の棒が何度で出るか」を決める |
| リンカー(配位子) | テレフタル酸(BDC)、トリメシン酸(BTC)、4,4′-ビピリジン、イミダゾールなどの多座有機配位子 | 骨組みの棒。長さが孔の大きさを、置換基が孔の内壁の性質を決める |
SBU(Secondary Building Unit, 二次構造単位)という言葉はヤギーが持ち込んだ考え方で、金属イオン単独ではなく「金属+カルボキシラート」がまとまった剛直なユニットを1個のノードとみなす。たとえばMOF-5では Zn4O6+ クラスターに6本のカルボキシラートが正八面体状に配位し、これが6方向に腕を伸ばすジョイントとして働く。
<代表的なMOFの組成> MOF-5 (IRMOF-1) Zn4O(BDC)3 BDC = 1,4-ベンゼンジカルボキシラート HKUST-1 Cu3(BTC)2 BTC = 1,3,5-ベンゼントリカルボキシラート ZIF-8 Zn(mIm)2 mIm = 2-メチルイミダゾラート UiO-66 Zr6O4(OH)4(BDC)6 高い化学的安定性で知られる MIL-53 M(OH)(BDC) M = Al, Cr — 呼吸(breathing)する骨格 CPL-1(北川ら) [Cu2(pzdc)2(pyz)]n pzdc = ピラジン-2,3-ジカルボキシラート
なぜ配位結合だと「穴」ができるのか
ここが有機化学の学生にとっていちばん腑に落ちにくい点だろう。共有結合で網目高分子を作っても、ふつうは無定形のかたまりになるだけで、規則正しい孔にはならない。MOFがうまくいく理由は配位結合の「ほどよい弱さ」にある。
そして骨格が組み上がったとき、格子の内部には溶媒分子やカウンターアニオンが詰まっている。これらを加熱・減圧で追い出す操作を活性化(activation)と呼ぶ。追い出したあとに骨格が自立していれば、そこには設計どおりの寸法をもつ空洞が残る。MOFの合成が「組み上げ」と「空にする」の二段構えである理由がここにある。
驚異的な表面積——数字で捉える
活性炭のBET比表面積が 1000–1500 m2/g、ゼオライトが数百 m2/g であるのに対し、MOF-5 は約 3000 m2/g、設計を突き詰めた NU-110 では 7000 m2/g を超える。1 g(角砂糖1個ほど)でサッカーコート1面ぶんという比喩は、この 7000 m2 という数字から来ている。
結晶体積の 50–90 % が空隙という材料はほかにほとんど存在しない。「ほとんど何もない固体」——北川がMOFを説明するときに使うこの表現は、比喩ではなく実測値の記述である。
1997年の決定打——「常温で気体を吸う」ことの証明
ロブソンが示した設計原理(1989年)
MOF前史の起点は、1989年にリチャード・ロブソンが報告した仕事にある。Cu(I) と四方向に伸びたニトリル配位子(テトラシアノテトラフェニルメタン系)を組み合わせると、ダイヤモンド構造と同じつながり方をもつ無限骨格が得られる。ロブソンは「金属の配位幾何と配位子の形から、結晶の骨格トポロジーを予測して設計できる」という展望を明確に述べた。
ただし、この段階の骨格は溶媒を抜くと潰れてしまうものが多かった。「空洞があるように見える構造」を単結晶X線でいくら描いても、実際にゲスト分子を抜いて自立する材料でなければ使いようがない。設計原理は示されたが、実用性の証明が欠けていたのが1990年代前半の状況である。
北川の実証——吸着等温線という「証拠」
1997年、北川のグループ(近藤・松坂・関ら)は、M2(4,4′-ビピリジン)3(NO3)4(M = Co, Ni, Zn)型の3次元骨格について、常温・加圧下でメタン・窒素・酸素を可逆的に吸着することを吸着等温線で示した。
これがなぜ決定打だったのか。当時、多孔性の証明は77 K(液体窒素温度)での窒素吸着で行うのが常識だった。極低温であれば分子は動きが鈍く、多少構造が不安定でも吸着量が出る。しかし常温で気体を吸うとなれば話が違う。骨格が自立し、拡散経路が確保され、ゲストとホストの相互作用が実用的な条件で働いていることの直接的な証拠になる。
第1世代・第2世代・第3世代という分類
北川は2004年の総説で、多孔性配位高分子を3つの世代に整理した。この分類は現在も分野の共通言語として使われており、院試の記述問題でもそのまま使える。
ゲスト分子を除去すると骨格が崩壊する。可逆性がなく、材料としては使えない。1990年代初期の多くの配位高分子がここ
ゲストを抜いても骨格が保たれる(永続的多孔性)。硬い骨格で、ゼオライトや活性炭と同じ土俵に立つ。MOF-5・HKUST-1 など
重要なのは、第3世代が第2世代の上位互換ではないという点だ。硬い骨格には硬い骨格の用途(大容量貯蔵)があり、柔らかい骨格には柔らかい骨格にしかできない仕事(選択的分離・センサー)がある。北川が切り開いたのは、それまで「不完全な材料」として捨てられていた挙動を機能として読み替えたところにある。
ソフトポーラスクリスタル——北川の独自性
ゲートオープン現象:階段状の吸着等温線
ふつうの多孔体では、圧力を上げるにつれて吸着量はなめらかに増える(Langmuir型・I型等温線)。ところが北川らが開発したCPL(Coordination Pillared-Layer)シリーズなどでは、奇妙なことが起こる。
<通常の多孔体> <ゲートオープン型>
吸着量 吸着量
| ______ | ____
| / | |
| / | | ← ある圧力で突然吸い始める
| / |_______|
+-----------→ 圧力 +-----------→ 圧力
Pgate
低圧側ではまったく吸着せず、ある閾値圧力 Pgate を超えた瞬間に一気に吸着が始まる。等温線が階段状(シグモイド型)になるこの挙動をゲートオープンと呼ぶ。
仕組みはこうだ。ゲストがいない状態では、骨格は層どうしが密着した閉じた(クローズド)構造で最も安定している。この状態には孔がない。しかしゲスト分子の圧力が上がると、ゲスト–ホスト相互作用で稼げる安定化エネルギーが、骨格を押し広げるのに必要な変形エネルギーを上回る。そこで骨格が構造相転移を起こし、開いた(オープン)構造へ切り替わって一気に吸着する。
呼吸(breathing):格子が伸び縮みする
ゲートオープンと近縁の現象が呼吸(breathing)である。MIL-53(Al や Cr のヒドロキソ鎖とテレフタル酸からなる骨格)が代表例で、水やCO2を吸うと菱形の断面が細く潰れ(narrow pore, np)、さらに圧力を上げると再び開く(large pore, lp)。単位格子体積が 40 % 近く可逆的に変化する。
結晶が壊れずに40 %も体積を変える——固体化学の常識からすればあり得ない挙動だが、配位結合の可撓性とリンカーの回転自由度がそれを許している。北川が「柔らかい結晶(soft porous crystal)」という一見矛盾した言葉を使うのは、この二面性を指してのことだ。
アセチレンを「おとなしく」させる
2005年に北川らが Nature 誌で報告した結果は、有機化学の学生にとっていちばん直感に訴える成果かもしれない。
アセチレン C2H2 は溶接や有機合成に不可欠なガスだが、圧縮すると爆発的に分解するため、2気圧以上での貯蔵が禁じられている。実際のボンベではアセトンに溶かして多孔質充填材に染み込ませるという回りくどい方法が取られてきた。
北川らは、細孔の内壁にピラジンジカルボキシラートの酸素原子が適切な間隔で並ぶMOFを設計した。アセチレンの末端 C–H は弱い酸性をもち、この酸素とC–H…O 水素結合を形成する。結果として、アセチレン分子は細孔内で1分子ずつ引き離され、決まった向きに固定される。分子どうしが接触して連鎖分解する経路が断たれるため、爆発せずに高密度で貯蔵できる。細孔内のアセチレン密度は、常温では液体に近い密度に達した。
有機化学者にとってのMOF——配位子設計という勝負どころ
レチキュラー化学:骨格は「編める」
ヤギーが提唱したレチキュラー化学(reticular chemistry, 網目の化学)とは、骨格のトポロジー(つながり方)を保ったまま、リンカーの長さや官能基だけを変えるという設計思想である。
MOF-5(IRMOF-1)のBDCリンカーを、ビフェニルジカルボン酸、ターフェニルジカルボン酸へと伸ばしていくと、同じ立方格子のまま孔径だけが段階的に拡大する(IRMOFシリーズ)。BDCのベンゼン環に –NH2、–Br、–OC3H7 などを導入すれば、骨格を変えずに細孔内壁の化学的性質だけを書き換えられる。
ここで効いてくるのが、この列伝で扱ってきた有機合成の道具立てだ。ビフェニル型・ターフェニル型のリンカーは、多くの場合鈴木・宮浦カップリングでアリール–アリール結合をつくる鈴木章のクロスカップリングで合成される。MOFの性能はリンカーの合成法に律速される——これは実際に研究室に入るとすぐ実感することになる。
<レチキュラー化学の考え方>
同じトポロジー(pcu 格子)を保ったまま…
BDC(1環) → 孔径 約 8 Å
BPDC(2環) → 孔径 約 12 Å
TPDC(3環) → 孔径 約 15 Å
官能基化 BDC–NH2 → 塩基性・CO2親和性の付与
BDC–SO3H → 固体酸触媒
BDC–F4 → 疎水化・耐水性向上
ポストシンセティック修飾(PSM)
もうひとつ、有機化学的に面白いのがポストシンセティック修飾である。–NH2 基をもつリンカーでMOFを組んでおき、結晶ができた後でそのアミノ基を無水酢酸でアシル化したり、アルデヒドと縮合させてイミンにしたりする。
MOF–NH2 + (CH3CO)2O → MOF–NHCOCH3 + CH3COOH (結晶性・骨格トポロジーは保持されたまま、細孔内壁だけが変化する)
反応場が数ナノメートルの細孔内に限定されるため、嵩高い試薬は入れず、細い試薬だけが反応する——サイズによる選択性が自然に生まれる。溶液反応では実現しにくい制御が、固体の幾何学によって与えられるわけだ。
不斉場・触媒としてのMOF
細孔にキラルなリンカー(BINOL 誘導体、アミノ酸誘導体など)を組み込むと、不斉反応場ができる。基質は細孔に入ってから反応するため、細孔の形そのものが不斉配位子として働く。BINAPによる不斉水素化を確立した野依良治の仕事が「1個の触媒分子の周りに不斉環境をつくる」ものだったとすれば、キラルMOFは「結晶格子まるごとを不斉環境にする」試みだと言える。
また、配位不飽和な金属サイト(open metal site)を露出させたMOFは、それ自体がルイス酸触媒として働く。HKUST-1 の Cu2+ サイトはその代表例である。
現代への影響——3つの方向
実用化の面では、MOFはすでに研究室を出ている。北川の研究をもとにした京都大学発ベンチャーはMOFの量産技術を確立し、高圧ボンベに詰めるのと同量のガスを低圧で運べる容器を製品化した。半導体製造用の特殊ガス輸送など、安全性が最優先される用途から順に普及が進んでいる。
この「材料化学の基礎研究が、数十年かけて社会実装に到達する」というパターンは、ポリアセチレンから導電性高分子を生んだ白川英樹の歩みとよく似ている。偶然の観察から出発し、機能の発見を経て、産業へ——日本の材料化学が繰り返し辿ってきた道筋である。
院試・定期試験で狙われるポイント
MOFは無機化学・錯体化学・物理化学(吸着)の境界にあるため、出題の切り口が広い。よく問われる形を整理しておく。
| 問われ方 | 答えの骨子 |
|---|---|
| MOFとゼオライトの違いを述べよ | 結合様式(配位結合 vs 共有結合性ネットワーク)、細孔径の設計自由度、骨格の柔軟性、熱・化学的安定性(ゼオライトが優る)の4点で対比する |
| なぜ自己組織化で規則構造ができるか | 配位結合が可逆的で、誤結合が解離して修復されるため。熱力学的最安定構造=周期的結晶格子へ収束する |
| 多孔性をどう証明するか | 活性化後のガス吸着等温線を測定し、BET法で比表面積、等温線の型から細孔径分布を求める。単結晶構造解析だけでは不十分 |
| 階段状等温線の理由を説明せよ | ゲートオープン。ゲスト–ホスト相互作用による安定化が骨格変形のエネルギー障壁を上回る閾値圧力で、結晶全体が協同的に構造相転移する |
| 細孔径を大きくするには | レチキュラー化学に基づき、トポロジーを保ったままリンカーを長くする(BDC → BPDC → TPDC)。ただし相互貫入(interpenetration)で孔が塞がる副作用に注意 |
| MOFの弱点は | 配位結合の加水分解による水・湿気への不安定性(Zn系で顕著)。Zr系(UiO-66)やアゾラート系(ZIF)は耐水性が高い |
まとめ
MOFの物語は、「固体の中には何もない空間を作れる」という一見奇妙な発想が、有機配位子の設計という有機化学の腕前によって現実の材料になっていった過程である。近畿大学の一室で「孔がある」と気づいた瞬間から40年余り——その孔はいま、大気からCO2を捕まえ、砂漠で水を集めている。
他の化学者の歩みは有機化学者列伝まとめページから、リンカー合成に使われる反応の詳細は有機化学の反応機構まとめから確認できる。








