α,β-不飽和ケトンにグリニャール試薬を加えると、カルボニル炭素を攻撃してアルコールになります。狙いどおりのこともありますが、二重結合の先にアルキル基を入れたいときには使えません。

そこで登場するのがギルマン試薬(有機銅リチウム、R2CuLi)です。同じアルキル基を運ぶのに、入る場所が変わります。

しかもこの試薬には、グリニャールにはできない仕事がもう2つあります。ハロゲン化アルキルとのカップリングとエポキシドの開環です。この記事では、その3つの使い方を押さえます。

この記事で学ぶこと
・ギルマン試薬の作り方と、何が「クプラート」なのか
・3つの用途(1,4-付加/アルキルとのカップリング/エポキシド開環)
・グリニャール・有機リチウムとの使い分け
・2つのRのうち1つしか使われないという実務上の注意
・Pd触媒のクロスカップリングとの関係

作り方——CuI を2当量の R−Li で処理する

2 R−Li  +  CuI   →   R2CuLi  +  LiI
                        ギルマン試薬(ジアルキル銅リチウム)

  溶媒 : Et2O・THF
  温度 : −78 °C 〜 0 °C(熱に弱い)
  ※ その場で調製してそのまま使う。単離しない

1価の銅に有機基が2つ結合し、全体として陰イオンになった錯体です。こうした有機銅アート錯体をまとめてクプラートと呼びます。

2つのRのうち、反応に使われるのは1つだけ
・もう1つはそのまま捨てられる(ダミー配位子として残る)
・つまり貴重な R を2当量消費して1当量ぶんしか使えない
・高価な基質では、片方を捨て配位子(シアノ基・アルキニル基・チオラート)に置き換えた
混合クプラートを使う

用途1:1,4-付加(共役付加)

最も重要な使い方です。α,β-不飽和カルボニル化合物に対して、β位の炭素にアルキル基が入ります。

        O                          O
        ‖                          ‖
  R'−C−CH=CH2   + R2CuLi  →   R'−C−CH2−CH2−R
                                   1,4-付加(β位に R が入る)

  同じ基質に R−MgX を使うと …

        OH
        |
  R'−C−CH=CH2                1,2-付加(カルボニル炭素に R が入る)
        |
        R

アルファベータ不飽和ケトンに対して、グリニャール試薬はカルボニル炭素を攻撃して1,2-付加を与えるのに対し、ギルマン試薬はベータ位を攻撃して1,4-付加を与えることを、攻撃点と生成物を並べて対比する

なぜ場所が変わるのかは、求核剤の「硬さ・柔らかさ」で説明されます。有機銅は分極しやすい柔らかい求核剤なので、電荷が濃いカルボニル炭素ではなく、軌道の相性がよい β位を選びます。この論理そのものはHSAB則の「1,2-付加と1,4-付加の分かれ道」で詳しく扱っています。

生成したエノラートは、そのまま次の求電子剤で捕まえられます。

R2CuLi で 1,4-付加  →  リチウムエノラートが生じる
                          →  その場で R''−X やアルデヒドを加える
                          →  β位と α位に1回の操作で2つ置換基が入る

  これをタンデム(逐次)共役付加−アルキル化という

ワンポットで炭素を2か所伸ばせるので、天然物合成の骨格構築で多用されます。エノラートそのものはケト-エノール互変異性、共役付加の反応一般はマイケル付加で扱っています。

用途2:ハロゲン化アルキルとのカップリング

ギルマン試薬は、ハロゲン化アルキルと直接 C−C 結合を作れます。これをCorey–House 合成と呼びます。

R2CuLi  +  R'−X   →   R−R'  +  RCu  +  LiX

  R'−X の反応性 : 第一級 > 第二級 >> 第三級(第三級は使えない)
  R 側          : アルキル・アリール・ビニルいずれも可
ここが実務上の価値
・グリニャール試薬はハロゲン化アルキルとほとんど反応しない(金属ハロゲン交換などが起こる)
・Pd触媒のクロスカップリングも sp3−sp3 は苦手(β-ヒドリド脱離のため)
・単純なアルキル同士を繋ぐなら、いまでもクプラートが有力
・触媒も配位子も要らず、金属を回収する必要もない

Pd触媒で sp3 を繋ぐ難しさは根岸カップリングで扱いました。ギルマン試薬はその問題を、そもそも Pd を使わないことで回避しています。

用途3:エポキシドの開環

R2CuLi + エポキシド  →  置換基の少ない炭素を攻撃(SN2的)
                          →  アルコールが生じる
                          →  立体は反転(背面攻撃)

塩基性条件での開環と同じく、混んでいないほうの炭素に入ります。酸性条件では逆になるので、条件とセットで覚えてください。アルキル基を入れながら同時にヒドロキシ基を作れるのが、この反応の使いどころです。

有機金属試薬の使い分け

R−LiR−MgXR2CuLi
硬さ硬い硬い柔らかい
α,β-不飽和ケトン1,2-付加1,2-付加1,4-付加
ハロゲン化アルキル××○(Corey–House)
エステル攻撃する攻撃するほぼ無傷
R の利用効率1/11/11/2(片方は捨てる)

有機リチウム・グリニャール試薬・ギルマン試薬の3つについて、アルファベータ不飽和ケトン・ハロゲン化アルキル・エステルに対する挙動を一覧で比較し、ギルマン試薬だけが1,4-付加とアルキルカップリングを担えることを示す

機構をどう書くか

クプラートの機構は単純な求核付加ではありません。現在は次のように理解されています。

Cu(I) → Cu(III) → Cu(I) という酸化還元を経る
・銅がまず基質に配位し、酸化的付加で Cu(III) 中間体になる
・続いて還元的脱離で C−C 結合ができ、Cu(I) に戻る
・Pd触媒のクロスカップリングと同じ骨格(酸化的付加 → 還元的脱離)
・違いは、Pd が触媒量なのに対し、クプラートは当量使うこと

つまりギルマン試薬は、触媒サイクルを回さずに1回だけ同じことをする試薬と見ることができます。答案では「柔らかい求核剤が β位を攻撃する」で足りますが、上の描像まで書けると理解の深さが伝わります。

実験条件のコツ

押さえておくべき4点
・低温を保つ(−78 °C 付近)。クプラートは熱で分解する
・その場で調製してすぐ使う。保存できない
・厳密な無水・無酸素。酸素でホモカップリング(R−R)が起こる
・高価な R を使うときは混合クプラートで無駄を減らす

大学院入試での問われ方

「α,β-不飽和ケトンに R2CuLi を作用させたときの生成物を書け」
      → β位に R が入った 1,4-付加体(グリニャールなら 1,2-付加)

「グリニャール試薬との違いを説明せよ」
      → 有機銅は柔らかい求核剤なので β位を攻撃する。
        さらにハロゲン化アルキルとカップリングでき、エステルを攻撃しない

「R2CuLi を2当量必要とする理由は」
      → 2つの R のうち反応に使われるのは1つだけで、もう1つは残るため

「1,4-付加のあと、そのまま R'−X を加えると何が起きるか」
      → 生じたエノラートがアルキル化される(タンデム共役付加−アルキル化)。
        β位と α位に1回で2つ置換基が入る

「Pd触媒のクロスカップリングと機構的にどう関係するか」
      → Cu(I)→Cu(III)→Cu(I) の酸化的付加—還元的脱離で、骨格は同じ。
        ただしクプラートは当量使う

まとめ

この記事のまとめ
・ギルマン試薬 R2CuLi は 2 R−Li + CuI でその場調製する
・用途1:1,4-付加。グリニャールが 1,2-付加するのに対し β位に入る
・用途2:ハロゲン化アルキルとのカップリング(Corey–House)。第一級 > 第二級、第三級は不可
・用途3:エポキシドの開環。混んでいない炭素を背面から攻撃し、立体は反転
・1,4-付加で生じたエノラートをその場で捕まえれば、1回の操作で2か所に置換基が入る
・2つの R のうち使われるのは1つだけ。高価な R なら混合クプラートにする
・機構は Cu(I)→Cu(III)→Cu(I)。Pd触媒と同じ骨格を、触媒ではなく当量で行う

なぜ柔らかい求核剤が β位を選ぶのかはHSAB則、共役付加という反応そのものはマイケル付加、Pd触媒で sp3 を繋ぐ難しさは根岸カップリングで扱っています。

よくある質問

ギルマン試薬とグリニャール試薬は何が違いますか?

アルファベータ不飽和カルボニル化合物に対して入る位置が違います。グリニャール試薬は硬い求核剤なので電荷が濃いカルボニル炭素を攻撃して1,2-付加を与えますが、ギルマン試薬は柔らかい求核剤なのでベータ位を攻撃して1,4-付加を与えます。さらにギルマン試薬はハロゲン化アルキルと直接カップリングでき、エステルをほとんど攻撃しないという違いもあります。

なぜ有機基を2当量も使うのですか?

ギルマン試薬の2つの有機基のうち、反応に使われるのは1つだけだからです。もう1つは銅上に残ったまま捨てられるため、貴重な有機基を2当量消費して1当量ぶんの反応しかできません。高価な基質や長い合成の終盤では無駄が大きいので、片方をシアノ基やアルキニル基といった移りにくい捨て配位子に置き換えた混合クプラートを用いて、目的の有機基を1当量で済ませます。

Corey–House合成とは何ですか?

ギルマン試薬とハロゲン化アルキルを反応させて炭素炭素結合を作る方法です。ハロゲン化アルキルの反応性は第一級が最も高く、第二級はやや劣り、第三級では脱離が優先して使えません。グリニャール試薬はハロゲン化アルキルとほとんど反応せず、パラジウム触媒のクロスカップリングもsp3同士は苦手なので、単純なアルキル同士を繋ぐ手段としてクプラートは現在も有力です。

1,4-付加のあとに生じるものは何ですか?

リチウムエノラートです。ここで反応を止めて後処理すればケトンが得られますが、エノラートをそのまま利用することもできます。反応液にハロゲン化アルキルやアルデヒドを続けて加えると、アルファ位でさらに結合ができ、1回の操作でベータ位とアルファ位の2か所に置換基を入れられます。タンデム共役付加アルキル化と呼ばれ、天然物合成の骨格構築で多用されます。

ギルマン試薬の機構は単純な求核付加ですか?

違います。現在は銅が1価から3価へ酸化的付加し、続いて還元的脱離で炭素炭素結合を作って1価に戻る、という経路で理解されています。これはパラジウム触媒のクロスカップリングとまったく同じ骨格です。違いはパラジウムが触媒量で何度も回るのに対し、クプラートは当量使って1回だけ働く点にあります。答案では柔らかい求核剤がベータ位を攻撃するという説明で足りますが、この描像まで書けると理解の深さが伝わります。