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エバンスアルドール反応は、オキサゾリジノンを不斉補助基として用いる不斉アルドール反応です。アルドール反応は新しいC–C結合と同時に2つの立体中心を作りますが、普通にやれば4種類の立体異性体が混ざります。この反応の価値は、どの異性体を作るかを反応前に決めておけることにあります。

しかも優れているのは、条件を替えるだけで4つの立体化学すべてに手が届く点です。補助基を分子に付けた段階で立体化学を「予約」し、反応が終わったら補助基を外して回収する——この設計思想は、以後の不斉合成の標準になりました。

この記事で学ぶこと
・オキサゾリジノン補助基の作り方と種類(なぜアミノ酸から作るのか)
・Z(O)ボロンエノラートになる理由と、Zimmerman–Traxler遷移状態の読み方
・4つの立体化学(ES・NS・EA・NA)の作り分け——2つの軸で整理する
・実験手順と、収率・選択性を落とさないためのコツ
・補助基の外し方と、なぜ LiOH ではなく LiOOH を使うのか

概要

  • オキサゾリジノンを不斉補助基として用いる不斉アルドール反応
  • 不斉補助基、ルイス酸を変更することで、すべての立体化学を構築できることが報告されている
  • 特に、Evans Synの立体化学には有効

Evans Aldol Reaction

歴史

1981年、D. A. Evans らがキラルなオキサゾリジノンのボロンエノラートを使うと、アルドール反応の立体化学が高い選択性で制御できることを報告しました(Evans, Bartroli, Shih, J. Am. Chem. Soc. 1981)。

当時すでに不斉アルドール反応の試みはありましたが、選択性が低く実用に耐えませんでした。Evans らの方法が決定的だったのは、次の3つが同時に成り立っていたからです。

Evans 法が標準になった3つの理由
・補助基が安価に作れる——天然のアミノ酸(バリン・フェニルアラニン)から数工程
・選択性が高い——ジアステレオマー比 95:5 以上がふつうに出る
・補助基が外せて回収できる——使い捨てではなく再利用できる

「補助基を一時的に付けて立体化学を決め、終わったら外す」という考え方そのものが、この反応で広く認められました。保護基が反応性を一時的に消す道具であるのに対し、補助基は立体情報を一時的に持ち込む道具だと整理すると分かりやすくなります。

オキサゾリジノン補助基の作り方と種類

補助基はアミノ酸から2工程で作ります。アミノ酸を還元してアミノアルコールにし、炭酸ジエチルなどで環化させると5員環カルバメート(オキサゾリジノン)になります。

オキサゾリジノン補助基の作り方(構造式)。L-バリンを還元してバリノール、環化で4-イソプロピルオキサゾリジノン。L-フェニルアラニンから4-ベンジル体、(1S,2R)-ノルエフェドリンから4-メチル-5-フェニル体ができる

どれを使っても原理は同じで、違いは4位(と5位)の置換基の大きさです。この置換基がエノラートの片面を覆うことで、アルデヒドが近づける面が1つに絞られます。天然アミノ酸には両方の鏡像があるわけではありませんが、D体のアミノ酸やノルエフェドリンの鏡像体を使えば、生成物の鏡像も作れます。

反応に使うときは、オキサゾリジノンの窒素をアシル化してイミドにします(プロピオニルクロリドなどを n-BuLi で脱プロトン化した窒素に反応させる)。α位のメチル基がここで入り、これが生成物の立体中心の1つになります。

反応機構——Z(O)ボロンエノラートと六員環遷移状態

機構は2段階に分けて考えます。① どんな幾何のエノラートができるか、② そのエノラートがアルデヒドのどちらの面を攻めるかです。この2つが決まれば、生成物の立体化学は一意に決まります。

① Z(O)エノラートになる理由

Bu2BOTf(ジブチルホウ素トリフラート)と i-Pr2NEt のようなかさ高いアミン塩基を −78 °C で作用させます。ホウ素が側鎖カルボニルの酸素に配位してα位のプロトンの酸性度を上げ、塩基がそれを引き抜きます。

このときできるエノラートの幾何は1つに偏ります。α位のメチル基がオキサゾリジノン環と立体反発するのを避けるため、メチル基はホウ素のついた酸素と同じ側(Z配置)に来ます。このZ(O)エノラートが syn 選択性の出発点です。

② Zimmerman–Traxler型の六員環遷移状態

アルデヒドの酸素がホウ素に配位すると、Zimmerman–Traxlerモデルでおなじみのいす形六員環遷移状態ができます。アルデヒドの置換基は立体反発の小さいエクアトリアル位を向き、Z(O)エノラートと組み合わされて生成物は syn(2,3-syn)になります。ここまでは相対配置の話です。

③ 絶対配置を決めるのは「補助基カルボニルの向き」

残った問題は、エノラートのどちらの面がアルデヒドと結合するかです。ここで効くのが補助基です。

双極子制御という考え方
ジアルキルホウ素は配位できる席が1つしかないため、エノラート酸素と補助基カルボニルの両方を同時につかめません。
その結果、2つのC=O(正確にはC–O−)の双極子が反発を避けて互いに反対向きになる配座が有利になります。
この配座では4位のイソプロピル基(またはベンジル基)がエノラートの片面を覆うので、
アルデヒドは残ったもう一方の面からしか近づけません。

つまり相対配置(syn か anti か)はエノラートの幾何が決め、絶対配置(どちらの鏡像か)は補助基カルボニルの向きが決める。この2段構えが、次に説明する4つの立体化学の作り分けにそのまま対応します。

4つの立体化学の作り分け

ES・NS・EA・NA という呼び方は、2つの軸の組み合わせとして整理すると丸暗記が不要になります。

双極子制御(キレートしない) キレート制御
Z(O)エノラート
→ syn
Evans syn(ES)
Bu2BOTf/i-Pr2NEt
non-Evans syn(NS)
TiCl4 など席が2つ以上あるLewis酸
E(O)エノラート
→ anti
Evans anti(EA)
MgCl2触媒系、ノルエフェドリン由来エステル+(c-Hex)2BBr など
non-Evans anti(NA)
上記のキレート型条件、または補助基の鏡像体を使う

Evans Syn (ES)

標準条件(Bu2BOTf/i-Pr2NEt、−78 °C)で得られる本命です。Z(O)エノラート+双極子制御の組み合わせで、syn かつ補助基が指定する絶対配置になります。ジアステレオマー比は 95:5 を超えることが多く、4つの中で最も信頼できます。実験計画では「まずESを狙う」のが定石です。

Non-Evans Syn (NS)

相対配置は syn のまま、絶対配置だけが ES の逆になります。鍵はキレートです。TiCl4 のように配位席が2つ以上あるLewis酸を使うと、エノラート酸素と補助基カルボニルを同時につかみます。すると補助基カルボニルは双極子制御のときと逆向きに固定され、4位の置換基が覆う面が入れ替わります。

「補助基の鏡像体を買わずに、条件を替えるだけで鏡像の生成物が得られる」のがこの変法の実用的な価値です。

Evans anti (EA)

anti を得るにはエノラートの幾何をE(O)に変える必要があります。Z(O)のままいす形遷移状態を通ると、どうしても syn になるからです。E(O)エノラートを作る方法としては、MgCl2を触媒に用いる系や、ノルエフェドリン由来のエステルに (c-Hex)2BBr と Et3N を作用させる方法(Abiko–Masamune 型)が知られています。

ES と比べると条件の最適化が必要で、基質依存性も大きくなります。anti が必要なら、最初から anti 用に設計された補助基・金属を選ぶのが現実的です。

Non-Evans anti (NA)

E(O)エノラートをキレート型遷移状態で反応させた場合に相当し、EA の絶対配置が反転したものです。4つのうち最も作りにくいため、実際の合成では補助基の鏡像体を使って EA の鏡像として作るほうが確実です。補助基がアミノ酸由来で、D体・L体の両方が入手できることが、ここで効いてきます。

実験手順

標準的な Evans syn の手順は次のとおりです。すべて無水・不活性雰囲気で行います。

1. N-アシルオキサゾリジノンを CH2Cl2 に溶かし、−78 °C に冷却
2. Bu2BOTf を加える(1.1 当量)
3. i-Pr2NEt を加え、0 °C 付近で 30 分——エノラートを完成させる
4. 再び −78 °C に冷却し、アルデヒドを滴下
5. −78 °C で 1–2 時間、その後 0 °C へ昇温
6. pH 7 緩衝液でクエンチ → MeOH/H2O2 でホウ素を酸化的に外す

実験のコツ

選択性と収率を落とす原因
・水分:Bu2BOTf は加水分解に弱い。溶媒・基質・器具を徹底して乾燥させる
・温度:アルデヒド添加を −78 °C より高い温度で行うと選択性が落ちる
・添加順序:Lewis酸 → 塩基 → アルデヒド。塩基を先に入れるとエノラートの幾何が乱れる
・後処理(アトショリ):ホウ素が外れないまま濃縮すると、生成物がボレートとして残り収率が落ちる。H2O2処理を省かない

補助基の外し方——なぜ LiOH ではなく LiOOH なのか

反応が終わったら補助基を外します。外し方を選ぶことで、得られる官能基を作り分けられるのがこの方法の便利な点です。

得たいもの 試薬 備考
カルボン酸 LiOH+H2O2(LiOOH)/THF-H2O、0 °C 最も標準的。下記の理由で過酸化物が要る
1級アルコール LiBH4 還元的に切る。β位のOHは残る
Weinrebアミド MeNH(OMe)·HCl/AlMe3 そこからアルデヒド・ケトンへ展開できる
エステル BnOLi など アルコキシドで直接エステル交換する

ここでLiOH だけでは不十分な理由が重要です。イミドには2つのカルボニルがあります——切りたい側鎖側(環の外)と、切ってはいけない環内のカルバメートです。水酸化物イオンは環内カルボニルも攻撃してしまい、オキサゾリジノンが開環した副生成物ができて分離に苦しみます。

これに対し過酸化物アニオン(HOO−)は小さく、求核性が高いため、立体的に開いている側鎖側のカルボニルを選んで攻撃します。「選択性のために、より反応性の高い求核剤をあえて使う」という、一見逆に見える設計です。

発展

NMPの添加

N-メチル-2-ピロリドン (NMP) を添加すると、Evans Syn となる遷移状態の活性化エネルギーが低下することが報告されています。選択性が伸び悩むとき、溶媒や温度を大きく変える前に試す価値のある添加剤です。

応用例

この反応がもっとも力を発揮するのはポリケチド系天然物の全合成です。ポリケチドは「β-ヒドロキシカルボニル」が繰り返し並んだ骨格を持っており、まさに Evans アルドール反応が1回で作る単位そのものです。

実際の合成では、Evans アルドール → 補助基の除去 → 得られた官能基を次の反応に使うというサイクルを繰り返して、連続した立体中心を1つずつ確実に組み上げていきます。1段階あたりの選択性が95%を超えるからこそ、何段階も積み重ねられます。

大学院入試での問われ方

  • 「Z(O)エノラートが選択的に生成する理由を立体反発の観点から説明せよ」
  • 「Zimmerman–Traxler遷移状態を図示し、アルデヒドが近づく面を示せ」——補助基カルボニルの向きまで描けるかで差がつく
  • 「non-Evans syn を得るための条件変更とその理由を述べよ」——キレートという語が出せるか
  • 「補助基の除去に LiOH ではなく LiOH/H2O2 を用いる理由を述べよ」

いずれも「暗記した結論」ではなく遷移状態を描いて答える問題です。六員環+補助基の向き+覆われる面の3点をセットで描く練習をしておくと、初見の補助基でも対応できます。

まとめ

この記事のまとめ
・オキサゾリジノン補助基はアミノ酸から2工程で作れ、外して回収できる
・相対配置(syn/anti)はエノラートの幾何(Z(O)/E(O))が決める
・絶対配置(Evans/non-Evans)はキレートするかどうかが決める
・標準条件 Bu2BOTf/i-Pr2NEt、−78 °C で得られる Evans syn が本命
・補助基の除去はLiOOH(側鎖カルボニルを選んで切るため)

よくある質問

なぜ補助基にオキサゾリジノンを使うのですか?

3つの条件を同時に満たすからです。第一に、天然のアミノ酸から2工程で安価に作れます。第二に、窒素をアシル化するとイミドになり、α位の酸性度が上がって穏和な条件でエノラート化できます。第三に、環内がカルバメートなので、側鎖側のカルボニルだけを選んで切れば補助基を無傷で回収できます。「立体情報を与える」「反応させやすくする」「あとで外せる」の3つが1つの骨格で成り立っている点が、ほかの補助基より優れています。

Evans syn と non-Evans syn は何が違うのですか?

相対配置は同じ syn で、絶対配置が鏡像関係にあります。分かれ目はLewis酸の配位席の数です。ジブチルホウ素は配位席が1つしかないので、エノラート酸素と補助基カルボニルを同時につかめず、双極子反発を避けて互いに逆向きの配座になります(Evans syn)。TiCl4のように席が2つ以上あると両方をつかんでキレートし、補助基カルボニルの向きが逆に固定されるため、覆われるエノラート面が入れ替わります(non-Evans syn)。

補助基は回収して再利用できますか?

できます。これがこの方法の実用上の強みです。LiOOH で側鎖カルボニルを切ると、生成物はカルボン酸として得られ、オキサゾリジノンは環が開かないまま遊離します。水層・有機層の分配やカラムで分離して回収し、再度アシル化すれば次の基質に使えます。逆に言えば、LiOH だけで処理して環が開いてしまうと補助基も失うことになります。

向山アルドール反応との違いは何ですか?

立体制御の仕掛けが違います。向山アルドール反応はシリルエノールエーテルとLewis酸を使い、開放型遷移状態を経るため、立体選択性は基質自身の形に依存します。エバンスアルドール反応は、分子に取り付けた補助基が六員環遷移状態の中で面を覆うため、基質によらず同じ向きの選択性が期待できます。反応全体の見通しはアルドール反応の全体解説、機構と立体選択性の一般論はアルドール反応の機構にまとめています。

参考文献

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