フリーデル・クラフツアルキル化の機構【転位と多置換が起こる理由】
フリーデル・クラフツアルキル化は、教科書では「芳香環にアルキル基を導入する反応」として紹介されます。ところが実際の合成で使おうとすると、ほとんどの場面で使えません。
理由は3つあります。カルボカチオンが転位する、置換が1つで止まらない、使える基質が狭い。この3つが揃っているため、現代の合成ではアシル化やカップリング反応に置き換えられることが多いのです。
とはいえ試験では必ず出ます。しかも「素直に答えると間違える」形で出題されます。この記事では機構を追いながら、3つの弱点がどこから生まれるのかを押さえ、出題されたときに正しい生成物を書けるようにします。
フリーデル・クラフツアルキル化とは
フリーデル・クラフツアルキル化は、ルイス酸触媒のもとでアルキルハライドから生じたカルボカチオンを芳香環に導入し、アルキルベンゼンを得る反応です。1877年に Charles Friedel と James Mason Crafts が、アシル化とあわせて報告しました。
位置づけは求電子芳香族置換(EAS)の一種です。求電子剤がカルボカチオンである点が、ニトロ化やスルホン化との違いになります。
触媒には AlCl3・FeCl3・BF3 などのルイス酸を使い、アシル化と違って触媒量で足ります。生成物のアルキルベンゼンには塩基性のカルボニル酸素がないため、触媒を捕まえないからです。
反応機構——カルボカチオンの生成から再芳香族化まで
第1段:ルイス酸がハロゲンを引き抜き、カルボカチオンが生成する
AlCl3 のアルミニウムは空の p 軌道を持ちます。アルキルハライドの塩素の孤立電子対が配位し、C−Cl 結合が切れて AlCl4− とカルボカチオンが生じます。
3級ハライドなら安定な3級カチオンができるのでここは素直に進みます。問題は1級・2級のときです。
第2段:芳香環がカルボカチオンを攻撃する
ベンゼンの π 電子がカルボカチオンを攻撃して C−C 結合ができ、芳香族性を一時的に失ったアレニウムイオン(σ錯体)になります。この段階が律速です。
第3段:脱プロトン化して芳香族性が回復する
AlCl4− が塩基として水素を引き抜き、π 系が回復します。HCl と AlCl3 が再生され、触媒が次のサイクルに入ります。
弱点1:カルボカチオンが転位する
これがアルキル化の最大の落とし穴です。1級アルキルハライドを使っても、1級アルキル基は入りません。
期待: C6H6 + CH3CH2CH2-Cl / AlCl3 --> プロピルベンゼン 現実: 主生成物は イソプロピルベンゼン(クメン) なぜか: CH3CH2CH2(+) ヒドリド移動 CH3-CH(+)-CH3 1級カチオン(不安定) -------------> 2級カチオン(安定)
1級カルボカチオンは非常に不安定なので、隣の炭素からヒドリド(H−)が移動してより安定な2級カチオンに組み替わります。芳香環が攻撃するのは、組み替わったあとのカチオンです。
転位はヒドリド移動だけでなくアルキル移動でも起こります。たとえば塩化ネオペンチル((CH3)3CCH2Cl)からは、メチル基が移動して3級カチオンになり、tert-ペンチル基が入った生成物が得られます。
そもそも1級カチオンは単独では存在しにくく、実際には AlCl3 と配位した錯体から協奏的に進むと考えられています。ただし試験では「1級カチオンが転位して2級になる」という説明で十分です。カチオンの安定性の序列はカルボカチオンの安定性、中間体の安定性から反応を読む考え方は中間体の安定性で整理しています。
弱点2:多置換が止まらない
導入されたアルキル基は電子供与性です。超共役と誘起効果で環に電子を押し込むため、アルキルベンゼンはベンゼンより反応性が高くなります。
その結果、できたばかりの生成物が原料より速く次の攻撃を受け、ジアルキル体・トリアルキル体が生じます。モノアルキル化で止めるには工夫が必要です。
- 芳香環を大過剰に使う:確率的にモノ置換体の割合を上げる。最も一般的
- 温度を下げる:反応を遅くして選択性を稼ぐ
- かさ高い基質を選ぶ:tert-ブチル化は立体障害で2つ目が入りにくい
この点はアシル化と正反対です。アシル基は電子求引性で環を不活性化するため、1つ入った時点で自然に止まります。2つの反応の違いはアルキル化とアシル化の違いでまとめて比較しています。
弱点3:使える基質が狭い
アルキル化が適用できない基質は、求電子剤側・芳香環側の両方にあります。
求電子剤として使えないハライド
- アリールハライド(クロロベンゼンなど):C−X 結合が芳香環と共役して強く、切れてもフェニルカチオンは極めて不安定。生成しない
- ビニルハライド:同様にビニルカチオンが不安定で生成しない
反応しない芳香環
- 強い電子求引基を持つ環:−NO2、−CN、−SO3H、−COR が付いた環。環の電子密度が低く求電子置換が進まない
- アニリン類:窒素の孤立電子対が AlCl3 に配位してアンモニウム型になり、強い電子求引基に変わる。環が不活性化されて進まない
| 基質 | 結果 | 理由 |
|---|---|---|
| 3級アルキルハライド | そのまま入る | 3級カチオンが安定で転位不要 |
| 2級アルキルハライド | 多くはそのまま | 2級カチオンはある程度安定 |
| 1級アルキルハライド | 転位して別の基が入る | 1級カチオンが不安定 |
| アリール・ビニルハライド | 反応しない | カチオンが生成しない |
| ニトロベンゼン | 反応しない | 環が強く不活性化されている |
| アニリン | 反応しない | 窒素が触媒に配位して求引基化 |
アルケン・アルコールを使う変法
カルボカチオンを作れさえすれば、出発物はハライドでなくてもかまいません。工業的にはむしろこちらが主流です。
- アルケン+酸:プロトン化してカルボカチオンを作る。クメン(イソプロピルベンゼン)はベンゼンとプロペンから H3PO4 等で工業生産される。マルコフニコフ則どおり安定なカチオンができる
- アルコール+酸:プロトン化して水が脱離しカルボカチオンを生成する
いずれも中間体はカルボカチオンなので、転位と多置換の問題はそのまま残ります。
では何を使えばよいのか——アルキル化を避ける定石
直鎖アルキル基を確実に入れたいなら、アルキル化を使わずアシル化を経由します。
プロピルベンゼンの正しい作り方:
① アシル化 C6H6 + CH3CH2COCl / AlCl3 --> C6H5-CO-CH2CH3
② カルボニル還元 C6H5-CO-CH2CH3 --> C6H5-CH2CH2CH3
(Clemmensen 還元 Zn(Hg)/HCl、
または Wolff-Kishner 還元 H2N-NH2/KOH)
アシル化ではアシリウムイオンが共鳴安定化されているため転位せず、しかも導入基が電子求引性なので多置換も起こりません。そのあとカルボニルをメチレンに還元すれば、狙った直鎖アルキル基が得られます。還元法はカルボニル基をメチレンに変える還元、試薬全体の整理は有機酸化還元反応を参照してください。
配向性と合成ルートの組み立て
アルキル基が入る位置はEASの配向性に従います。アルキル基は電子供与基なのでオルト・パラ配向です。生成物がさらに活性化されている点を忘れないでください。
置換基が複数ある場合の予測は三置換ベンゼンと効果の加算性、導入順序の設計は多置換ベンゼンの合成で扱っています。芳香族性そのものの復習はベンゼンの芳香族性へ。
大学の試験・院試で問われるパターン
パターン1:転位を見抜かせる
1級または特殊な骨格のアルキルハライドを与えて主生成物を書かせる形式。1-クロロブタンならsec-ブチルベンゼン、塩化ネオペンチルならtert-ペンチルベンゼンが主生成物です。「転位」という語を使って理由を書けるようにしておきます。
パターン2:合成ルートを選ばせる
「ブチルベンゼンを合成せよ」。アルキル化一段では転位するため、アシル化+還元の2段階を書きます。
パターン3:進まない理由を答えさせる
クロロベンゼンを求電子剤にした場合(フェニルカチオンが生成しない)、ニトロベンゼンを基質にした場合(環が不活性化)、アニリンを基質にした場合(窒素が触媒に配位)。
パターン4:アシル化との比較
触媒量の違い(アルキル化は触媒量、アシル化は1当量超)、多置換の有無、転位の有無を表で整理させる形式。
まとめ
3つの弱点はすべて「カルボカチオンを中間体にしている」ことと「アルキル基が電子供与性である」ことから出てきます。この2点を押さえておけば、個別のケースを暗記しなくても判断できます。
ほかの反応との位置づけは有機反応10大機構の地図で一覧できます。
よくある質問
1級アルキルハライドから生じる1級カルボカチオンが非常に不安定で、隣の炭素からヒドリドが移動してより安定な2級カルボカチオンに転位するためです。芳香環が攻撃するのは転位後のカチオンなので、主生成物はイソプロピルベンゼン(クメン)になります。プロピルベンゼンを作るには、塩化プロパノイルでアシル化してからカルボニルを還元する2段階を使います。
導入されたアルキル基が電子供与性で、超共役と誘起効果によって芳香環の電子密度を高めるためです。その結果、生成物であるアルキルベンゼンは原料のベンゼンより求電子置換を受けやすくなり、2つ目・3つ目のアルキル基が入ってしまいます。モノ置換体を得るには芳香環を大過剰に使う、温度を下げる、かさ高い基質を選ぶといった工夫が必要です。
なりません。アリールハライドの C−X 結合は芳香環と共役して強く、切れたとしてもフェニルカチオンは極めて不安定で生成しないためです。ビニルハライドも同じ理由で使えません。アルキル化・アシル化のどちらでも、アリール基やビニル基を芳香環に導入することはできないので、こうした結合形成にはクロスカップリング反応を用います。
生成物の性質が違うためです。アルキル化の生成物であるアルキルベンゼンには塩基性の官能基がなく、AlCl3 を捕まえないので触媒が再生され、触媒量で反応が回ります。一方アシル化の生成物である芳香族ケトンは、カルボニル酸素が AlCl3 と安定な錯体を作って離さないため、触媒が消費されて1当量より多く必要になります。
アニリンの窒素が持つ孤立電子対が、ルイス酸である AlCl3 に配位してアンモニウム型の構造になるためです。もともと強い電子供与基だったアミノ基が、配位によって正電荷を帯びた強い電子求引基に変わり、芳香環を不活性化してしまいます。アミノ基をアセチル化して保護してから反応させれば回避できます。
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参考文献
Friedel, C.; Crafts, J. M., J. Chem. Soc., 1877, 32, 725–791. DOI: 10.1039/JS8773200725
Rueping, M.; Nachtsheim, B. J., “A review of new developments in the Friedel–Crafts alkylation – From green chemistry to asymmetric catalysis”, Beilstein J. Org. Chem., 2010, 6, 6. DOI: 10.3762/bjoc.6.6
