奈良坂・プラサード還元とは?syn-1,3-ジオールを作る機構と使い分け
アルドール反応で手に入れたβ-ヒドロキシケトンを、そのまま還元してみる。NaBH4を加えて得られた1,3-ジオールは、syn体とanti体のほぼ混合物でした——これが普通に起こることです。1,3の関係にある2つの不斉中心は4〜5結合も離れていて、カルボニルの近くにある置換基だけでは face を選べないからです。
ところが、還元する前にホウ素を1つ加えるだけで、この混合物が片方に揃います。ホウ素が2つの酸素を架橋して六員環を作り、分子をいす形に固定してしまうからです。固定されれば、ヒドリドがどちらから入るかは配座が決めます。
これが奈良坂・プラサード還元(Narasaka–Prasad reduction)です。ポリケチド天然物やスタチン系医薬品の側鎖に並ぶ1,3-ジオールを作るとき、いまも標準的に使われている方法です。
奈良坂・プラサード還元とは
β-ヒドロキシケトン(水酸基とカルボニルが1,3の位置関係にある化合物)を、ジアルキルアルコキシボランと水素化ホウ素ナトリウムで還元し、syn-1,3-ジオールへ変換する反応です。
OH O OH OH
| || | |
R—CH—CH2—C—R' →(Et2BOMe、NaBH4)→ R—CH—CH2—CH—R'
β-ヒドロキシケトン syn-1,3-ジオール
(2つのOHが同じ側)
ポイントは、還元剤そのものではなく「還元される前に分子をどう固定するか」で立体が決まることです。NaBH4は小さく、それ自体に立体を選ぶ力はほとんどありません。選択性を生んでいるのはホウ素によるキレートです。
試薬と反応条件
実際に使われる標準的な条件は次のとおりです。
| 役割 | 試薬 | 何をしているか |
|---|---|---|
| キレート剤 | Et2BOMe(ジエチルメトキシボラン) または Bu2BOMe |
立体を決める本体。水酸基とアルコキシ交換してホウ素エステルになり、カルボニル酸素と配位して六員環を組む |
| 還元剤 | NaBH4 | ヒドリドを外から供給するだけ。環の形が決めた face に入る |
| 溶媒 | THF/MeOH | MeOH は NaBH4 を溶かし、反応性を調整する |
| 温度 | −78°C | キレートを壊さずに還元を進めるため。温度が上がると選択性が落ちる |
| 後処理 | H2O2(または MeOH との共沸) | ホウ素を分解・除去してジオールを遊離させる。ここを省くと生成物が取れない |
反応機構——六員環に閉じてから還元する
機構は3段階で理解できます。
① ホウ素が水酸基と結合する
Et2BOMe の OMe 基が基質の水酸基とアルコキシ交換し、ホウ素エステル(R–O–BEt2)ができます。この段階でホウ素は基質に固定されます。
② ホウ素がカルボニル酸素に配位して六員環ができる
ホウ素は空の p 軌道を持つルイス酸です。すぐ近く(1,3の位置)にあるカルボニル酸素の孤立電子対を受け取り、ホウ素を含む六員環キレートを作ります。
ここで分子の自由度が一気に減ります。鎖のままなら自由に回れた C–C 結合が、環に閉じ込められていす形に固定されるからです。置換基 R・R' はいずれもエクアトリアルを好みます。
③ ヒドリドがアキシアル方向から入る
NaBH4 から供給されるヒドリドは、環の外側から、既存のアルコキシドとは反対の面を通ってカルボニル炭素に近づきます。いす形の環に対してアキシアル方向から入る経路です。
アキシアル攻撃が有利になる理由は、その経路を通ると生成物がそのまま安定ないす形になるからです。逆にエクアトリアル方向から入ると、いったんねじれ舟形を経由することになり、遷移状態が高くなります。
結果として、新しくできる水酸基はもとの水酸基と同じ側に来ます。これがsyn(1,3-cis)です。
なぜ syn になるのか——いす形で確かめる
言葉だけだと「アキシアル攻撃だからsyn」が丸暗記になります。環を描いて確かめるのが確実です。
| 手順 | 確認すること |
|---|---|
| 1. 六員環をいす形で描く | O–B–O を含む環。カルボニル炭素はまだ sp2 |
| 2. もとの置換基をエクアトリアルに置く | R も R' もエクアトリアル。これが最安定の配座 |
| 3. ヒドリドをアキシアル方向から入れる | 入った H はアキシアル、新しい O はエクアトリアル側へ向く |
| 4. 環を開いて鎖に戻す | 2つの OH が同じ側=syn。ジグザグに書き直して確認する |
anti が欲しいときは Evans–Saksena 還元
同じβ-ヒドロキシケトンからanti-1,3-ジオールを作りたいときは、別の試薬を使います。Evans–Saksena 還元(トリアセトキシ水素化ホウ素テトラメチルアンモニウム)です。
決定的な違いは、ヒドリドがどこから来るかです。
| 奈良坂・プラサード還元 | Evans–Saksena 還元 | |
|---|---|---|
| 生成物 | syn-1,3-ジオール | anti-1,3-ジオール |
| 試薬 | Et2BOMe + NaBH4 | Me4NBH(OAc)3(酢酸中) |
| ヒドリドの供給 | 分子間(外部の NaBH4 から) | 分子内(水酸基に結合したホウ素から) |
| 立体が決まる理由 | キレート六員環へのアキシアル攻撃 | 同じ側からしか届かない(つながっているため) |
| 覚え方 | 外から入る → 反対面 → syn | 内から渡す → 同じ面 → anti |
実験でつまずきやすいところ
ホウ素を取り除くまでが反応
反応後の生成物は、ホウ素エステルのままです。そのまま濃縮しても目的のジオールは出てきません。過酸化水素で酸化的に分解するか、メタノールを加えて濃縮する操作を何度か繰り返し、ホウ酸エステルをメタノールとの揮発性エステルとして飛ばします。
温度を上げない
−78°C を保つのは、キレートが壊れる前に還元を終えるためです。温度が上がるとキレートを経由しない還元が競合し、syn選択性が落ちます。
水酸基が保護されていると進まない
ホウ素が結合する相手は遊離の水酸基です。TBS などで保護されていると、そもそもキレートが組めず、ただの NaBH4 還元になります。保護基の計画を立てるときは、この工程で水酸基が空いているかを確認します(保護基の選び方と直交性)。
どんな場面で使うか
1,3-ジオールの繰り返しは、ポリケチド由来の天然物に広く見られる構造です。アルドール反応で炭素骨格とβ-ヒドロキシケトンを作り、本反応でそれをsyn-ジオールに変換する——この2段構えが、連続する不斉中心を組み上げる定石になっています。
Evans 不斉アルドール反応でβ-ヒドロキシケトンの絶対配置を決めてから本反応にかければ、4つの立体中心のうち2つを狙って作ることができます。スタチン系医薬品の側鎖にある3,5-ジヒドロキシ骨格も、この種の方法で作られる代表例です。
まとめ
立体選択的還元は「どの試薬が何を作るか」を暗記しがちですが、本反応が教えてくれるのは選択性は試薬ではなく基質の形から生まれるという考え方です。鎖を環に変えてしまえば、あとはいす形の配座解析で答えが出ます。
ほかの反応との位置づけは有機反応10大機構の地図で一覧できます。
よくある質問
得られません。NaBH4は小さな還元剤で、β位の水酸基から4〜5結合離れたカルボニル面を区別する力をほとんど持たないため、syn体とanti体がほぼ混合物として生成します。Et2BOMe を加えて水酸基とカルボニル酸素をホウ素で架橋し、六員環キレートに閉じ込めてはじめて立体が揃います。立体選択性を作っているのは還元剤ではなくキレートです。
アキシアル攻撃の経路を通ると、生成物がそのまま安定ないす形配座になるからです。エクアトリアル方向から攻撃すると、いったんねじれ舟形を経由する必要があり、遷移状態のエネルギーが高くなります。シクロヘキサノンの還元で同じ議論をするときと同じ考え方で、環の形が反応経路を選んでいます。
作りたい立体で選びます。syn-1,3-ジオールなら奈良坂・プラサード還元(Et2BOMe/NaBH4)、anti-1,3-ジオールなら Evans–Saksena 還元(Me4NBH(OAc)3)です。違いはヒドリドの供給元で、前者は外部の NaBH4 から反対面に入るためsyn、後者は水酸基に結合したホウ素から分子内で渡されるためantiになります。
過酸化水素で処理してアルキルボラン種を分解するか、メタノールを加えて濃縮する操作を数回繰り返し、ホウ酸エステルを揮発性のメタノールエステルとして除きます。この後処理を省くと生成物はホウ素エステルのままで、目的のジオールとして単離できません。反応そのものがうまくいっても後処理で失敗する典型例です。
進みません。ホウ素は遊離の水酸基とアルコキシ交換して基質に固定されるため、TBS などで保護されているとキレートが組めず、通常の NaBH4 還元と同じ非選択的な反応になります。合成計画でこの還元を使うときは、該当する水酸基がこの段階で遊離になるよう保護基の順番を設計します。
参考文献
- K. Narasaka, F.-C. Pai, “Stereoselective reduction of β-hydroxyketones to 1,3-diols”, Tetrahedron, 1984, 40, 2233.
- K.-M. Chen, G. E. Hardtmann, K. Prasad, O. Repič, M. J. Shapiro, Tetrahedron Lett., 1987, 28, 155.
