ピナコール転位とは?機構と移動しやすさ・セミピナコール転位との違い
ピナコール転位の問題は、見た目は簡単です。1,2-ジオールに硫酸をかけたらケトンになる——それだけです。ところが非対称なジオールが出てくると、「どちらの OH が抜けるのか」「隣の炭素のどの基が動くのか」を2回続けて判断しなければならず、ここで答えが割れます。しかも「フェニル基はメチル基より移動しやすい」と覚えた人ほど、フェニル基がそもそも移動できない位置にある問題で間違えます。
この記事では、ピナコール転位を「より安定なカルボカチオンができる側の OH が抜け、隣の炭素から基が1つ移って、酸素が正電荷を引き受ける」という1本の筋で整理します。そのうえで、移動しやすさの傾向がどこまで使えて、どこで使えなくなるのかを、例題で確かめます。
ピナコール転位とは——反応の全体像
名前の由来になった反応は、ピナコール(2,3-ジメチルブタン-2,3-ジオール)を硫酸と加熱すると、ピナコロン(3,3-ジメチルブタン-2-オン、tert-ブチルメチルケトン)が得られるというものです。このため「ピナコール–ピナコロン転位」とも呼ばれます。
生成物を出発物質と見比べると、炭素の骨格が変わっています。ピナコールでは中央の2つの炭素にメチル基が2個ずつ付いていましたが、ピナコロンでは片方の炭素にメチル基が3個集まり(tert-ブチル基)、もう片方はカルボニル炭素になっています。メチル基が1個、隣の炭素へ移ったということです。単なる脱水(アルケンができる)ではなく骨格が組み替わるので、転位反応に分類されます。
前提——なぜ「隣の基が移る」のか
機構に入る前に、転位がなぜ起こるのかを押さえておきます。ポイントは2つです。
1つ目は、カルボカチオンの空の p 軌道です。 カルボカチオンの正電荷炭素は電子が6個しかなく、空の p 軌道を持っています。隣の炭素の C–C 結合や C–H 結合の電子対は、この空軌道に向かって「滑り込む」ことができます。結合電子対ごと基が隣へ移るのが 1,2-転位(1,2-シフト)です。仕組みそのものは カルボカチオンの安定性 の記事で扱った 1,2-ヒドリドシフト・1,2-アルキルシフトと同じです。
2つ目は、移った先でできる新しい陽イオンの安定さです。 1,2-転位では、基が抜けた側の炭素が今度は正電荷を帯びます。ふつうのアルキル転位なら「第二級 → 第三級」のように、より安定なカチオンになる向きに進むのがふつうです。ピナコール転位で特別なのは、基が抜けた側の炭素に OH が付いていることです。その炭素の正電荷は、酸素の孤立電子対が隣から供与することで打ち消されます。
右の共鳴構造では、炭素も酸素もオクテットを満たしています。つまりこの陽イオンの実体はプロトン化されたケトンであり、ふつうの第三級カルボカチオンよりはるかに安定です。ピナコール転位で第三級カチオンから第三級カチオンへ「横滑り」するように見えても反応が進むのは、移った先がオクテットを満たせる陽イオンになるからです。最後に O–H の H+ が外れれば中性のケトンになり、C=O 二重結合の安定さが反応全体を生成物側へ引っ張ります。
オキソカルベニウムイオンは アセタール生成 で登場する中間体と同じ種類の陽イオンです。「酸素の隣の正電荷は酸素が面倒を見る」という見方は、カルボニル化学のあちこちで使えます。
機構——4段階を巻矢印で追う
ピナコールを例に、硫酸中での機構を4段階に分けて見ます。巻矢印は電子対がどこからどこへ移るかを表す記号です(書き方の基本は 巻矢印の書き方 を参照)。
段階1:OH のプロトン化——悪い脱離基を良い脱離基に変える
ヒドロキシ基は、そのままでは脱離基になりません。抜けるとしたら水酸化物イオン OH− という強い塩基になってしまうからです。酸で OH をプロトン化して −OH2+ にすると、抜けるのは中性の水分子になり、脱離が一気に起こりやすくなります。巻矢印は酸素の孤立電子対から H+ へ向けて書きます。アルコールの酸触媒脱水(アルコールの反応)と同じ出発点です。
段階2:水の脱離——カルボカチオンの生成
C–O 結合の電子対が酸素側へ移り(巻矢印は C–O 結合から O へ)、水が抜けて第三級カルボカチオンができます。ここまでは E1 反応 の前半とまったく同じです。違いは次の段階で、E1 なら隣の C–H から H+ が外れてアルケンになりますが、ピナコール転位では隣の炭素が OH を持っているため、別の道が開けます。
段階3:1,2-転位——隣の基が結合電子対ごと移る
隣の炭素(OH が付いている炭素)の C–CH3 結合の電子対が、カルボカチオンの空の p 軌道へ移ります。メチル基は電子対を連れたまま(形式的にはメチルアニオンとして)移動するので、移動先の炭素は正電荷を失い、移動元の炭素が正電荷を帯びます。
巻矢印は2本です。1本目は C–CH3 結合から正電荷炭素へ(CH3 と正電荷炭素の間に新しい結合ができる)。2本目は 酸素の孤立電子対から C–O 結合の間へ(C=O+–H の形成)。2本目の矢印を書くと、移動元の炭素が裸のカルボカチオンとして長く存在するのではなく、すぐに酸素に支えられたオキソカルベニウムイオンになることが表せます。
段階4:脱プロトン——ケトンの完成
オキソカルベニウムイオンの O–H 結合の電子対が酸素に戻り(巻矢印は O–H 結合から O へ)、H+ が水や硫酸水素イオンに渡されます。ピナコロンが生じ、段階1で使った H+ が戻ってくるので、酸は触媒として働きます。
どちらの OH が抜けるか——より安定なカルボカチオンができる側
ピナコールは左右対称なので、どちらの OH が抜けても同じです。非対称な 1,2-ジオールでは、どちらの OH がプロトン化されて抜けるかで生成物が変わります。判断の基準は1つで、抜けたあとにより安定なカルボカチオンができる側の OH が抜けます。
カルボカチオンの安定性の順は、超共役と共鳴で決まります(理由は カルボカチオンの安定性 を参照)。
| OH が付いている炭素 | 抜けたあとのカチオン | 安定化の要因 | 抜けやすさ |
|---|---|---|---|
| アリール基が2つ付いた炭素(Ar2C(OH)–) | ジアリールメチルカチオン | 2つの芳香環への共鳴による非局在化 | 大きい |
| アリール基1つ+アルキル基1つ | 第三級ベンジル型カチオン | 共鳴+超共役 | ↑ |
| アルキル基2つ(第三級アルコールの炭素) | 第三級カルボカチオン | 超共役(隣の C–H が多い) | ↑ |
| アルキル基1つ(第二級アルコールの炭素) | 第二級カルボカチオン | 超共役(少ない) | ↑ |
| 置換基なし(−CH2OH の炭素) | 第一級カルボカチオン | ほぼなし(ふつうは生じない) | 小さい |
この判断が、非対称ジオールでは生成物の骨格をほぼ決めてしまうことに注意してください。抜ける OH が決まると、正電荷の位置が決まり、基が移ってくる側(移動元)の炭素も自動的に決まります。移動元の炭素はもう一方の OH を持つ炭素で、そこが最終的にカルボニル炭素になります。
どの基が移動するか——移動しやすさの傾向と、その限界
移動元の炭素に複数の基が付いている場合、どれが移るかは移動しやすさ(移動能、migratory aptitude)で考えます。ピナコール転位でよく使われる傾向は次のとおりです。
移動しやすさの一般的な傾向(ピナコール転位) アリール基・H > 第三級アルキル > 第二級アルキル > 第一級アルキル > メチル アリール基どうしでは:電子供与基を p 位に持つもの(p-メトキシフェニルなど) > フェニル > 電子求引基を持つもの
なぜアリール基は移動しやすいのか
H やアルキル基の1,2-転位の遷移状態では、移動する基が移動元と移動先の2つの炭素に同時にまたがり、3つの原子で2個の電子を分け合う形(3中心2電子)になります。このとき移動する基は部分的な正電荷を引き受けます。アリール基の場合はさらに、芳香環のπ電子が空の p 軌道を攻撃して、芳香環が2つの炭素を三員環で橋渡しした陽イオン(フェノニウムイオン)を経る、またはそれに近い遷移状態を通ることができます。この陽イオンは芳香族求電子置換の中間体(σ錯体)と同じ形で、正電荷が環のオルト位・パラ位に広がります。p 位に電子供与基があるとこの正電荷がさらに安定になるので、移動しやすくなります。アルキル基で「第三級 > 第一級 > メチル」となるのも、置換度が高いほど部分的な正電荷を超共役で支えやすいからです。
1930年代に Bachmann らが左右対称なベンゾピナコール類で調べた結果でも、p 位置換フェニル基の移動しやすさは、置換基が芳香族求電子置換をどれだけ速めるかとよく対応していました。一方、o-メトキシフェニル基は電子的には有利なはずなのに移動しにくく、立体的な込み合いも効くことが分かっています。
傾向が「絶対の序列」にならない3つの理由
この傾向は便利ですが、教科書や反応によって H とアリール基の順序が入れ替わって書かれているように、どの基質にも当てはまる固定の序列ではありません。理由は次の3つです。
- 抜ける OH の判断が先に効く。前の節で見たとおり、移動元の炭素は「どちらの OH が抜けるか」で決まります。移動しやすいアリール基があっても、それがカチオン側の炭素に付いていれば移動できません(例題1で確かめます)。
- 立体配座が効く。移動が脱離とほぼ同時に起こる場合、脱離する C–O 結合と反対側(アンチペリプラナー)にある基が移ります。環状ジオールのように配座が固定されていると、移動しやすさよりも幾何学的な配置が優先されます(次の節)。
- 条件と立体障害で変わる。酸の種類、溶媒、温度によって生成物の比が変わることがあります。o-置換アリール基のように、電子的に有利でも込み合っていて移動しにくい基もあります。
なお、移動しやすさの序列は反応ごとに同じではありません。たとえば Baeyer–Villiger 酸化 では、第三級アルキル > 第二級アルキル > フェニル > 第一級アルキル > メチルのように、フェニル基が第三級・第二級アルキル基より下に置かれます。ピナコール転位でアリール基を上位に置く傾向とは、フェニル基とかさ高いアルキル基の順番が入れ替わっています。「移動しやすさ」は反応ごとの経験則として扱い、まず電子不足中心がどこにできるかを決める、という手順を崩さないことが大切です。
立体化学——環状ジオールでは移動基がアンチペリプラナー
移動が水の脱離とほぼ同時に起こる場合、移動する基の結合(C–R の σ 結合)は、抜けていく C–O 結合の反対側から、σ* 軌道に電子を押し込む形で動きます。そのため、脱離する C–OH2+ 結合に対してアンチペリプラナー(同一平面上で180°)の位置にある基が移りやすいという立体電子的な要請が生じます。E2 反応のアンチ脱離(E2 反応とシクロヘキサン配座)や、ベックマン転位 で脱離基に対してアンチの基が移るのと同じ考え方です。
鎖状のジオールでは C–C 結合が自由に回転するので、この要請は生成物にあまり表れません。差がはっきり出るのは、環に組み込まれて回転できないジオールです。
例:1,2-ジメチルシクロヘキサン-1,2-ジオール
C1 の OH が抜け、C2 から基が移る場合を考えます。シクロヘキサンの椅子形で、C1–O 結合と C2 の各結合の位置関係は次のようになります。
- C1–O がアキシアルのとき:アンチペリプラナーになるのは C2 のアキシアルの置換基
- C1–O がエクアトリアルのとき:アンチペリプラナーになるのは C2 の環内の C–C 結合(C2–C3)
| ジアステレオマー | 椅子形での2つの OH | 脱離する C1–O にアンチペリプラナーになりうる基 | 予想される生成物 |
|---|---|---|---|
| cis 体 | 片方がアキシアル、もう片方がエクアトリアル | アキシアルの OH が抜けるなら C2 のメチル基(アキシアル)。エクアトリアルの OH が抜けるなら C2–C3 環結合 | メチル基の移動 → 2,2-ジメチルシクロヘキサノン、または環縮小生成物。メチル基の移動が起こりうる |
| trans 体 | 両方アキシアル、または両方エクアトリアル | 両方エクアトリアルの配座で、C2–C3 環結合。両方アキシアルの配座では、アンチの位置にあるのはもう一方の OH | 環結合の移動 → 1-アセチル-1-メチルシクロペンタン(環縮小)が起こりやすい(原理上の予想) |
trans 体のポイントは、両方の OH がアキシアルの配座では、C1–O のアンチペリプラナーの位置にもう一方の OH が来てしまうことです。OH は移動しないので、この配座からは転位が起こりにくく、両方エクアトリアルの配座からの環縮小が主な道になります。一方、cis 体ではアキシアルの OH が抜ければメチル基がアンチになるので、trans 体では起こりにくいメチル基の移動が可能になります。つまり、cis と trans で生成物の比が変わる理由は、どの結合が脱離する C–O 結合とアンチになれるかの違いです。
環の拡大:シクロペンタン環を2つ持つジオールからスピロケトンへ
環の C–C 結合が移動すると、環の大きさが変わります。よく例に使われるのが、2つのシクロペンタン環が OH を持つ炭素どうしでつながった 1,1′-ビ(シクロペンチル)-1,1′-ジオールです。
片方の OH が抜けて第三級カチオンができると、もう一方の炭素からは環の C–C 結合が移ります(メチル基などの他の候補が無いため)。移った結合が新しい環に正電荷炭素を取り込むので、五員環が六員環に広がり、カチオン炭素は2つの環が共有するスピロ炭素になります。五員環より六員環のほうが環ひずみが小さいことも、この転位を後押しします。
ピナコール転位で気をつけたい副反応
カルボカチオンが生じる反応なので、E1 反応 と同じく、隣の C–H から H+ が外れてアルケンになる道が競合します。ピナコールの場合、脱水が2回進むと 2,3-ジメチル-1,3-ブタジエンになります。1回目の脱離で生じる不飽和アルコールから残りの OH が抜けると共鳴で安定化されたアリル型のカチオンができ、隣にはもう OH が無いので、転位ではなく脱プロトンが進んで共役ジエンになります。転位と脱離のどちらが優先するかは、酸の種類や温度などの条件で変わります。試験の生成物予想では、特に指示がなければ転位生成物(ケトン・アルデヒド)を答えるのが基本です。
類縁反応との比較——電子不足中心への1,2-転位ファミリー
ピナコール転位の本質は、「隣に電子不足の中心ができ、そこへ基が結合電子対ごと移る」ことです。電子不足の中心をどう作るか、どこへ移るかを変えると、名前の違う転位反応になります。
| 反応 | 出発物質 | 電子不足中心の作り方 | 移動先 | 生成物 |
|---|---|---|---|---|
| ピナコール転位 | 1,2-ジオール | OH のプロトン化 → 水の脱離でカルボカチオン | 炭素 | ケトン・アルデヒド |
| セミピナコール転位 | OH の隣の炭素に OH 以外の脱離基(ハロゲン・スルホナートなど)を持つアルコール、2,3-エポキシアルコール、アリルアルコールなど | OH 以外の基の脱離、エポキシドの開環、アルケンへの求電子付加 | 炭素 | ケトン・アルデヒド(2,3-エポキシアルコールからは β-ヒドロキシカルボニル化合物) |
| Tiffeneau–Demjanov 転位 | 1-アミノメチルシクロアルカノール | NH2 を亜硝酸でジアゾ化 → N2 の脱離 | 炭素 | 炭素1個分大きい環状ケトン |
| Wagner–Meerwein 転位 | カルボカチオンを生じる基質一般 | 脱離・付加でカルボカチオン | 炭素 | より安定なカルボカチオン(その後の置換・脱離生成物) |
| ベックマン転位 | オキシム | OH の活性化 → 脱離 | 窒素 | アミド・ラクタム |
| Baeyer–Villiger 酸化 | ケトン | 過酸の付加 → O–O 結合の開裂 | 酸素 | エステル・ラクトン |
セミピナコール転位——「OH 側は抜けず、もう一方だけが抜ける」
セミピナコール転位は、R2C(OH)–C(X)R2 のように、OH の隣の炭素に別の脱離基 X を持つアルコールなどで起こる転位の総称です。ピナコール転位との違いは、どちらの側に正電荷ができるかが基質の設計で決まっていることです。
ピナコール転位では2つの OH のどちらが抜けるかを、カチオンの安定性で「選ばせて」いました。セミピナコール転位では、OH はそのまま残り(最後にカルボニル酸素になる)、X が付いた炭素だけが電子不足になります。そのため、正電荷が不安定な第一級・第二級の炭素にできる場合でも、狙った向きに転位を起こせます。2,3-エポキシアルコールでは、ルイス酸などでエポキシドの C–O 結合が開いて隣の炭素が電子不足になり(エポキシドの開環反応 と同じ活性化)、OH を持つ炭素から基が移ります。このとき OH の炭素がカルボニルになり、開いたエポキシドの酸素は OH として残るので、生成物は β-ヒドロキシケトン(またはアルデヒド)になります。なお、OH を持たない単純なエポキシドが酸で開環・転位してケトンやアルデヒドになる反応(エポキシドの酸素自身がカルボニル酸素になる)は、Meinwald 転位として区別して呼ばれます。
Tiffeneau–Demjanov 転位——ジアゾニウムから N2 を抜く環拡大
Tiffeneau–Demjanov 転位は、1-アミノメチルシクロアルカノールを亜硝酸(NaNO2+酸)で処理すると、炭素が1個増えた環状ケトンが得られる反応です。たとえば 1-アミノメチルシクロヘキサノールからはシクロヘプタノンが得られます。
第一級アミンをジアゾ化すると −N2+ ができ、N2 という非常に抜けやすい脱離基として外れます。抜けた先は第一級の CH2 炭素で、ふつうなら正電荷を置けない場所ですが、隣の環の C–C 結合が移動してくるので問題になりません。結合が移った後の正電荷は OH の付いた炭素にでき、ピナコール転位と同じくオキソカルベニウムイオンを経てケトンになります。電子不足中心の作り方が違うだけで、後半はピナコール転位そのものです。
名前の2人のうち、N. J. Demjanov はアミノメチルシクロアルカン(OH を持たない基質)で亜硝酸による環拡大を見いだしました。OH を持つ基質を使う形は M. Tiffeneau らが1937年に報告しました。OH を持たない Demjanov 転位では、環拡大後のカルボカチオンが水に捕まってアルコールになったり、H+ を失ってアルケンになったりして生成物が分かれやすいのに対し、Tiffeneau–Demjanov 転位では移動後の正電荷を OH の酸素がオキソカルベニウムイオンとして受け止めるので、さらなる転位や脱離が起こりにくく、ケトンとして生成物がまとまります。
窒素・酸素への転位、カルベンからの転位との関係
移動先が窒素になると ベックマン転位 や シュミット転位、ホフマン転位、酸素になると Baeyer–Villiger 酸化です。ウォルフ転位 は、α-ジアゾケトンから N2 が抜けた電子不足の炭素(カルベン、またはそれに相当する状態)へ基が移ってケテンができる反応で、「隣の電子不足中心へ基が移る」という点では同じ発想で読めます。転位反応の全体像は 有機反応の地図 にまとめています。
例題——非対称ジオールの生成物を予想する
ここまでの手順(①どちらの OH が抜けるか → ②どの基が移るか → ③OH 側の炭素がカルボニルになる)で、3問解いてみます。
例題1:移動しやすい基が「移動できない」場合
Q. 2-メチル-1,1-ジフェニルプロパン-1,2-ジオール Ph2C(OH)–C(OH)(CH3)2 を硫酸で処理したときの主生成物を答えよ。
① どちらの OH が抜けるか。 左の炭素の OH が抜けるとジフェニルメチル型のカチオン(2つのベンゼン環で共鳴安定化)、右の炭素の OH が抜けると第三級アルキルカチオンです。共鳴で安定化される左の OH が抜けます。
② どの基が移るか。 移動元は右の炭素で、そこにはメチル基2つと OH しかありません。メチル基が移ります。フェニル基は移動しやすい基ですが、カチオン側の炭素に付いているので候補になりません。
③ 生成物。 右の炭素がカルボニルになり、左の炭素にはフェニル基2つとメチル基1つが付きます。
「フェニル基は移動しやすいから、フェニル基が移った 2-メチル-1,2-ジフェニルプロパン-1-オンになる」と答えるのが典型的な間違いです。移動しやすさは、①で移動元が決まった後でしか使えません。
例題2:H が移ってアルデヒドになる場合
Q. 1,1-ジフェニルエタン-1,2-ジオール Ph2C(OH)–CH2OH を酸で処理したときの主生成物を答えよ。
① 左の OH が抜ければジフェニルメチル型カチオン、右の OH が抜ければ第一級カチオンです。左の OH が抜けます。
② 移動元の右の炭素(CH2OH)に付いているのは H 2個と OH だけなので、H(ヒドリド)が移ります。
③ 右の炭素はもともと H を2個持っていて、1個を渡したので H が1個残ります。カルボニルになるとアルデヒドです。
ピナコール転位の生成物はいつもケトンとは限りません。移動元の炭素に H が残っていればアルデヒドになります。
例題3:移動しやすさで決まる場合
Q. 左右対称なジオール (p-MeOC6H4)(Ph)C(OH)–C(OH)(Ph)(p-MeOC6H4) を酸で処理した。 主に移動するのはどの基か。理由とともに答えよ。
① 左右対称なので、どちらの OH が抜けても同じカチオンです。
② 移動元の炭素には p-メトキシフェニル基とフェニル基の2つの候補があります。ここで初めて移動しやすさが効きます。メトキシ基は孤立電子対の共鳴で芳香環に電子を供与するので、移動の遷移状態で芳香環が受け持つ部分的な正電荷を安定化できます。p-メトキシフェニル基が主に移ります。
A. p-メトキシフェニル基が主に移動し、 (p-MeOC6H4)2(Ph)C–C(=O)–Ph 2,2-ビス(4-メトキシフェニル)-1,2-ジフェニルエタン-1-オン が主生成物になる。
例題1と例題3を並べると、移動しやすさが「効く問題」と「効かない問題」の違いがはっきりします。
試験での問われ方と答案の書き方
ピナコール転位は、院試や定期試験で次のような形で問われます。
- 生成物予想:非対称ジオールの主生成物を書かせる。上の手順①→②→③で解く
- 機構の記述:巻矢印を使って4段階を書かせる。段階3で「C–CH3 結合から正電荷炭素へ(CH3 と正電荷炭素の間に新しい結合ができる)」「酸素の孤立電子対から C–O 間へ」の2本を書けるかが分かれ目
- 理由の説明:「なぜ第三級カチオンから別のカチオンへ転位するのか」——移った先がオキソカルベニウムイオン(プロトン化ケトン)になり、すべての原子がオクテットを満たすから
- 立体化学:環状ジオールの cis/trans で生成物の比が違う理由——アンチペリプラナーの基が優先して移るから
- 比較:セミピナコール転位・Tiffeneau–Demjanov 転位・ベックマン転位との共通点と相違点
まとめ
よくある質問
抜けたあとに、より安定なカルボカチオンができる側の OH が抜けます。ジアリール型・ベンジル型のように共鳴で安定化されるカチオンほど有利で、アルキル基だけなら第三級 > 第二級の順です。この判断で正電荷の位置が決まり、基が移ってくる炭素(最終的にカルボニル炭素になる側)も自動的に決まります。
おおまかな傾向(アリール基・H > 第三級 > 第二級 > 第一級 > メチル、アリール基では電子供与基を持つものほど移動しやすい)は知っておくと便利です。ただし、この傾向が使えるのは、移動元の炭素に移動できる基が複数あるときだけです。先に「どちらの OH が抜けるか」で移動元を決める手順を守ることのほうが大切です。
基が移ったあとの正電荷は、OH が付いた炭素にできます。この陽イオンは酸素の孤立電子対で安定化されたオキソカルベニウムイオン(プロトン化されたケトン)で、すべての原子がオクテットを満たせるため、元の第三級カルボカチオンより安定です。最後に H+ が外れて C=O 二重結合ができることも、反応を生成物側へ進めます。
ピナコール転位は2つの OH を持つ 1,2-ジオールで起こり、どちらの OH が抜けるかはカルボカチオンの安定性で決まります。セミピナコール転位は、OH の隣の炭素に OH 以外の脱離基(ハロゲンやスルホナートなど)を持つアルコールやエポキシアルコールで起こり、電子不足になる炭素が基質の設計で決まっています。そのため、不安定なカチオンになる側にも狙って転位を起こせます。
後半が同じです。Tiffeneau–Demjanov 転位では、1-アミノメチルシクロアルカノールのアミノ基を亜硝酸でジアゾ化し、N2 が抜けた炭素へ環の C–C 結合が移ります。移動後の正電荷は OH の付いた炭素にでき、ピナコール転位と同じくオキソカルベニウムイオンを経てケトンになります。違うのは電子不足中心の作り方(水の脱離か N2 の脱離か)で、結果として環が炭素1個分大きくなります。
