シクロヘキサンは、環状炭化水素の中でも特に安定な構造をもつ分子として知られています。
同じシクロアルカンであっても、五員環以下の分子とは異なり、シクロヘキサンでは環歪みが大きく緩和されています。
この特徴は、シクロヘキサンが特定の立体配座をとることによって実現されています。

ここでは、シクロヘキサンの代表的な配座である「いす形」と「舟形」を中心に、軸位と赤道位の違い、さらに置換基の位置が安定性に与える影響について整理します。

シクロヘキサンが平面構造をとらない理由

六員環を平面に描くと、見た目には整った構造に見えます。
しかし、このような平面構造では、炭素原子の結合角が理想的な正四面体角からずれ、さらに多くの結合が eclipsed に近い配置になります。

その結果、角度歪みとねじれ歪みが同時に生じ、分子はエネルギー的に不利な状態になります。
シクロヘキサンは、この歪みを避けるために平面構造をとらず、三次元的に折れ曲がった配座をとります。

いす形配座の特徴

いす形配座は、シクロヘキサンがとりうる配座の中で最も安定な構造です。
この配座では、すべての炭素–炭素結合がほぼ正四面体角に近い角度をとり、さらに隣接する結合はすべて staggered 配置になります。

そのため、いす形配座では角度歪みとねじれ歪みがほとんど存在せず、環歪みが最小化されます。
この構造的特徴が、シクロヘキサンが比較的安定である理由の中心となります。

舟形配座とねじれ歪み

シクロヘキサンは、配座変換の途中で舟形配座を経由することがあります。
舟形配座では、いす形配座と比べて多くの結合が eclipsed に近い配置となり、ねじれ歪みが増大します。

さらに、舟形配座では、環の両端に位置する水素原子同士が空間的に接近し、立体歪みが生じます。
このため、舟形配座はエネルギー的に高く、いす形配座ほど安定ではありません。

実際には、舟形配座は一時的な構造として現れることが多く、常温では分子は主にいす形配座をとっています。

軸位と赤道位

いす形配座では、各炭素原子に結合した水素や置換基は、軸位と赤道位と呼ばれる二種類の位置をとります。
軸位は、環の上下方向にほぼ垂直に伸びた結合位置を指します。
赤道位は、環の外側へ水平方向に伸びた結合位置を指します。

同じいす形配座の中でも、軸位にある置換基と赤道位にある置換基では、周囲との空間的な混み合いの程度が異なります。
一般に、置換基は赤道位にある方が立体的な反発が小さく、より安定になります。

1,3-ジアキシャル反発と置換基効果

置換基が軸位に位置すると、同じ側にある二つ先の炭素に結合した軸位水素と近接します。
この相互作用は、1,3-ジアキシャル反発と呼ばれ、置換基が大きいほど立体的な反発は大きくなります。

その結果、置換シクロヘキサンでは、置換基が赤道位に配置された配座の方が、軸位に配置された配座よりも安定になります。
この安定性の差は、分子がどの配座を主にとるかを決定づけ、反応性や立体選択性にも影響を与えます。

配座変換と軸位・赤道位の入れ替わり

シクロヘキサンはいす形配座同士の間で配座変換を起こすことができます。
この配座変換の過程では、各置換基の軸位と赤道位の位置が入れ替わります。

したがって、置換基が一時的に軸位に位置する配座も存在しますが、立体反発が大きい場合には、その配座の存在比は小さくなります。
このような配座の存在比の違いが、反応の起こりやすさや立体選択性に影響を与えることもあります。

練習問題

問題1|シクロヘキサンの最も安定な配座は何ですか。

解答:いす形配座です。

問題2|舟形配座がいす形配座より不安定である主な理由を挙げてください。

解答:多くの結合が eclipsed に近い配置となり、ねじれ歪みが増大することに加え、環の両端の水素同士が接近して立体歪みが生じるためです。

問題3|置換基が赤道位にある方が安定になる理由を簡潔に説明してください。

解答:赤道位では周囲との立体反発が小さく、1,3-ジアキシャル反発が生じにくいため、軸位にある場合よりもエネルギー的に安定になるからです。

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