酸性度を決める要因:誘起効果・共鳴・混成・溶媒
ある分子がどの程度「酸として振る舞うか」は、単に官能基の種類だけで決まるわけではありません。
分子中の電子の分布や、プロトンを失った後に生じる共役塩基の安定性が、酸性度の本質的な決定要因になります。
ここでは、酸性度を左右する主要な要因として、誘起効果、共鳴効果、混成状態、溶媒効果を取り上げます。
これらの視点を組み合わせることで、未知の分子についても酸性度の大小関係を論理的に判断できるようになります。
共役塩基の安定性が酸性度を決める
酸性度を考える際の出発点は、常に共役塩基の安定性です。
酸がプロトンを失った後に生じる共役塩基が安定であるほど、その酸はプロトンを放出しやすくなり、酸として強くなります。
逆に、共役塩基が不安定であれば、酸はプロトンを放出しにくくなり、酸性度は低くなります。
したがって、以下で扱う各要因は、いずれも共役塩基をどの程度安定化するか、という観点から理解するのが基本です。
誘起効果:置換基による電子の引き寄せ
誘起効果とは、結合を介して電子密度が引き寄せられたり、押し出されたりする効果のことです。
電気陰性度の高い置換基は、電子を引き寄せる −I 効果を示します。
このような置換基が酸性プロトンの近くに存在すると、共役塩基上の負電荷が分散され、安定化されます。
その結果、プロトンはより放出されやすくなり、酸性度は高くなります。
誘起効果は距離とともに弱まるため、置換基が酸性部位から離れるほど影響は小さくなります。
この距離依存性を意識すると、同じ官能基でも位置の違いによって酸性度が変わる理由が理解しやすくなります。
共鳴効果:電荷の分散による安定化
共鳴効果は、共役塩基の負電荷が複数の原子に分散できる場合に生じる安定化です。
負電荷が一つの原子に集中するよりも、複数の原子に広がる方がエネルギー的に有利になります。
たとえば、カルボン酸の共役塩基であるカルボキシラートイオンでは、負電荷が二つの酸素原子に分散します。
この共鳴安定化により、カルボン酸はアルコールよりもはるかに強い酸になります。
共鳴効果は、誘起効果と比べて一般に影響が大きく、酸性度の差を決定づける主要因となることが多い点も重要です。
混成状態:s性の違いによる影響
酸性プロトンが結合している原子の混成状態も、酸性度に影響を与えます。
炭素原子の場合、sp、sp²、sp³ の順に s性が高くなります。
s性が高いほど、負電荷は原子核に近い位置に分布するため、共役塩基はより安定化されます。
その結果、sp 炭素に結合した C–H 結合は、sp³ 炭素に結合した C–H 結合よりも酸性度が高くなります。
この効果は、末端アルキンの水素が、アルケンやアルカンの水素よりも相対的に脱離しやすい理由の一つです。
原子の性質:電気陰性度と原子サイズ
負電荷を担う原子そのものの性質も、共役塩基の安定性に影響します。
同じ周期内では、電気陰性度の高い原子ほど負電荷を安定に保持できるため、対応する酸は強くなります。
一方、同じ族内では、原子サイズが大きいほど電荷が広い空間に分散されるため、負電荷は安定化されます。
その結果、周期表の下に行くほど、同族元素の水素化物は酸性度が高くなる傾向を示します。
溶媒効果:環境による安定化
酸性度は、分子そのものの性質だけでなく、溶媒の性質にも影響されます。
極性溶媒やプロトン性溶媒は、イオンを溶媒和によって安定化します。
共役塩基が溶媒和によって強く安定化される場合、酸はプロトンを放出しやすくなります。
そのため、同じ分子であっても、水中と非プロトン性溶媒中では、実効的な酸性度や反応性が異なる場合があります。
練習問題
解答:酸がプロトンを失った後に生じる共役塩基の安定性です。
解答:共役塩基の負電荷が共鳴によって複数の原子に分散され、エネルギー的に安定化されるためです。
解答:末端アルキンの炭素は sp 混成で s性が高く、負電荷が核に近い位置で安定化されるため、共役塩基がより安定になり、酸性度が高くなるからです。
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