カルベン(carbene)は、炭素が2つの置換基と孤立電子対を持ち、6電子構造をとる中性で二価の反応性中間体です。
そのユニークな電子構造により、挿入反応、環化反応、金属カルベン触媒反応など多様な化学変換に関与し、特に不飽和化合物との反応で中心的な役割を果たします。
Contents
カルベンの構造と分類
一般式
:CR₂
- 中性炭素原子に孤立電子対(:)と2つのR基
- π電子不足状態 → 非常に高い反応性
スピン状態による分類
タイプ | 電子配置 | 構造特徴 | 反応性 |
---|---|---|---|
シングレットカルベン | 2e⁻ペア | 曲がった構造、sp²混成 | 求電子的(+) |
トリプレットカルベン | 不対電子×2 | 線形、sp混成 | ラジカル様(中性) |
代表例
- ジクロロカルベン(:CCl₂)
- メチレンカルベン(:CH₂)
- NHCカルベン(安定型、触媒)
カルベンの生成法
① α-ハロカルベン前駆体から
CHCl₃ + Base → :CCl₂ + Cl⁻ + H₂O
- ジクロロカルベン形成(実験室スケールでよく使われる)
② 熱分解または光分解
ジアゾメタン(CH₂N₂)→ :CH₂ + N₂↑
- 熱または光により窒素が脱離 → メチレン生成
③ 金属触媒を用いた生成
- 金属カルベン中間体形成(例:Rh、Cu、Fe)
- ジアゾ化合物 + 金属錯体 → M=CHR 型活性種
カルベンの主な反応
① アルケンへの付加 → シクロプロパン化
:CR₂ + RCH=CH₂ → シクロプロパン誘導体
- 3員環形成反応、位置・立体選択性が重要
② C–H挿入反応
:CR₂ + R–H → R–CH–R'
- 求核性 or 求電子性に応じた選択的挿入
③ 環化反応
- カルベン + π結合 → 中員環・複素環形成
- 不飽和ケトン + カルベン → フラン誘導体
④ ウォルフ転位
α-ジアゾケトン → カルベン → ケテン
- 縮環・エステル変換で重要な反応
安定型カルベン:NHCとその応用
① NHC(N-ヘテロ環式カルベン)
:C(NR)₂(イミダゾリジン骨格)
- 空気・水中でも安定なカルベン
- 電子豊富なσドナー → 金属配位子として強力
② 応用分野
- 有機触媒(ベンズイン縮合、Stetter反応)
- クロスカップリング触媒(Pd–NHC)
- 不斉触媒(キラルNHC)
カルベンの安全性と注意点
- 多くのカルベンは非常に反応性が高く不安定
- ジアゾ化合物 → 有毒・爆発性あり
- 生成は低温・不活性雰囲気下で行う
カルベンと他官能基の比較
官能基 | 価数 | 電子数 | 安定性 |
---|---|---|---|
カルベン(:CR₂) | 2価 | 6電子 | 不安定 |
カルボカチオン(R–C⁺) | 3価 | 6電子 | 比較的不安定 |
ラジカル(R–C•) | 3価 | 7電子 | 条件依存 |
まとめ:カルベンは反応性と合成応用のバランスに優れた反応中間体
- 構造:2価の中性炭素、6電子系
- シングレット・トリプレットの電子状態によって反応性が変化
- 付加・挿入・環化・金属触媒反応に広く関与
- NHCカルベンは安定かつ触媒的に利用可能
次回は「ラジカル(•R)」をテーマに、電子構造、生成法、反応性、連鎖反応、有機合成や高分子反応への応用について解説します。
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