エステル(ester)は、有機化学において重要かつ頻出の官能基であり、カルボン酸とアルコールの縮合によって得られる化合物です。
自然界では果実の香り成分や脂質として、生体内ではトリアシルグリセロールやホルモンの前駆体として機能しています。
また、合成化学や高分子材料(例:ポリエステル)にも広く用いられ、反応性と安定性を兼ね備えた実用的な官能基です。
Contents
エステルの構造と命名法
エステルはカルボン酸の–OH部分がアルコール由来の–ORに置換された構造を持ちます。
一般式は R–COOR’ であり、カルボニル炭素(C=O)に対して酸素がアルキル基と結合しているのが特徴です。
IUPAC命名法
- カルボン酸部分のアルキル基を「酸」の語幹として残し、末尾を「-oate」に変更
- アルコール部分(R’–OHに由来)をエステル名の前に修飾語として置く
命名例
- CH₃COOCH₃ → methyl acetate(酢酸メチル)
- CH₃CH₂COOCH₂CH₃ → ethyl propanoate(プロピオン酸エチル)
芳香族カルボン酸や高級脂肪酸エステルなども同様に命名されます。
エステルの物理的性質
- 極性官能基だが、水素結合の供与体ではない
- 中程度の沸点(カルボン酸やアルコールより低い)
- 小分子はわずかに水に溶けるが、分子量が大きくなると難溶
- 多くのエステルは甘く芳香性のにおいを持つ
エステルの主な合成法
① Fischerエステル化(Fischer–Speier反応)
最も基本的な合成法で、カルボン酸とアルコールを酸触媒下で加熱し、脱水縮合によってエステルを得る方法です。
R–COOH + R'–OH ⇌ R–COOR' + H₂O
- 平衡反応のため、水の除去が収率向上に重要
- 触媒にはH₂SO₄やp-TsOHが一般的
② 酸塩化物や無水物からの合成
R–COCl + R'–OH → R–COOR' + HCl
酸塩化物を使うことで高収率・迅速な反応が可能です(塩基による中和を併用)
③ トス酸エステル化、DCC法
保護基やアミド合成と併用する場合、DCC(ジシクロヘキシルカルボジイイミド)などを使ってカルボン酸からエステルを得ることもあります。
エステルの主な反応
① 加水分解反応(エステルの加水分解)
酸性条件下
R–COOR' + H₂O ⇌ R–COOH + R'–OH
逆反応はFischerエステル化。HClなどの酸を用いて加熱します。
塩基性条件下(けん化)
R–COOR' + OH⁻ → R–COO⁻ + R'–OH
一方向性反応であり、石鹸化などに利用されます。
② 還元反応
- LiAlH₄により、アルコール2種(カルボニル側とアルコール側)へ還元
- NaBH₄では反応しない(カルボン酸誘導体として安定)
③ Claisen縮合
α水素を持つエステル同士が塩基存在下で縮合してβ-ケトエステルを生成
④ トランスエステル化
異なるアルコールと交換反応することで別のエステルに変換
R–COOR₁ + R₂–OH ⇌ R–COOR₂ + R₁–OH
酸または塩基触媒で進行し、平衡移動により目的のエステルを得ます。
エステルの生体・産業応用
① 香料・フレーバー化合物
- イソアミルアセテート(バナナ香)
- エチルブチレート(パイナップル香)
② 生体脂質(トリアシルグリセロール)
- グリセロールと脂肪酸から構成
- 体内エネルギー貯蔵、細胞膜構成成分
③ 医薬品・有機合成中間体
- エステル化で構造安定性や膜透過性を向上(プロドラッグ戦略)
④ ポリマー合成
- ポリエステル:PET(ポリエチレンテレフタレート)など
- 可逆性を活かした分解型材料にも応用
エステルの安定性と取り扱い
- 空気中で比較的安定だが、高温・強酸・強塩基条件では分解
- 加水分解や還元の条件を厳密に管理する必要あり
まとめ:エステルは多機能な「穏やかなカルボン酸誘導体」
- エステルはカルボン酸とアルコールの縮合物
- 合成法が豊富で、構造変換にも優れる
- 加水分解・還元・縮合など反応性は幅広い
- 香料、脂質、医薬、ポリマーなど応用が広範
次回は、「アミド(–CONH₂)」をテーマに、構造・安定性・ペプチド結合・合成法について詳しく解説します。
🧭 関連リンク
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- 👉 【第3回】カルボン酸官能基
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