分子軌道法(Molecular Orbital Theory, MO Theory)は、分子の電子構造を記述するための量子化学的な手法の一つです。これは、原子軌道が結合して分子軌道を形成するという概念に基づいています。以下に分子軌道法の基本原理、概念、および応用について説明します。
基本原理
原子軌道と分子軌道
原子軌道(atomic orbitals, AOs)は、個々の原子における電子の分布を記述します。これには、s軌道、p軌道、d軌道などがあります。
分子軌道(molecular orbitals, MOs)は、原子軌道が結合して形成され、分子全体にわたる電子の分布を記述します。
線形結合(LCAO-MO法)
分子軌道は、原子軌道の線形結合(Linear Combination of Atomic Orbitals, LCAO)として表現されます。
例えば、水素分子(H2)の場合、H2分子の結合性軌道(σ軌道)と反結合性軌道(σ*軌道)は、それぞれ二つのH原子の1s軌道の線形結合として記述されます。
エネルギー準位
分子軌道には異なるエネルギー準位があり、電子はエネルギーの低い軌道から順に占有されます。
結合性軌道はエネルギーが低く、分子の安定性に寄与します。一方、反結合性軌道はエネルギーが高く、分子の安定性を低下させます。
概念
結合性軌道と反結合性軌道
結合性軌道(Bonding Orbitals)
原子軌道の重なりが強く、分子を安定化させる軌道。
反結合性軌道(Antibonding Orbitals)
原子軌道の重なりが弱く、分子を不安定化させる軌道。反結合性軌道は、通常、軌道記号の上にアスタリスク(*)が付けられます。
軌道対称性
分子軌道は対称性を持ち、分子の形状や結合角に影響されます。これにより、σ軌道やπ軌道、δ軌道などが形成されます。
電子の占有
パウリの排他原理とフントの規則に従い、電子は軌道を占有します。
各軌道にはスピンの異なる2つの電子まで占めることができます。
応用
分子の安定性予測
結合性軌道に占有される電子が多く、反結合性軌道に占有される電子が少ないほど、分子は安定です。
結合次数(Bond Order)を用いて、分子の安定性を定量的に評価できます。結合次数は、結合性軌道の電子数から反結合性軌道の電子数を引いて2で割った値です。
電子スペクトルの解析
分子軌道のエネルギー差は、電子遷移に対応し、紫外・可視吸収スペクトルなどの解析に役立ちます。
電子が低いエネルギー軌道から高いエネルギー軌道に遷移する際のエネルギー差が、吸収スペクトルに反映されます。
化学反応の予測
反応物と生成物の分子軌道を比較することで、反応のメカニズムや活性化エネルギーを予測できます。
フロンティア軌道理論(HOMO-LUMO理論)は、反応性を評価するために特に有用です。HOMO(Highest Occupied Molecular Orbital)は最も高いエネルギーの占有軌道、LUMO(Lowest Unoccupied Molecular Orbital)は最も低いエネルギーの非占有軌道を指します。
例: 酸素分子(O₂)
酸素分子(O₂)の分子軌道を例にとると、以下のようになります:
- σ1sとσ1s*軌道: 最も内側の電子は核に非常に近い1s軌道を占有します。
- σ2sとσ2s*軌道: 次に2s軌道が結合性と反結合性の軌道を形成します。
- σ2pとπ2p軌道: 2p軌道からはσとπ軌道が形成され、エネルギー準位が異なる複数の軌道が存在します。
- 反結合性π*軌道: 酸素分子の場合、反結合性π*軌道にも電子が占有されるため、酸素分子は二重結合を持ちますが、完全に安定ではありません。
まとめ
分子軌道法は、分子の電子構造と性質を理解するための強力なツールです。原子軌道がどのように結合して分子軌道を形成し、それが分子の安定性、反応性、スペクトル特性にどのように影響するかを解析するための理論的枠組みを提供します。