岸義人完全解説|ハリコンドリンB全合成から抗がん剤ハラヴェンを生んだ化学者

薬局で処方される抗がん剤のなかに、海綿から見つかった天然物を、化学者が一から組み立てて工業生産している薬がある。乳がん治療薬エリブリン(商品名ハラヴェン)。不斉炭素を19個持ち、製造には60を超える工程が必要な、市販薬としては極端に複雑な分子である。この薬が存在する理由をたどっていくと、必ず一人の化学者に行き着く——岸義人(きし よしと)。
岸の経歴は「不可能と言われた分子を合成する」の連続である。フグ毒テトロドトキシン、貝毒サキシトキシン、そしてパリトキシン——不斉炭素64個、二重結合7個、可能な立体異性体は 271 通り(約1021)という、当時「人類が合成した最も複雑な分子」。600 kg の海綿からわずか 12.5 mg しか取れなかったハリコンドリンB。どれも、当時の常識では手が出ない標的だった。
だが岸の本当の凄みは、「難しい分子を根性で作った」ことではない。作れない標的に出会うたび、作るための道具そのものを新しく発明したことにある。パリトキシンの巨大な炭素骨格をつなぐために生まれたのが NHK 反応(Cr(II)/触媒量 Ni による C–C 結合形成)であり、分解できないほど大きな分子の立体配置を決めるために生まれたのが 万能NMRデータベースだった。そして道具が揃った結果、ハリコンドリンBの合成ルートは誘導体を自由に作れるルートになり、そこから薬が生まれた。この記事では、天然物合成が創薬に接続するまでの一本の線を、機構レベルで追いかける。
生涯と略歴——名古屋からハーバードへ
岸義人は1937年4月13日、名古屋に生まれた。名古屋大学農芸化学科に進み、1961年に卒業、大学院では平田義正(ひらた よしまさ)に師事する。平田研究室は当時、日本の天然物化学の中心地のひとつで、後にGFP(緑色蛍光タンパク質)でノーベル賞を受ける下村脩や、天然物構造化学の大家となる中西香爾もこの系譜に連なる。岸は1966年に名古屋大学で学位を取得した。
学位取得後、岸はハーバード大学の R・B・ウッドワードのもとで博士研究員として2年間を過ごす。ウッドワードは当時、全合成という営みを「芸術」の域まで押し上げていた化学者である。ここで岸が吸収したのは個別の反応知識というより、「標的分子の構造を睨んで、逆算で戦略を立てる」という思考の型だった。平田から受け継いだ天然物の構造化学と、ウッドワードから受け継いだ合成戦略——この2つが重なったところに、岸義人という化学者がいる。
1966年から1974年まで名古屋大学で研究を進め、その最中の1972年にテトロドトキシンの全合成を達成する。1974年にハーバード大学教授として招かれ、以後モーリス・ローブ記念講座教授(Morris Loeb Professor of Chemistry)として、生涯の大半をケンブリッジで過ごした。2023年1月9日、85歳で死去。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1937 | 4月13日、名古屋に生まれる |
| 1961 | 名古屋大学を卒業。大学院で平田義正に師事 |
| 1966 | 名古屋大学で学位取得。以後1974年まで同大で研究・教育に従事 |
| 1966–68 | ハーバード大学 R・B・ウッドワード研究室で博士研究員 |
| 1972 | テトロドトキシンの全合成を達成(世界初) |
| 1974 | ハーバード大学教授に就任 |
| 1977 | サキシトキシン(麻痺性貝毒)・マイトマイシン類の全合成 |
| 1978–79 | ポリエーテル系抗生物質ラサロシドA・モネンシンの全合成 |
| 1986 | Cr(II) 反応におけるニッケルの触媒効果を報告(NHK反応の確立) |
| 1989 | パリトキシンカルボン酸の全合成 |
| 1992 | ハリコンドリンBの全合成 |
| 1994 | パリトキシンそのものの全合成を完成 |
| 1990年代 | 万能NMRデータベースを構築し、マイトトキシンなど巨大分子の立体配置決定に適用 |
| 1999–2001 | 日本学士院賞・恩賜賞(1999)、Tetrahedron Prize・文化功労者(2001) |
| 2010 | ハリコンドリンB由来の抗がん剤エリブリン(ハラヴェン)が承認される |
| 2023 | 1月9日、85歳で死去 |
テトロドトキシン全合成——「作れない」の内訳を解く
フグ毒テトロドトキシン(TTX)は、分子式 C11H17N3O8。炭素はわずか11個しかない。それなのに1960年代の合成化学者にとって、これは絶望的な標的だった。理由は「大きさ」ではなく「密度」にある。
3つの難所
第一に、官能基が異常に密集している。炭素11個に対して酸素が8個。ほとんどすべての炭素に酸素官能基が乗っており、しかも隣り合う立体中心が連続する。ひとつの官能基を変換しようとすると、隣の官能基が必ず巻き込まれる。
第二に、オルトエステル構造がある。ひとつの炭素に3つの酸素が結合した、酸にも塩基にも弱い構造が分子の中心に据えられている。保護基戦略が組みにくい。
第三に、グアニジン部位がある。強塩基性の官能基は、周囲の反応をすべて狂わせる。これが分子の反対側にある酸素官能基群と共存しなければならない。
岸のグループは1972年、この分子の全合成を達成した。ラセミ体としての合成であり、収率は決して高くない。だが重要なのは「合成できた」という事実そのものではなく、密集した含酸素官能基を、隣を壊さずに一つずつ導入していく手順が実際に存在すると示したことである。
NHK反応——巨大分子をつなぐために生まれた C–C 結合
岸の名前が教科書に載る最大の理由は、天然物の名前ではなくひとつの人名反応である。NHK反応(Nozaki–Hiyama–Kishi 反応、野崎–檜山–岸反応)——ハロゲン化ビニル・アリールとアルデヒドを、Cr(II) と触媒量の Ni で結合させ、アリル位・ベンジル位アルコールを作る反応である。
R-CH=CH-I + R'-CHO
|
| CrCl2(過剰)/ NiCl2(触媒量)
| DMSO または DMF、室温
v
R-CH=CH-CH(OH)-R'
「ニッケルの謎」から始まった
1970年代、野崎一・檜山爲次郎らは Cr(II) を使ったこの型の反応を報告していたが、大きな問題があった——再現性がない。同じ手順で実験しても、CrCl2 のロットが変わると反応が進んだり進まなかったりする。
1986年、岸のグループ(および高井・野崎・内本のグループが独立に)この原因を突き止めた。効いていたのは CrCl2 に不純物として混入していた微量のニッケルだった。つまり反応が進まないロットは「純度が高すぎた」のである。原因がわかれば話は早い。Ni を意図的に触媒量加えることで、反応は完全に再現性のあるものになった。
機構——Ni と Cr の役割分担
NHK反応の要点は、2種類の金属がまったく違う仕事をしていることにある。Ni は「C–X 結合を切る担当」、Cr は「アルデヒドに付加する担当」である。
(1) 酸化的付加 Ni(0) + R–I → R–Ni(II)–I
(2) トランスメタル化 R–Ni(II)–I + Cr(II) → R–Cr(III) + Ni(I)
(3) 求核付加 R–Cr(III) + R'CHO → R–CH(O–[Cr])–R'
(4) 加水分解 R–CH(O–[Cr])–R' → R–CH(OH)–R'
Ni(I) は Cr(II) により再還元されて Ni(0) に戻る(触媒サイクル)
Cr は化学量論量が必要(Cr(II) → Cr(III) の1電子酸化を消費するため)
ビニルハライドやアリールハライドは、Cr(II) だけでは活性化されにくい。そこで Ni(0) が酸化的付加で C–X 結合を切り、生じた有機基を Cr へ受け渡す。Cr(III) の有機金属種は求核性が穏やかで、これが後述する驚くべき選択性を生む。
なぜアルデヒドだけを選ぶのか
NHK反応の実用上の価値は、収率よりも官能基許容性にある。Grignard 試薬や有機リチウムなら真っ先に壊してしまう官能基が、NHK 条件では平然と生き残る。
| 項目 | Grignard・有機リチウム | NHK(Cr(III) 有機金属) |
|---|---|---|
| 求核性 | 非常に強い | 穏やか(Cr–C 結合の分極が小さい) |
| ケトンとの反応 | 反応する(区別できない) | ほぼ反応しない——アルデヒド選択的 |
| エステル・アミド | 攻撃される | そのまま残る |
| 遊離 OH・NH | プロトンで消費される | 許容されうる(保護基を減らせる) |
| 条件 | 低温・無水・厳密 | 室温、DMSO/DMF |
| C=C の立体 | — | 原料ハライドの幾何配置を保持 |
「終盤で、保護基だらけの巨大な断片どうしをつなぐ」という全合成の最難関の場面で、この性質は決定的に効く。基質の分子量が大きくなるほど1工程の失敗が痛いからだ。穏やかな求核剤であることが、そのまま強みになる——これは 鈴木章のホウ素化学や 現代の有機金属試薬に共通する設計思想でもある。
パリトキシン全合成——271 通りから1つを選ぶ
パリトキシンは、イワスナギンチャク(Palythoa)から単離された猛毒で、分子式 C129H223N3O54、分子量約2680。タンパク質でも核酸でもない「ふつうの有機分子」としては、当時知られていた最大級の天然物だった。
数字で見る困難
この分子には不斉炭素が64個あり、さらに立体を定義しなければならない二重結合が7個ある。立体異性体の総数は 264+7 = 271、およそ 2×1021 通り。標的はそのうちのただ1つである。
戦略:断片化と、つなぎ方の発明
岸のグループの解法は原理的にはシンプルである。分子を扱えるサイズの断片に切り分け、各断片で立体を厳密に作り込み、最後に信頼できる方法でつなぐ。問題は最後の「つなぐ」で、既存の反応では官能基が耐えられなかった。ここで生きたのが前節のNHK反応である。C–C 結合を作りながら、周囲の多数のヒドロキシ基・エーテル・アミドを傷つけない反応が、まさに必要とされていた。
1989年にパリトキシンカルボン酸の全合成を達成し、1994年にパリトキシンそのものの全合成を完成させた。この達成の意義は「最大記録の更新」ではない。分子の複雑さには、原理的な上限がない——十分な戦略と適切な反応があれば、どこまでも作れる。この確信が、次の10年の合成化学を駆動した。
ハリコンドリンB → エリブリン——全合成が薬になった
ハリコンドリンBは、クロイソカイメン(Halichondria okadai)から平田義正・上村大輔らによって単離された、極めて強力な抗腫瘍活性を持つポリエーテル系天然物である。チューブリンの重合を阻害して細胞分裂を止める。
「効く。だが手に入らない」
問題は供給量だった。600 kg の海綿から得られたのは 12.5 mg。この量では前臨床試験すら満足に行えず、まして医薬品として供給することは不可能である。海綿を養殖する試みもあったが、現実的な解にはならなかった。
岸のグループは1992年、ハリコンドリンBの全合成を達成した。ここで話が終われば「学術的偉業」で済んだ。実際に起きたのはその先である。
合成ルートは「誘導体を作る自由」を生む
全合成ルートが手に入るということは、構造を自由に改変した類縁体を作れるということでもある。エーザイと岸の共同研究チームは、この自由を使って構造活性相関(SAR)を徹底的に調べ、驚くべきことを見出した——ハリコンドリンBの右半分(マクロ環部分)だけで、抗腫瘍活性がほぼ保たれる。
ここから最適化が進む。分子の左半分を丸ごと削り、代謝的に不安定なマクロラクトン部分はケトンに置き換えて安定化し、溶解性と物性を整えるためにアミノ基を導入する。こうして生まれたのがエリブリン(eribulin、E7389)である。
| 項目 | ハリコンドリンB | エリブリン(ハラヴェン) |
|---|---|---|
| 由来 | クロイソカイメン(天然物) | 全合成由来の非天然簡略化類縁体 |
| 構造上の変更 | — | 左半分を削除/ラクトン → ケトン/アミノ基導入 |
| 不斉炭素 | 32個 | 19個 |
| 供給 | 600 kg の海綿から 12.5 mg | 全化学合成による工業生産(60工程超) |
| 作用機序 | チューブリン重合阻害 | 微小管の伸長端を阻害し分裂を停止させる |
| 臨床 | 開発断念(供給不能) | 2010年に転移性乳がん治療薬として承認 |
この流れはエリブリンで終わっていない。同じ合成基盤から、より強力な次世代のハリコンドリン誘導体(E7130)が開発され、グラム単位での全合成供給を経て臨床試験に進んでいる。かつて「学術的な達成」とされた技術が、そのまま医薬品製造技術になった。
万能NMRデータベース——壊さずに立体を決める
岸のもうひとつの方法論的貢献は、合成ではなく構造決定の側にある。
従来法の限界
環状化合物の立体配置は NOE や結合定数から比較的決めやすい。配座が固定されているからだ。しかし鎖状(アシクリック)部分——とくにヒドロキシ基やメチル基が並ぶポリオール鎖——は自由回転するため、NMR から立体配置を読み取るのが極端に難しい。従来は分子を分解して小さな断片にし、既知化合物と比較するのが定石だったが、パリトキシンやマイトトキシンのような巨大分子で分解を繰り返すのは現実的でない。
アプローチ:あらかじめ「答えの見本帳」を作る
岸の発想は逆転していた。あらゆる立体配置の組み合わせを持つモデル化合物を、あらかじめ系統的に合成しておく。そして、それぞれの 1H・13C 化学シフトを測定してデータベース化する。未知化合物のスペクトルが得られたら、そのパターンをデータベースと照合すれば、分解せずに立体配置が読める。
この「万能NMRデータベース(Universal NMR Database)」は、マイトトキシン——非タンパク質天然物として知られる最大級の分子——の立体配置決定をはじめ、多くの複雑天然物の構造決定に使われた。
現代への影響
天然物の全合成が実際の医薬品を生むことを実証した。エリブリンは「複雑な分子は合成では作れない」という業界の前提を覆し、以後の天然物創薬の前提を変えた。
岸の研究室からは、日米の大学・製薬企業で活躍する多数の研究者が育っている。日本の天然物化学(平田義正の系譜)とアメリカの合成戦略(ウッドワードの系譜)を一身に受け継ぎ、両者を接続した点でも、岸義人は特異な位置にいる。同世代で全合成を牽引した化学者たちの歩みは有機化学者列伝まとめページから、不斉合成の側からの寄与は野依良治の記事から確認できる。
発展:なぜ「1工程あたりの信頼性」が全合成を支配するのか
全合成の成否は、しばしば個々の反応の華やかさではなく収率の掛け算で決まる。仮に各工程の収率が90%でも、30工程を直列につなげば全体収率は 0.930 ≈ 4% にしかならない。エリブリンのように60工程を超える合成では、直線的に全部つなぐ設計は成立しない。だから実際の設計では、(1) 断片を並行して作り最長直線工程数(longest linear sequence)を短くする収束的合成、(2) 終盤の連結反応を絶対に失敗しない反応にする、という2つが決定的になる。NHK反応が全合成で愛用されるのは、収率が飛び抜けて高いからというより、複雑な基質でも予測どおりに動くからである。「高収率の反応」より「裏切らない反応」のほうが、終盤では価値が高い——これは院試の合成設計問題で選択肢を絞るときにも使える判断基準になる。
まとめ
よくある質問
標準的な条件ではCr は化学量論量(通常は過剰)必要です。理由は電子の収支にあります。Ni は Ni(0) → Ni(II) → Ni(0) と戻ってこられるのでサイクルを回れますが、Cr は Cr(II) が Cr(III) に酸化されたまま反応を終えるため、消費されっぱなしになります。有機基1つを運ぶのに Cr(II) が2当量分の1電子還元力を提供する形になり、量論的に減っていくわけです。
この点はクロム廃棄物という実用上の問題を生んだため、後年 Mn などの還元剤で Cr(III) を Cr(II) に戻す再酸化系が開発され、Cr も触媒量で回せるようになりました。院試では「Ni=触媒量、Cr=量論量、その理由は酸化数の収支」と押さえておけば十分です。
主な理由は求核剤の穏やかさと立体障害の組み合わせです。Cr–C 結合は Mg–C や Li–C ほど強く分極しておらず、生成する有機クロム(III)種は「弱い求核剤」です。弱い求核剤は反応性の差を見分ける能力が高い——強力な試薬なら何にでも突っ込みますが、穏やかな試薬は最も反応性の高いカルボニル、すなわち置換基が1つ少なく立体的に空いていて、電子的にも活性なアルデヒドにしか付加できません。
これは有機化学全般で使える一般則です。「選択性が欲しければ反応性を落とす」—— NaBH4 が LiAlH4 より選択的なのも、DIBAL が低温でアルデヒドで止まるのも同じ論理です。
エリブリンがその問いへの回答そのものです。ハリコンドリンBは600 kg の海綿から 12.5 mgしか得られず、天然からの供給では医薬品開発が物理的に不可能でした。全合成が解決したのは「量」だけではありません。合成ルートがあるということは構造を自由に変えられるということで、実際に SAR 研究から「分子の右半分だけで活性が保たれる」という発見が生まれ、天然には存在しない、より優れた分子に到達しました。
つまり全合成の価値は、(1) 供給、(2) 構造改変の自由、(3) 新反応・新方法論の副産物の3つです。NHK反応も万能NMRデータベースも、全合成という「無理な目標」がなければ生まれていません。
立体を独立に選べる箇所を数え上げ、それぞれ2通りとして掛け合わせています。パリトキシンには不斉炭素が64個あり、それぞれ R か S の2通り。さらに幾何異性を持つ二重結合が7個あり、それぞれ E か Z の2通り。合わせて 64 + 7 = 71 か所が独立に2通りなので、271 ≈ 2×1021 となります。
注意したいのは、これが「間違える可能性の数」ではなく「制御すべき箇所の数」だという点です。合成では各立体中心を狙って作るので確率の問題ではありませんが、1か所でも制御を失えば別の分子になるという緊張感を表す数字として理解してください。
難易度は炭素数ではなく「炭素あたりの情報量」で決まるからです。テトロドトキシンは C11H17N3O8——炭素11個に対して酸素が8個あり、ほぼすべての炭素に酸素官能基と立体中心が乗っています。隣接する官能基は互いに反応してしまうため、1つを変換しようとすると隣が巻き込まれる。さらに酸にも塩基にも弱いオルトエステルと、強塩基性のグアニジンが同じ分子内で共存しなければなりません。
逆に、炭素数が多くても骨格が炭化水素中心で立体中心が少ない分子は、見た目より易しいことがあります。「大きさ」ではなく「密度と共存性」で難易度を見る目を持つと、合成設計の問題に強くなります。
作るものと壊さないものが違います。グリニャール反応は C–C 結合を作る最も基本的な方法ですが、求核性が強すぎてエステル・ケトン・遊離 OH をすべて攻撃するため、官能基が多い終盤の基質には使えません。鈴木–宮浦カップリングは C(sp2)–C(sp2) 結合を作る反応で、新しい立体中心を作りません。
これに対し NHK反応は、ハライドとアルデヒドから C–C 結合と同時に新しいヒドロキシ基(立体中心)を作る反応で、しかも官能基許容性が高い。したがって「複雑な断片どうしを、二級アルコールを作りながらつなぐ」場面が NHK の独壇場になります。鈴木カップリングとの違いは「立体中心を生むかどうか」で整理すると混乱しません。
3つあります。第一に、NHK反応を「2つの金属の役割分担」として説明できること——Ni が C–X を切り、Cr が求核付加する。この構図が言えれば十分に通用します。第二に、「選択性が欲しければ反応性を落とす」という設計原理。強い試薬ほど偉いわけではありません。第三に、方法がないなら方法を作るという姿勢そのもの——試薬のロット差を「運が悪い」で終わらせず原因を突き止めたことが人名反応を生み、分解できない分子に出会ったことが万能NMRデータベースを生みました。
関連する化学者や反応をまとめて追うなら、有機化学者列伝まとめページと反応機構まとめページが入口になります。








