機構を書いていると、酸素に − がついたり、窒素に + がついたりします。この記号を「なんとなくこうなる」で付けている人は、必ずどこかで符号を間違えます。
形式電荷は計算で一意に決まる量です。しかも慣れれば計算すら不要で、結合の本数を見るだけで読み取れます。カルボカチオンの +、アルコキシドの −、アンモニウムの + ——これらはすべて同じ1つの式から出てきます。
もう1つ、混乱の元があります。有機化学には電荷と名のつく量が3つ(形式電荷・酸化数・実際の部分電荷)あり、それぞれ仮定が違います。この記事ではその区別まで扱います。
計算式——結合の電子を半分ずつ分ける
形式電荷は、結合している電子を両方の原子で等しく分け合ったと仮定して、その原子の電子が本来より多いか少ないかを数えた量です。
形式電荷 = 価電子数 − ( 孤立電子の数 + 結合の本数 ) 価電子数 : その原子が単独でもつ最外殻電子(C=4、N=5、O=6) 孤立電子 : 結合に使っていない電子の個数(1組なら2個) 結合の本数 : 二重結合は2本、三重結合は3本と数える
「結合の本数」を引くのは、結合電子2個のうち自分の取り分は1個だからです。結合1本につき1個ずつ受け取る、と考えれば式の形が納得できます。
計算例
H3O+ の酸素 価電子6 − (孤立電子2 + 結合3) = +1 H2O の酸素 価電子6 − (孤立電子4 + 結合2) = 0 HO− の酸素 価電子6 − (孤立電子6 + 結合1) = −1 NH4+ の窒素 価電子5 − (孤立電子0 + 結合4) = +1 NH3 の窒素 価電子5 − (孤立電子2 + 結合3) = 0 CH3+ の炭素 価電子4 − (孤立電子0 + 結合3) = +1 CH3− の炭素 価電子4 − (孤立電子2 + 結合3) = −1
計算しない読み取り方——結合の本数を見る
実際の演習では、毎回この式を使っていては間に合いません。中性のときの結合数から何本ずれているかを見れば、形式電荷はそのまま読めます。
| 原子 | 中性のとき | 1本多い | 1本少ない |
|---|---|---|---|
| C | 4本・孤立電子対なし | — | 3本なら +1(カルボカチオン) 3本+孤立電子対なら −1 |
| N | 3本・孤立電子対1組 | 4本なら +1 | 2本なら −1 |
| O | 2本・孤立電子対2組 | 3本なら +1 | 1本なら −1 |
この読み取りができるようになると、機構を書きながら電荷を追えるようになります。巻矢印で電子対が動いたとき、電子を受け取った原子は − 側へ、渡した原子は + 側へ1つ動く——この対応が見えるのが最終目標です。
3つの「電荷」を区別する
ここが本題です。同じ C–O 結合を見ても、何を仮定するかで数値が変わります。
| 量 | 結合電子をどう分けると仮定するか | 何に使うか |
|---|---|---|
| 形式電荷 | きっちり半分ずつ分ける (電気陰性度を無視する) |
構造式に書く記号。共鳴構造の比較 |
| 酸化数 | 電気陰性度の大きいほうが全部取る (極端に振り切る) |
酸化還元の判定(→ 酸化数) |
| 実際の部分電荷 | 電気陰性度に応じて少し偏る (現実) |
反応点の予測(δ+ / δ−) |
メタノール CH3OH の炭素で比べてみます。
形式電荷 0 ← 4本結合・孤立電子対なしで中性の形どおり 酸化数 −2 ← C–H は炭素が取り(−1×3)、C–O は酸素が取る(+1) 実際の部分電荷 δ+ ← 酸素に引かれてわずかに正
カルボニル炭素がよい例です。形式電荷は0なのに、求核剤はここを攻撃します。酸素に電子が引かれて δ+ になっているからです(→ 電気陰性度と結合の極性)。形式電荷だけを見ていると、この反応点を見逃します。
形式電荷は何の役に立つのか
実在の電荷ではないなら何のためにあるのか——用途は3つに絞られます。
| 用途 | 内容 |
|---|---|
| 構造式の検算 | 形式電荷の合計が分子の電荷と合わなければ、その構造式はどこか間違っている |
| 共鳴構造の比較 | 電荷が少なく、負電荷が電気陰性な原子にある構造ほど寄与が大きい |
| 機構の追跡 | 電子対が動くたびに、渡した原子は +1、受け取った原子は −1 動く。電荷が合わない機構は間違い |
3つ目が実務上いちばん効きます。機構を書いていて電荷の収支が合わなくなったら、矢印のどこかが間違っているというサインです。共鳴構造を書くときも同じで、すべての構造で電荷の合計は等しくなければなりません。
形式電荷で共鳴構造に順位をつける——5つの判定基準
共鳴構造の書き方(どこまで電子を動かしていいか)は共鳴の記事で扱いました。ここではその次の段階——複数書けた構造のうち、どれが実際の分子に近いかを決める作業を扱います。これが形式電荷のいちばん実用的な使い道です。
判定は次の5つで足ります。上から順に優先度が高く、Aは「満たさない構造は候補から外す」という強い基準、B以下は「満たすほど寄与が大きい」という比較の基準です。
| 基準 | 内容 | 使い方 |
|---|---|---|
| A | 第2周期の原子(C・N・O・F)は8電子を超えられない | 超えている構造は間違い。寄与が小さいのではなく、書いてはいけない |
| B | 形式電荷の数が少ない構造ほど有利 | 電荷が出ない中性構造が書けるなら、それが主要構造 |
| C | 負電荷は電気陰性度の高い原子にある方が有利(O > N > C) | 同じ数の電荷なら、Oに−が乗る構造を選ぶ |
| D | 正電荷は電気陰性度の低い原子にある方が有利 | Oに+が乗る構造は不利(ただし八電子則を満たすなら排除はしない) |
| E | ここまで同等なら、π結合が多い構造が有利 | 結合を多く作れている=安定化が大きい |
典型例で確かめる——NO3−・CO・アミド
基準を3つの例に当ててみます。この3つは出題頻度が高く、しかも形式電荷の使い方がそれぞれ違います。
① 硝酸イオン NO3−——等価な構造が3つある
N は 4本結合 → 形式電荷 +1 二重結合のO → 形式電荷 0 単結合のO 2つ → 形式電荷 −1 × 2 合計 = (+1) + 0 + (−1) + (−1) = −1 ← イオンの電荷と一致
二重結合をどのOに置くかで3通り書けますが、どれも形式電荷の分布が同じです。等価な構造が複数あるときは、実際の分子はその平均になります。だからN–O結合の長さは3本とも等しく、単結合と二重結合の中間になります。形式電荷の分布が同じかどうかが、等価性の判定になるわけです。
② 一酸化炭素 CO——中性分子なのに電荷が出る
COを八電子則を満たすように書くと三重結合になり、形式電荷は炭素が−1、酸素が+1になります。合計は0なので中性分子として矛盾しません。しかし基準Cに反して「負電荷が電気陰性度の低い炭素にある」状態です。
これは欠陥ではなく、COの性質そのものの説明になります。負の形式電荷と孤立電子対をもつ炭素側が反応点になるため、COは金属に炭素で配位します。金属カルボニル錯体がすべてM–C≡Oの向きなのは、このためです。「形式電荷は実際の電荷ではない」と同時に「どこが反応点かは教えてくれる」という、形式電荷の性格がよく出た例です。
③ アミド——不利な構造が効いている
アミドには、中性構造(C=O、N中性)と、電荷分離した構造(C–O−、N+)が書けます。基準Bからすれば電荷分離構造は不利です。ところがこの構造は無視できない程度に寄与します。根拠は実測です。
つまり基準B〜Eは「有利・不利」の順位づけであって、不利な構造が0%になるわけではありません。アミンを保護基でカルバメートにすると塩基性が消えるのも、同じ理由です。
よくあるミスと検算の手順
形式電荷で落とす失点はパターンが決まっています。次の4つを知っておけば、ほぼ防げます。
| ミス | 気づき方 |
|---|---|
| 形式電荷の合計が分子全体の電荷と合わない | 最後に必ず合計する。合わなければ構造式の側が間違っている |
| 第2周期の原子が8電子を超えている | N・Oの結合本数を数える。Nが4本なら+1、Oが3本なら+1になっているはず |
| 負電荷を炭素に置いたまま確定する | 酸素や窒素へ移せる共鳴構造がないか探す(基準C) |
| 共鳴構造を全部同じ重みだと思う | 基準B〜Eで順位をつける。等価なときだけ平均になる |
第2周期の原子(C・N・O・F)については書いてはいけません。2s・2p軌道で収容できる電子は8個までで、それを超える構造は物理的に成り立たないからです。一方、硫黄やリンのような第3周期以降では8電子を超える構造が実在します。試験では「Nに5本の結合を書いてしまう」「Oに3本の結合を書いて電荷をつけ忘れる」という失点が多いので、N・Oの結合本数は必ず数える習慣をつけてください。
共鳴は電子だけが非局在化している1つの状態を、紙の上で複数の構造式に分けて書いているものです。実際の分子はその重ね合わせ1種類しか存在しません。平衡は2種類の分子が実在して行き来している状態で、原子の位置そのものが変わります。記号も区別され、共鳴は両矢印(↔)、平衡は上下2本の矢印です。ケト-エノール互変異性は水素原子が移動するので平衡であり、共鳴ではありません。
大学院入試での問われ方
- 「次の構造中の各原子の形式電荷を示せ」……結合の本数から読む
- 「形式電荷と酸化数の違いを説明せよ」……結合電子の分け方の仮定が違う
- 「カルボニル炭素の形式電荷は0だが求核攻撃を受ける。理由を述べよ」
- 「この共鳴構造のうち、寄与が大きいものを形式電荷を根拠に選べ」
3つ目は差がつく問題です。形式電荷と実際の電荷分布は別物だと明示したうえで、電気陰性度による分極に触れてください。
まとめ
ルイス構造そのものの描き方はルイス構造の描き方、オクテット則の原理と例外はオクテット則で扱っています。
よくある質問
組ではなく個で数えます。孤立電子対が1組あれば2個、2組あれば4個です。式は価電子数から孤立電子の個数と結合の本数を引く形なので、組のまま代入すると値が合いません。たとえば水の酸素は価電子6個、孤立電子4個、結合2本なので、6から4と2を引いて0になります。
中性のときの結合数から何本ずれているかを見ます。窒素は通常3本なので4本なら+1、2本なら−1です。酸素は通常2本なので3本なら+1、1本なら−1になります。結合が多いほど電子を差し出しているのでプラス、少ないほど電子を抱えているのでマイナスと考えると覚えやすくなります。炭素だけは3本のとき孤立電子対の有無で符号が分かれます。
結合電子をどう分けるかという仮定が違います。形式電荷は電気陰性度を無視して結合電子をきっちり半分ずつ分けると仮定した量で、構造式に書く記号を決めるために使います。酸化数は電気陰性度の大きい原子が結合電子を全部取ると仮定した量で、酸化還元の判定に使います。メタノールの炭素は形式電荷が0である一方、酸化数は−2になります。
形式電荷は電気陰性度を無視した計算上の約束であり、実際の電子分布を表していないからです。カルボニル炭素は形式電荷が0ですが、隣の酸素に電子が引かれて実際にはわずかに正に帯電しており、求核剤の攻撃を受けます。反応点を探すときは形式電荷ではなく、電気陰性度の差から生じる部分電荷を見る必要があります。
主に三つの用途があります。一つ目は構造式の検算で、各原子の形式電荷の合計が分子全体の電荷と一致しない場合、その構造式には誤りがあります。二つ目は共鳴構造の比較で、電荷の分離が少ない構造ほど寄与が大きくなります。三つ目は反応機構の追跡で、電子対が動くたびに電荷がどう移動したかを確認でき、収支が合わなければ矢印が間違っていると判断できます。

