ウォルター・ハワース完全解説|ハワース投影式とビタミンC合成
1933年、イギリスの化学者ウォルター・ハワースは同僚のエドモンド・ハーストとともに白い結晶を試験管の中に析出させた。それは「生命維持に不可欠な謎の物質」として長年追い求められたビタミンCの、世界で初めての人工合成品だった。柑橘類を食べなければ壊血病で死んでいった大航海時代の船乗りたちを悩ませた問題に、人類がついに化学的な答えを出した瞬間である。
だがハワースの功績はビタミンC合成にとどまらない。彼が考案したハワース投影式(Haworth projection)は今日の有機化学・生化学の教科書すべてに登場する環状糖の標準表記法であり、グルコース・フルクトース・スクロースなど数十種類の糖の環構造を一つひとつ解き明かした彼の業績は、現代の糖鎖生物学・製薬・食品科学の基盤となっている。
生涯と略歴
ウォルター・ノーマン・ハワース(Walter Norman Haworth)は1883年3月19日、イングランド北西部ランカシャー州チョーリーに生まれた。地元のリノリウム工場で働き始めたが、化学への情熱を捨てられず独学で大学入学資格を取得。マンチェスター大学に入学し、1906年に理学士号を得た。
その後ドイツ・ゲッティンゲン大学に留学し、テルペン化学の権威オットー・ワラッハ(Nobel 1910)のもとで1907年にPhDを取得。帰国後マンチェスター大学でさらに研究を続けてDScを取得し、1911年にセント・アンドルーズ大学(スコットランド)のトーマス・パーディおよびジェームズ・アーウィンの研究室に加わった。ここでメチル化法による糖のヒドロキシ基同定という強力な分析ツールを習得し、糖化学者としてのキャリアが本格的に始まる。
1920年にダラム大学(後のニューカッスル大学)へ移り、1925年にはバーミンガム大学のメイスン記念化学教授(Mason Professor of Chemistry)に就任。生涯をこのポストで過ごし、1950年3月19日(奇しくも自らの誕生日)にバーミンガムで没した。67歳だった。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1883 | ランカシャー州チョーリーに生まれる |
| 1906 | マンチェスター大学で理学士号取得 |
| 1907 | ゲッティンゲン大学でPhD取得(O. ワラッハ指導) |
| 1911 | セント・アンドルーズ大学に赴任。メチル化法を習得 |
| 1920 | ダラム大学へ移籍 |
| 1925 | バーミンガム大学メイスン記念化学教授に就任 |
| 1927 | 著書『糖の構造(The Constitution of Sugars)』刊行 |
| 1929 | 「ビタミンC」という名称を提案・構造解明に着手 |
| 1933 | E. ハーストと共同でビタミンC(アスコルビン酸)の人工合成に成功 |
| 1937 | 炭水化物とビタミンCの研究によりノーベル化学賞受賞 |
| 1944 | ナイト爵(Sir)を授与される |
| 1950 | バーミンガムにて67歳で死去(3月19日、誕生日当日) |
業績①:ハワース投影式の考案と糖の環構造解明
フィッシャー投影式の「限界」
19世紀末にエミール・フィッシャーが確立したフィッシャー投影式は、鎖状(開鎖型)の糖の立体配置を表すには優れた方法だった。しかし実際の溶液中のグルコースは、5番目の炭素のヒドロキシ基が1番目のアルデヒド炭素を攻撃して6員環(ピラノース環)を形成することが次第に分かってきた。このとき生じる新たな不斉中心(アノマー炭素)の立体を、フィッシャー投影式では直感的に表現するのが難しかった。
ハワースはこの問題を解決するために、環を水平な正多角形として俯瞰した新しい表記法を1929年前後に体系化した。これがハワース投影式である。
ハワース投影式の読み方
グルコース(D-グルコース)の環形成は次のように表せる。
開鎖型(D-グルコース) 環形成(ピラノース環) CHO CH2OH | | H–C–OH O(環内酸素) | / \ HO–C–H → C-1 C-5 | | | H–C–OH C-2 C-4 | | | H–C–OH C-3———C-4 | CH2OH α-D-グルコピラノース:C-1の–OHが環の下側(trans to C-6) β-D-グルコピラノース:C-1の–OHが環の上側(cis to C-6)
アノマーとは何か
環形成で新たに生まれる不斉中心(C-1)をアノマー炭素と呼び、生じる2種類の立体異性体をアノマー(α型・β型)という。水溶液中では両者が平衡(変旋光)を起こし、α型36%・β型64%の混合物として安定する(変旋光現象)。
業績②:二糖・多糖の構造解明
ハワースはグルコース単体の環構造にとどまらず、スクロース(ショ糖)・マルトース・セロビオース・ラクトースなどの二糖、さらにデンプン・セルロース・イヌリンなどの多糖のグリコシド結合位置と立体配置を次々に解明した。
使用した主な分析法はメチル化分析(Purdie–Haworth methylation)である。全ヒドロキシ基をメチル化(–OCH3に変換)してから加水分解し、どのメチル基が残るかを調べることで、どの炭素が別の糖とグリコシド結合していたかを特定できる。
| 糖 | 単糖成分 | グリコシド結合 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| マルトース | D-グルコース × 2 | α(1→4) | デンプン加水分解で生成 |
| セロビオース | D-グルコース × 2 | β(1→4) | セルロース加水分解で生成 |
| スクロース | D-グルコース+D-フルクトース | α(1→β2) | 非還元糖(アノマー炭素が結合) |
| ラクトース | D-ガラクトース+D-グルコース | β(1→4) | 乳糖・還元糖 |
業績③:ビタミンCの構造決定と世界初の人工合成
「アンチスコルブ因子」の正体
20世紀初頭、壊血病(scurvy)を防ぐ食品成分は「水溶性ビタミン」として知られていたが、その化学的実体は不明だった。1928年にアルバート・セント=ジェルジがアドレナル皮質と柑橘類から単離した物質(彼は「ヘキスロン酸」と呼んだ)が有力候補として浮上した。
ハワースはこの物質を入手し、1929年前後に詳細な構造解析を実施。糖化学の専門家として、この物質が6炭素の不飽和ラクトン(環状エステル)であることを突き止め、糖ではないが糖に由来する構造を持つと判断。1933年にアスコルビン酸(ascorbic acid)という名前を提案し(anti-scurvy acidのラテン語形)、現在広く使われる「ビタミンC」という名称も彼が広めた。
アスコルビン酸の構造
アスコルビン酸(ビタミンC):C6H8O6
O
||
HO–C—C—OH ← エンジオール部分(強い還元性・抗酸化活性の源)
|| |
HO–C CH–OH
| |
O CH–OH
\ /
C—5員環ラクトン
・γ-ラクトン(5員環の環状エステル)構造
・エンジオール(–C(OH)=C(OH)–)が強い還元力を付与
・L-グロノラクトンを経由した生合成経路をヒトは持たない
世界初の人工合成(1933年)
ハワースと共同研究者エドモンド・ハーストは1933年、L-キシロースから出発する合成ルートを確立し、アスコルビン酸の人工合成に成功した。同年、タデウシュ・ライヒシュタイン(スイス)も独立して合成に成功している。現在の工業生産(年産10万トン超)はライヒシュタインの発酵–化学合成ハイブリッド法が主流だが、原理的にはハワースが最初に正解へたどり着いた。
ハワース–ハースト合成(概略)
L-グロノ-γ-ラクトン
↓ 酸化(HNO3またはAc2O/DMSO系)
2-ケトー L-グロノラクトン
↓ エノール化・ラクトン形成
L-アスコルビン酸(ビタミンC)
著書と教育への貢献
1927年に刊行された著書『糖の構造(The Constitution of Sugars)』は、糖化学の決定版テキストとして長く使われた。ハワースはバーミンガム大学で多くの弟子を育て、イギリスの有機化学・生化学の発展を牽引した。
英国化学会(Chemical Society)の会長(1944–1946年)も務め、王立協会(Royal Society)フェローとして終生活躍した。
現代への影響
ハワース投影式はN型・O型糖鎖の構造表記として今も基本。細胞表面の糖鎖認識・がん診断・ワクチン設計に不可欠な言語となっている。
アスコルビン酸はコラーゲン合成・免疫機能・鉄吸収促進など多面的な薬理作用で、世界で最も広く使われるビタミンのひとつ。サプリメント市場の基盤。
デンプン・セルロース・スクロースの結合様式の解明は、加工食品の食感設計・難消化性デキストリン開発・バイオエタノール生産まで応用が広がっている。
