IR吸収帯の読み方|C=Oを1715基準に動かす4要因とOH/NHを幅で見分ける
IR スペクトルは、ピークが数十本あるように見えて、実際に読むのは3〜4本です。残りは「そこにある」ことを確認するだけか、最初から読みません。
読む本数を絞れるのは、波数の領域があらかじめ分かれているからです。どの領域に何があるかを覚えてしまえば、スペクトルを見た瞬間に官能基の候補が絞れます。
この記事では、IR が何を見ているかという原理から、C=O の位置を読み分ける手順までを扱います。
IR は結合のばねを見ている
分子の中の結合は、常に伸び縮みしています。そこへ赤外線を当てると、その振動数と一致する波長の光だけが吸収されます。
振動数を決めるのは2つです。
この2つだけで、領域の並びはほぼ説明がつきます。
C−H(軽い水素・単結合) 約 3000 cm−1 C≡N・C≡C(三重結合) 約 2100–2260 C=O・C=C(二重結合) 約 1600–1800 C−C・C−O(重い原子・単結合) 1500 以下
見えない結合がある——吸収の条件
すべての振動が IR に出るわけではありません。条件が1つあります。
光は電場の波なので、分子側にも揺れる電荷の偏りがなければ相互作用できません。ここから、試験でよく問われる例外が出てきます。
| 結合 | IR で | 理由 |
|---|---|---|
| C=O | 非常に強い | もともと分極が大きく、伸縮で双極子が大きく振れる |
| 対称に置換した C=C | ほとんど見えない | 左右が同じなので、伸縮しても双極子が変わらない |
| 対称な内部アルキン | 消える | 同上。末端アルキンなら中程度に見える |
4つの領域に割って読む
スペクトルは4つに分けます。この分け方が本記事の中心です。
| 領域(cm−1) | そこにある振動 | 何を決めるか |
|---|---|---|
| 4000–2500 | X−H 単結合の伸縮 | O−H・N−H・C−H の有無 |
| 2500–2000 | 三重結合の伸縮 | C≡N・C≡C の有無。ふだんは空いている |
| 2000–1500 | 二重結合の伸縮 | C=O の有無と種類 |
| 1500–400 | 単結合の混合振動 | 指紋領域。同一性の証明と置換パターン |
2番目の行が実務で効きます。2500–2000 はふつう何もありません。だからそこにピークがあれば、それだけで C≡N か C≡C だと決まります——空いている領域に何かがあることは、強い情報です。
OH と NH は「幅」で見分ける
3000–3600 の領域は混み合っています。ここでは位置ではなく形(幅)を見ます。
| 吸収 | 位置(cm−1) | 形 |
|---|---|---|
| アルコール・フェノールの O−H | 3400–3650 | 幅広く丸い(強い) |
| アミンの N−H | 3300–3500 | 細い(中程度)。第1級は2本、第2級は1本 |
| カルボン酸の O−H | 2500–3100 | 極端に幅広い。C−H の上に覆いかぶさる |
| 末端アルキンの ≡C−H | 3300 | 鋭い |
幅が出る理由は水素結合です。水素結合の強さが分子ごとにばらつくので、振動数もばらついて帯が広がります。カルボン酸が極端に広いのは、2分子が環状の二量体を作って強く水素結合しているからです。
C=O は 1715 を基準にして、上下へ動かす
ここが IR でいちばん情報量の多い場所です。C=O はどの官能基でも強く出るので、位置の違いだけで官能基の種類が決まります。
覚えるのは基準の1つだけです。
| 要因 | 向き | なぜ | 例 |
|---|---|---|---|
| 環ひずみ | 高波数へ | 環が小さいと C=O の s 性が上がり、結合が強くなる | 6員環 1715 → 5員環 1750 → 4員環 1780 |
| 共役 | 低波数へ | π電子が広がり、C=O の二重結合性が減る | 共役ケトン・アルデヒド 1680–1705 |
| 電気陰性な原子 | 高波数へ | 誘起効果で分極が強まり、結合が縮む | エステル 1735/酸塩化物 1800 |
| N の孤立電子対の供与 | 低波数へ | アミドの N が電子を送り、二重結合性が減る | アミド 1650–1690 |
この4つで、C=O を持つ主要な官能基はほぼ並べ替えられます。数字を20個覚えるのではなく、基準1つと動かす向き4つを覚えます。
三重結合の領域は、ふだん空いている
| 吸収 | 位置(cm−1) | 形 |
|---|---|---|
| C≡N(ニトリル) | 2210–2260 | 鋭い・中程度 |
| C≡C(アルキン) | 2100–2260 | 末端は中程度。対称な内部アルキンはほぼ消える |
ニトリルのほうがやや高波数で鋭いのが目安ですが、重なる範囲もあります。ニトリルなら窒素があるので、分子式(窒素則)と突き合わせれば確実に切り分けられます。
指紋領域の使い道は2つだけ
1500 cm−1 より下は、単結合の伸縮と変角が混ざり合って非常に複雑です。個々のピークを帰属する作業は、ふつうの構造決定ではやりません。
使い道は2つです。
| 置換パターン | 面外変角(cm−1) |
|---|---|
| 一置換アルケン RCH=CH2 | 910 と 990(2本) |
| trans-1,2-二置換アルケン | 960–980 |
| cis-1,2-二置換アルケン | 690–730 |
| 一置換ベンゼン | 690–710 と 730–770(2本) |
| ortho-二置換ベンゼン | 735–770 |
| meta-二置換ベンゼン | 690–710 と 750–810(2本) |
| para-二置換ベンゼン | 790–840 |
cis と trans が 250 cm−1 以上離れるのは便利です。NMR で J が使えない場合(両側に水素がないとき)でも、IR なら幾何異性が読めます。
読む手順は5つ
IR で分からないこと
IR が強いのは「官能基があるか」で、弱いのは次の3つです。
まとめ
よくある質問
主に3つです。①カルボニルが2個ある(ジケトン・無水物・イミドなど)。②酸無水物は1つの官能基でも2本出ます(対称伸縮と逆対称伸縮で、1760 と 1820 付近)。③フェルミ共鳴など、別の振動と相互作用して分裂する場合。分子式の酸素数と突き合わせれば、どれかは絞れます。
あります。希薄な溶液や気相では分子間の水素結合がほとんど起こらないので、O−H は 3600 付近に細く鋭く出ます。幅が広くなるのは、水素結合の強さが分子ごとにばらつくためです。つまり幅は濃度と測定条件の関数で、同じ化合物でも測り方で形が変わります。試料の調製法を確認してください。
できます。決め手は C=O ではなく C−H のほうです。アルデヒドは 2720 と 2820 cm−1 付近に弱い2本(アルデヒド C−H の伸縮とフェルミ共鳴)を持ちます。この2本は他の官能基では出ないので、あれば決まりです。C=O の位置もアルデヒド(約 1730)のほうがケトン(1715)よりやや高波数ですが、差は小さく単独では決め手になりません。
構造を組み立てる段階では読みません。個々のピークは複数の振動が混ざっており、帰属に専門の表と経験が要るうえ、得られる情報が骨格の決定に直結しないためです。ただし2つの場面では最強の道具になります——合成品と標品が同一かを示すとき(全体が重なれば同一)と、芳香環の置換パターンを読むときです。
