中間体の安定性:カルボカチオン・ラジカル・アニオン
有機化学の「反応が進む/進まない」「どの生成物が主か」は、中間体の安定性で決まる場面が多い
SN1/E1が起こるか(カチオンが作れるか)
ラジカル反応でどこが切れるか(どのラジカルが安定か)
塩基がどこを引き抜くか(どのアニオンが安定か)
これらは全部「中間体の安定性比較」に還元できる
この記事でできること
- カルボカチオン・ラジカル・カルボアニオンの安定化要因を整理できる
- 「置換(超共役)・共鳴・誘起効果」で安定性を比較できる
- SN1/E1、ラジカル置換、酸性度(pKa)へのつながりを説明できる
- 試験の比較問題(どれが安定?どれが速い?)を型で解ける
先に結論(最短の覚え方)
- 安定性の最強要因は 共鳴(ベンジル・アリル・カルボニル隣接など)
- 次に効くのが 置換(超共役)(特にカチオン/ラジカル)
- 誘起効果(−I/+I)は「電荷」を安定化/不安定化する(距離で弱まる)
ざっくりランキング(典型)
- カルボカチオン:共鳴安定化 >> 3級 > 2級 > 1級 > メチル
- ラジカル:共鳴安定化 >> 3級 > 2級 > 1級 > メチル
- カルボアニオン:共鳴安定化(特に電気陰性原子へ分散) >> sp > sp2 > sp3(負電荷が炭素上にある場合の混成)
1. 中間体を比較するときの基本姿勢
「生成する種」を描いてから比較する
たとえば酸性度なら共役塩基、SN1ならカチオン、ラジカル反応なら生成ラジカル
比較の対象を「反応前の分子」ではなく「問題が本当に問う中間体」に揃える
安定化の道具箱(優先順位つき)
- 共鳴:電荷・不対電子が分散できるか(最強)
- 置換(超共役):隣接C–H/C–C結合が電子密度を供与できるか
- 誘起効果:−Iが負電荷を安定化、+Iが正電荷を安定化(基本)
- 混成(s性):負電荷はspが安定(核に近い)
- 立体:混み合いはSN2や塩基の接近を邪魔する(安定性というより反応性で効くことが多い)
2. カルボカチオン(Carbocation)の安定性
2-1. 何が不安定なのか
カルボカチオンは電子不足
電子密度を供与して「正電荷を薄める」ほど安定になる
2-2. 置換(超共役)で安定化:3級 > 2級 > 1級
アルキル基が多いほど、隣接σ結合(C–HやC–C)が電子密度を供与して正電荷を分散できる(超共役)
その結果、一般に 3級 > 2級 > 1級 > メチル の順に安定
2-3. 共鳴が入ると一気に最強:ベンジル・アリル
正電荷がπ系へ分散できると、置換より強く安定化される
- ベンジルカチオン:芳香環へ分散
- アリルカチオン:両端へ分散
2-4. −Iはカチオンを不安定化、+Iは安定化
カチオンは「電子が欲しい」
だから、電子を引く−I基が近いと不利になりやすい
逆にアルキル基の+Iは(超共役と合わせて)有利
2-5. 転位が起こる理由(入口)
SN1/E1では、より安定なカチオンへ移るために1,2-ヒドリドシフトやアルキルシフトが起こり得る
覚え方は単純で、「より安定なカチオンが作れるなら作る」
3. ラジカル(Radical)の安定性
3-1. ラジカルは「不対電子」をどう安定化するか
ラジカルは電荷ではなく不対電子を持つ
それでも基本の発想は同じで、「分散できるほど安定」
3-2. 置換で安定化:3級 > 2級 > 1級
ラジカルも超共役で安定化される
だから一般に 3級 > 2級 > 1級 > メチル
3-3. 共鳴安定化が最強:ベンジル・アリル
不対電子がπ系へ分散できると安定化される
そのためベンジルラジカル、アリルラジカルは頻出の「安定ラジカル」
3-4. ハロゲン化の選択性(入口)
ラジカル反応で「どこが置換されるか」は、生成ラジカルの安定性で傾向が出る
安定なラジカルができる位置ほど生成物が有利になりやすい
ここは“安定性→選択性”の典型例
4. カルボアニオン(Carbanion)の安定性
4-1. カルボアニオンは「負電荷」をどう安定化するか
負電荷は「電子が多すぎる」状態
安定化の方向は
- 負電荷を分散(共鳴)
- 電気陰性度の高い原子へ寄せる
- s性の高い軌道(sp)に置く
4-2. 共鳴が最強:エノラート、ベンジル/アリルアニオン、カルボキシラート
負電荷がOなどへ分散できる共鳴は非常に強い
例
- エノラート:負電荷がOとCに分散
- カルボキシラート:負電荷が2つのOへ分散
- ベンジル/アリルアニオン:π系へ分散
4-3. 混成(s性):sp > sp2 > sp3(負電荷が炭素上の場合)
s性が高いほど電子は核に近く、低エネルギーで安定
だから炭素上の負電荷は sp が最も安定
これが「末端アルキンが比較的酸性」の核になる
4-4. 誘起効果:−Iはアニオンを安定化、+Iは不安定化
−I基は電子を引き、負電荷の“濃さ”を下げる → 安定化
+I基は電子を押し出し、負電荷を“押し上げる” → 不安定化(一般論)
4-5. 置換(超共役)はアニオンでは“基本不利”になりやすい
カチオン/ラジカルと違い、アニオンは電子過剰
アルキル基は+Iで電子を押し出すため、単純な炭素アニオンは置換が増えるほど不利になりやすい
ただし、実戦では「共鳴と電気陰性度」が最優先なので、まずそこを見てから判断する
5. まとめ表:試験で使う最小比較
| 中間体 | 最強の安定化 | 置換の効果 | 誘起効果(近くの置換基) | 混成(炭素上の電子) |
|---|---|---|---|---|
| カルボカチオン | 共鳴(ベンジル/アリル) | 3級 > 2級 > 1級 | +I有利、−I不利 | (入口では主にsp2平面性が重要) |
| ラジカル | 共鳴(ベンジル/アリル) | 3級 > 2級 > 1級 | (傾向はあるが、まず共鳴と置換が主) | (多くはsp2的に扱うと整理しやすい) |
| カルボアニオン | 共鳴(Oへ分散など) | 基本は置換増で不利になりやすい | −I有利、+I不利 | sp > sp2 > sp3(安定) |
6. 練習問題(演習)
解答:
3級が最も安定
理由:置換基が多いほど超共役と+Iで正電荷が分散・緩和されるため
解答:
(b)ベンジルカチオン
理由:正電荷が芳香環へ共鳴分散でき、置換による安定化より強い
解答:
3級 > 2級 > 1級
理由:超共役で不対電子が分散し、置換が多いほど安定化されるため
解答:
sp > sp2 > sp3
理由:s性が高いほど電子が核に近い低エネルギー軌道に乗り、負電荷が安定化されるため
解答:
(a)カルボカチオン:一般に不安定化(電子を引かれてさらに電子不足になる)
(b)カルボアニオン:一般に安定化(負電荷が誘起的に緩和される)
次に読む記事
- 共鳴構造の描き方:電子はどこまで動かせる?(ベンジル/アリル安定化の根拠)
- 誘起効果(+I/−I)と電子供与・吸引:pKaが変わる理由(アニオン安定化と酸性度)
- SN1/SN2の入口:基質・溶媒・求核剤で一発判定(カチオン安定性が直結)
- E1/E2の入口:SNとの競合・温度・強塩基の整理(カチオンと脱離の競合)
